第一節:僕の家族は、ちょっとだけ変?
こんにちは、僕の名前はノクス。10歳。
趣味は読書とお昼寝と、あと……家族の観察。というのも、僕の家族は――うん、ちょっとだけ変なんだ。
僕が物心ついたころから一緒に暮らしている家族は、みんな優しくて、でも少しだけ――いや、だいぶ――普通じゃない。
でも大丈夫。たぶん、ちょっと個性的なだけ。うん、きっとそう。
まず、僕の母さん――エスティ。見た目は煌びやかな金髪に息子の僕から見ても完璧なプロポーションの持ち主だ、性格は……親バカでちょっと世間とズレてる。
町の人からは「未亡人エスティさん」と呼ばれてて、すごく人気がある。でも僕から見ると、時々変なことを言うんだ。
たとえばこの前のママ友会でのこと――
「最近ようやく精密な魔力制御ができてきたのよ。これで暴発して近所を焦土にする心配も減ったわ!」
――って、ニッコリしながら話してた。焦土? なにそれこわい。
ママ友たちは「いやだわ~エスティさんたら~」って笑ってたけど、あれはたぶん、内心すごく引いてた気がする。
でも僕は知ってる。母さんはちょっとおっちょこちょいなだけなんだ。言葉選びのセンス壊滅的なんだ。うん、間違いない。
次は執事のセス。見た目は少しクールで少し目つきの悪い執事の鑑の様な男、仕事は完璧、性格は……壊滅的な過保護。
この人、僕が「ありがとう」とか言うとフリーズする。
そして十秒後くらいに「ノクス様……!」って涙ぐみながら全力でご飯盛ってくる。
たまに盛りすぎて茶碗の形が崩壊してるのは内緒だ。
それを見て「そんなに食べれない」と言うと、今度はさめざめと泣きながら謝罪してくる。
ある日、セスがパンを焼いてて、僕が「いい匂い」って言ったら――
「ノクス様にそう言っていただけるとは……っ」って感動しすぎて、「今のお言葉記録せねば!」と言って記録帳を取りに行ってる間に盛大にパンを焦がしていたのを今でも忘れない。
普段は完璧なんだけど少し抜けてる所があるのが、面白いよね。
次は……ちょっと怖いけど、実は優しい人たちの話。
モルテお姉ちゃん。見た目は綺麗な黒髪ロングの小柄な女の子だけど、話し方が老人めいている、普段から何してる人なのかはよく知らない。
部屋には骨の模型とか黒い本とか、なにかこう、ちょっとアレなものがいっぱいあるけど――多分趣味だよね? 芸術的なやつ。うん。
でも僕が熱出した時、すごく心配してくれて、手を当てて「魂の波長がズレているのう……」とか言って薬(多分)をくれた。
その薬、紫色で煙が出てたけど……飲んだら一瞬で治ったから、たぶんすごい風邪薬なんだと思う。モルテお姉ちゃん、ありがとう。
アミー姉ちゃんは、明るくて元気で、人たらしっていうやつ。
町の人たちとすぐ仲良くなれるし、僕にもよくかまってくれる。
でもこの人、たまに自分の部屋で「演劇の練習」とかしだす。
この前なんか「あぁ!?日和んな!!いいから全軍突撃いぃぃ!」って叫んでたけど、あれ多分演劇のセリフだよね。うん、きっとそう。
リュースおじちゃんは、でっかくて、筋肉ムキムキで、料理が壊滅的にまずい。
この前、「ノクスのために特製煮込みを作ったぞ」って出されたのが、焦げた肉と……謎の赤い液体だった。
「血……じゃないよね?」って聞いたら「……トマトジュースだ」と言ってたけど、目が泳いでたのを僕は見逃してない。
で、最後は――ジョーヌ。
僕と年が近くて、昔から家に居てよく一緒に遊んでる女の子。家族に聞いたけど居候らしい。
でもなんというか、やたら上から目線で小生意気。でもたまに耳まで真っ赤になって黙るから、可愛いところもある。
この前なんて、「ノクスの為にお昼寝してあげるっしょ」って言って、僕の膝枕で寝てた。あれ、どっちが得してるのか分からない。
でもね、僕は知ってる。ジョーヌは本当はすごく優しくて、僕のことをすごく大事にしてくれてる。
