母さんは未亡人で、父さんのことは誰も話したがらない。
魔族の話題にも家族は皆、なぜか目をそらす。
……ぼくの推理は完璧だった。
「――つまり、父さんは魔族との戦いで命を落とした英雄で、母さんを守って亡くなったんだ……!」
静かに、だけど情熱をもって、ぼくはノートに書き込む。
《父:名も知らぬ勇者。魔族と戦い、母さんと幼きノクスを守って散る》
(……強い。かっこいい。さすがぼくの父さんだ)
勝手に盛り上がっている息子をよそに――
隣の部屋では、家族会議が行われていた。
「ちょっと待って、ノクスが勝手に“英雄の父”を作り始めたってどういうこと!?」
「だから言ったのじゃ! “未亡人設定”を雑に扱ってたらこうなると!」
「ていうかさ、今更だけどなんで“未亡人”って設定にしたのよ……!」
「え、それエステア様が適当に“没落貴族の未亡人”って名乗ったのが最初で――」
「それは“しっくり来たから”ってだけでしょ!? もう! 誰か責任とって!!」
「落ち着け、今さら“実は離婚”とか“家出”とかに設定変更したら余計にややこしくなる……」
「でもこのまま放置したらノクス、謎の父を神格化していくぞ……!」
「……それはそれで、ちょっと面白いっしょ」
「黙れジョーヌ」
翌朝。
ぼくは食堂に駆け込んで、誇らしげに宣言した。
「――今日からぼく、修行することにしたんだ!」
「……は?」
「父さんみたいに強くなって、みんなを守れるように!」
食卓の手が止まる。
「……ノクス。それは……その、急にどうして……?」
「夢でね、父さんがぼくに言ってきたんだ。『お前も強くなれ』って!」
(※なお夢に出てきたのは近所の犬だったが、記憶の中で勝手に変換されている)
「……」
「……」
「――セス」
「……はい?」
「今日からノクスの修行をお願いします」
「はいぃぃぃぃ!?!?」
こうして、ぼくの“父の遺志を継ぐ修行”が始まった。
最初の修行は、朝の庭掃除。
……だったのだけど。
「ノクス様、こちらの“竹ぼうき”は“戦場の槍”と同じでして」
「おお……やっぱり、父さんも使ってたの?」
「えっ……ええ、もちろん(!?)」
「すごいな……すごいな父さん……!」
完全に話が変な方向へ進んでいく。
他の家族も――
「ノクス、今日のご飯は“闘技場風ステーキ”。父さんが好きだったらしいわ」
「お父様の得意料理は“味噌煮込みうどん”だったわよね~!」
「アミー勝手に設定を増やすな! 矛盾してきたのじゃ!」
「いやでもノクスが喜んでるからよくない?」
「でもノクス“味噌煮込みを作れるようになるまで旅に出る”って言ってるんだが!?」
「それだけはやめさせてー!」
そしてその夜。寝る前。
ぼくは、母さんに尋ねた。
「ねえ、母さん」
「……なに、ノクス?」
「父さんの話……してくれて、ありがとう」
「……」
「ぼく、知らなくてもいいやって思ってたけど……でも、夢で出会えて、なんか……よかった」
「……ノクス……」
「だから、ぼく、父さんみたいに強くなるよ。母さんを、家族を守れるように」
そう言ったぼくの頭を、母さんは優しく撫でてくれた。
だけど――
《やばい、父親像がどんどん理想の英雄に……!どうするのこれ!?》
母さんは心の中で絶叫していた。
その頃。
セスは一人、書斎で一冊のノートを前にため息をついていた。
《ノクス様の父親 設定案(仮)》
・名前:クローディアス(もしくはクラウドでもいい)
・肩書:放浪の剣士、料理もできる
・好きなもの:味噌煮込みうどん
・死因:魔族から家族を庇って死亡(←ここで設定ミスした)
「……このままではいつか“墓参りしたい”と言い出しかねない……ッ!!」
セスの胃痛は、しばらく治まらなかった。
それから数日たった頃、ふと気になったことがあった
「父さんの形見って、あるのかな?あるなら、どこにあるんだろう?」
ある日の午後、ノクスはふとした疑問に突き動かされて、屋敷の一角にある使われていない蔵へと足を踏み入れた。そこは古びた扉と埃っぽい空気に満ち、何年も誰も入っていないことが一目で分かる場所だった。
だが、ノクスは知らない。――この蔵は、かつて魔王エステアが自らの魔力で「封印」した、いわく付きの空間だということを。
「ふぅー、ホコリすご……。でも何かあるかも」
幼いながらも真面目で探究心旺盛なノクスは、棚の上から古い木箱を見つけると、それを両手でそっと開けた。中には古びたマントの切れ端、黒曜石のように艶やかな石、そして一冊の日記のようなノートが入っていた。
「……『我が君』……? 誰のことだろう」
日記には、セスやエステアの口調に似た筆跡で「我が君に仕える日々」「魔族の脅威に備えねば」などといった不穏な言葉が並んでいた。
ノクスの心に、ある疑念が芽生え始める。
(……やっぱり、父さんって魔族と戦ってた人だったんだ……)
日記の最後のページにはこう書かれていた。
「今こそ、主と共に人の世に―――。ノクスが育つその日まで――」
「ノクス……って、僕のことだ!」
父の遺品(仮)の日記は、どうやら自分や魔族に関する何かが書かれた記録だったのだ。
慌てて蔵から出ようとしたところに、扉が音もなく開き、セスが立っていた。
「……ノクス様。そこは、決して入ってはいけない場所でした…」
冷や汗を流すノクス。
「ご、ごめんなさい……! 父さんの形見を探してたら……」
「……いえ、私の不注意です。どうか……その話を皆には内密に」
その日の夕食――ノクスは何事もなかったように振る舞おうとしたが、内心は不安でいっぱいだった。
(皆、僕に言えないことがあるんだ……きっと、魔族と戦ってた父さんのことも、知られたくないんだ)
そこで――ノクスは、またやらかしてしまう。
「ねえ、母さん。もし僕が魔族に襲われたら、母さんはまた誰かを失うの?」
沈黙。
エステアのフォークがスローモーションのように床に落ちる。
「の、ノクス……それは……えっと……」
「何を言ってるの、ノクス! この町でそんな危ないことあるわけないっしょ!」
「わたくしがいながら、ノクス様が危険な目に遭うなど――想定すら不要です」
「そうだ!そん時は俺も駆け付けるから安心しとけって!」
「そうじゃ!ノクスが危くなったら我もすぐに助けてやろう!」
「私も同じ気持ちだから、そんな事考えなくていいんだよ~」
家族全員が必死にごまかす中、ノクスは勝手に納得する。
(今の反応で確信した……思い出したくも無いつらい過去があるんだ…)
しんみりと頷くノクスを見て、家族たちはますます青ざめた。
(バレてない……けどめっちゃ傷つけてしまった!?)
エステアは心の中で頭を抱え、セスはノクスの純真な目を直視できず、ジョーヌは「はぁ!? おいコレどこどう勘違いしてそうなった!?」とツッコミを入れながら黙ってスープを啜る。
こうしてまた一つ、ノクスと家族の勘違いは深まり――そして物語は、思わぬ方向へと転がり続けるのだった。