それは、穏やかな日常が続いていたある日のことだった。
朝からセス・リュースと一緒に屋敷の裏庭で剣の構えを繰り返し、汗だくになりながらも必死に稽古に励んだその日の午後。ノクスは屋敷の自室に戻るなり、興奮を抑えきれずにベッドの上で跳ねていた。
「やったぁ! 本当に来てるんだ、あの《銀の楯(シルヴァー)》が!」
そう、今アルセナの街には、王都を拠点に活躍する高名なSランク冒険者パーティ──《銀の楯》が訪れているというのだ。
ノクスはかねてから冒険者という存在に強い憧れを抱いていた。困っている人を助け、未知の魔物に立ち向かい、強くてかっこよくて、自由で。なにより、母や父(※ノクス基準)がかつて戦ったであろう"魔族"とも戦えるような、そんな存在。
(話してみたい……! 本物の冒険者って、どんな人たちなんだろう!)
想像が膨らみすぎて、鼻息が荒くなっていたその時。
「ノクス?」
部屋のドアが軽くノックされ、続いて入ってきたのはモルテとアミーだった。
「さっき、部屋の前通ったら何か叫んでたけど……どうしたの?」
「あっ! モルテお姉ちゃん、アミー姉ちゃん! ねぇ、聞いて! 《銀の楯》って冒険者たちが、この街に来てるんだって! 会ってみたいんだ! 少しだけでもいいから!」
キラキラとした目で訴えるノクスに、モルテとアミーは顔を見合わせ、苦笑いを浮かべた。
「うーん……じゃが、その者たちはとても忙しいんじゃないか? 王都でも有名な冒険者たちなら、街に来てる理由も何か任務とかじゃろうて、軽々には会えぬと思うのじゃが?」
と、優しくたしなめるモルテ。アミーも微笑みながら肩をすくめた。
「そもそも子どもが会えるような相手じゃないかもしれないし……ね?」
「うぅ……わかってる!でも、どうしても行きたいんだ。お願いっ!」
ノクスの必死な願いに、二人はしばし無言になった。が、すぐにアミーがため息をつき、頭をぽんと撫でた。
「……もう、しょうがないなぁ。分かった。じゃあ、私たちが一緒に行くから。それなら、ちょっとだけなら……ね?」
「ほんと!? やったー!! ありがとう!!」
そのままノクスは、勢いのままモルテとアミーに抱きつき、嬉しそうに笑った。
屋敷を出て、三人は街の中心へと足を進めた。
だが──
「全然、見つからない……」
午後も中盤に差し掛かった頃。冒険者ギルド、いくつかの武器屋、さらには酒場の前なども巡ったが、どこにも《銀の楯》の姿はなかった。
やや意気消沈したノクスを元気づけるように、アミーが一人のパン屋の店主と会話を交わす。すると──
「──え? 教会に? あの冒険者パーティがか?」
「そうよ。聞いたところ宿屋も断って、なぜか教会に滞在してるって噂。修道女の誰かと知り合いなのかもしれないわね」
──アミーの情報収集能力が、ここにきて炸裂する。
「やったぁ! ありがとうアミー姉ちゃん! 教会に行こう!」
「ちょ、ちょっとノクス、走っちゃ危ないわよー!」
「元気な事じゃのう……」
慌てて追いかけるモルテとアミー。三人の軽快な足音が、午後の石畳に弾んでいた。
教会の白い壁が目に入った瞬間、ノクスは思わず駆け出していた。
「やった、ほんとにあった! 教会だ!」
「ノクス、ちょっと待つのじゃ!」
「急に飛び出さないで――!」
モルテとアミーの制止も届かず、勢いそのままに教会の大扉を――
「うわっ!? ご、ごめんなさいっ!!」
勢い余ってぶつかった相手に、ノクスは跳ね返るように尻もちをついた。
その人物は、ノクスとぶつかってもほとんど動じず、苦笑しながらこちらを見下ろしていた。
「大丈夫か? 元気がいいのはいいけど、扉は急に開けるもんじゃないぞ?」
赤髪が太陽にきらめき、爽やかで優しい笑みを浮かべた青年は、ノクスに手を差し伸べる。
その姿に、ノクスはしばし呆然と見とれてしまった。
「あ、えと、うん……! ぼ、僕、大丈夫!」
「ノクス!」
少し遅れて駆けつけたモルテとアミーが慌ててノクスを支え起こし、ぺこりと頭を下げた。
「申し訳ありません、うちの子が……」
「すまなかったのう」
すると赤髪の青年は手を振りながら、にこりと微笑んだ。
「いやいや、平気平気。ちょっと驚いただけだ。怪我がないなら、それが一番だよ」
紳士的な口調でそう返すと、ふとノクスをじっと見つめた。
「で、坊主。そんなに慌てて、どうして教会に?」
その問いに、ノクスはぴんと姿勢を正して言った。
「《銀の楯》に会いに来たんだ! 本当は街にはいないと思ってたけど、アミー姉ちゃんが場所を聞いてくれて……それで!」
「
赤髪の青年は少し眉を上げると、手袋を外して右手を差し出した。
「なら、自己紹介しとこうかな。俺はベアル。《銀の楯》の剣士ってやつだ」
その言葉を聞いた瞬間、ノクスの目がまるで星空のようにきらめいた。
「ええっ!? ほんとに!? 本物の!?」
「本物だとも。ほら、証拠に剣だって……まあ、今は教会に預けてあるけどな」
「うわあああああっ、かっこいい……!ぼ、僕の名前はノクスと言います! ねえ、ねえっ、冒険の話、聞かせてくれる!? 魔物と戦った話とか、仲間のこととか……!」
ノクスの勢いに、さすがのベアルも一歩たじろぐが、すぐに苦笑して頭をかいた。
「はは、参ったな。そんなに目を輝かせて頼まれたら、断れないじゃないか」
「ほんと!? やったあ!!」
と、そこで教会の中からひょっこりと現れたのは──青髪の少女だった。
長めの前髪が左右に流れ、ジト目でこちらを見つめている。
「ベアル。なにしてるの?」
「いや、ちょっと熱心な子に会ってな」
その言葉に、少女──マリーはノクスの方をじぃっと見つめると、小さく首をかしげた。
「……子ども?」
「ん。ああ。ノクスって言うんだって。《銀の楯》のことを聞きに来たらしい」
マリーは無表情のまま少し沈黙したあと、ふっと口元をゆるめた。
「……ンフー。君なかなか慧眼…」
「ありがとう!」
「フフフ…確かにこの純粋な目で頼まれたら断れないね」
「反則的だろ?」
「そうね」
じとーっとした目のまま笑うマリーに、ノクスは目を輝かせながら叫んだ。
「じゃあお話聞かせてくれるの!?」
「もち」
マリーは親指を立てながら了承する。
その様子に、モルテとアミーはやれやれと肩をすくめるが、どこか安心したようでもあった。
──こうして、ノクスの「冒険者との出会い」は、想像とは少し違うかたちで幕を開ける。
彼の憧れと現実、そして新たな誤解と勘違いがまた一つ、静かに積み重なっていくのだった。