……そんな家族と一緒に、今日も僕は平和に暮らしてる。
ちょっとだけ変な家族。ちょっとだけ……怖いこともあるけど。
でも僕は――みんなのこと、大好きだ。
そんなわけで、僕は今日も家族みんなと夕ご飯を食べている。
「ノクス様、おかわりは?」
「ありがとうセス、でももうお腹いっぱいだよ」
「そ、そうですか……では代わりにデザートを……あっ、少々お待ちを! 今すぐ絶品のプリンを用意しますのでっ!」
セスがまた暴走気味にキッチンへと駆けていったのを見送りながら、僕はふと今日聞いた噂を思い出した。
昼間、町で本を借りに行った帰り道。
広場の噴水前で、町の人たちが話していた。
「最近また魔界の動きが活発になってきたらしいわよ」
「こわいわねえ、魔族なんて……人間の命を何とも思ってないんでしょう?」
「しかも最近、人間の姿に化けて潜り込むって噂も……!」
僕はその時、「ふーん」とだけ思って通り過ぎたんだけど――
今、ふと思ったんだ。
「ねえ、みんな。昼間に聞いた話なんだけど、魔族が人に化けて潜り込んでるかもしれないんだって、怖いよね~?」
夕食中の食器の音が止まった。
カチャ、とフォークを落としたアミー姉ちゃんが硬直する。
モルテお姉ちゃんのスプーンは、空中でピタリと止まったまま。
リュースおじちゃんは、咀嚼していた料理を噛み砕くのをやめた。
ジョーヌは咳き込みかけた水をどうにか飲み込み、むせながらもこちらを見た。
セスは、厨房の戸口でプリンの皿を持ったまま動かなくなった。
母さんは、にっこり微笑んだまま固まっていた。
……あれ? なんか空気が変じゃない?
「ぼ、僕、そんなに変なこと言ったかな……?」
エステアが静かに口を開く。
「そうね……魔族は、確かに、怖い存在……かも、しれないわね……」
その言い方が、妙にしおれていた。笑顔の奥が、寂しそうに見えた。
「……でもほら、世の中には怖くない魔族も、いるんじゃないかしら? たとえば……犬系とか……ほら、あの、モフモフなタイプ?」
「モフモフな魔族……」
「……そんなの聞いたことない」
モルテとジョーヌが同時に小声で突っ込むが、エステアはどこか無理やりなテンションで話を続けていた。
「そうよ、ノクス。大事なのは……見た目じゃなくて中身なの。どんな種族でも、心が優しければ――」
「母さん、僕そこまで深く考えて言ったわけじゃ……」
「ううん、分かってるわ。ごめんなさい。ちょっと、気にしすぎちゃっただけ……」
セスが皿を運びながら、ぎこちなく笑う。
「ノクス様がそう仰るのも、ごもっともでございます……ええ、魔族は、確かに、恐ろしい存在……ですから……ね……」
セスの顔が、妙に青白い。
(……あれ? なんか、みんなどうしたんだろう?)
その後も夕食中、誰もあまり喋らなくなってしまった。
リュースおじちゃんも顔を顰めて肉を3キロぐらい食べていたけど、大丈夫かな?
(……みんなも、魔族が怖いって思ってるのかな?)
そう思って、僕は安心した。
でも、もちろん僕は知らなかった。
彼らが沈黙していたのは、「ノクスに魔族が怖いって思われた……!」という精神的大打撃を受けていたからだなんて。
* * *
食後――
食器を片付けるふりをして、こそこそと会議が始まっていた。
「……完全に誤解されたっしょ」
「よりにもよって、ノクスにだなんて……っ!母さん死んじゃう!!」
「魂がえぐれる……」
「私、笑ってごまかしたつもりだったんだけど……逆効果だった……?」
「…これは心にクルな……」
「このままでは“心優しいノクス様に怯えられた魔族一家”になってしまう……!」
――会話の主は、もちろん我が家の“人間たち”。
しかし当のノクス本人は、まだ知らなかった。
彼が放った一言が、彼らのガラスのハートに深く突き刺さっていることを。
そしてこの日から、家族の間で奇妙な“魔族封印令”が発動されることになるのだった……。