俺の母さん、実は魔王でした⁉   作:KuRoNia

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第二節: ―それでも、使うのか?

教会の地下、石造りの小会議室には、蝋燭のほのかな明かりが揺れていた。

 

広くはない部屋の中央には重厚な円卓が据えられ、そこに向かい合うようにして二人の人物が座している。

 

《銀の楯》のベアルとマリー。

 

「……で、マリーが見つけた異常魔力反応はやはり“あの辺り”か?」

 

低く、落ち着いた声でベアルが問いかける。

 

マリーは頷き、地図の一角を指先でなぞった。

印が記されているのは、彼らが滞在していた町の旧区画、没落貴族の屋敷周辺。

 

「ええ。観測結界の情報を整理しても、魔力の痕跡はあの周囲に集中しているわ。特に、ノクス――彼の周囲に、常に高濃度の魔力反応が現れている」

 

「ノクス……」

 

ベアルは、その名を口にしただけで、思わず視線を落とした。

 

昨日見かけた、あどけなくも聡い眼差しの少年。

母親の手を引き、街路でパンを選んでいたあの笑顔。

 

「……だが、その魔力は“本人のもの”ではないだろう。あの子は魔術を使える気配もなかった。周囲の者、あるいは加護か何かの可能性は?」

 

「それも考慮したけれど、彼の身近に“魔力を放つ者”が常に存在している気配もないの。むしろ、不規則に魔力の密度が上下する。……これはおそらく“何か”が彼を中心に動いている証拠よ」

 

マリーは静かに言葉を継いだ。

 

「正体不明。けれど確実に、ノクスは“魔物に狙われている”。それは間違いない」

 

ベアルは小さく息を吐き、天井を仰ぐようにして重い沈黙に沈んだ。

 

「……で、どうするつもりだ?」

 

その問いに、マリーは躊躇なく答えた。

 

「“囮”として使う。……ノクスの存在が魔物を引き寄せているのなら、あの子を中心に布陣を敷けば、確実に“対象”を捕えることができるわ」

 

その言葉に、ベアルの眉がぴくりと動いた。

 

「……マリー。お前、本気で言っているのか?」

 

「ええ。本気よ」

 

「……まだ、子どもだぞ。何も知らず、ただ平穏に生きてる、たった一人の子どもだ」

 

「わかってる。だけど、あの子の周囲に魔力が集まっているのも事実なのよ、ベアル。放っておけば、いずれ巻き込まれるのはあの子自身だけじゃない。周囲の住民、近隣の子どもたちだって危険にさらされるわ」

 

「それでも……!」

 

ベアルは低く呻くように、拳を握った。

 

「……それでも“仕掛け”に使うのは違う。あの子に、何かを負わせるのは……」

 

そこまで言って、言葉が詰まった。

昨日、楽しげに笑うノクスと、その隣で穏やかな眼差しを向ける母の姿が脳裏に蘇った。

 

確かに異常な魔力反応がある。

けれど、その暮らしはあまりに普通で、あまりに静かで、あまりにも幸せそうだった。

 

「……母親は、気づいていないんだろうな」

 

「ええ。おそらく完全に“渦中”にいるという自覚もないはずよ」

 

「だったら……なおさらだ」

 

ベアルは視線を上げる。

その瞳は、確かな葛藤と、なお揺るがぬ意志を宿していた。

 

「ノクスは“子ども”だ。何も知らず、ただ遊んで、学んで、生きてる。それだけの子どもなんだ。……それを、利用するなんて……俺にはできん」

 

「……ベアル」

 

マリーはため息をついた。

 

「気持ちはわかる。私だって、できるなら関わらせたくない。でも、現実を見て。あの子は既に巻き込まれているの。自分の意思に関係なく“狙われている”のよ」

 

「ならば、守ってやればいい。俺たちが、徹底的に張り込んで“対象”を排除するまで、影から見張っていればいいんだ」

 

「それでは、魔物は現れないかもしれないわ」

 

「それでも――!」

 

ベアルの言葉は、鋭く空気を裂いた。

 

「それでも……“子どもを囮に使う”なんて選択を、俺たち銀の楯が選んでいいのか?」

 

静寂が、落ちた。

 

蝋燭の火が、小さく揺れる。

 

マリーは目を伏せ、しばし口を閉ざしていたが、やがて小さく、絞り出すように言った。

 

「……あなたは、本当に甘いわ。だからこそリーダーに推したのよ。……でも」

 

そこで顔を上げる。

 

