バイトの帰り、従業員用の通用口から出ると、銀さんが待っていた。
「帰るぞ」
あたりまえのように声をかけられ、うんと頷く。
私が私との鬼ごっこに興じていた時の名残……だろうか? 毎日というわけではないが、銀さんはこうして暇をみては迎えにきてくれるようになった。
「今日の惣菜なに?」
私の手にもったビニール袋を覗き込みながら聞いてくる。
「ピーマンの肉詰めと春雨サラダ。ねぇ、銀さん。ピーマンの肉詰めって中華扱い?」
「ハンバーグの仲間じゃねぇの?」
そんな他愛もない会話をしながら帰り道を歩く。
クレームをつけてきたおばさんを、先輩であるおばさん方が撃退した話とか、お会計が済んでないお菓子を食べ始めちゃった子どもの話とか。よくある日常の話を銀さんは適当な相槌を打ちながら聞いてくれる。
「銀さんはさぁ、猫と犬どっち派?」
民家の軒先で、鎖に繋がれた犬を見ながらそんなことを聞く。
「猫つってみ。どっからともなく現れた巨大犬に噛まれる未来しかみえねぇーよ」
「確かに、犬派以外ありえないね。定春が拗ねちゃう」
「そんな可愛いもんじゃねぇだろ」
「えー、そうかなぁ?」
帰ると言われて違和感を覚えなかったり、身内としての扱いが自然になったり、隣にいることが当たり前になったり。
左右の長屋からは夕餉の匂いが漂い、ただいまーという声がどこからともなくする。人々は足早に帰路の道を急いでいた。
昔は、そんな他人が羨ましく思えたものだが、今はただ穏やかにそういった日々が続けばいいと願うばかりである。
「わっ……と!」
急に左腕を引かれ、なにごとかと思ったら、目の前を自転車が通り過ぎていった。
「よそ見すんなよ。あぶねぇだろ」
「ごめん、ごめん。ありがと」
突然の接触に、心拍数があがる。どうにか平静を装いながら飛び込んでしまった銀さんの腕の中から身を起こす。
「ほれ」
そんな混乱の中、再び手を差し出された。一瞬なにか分からなかったが、お礼代わりの甘味をねだられたのだと思い、手提げ袋から取り出した飴玉を渡す。
「メロン味」
「ちげぇよ!」
「あ、えっと、いちご味?」
もう一つ取り出す。
「はぁ~……この子はもう」
深いため息をついた銀時お母さんは飴玉を回収し、空になった私の手を取る。
「えっと……?」
「危なねぇだろ」
繋がった手から、私より高い銀さんの体温が移っていくことに意識を奪われていた私はふと我に返る。
なにそれ、変態じゃない? まるで世界のルールが変わってしまった国に迷い込んだように、倫理観と、制御の利かない情緒がちぐはぐに空回りしてしまう。
「何にやにやしてんだよ、えろぉー」
「なっ……!! してません!!! 離してってば! 子どもじゃないんだから」
私の抗議もどこ吹く風、力強く握られた手に逃げることも叶わない。
「そーいってる奴ぁは大概子どもなんだよ」
「そーいう銀さんの方こそ子ども体温じゃないか!」
握り直された手から脈が伝わらないようにと祈りながら、応酬する。
それなのに、
「くち」
銀さんは片手で器用に剥いたいちご味の飴玉を取り出し、差し出してくる。
悩んだが、意識していると思われるのも嫌なので素直に口を開くと、飴玉を押し込まれた。
ここまでは平常心を装えた自信があったのだが、飴玉をつまんでいた指を銀さんがペロリと舐めるのを見てしまう。単なる癖ではあるのだが、指、さっき唇に触れたよなぁなんて他人事のように思ったのがいけなかったのだろう。
迷走神経は迷走し、脈は過去トップスピードのラップタイムを刻み始める。
「あ? メロン味の方が良かったか?」
「違いますぅー」
思わず見つめてしまったことに気づかれどうにか返事はしたものの、顔は赤くなってたりしてないだろうか? そんなことばかりが気になってしまう。
もうそこからは気の利いた話題もでてこず、適当に銀さんの話に相槌を打つばかりだ。
「神楽ちゃん、お腹空かせて待ってるよ! 急ごう」
「多少急いだところで変わりゃしないだろ」
「はくじょうものー」
「迎えに来てやったじゃねぇか」
「それとこれとは別ですぅー」
この地獄から早く抜け出したい私は、理由を他人に押し付け、家路に急ぐ。
あまりにも急ぐものだから銀さんは「トイレか?」なんて、デリカシーを忘れてきた台詞を投げてくる。
対して、私は「そうなんですぅー」と乙女心を無くした返事をする。
本当に隕石降ってきて、この馬鹿の頭にあたって欲しい。
そんなことを思いながら帰ると、新八君と神楽ちゃんが「おかえり」と迎え入れてくれるので、「ただいま」と返すのだった。
平和な日常はいつまでもいつまでも続けばいいなぁーとおもうのでしたまる