「私は“守る”ために戦う。そのために必要な手段なら、選ばないわ。……もしも“ノクスが無自覚に魔物を引き寄せている”なら、それはもう“戦場”なの。なら、私たちが先に手を打つしかない」

 

その言葉には、冷たさではなく、覚悟があった。

 

ベアルは苦い顔をして、拳を膝の上に置いた。

 

「……わかった。だが“本人には絶対に気づかせるな”」

 

「もちろん」

 

「そして“何があっても守る”。これは命令だ、マリー」

 

「……わかった」

 

わずかな沈黙の後、マリーが頷いた。

 

二人の間に、戦略と感情の、細い橋が架かったようだった。

 

この瞬間、銀の楯は“子どもを囮にする”という道を選んだ。

 

ただし、それは――

「絶対にその子を傷つけない」という、矛盾を抱えた作戦だった。

 

ベアルの拳は震えていた。

自らの決断が、正しいのかどうかは分からない。

 

だが、それでも彼は、目を背けなかった。

 

――この町を、子どもたちを、ノクスを。

 

守るために。

 

 

午後、街の広場は日差しと笑い声で満ちていた。

 

市場の端にある噴水のそばで、数人の子どもたちが水遊びをしていた。

その中に、ノクスの姿もあった。

 

「ねえ、これ見て見て! さっき拾ったんだ!」

 

と、胸を張って手の中の石を掲げるノクス。

虹色に光る小石に、周囲の子どもたちがわっと歓声を上げた。

 

「ほんとだ、きれい!」「なにそれ、宝石!?」「ちょうだい!」

 

「やーだ、これはお母さんにあげるんだもん」

 

そう言って、くるりと回るノクスの笑顔は、まるで太陽のように明るかった。

 

――その様子を、少し離れた木陰から見つめていたのは、マリーだった。

 

髪を簡素な布でまとめ、地味なスカートを纏った姿は、どこにでもいる町娘にしか見えない。さらに幻惑術式で他者から“マリー”だと認識させない徹底ぶり

だがその眼差しは、鋭く、慎重だった。

 

「……魔力の揺らぎはなし。魔物の気配も、なし」

 

独りごちるように呟き、腰に下げた小型の魔導測定具を一瞥する。

 

予測通り“対象”はノクスの近くには現れていない。

 

――今は。

 

彼を中心に展開するこの“静けさ”こそが罠であり、兆候だ。

魔物が活動を始めるのは、いつも“対象が孤立した瞬間”だった。

 

だからこそ――接触するなら、今。

 

マリーはゆっくりと、足を噴水へと向けた。

 

「こんにちは、みんな。楽しそうね」

 

「こんにちはー!」

 

子どもたちが一斉に声を上げる中、ノクスだけが少し警戒するようにマリーを見上げた。

 

「……だれ?」

 

「私は()()()。近くに住んでるの。あなた、ノクスくん、で合ってるかしら?」

 

「……なんで知ってるの?」

 

ぴくり、とノクスの目が細くなる。

幼いながらに“知らない人に名前を呼ばれた”違和感を感じ取っていた。

 

「この前、君のお母さんと少しお話をしたの。とても素敵な人ね。君にそっくりだったわ」

 

「……ふーん」

 

ノクスは少しだけ顔を緩めたが、まだ警戒は解かない。

その用心深さに、マリーは内心で唸った。

 

(……聡い。アベルが“ただの子どもじゃない”と感じたのも、よくわかるわね)

 

けれど、こちらもプロだ。

 

「君、すごく足が速いのね。さっき走ってるのを見てびっくりしたわ」

 

「え、ほんと? えへへ、そうでしょ。僕、母さんと競争するとき、いつも勝つんだよ!」

 

ノクスの表情がぱっと明るくなる。

“褒められる”という言葉の魔法が、ようやく心の扉を少し開かせた。

 

「お母さんと、仲良しなのね」

 

「うん! 母さん、すごいんだよ。なんでもできるし、かっこいいし、お料理もお掃除も……えっと……」

 

「“最強”なのね」

 

マリーが笑ってそう言うと、ノクスもにこっと笑ってうなずいた。

 

「うん、最強! 世界でいちばん、大好きなんだ!」

 

その一言に、マリーの胸が少しだけ痛んだ。

 

(……こんな子を、私たちは“戦場”に立たせようとしてる)

 

視線を落とし、ぐっと唇を噛む。

 

「……ノクスくん。今度、一緒に遊びに行かない? もっと足が速くなる遊び、教えてあげるわ」

 

「ほんと!? ……でも、母さんに聞かないと」

 

「もちろん。お母さんと一緒に、でもいいわ。安心して」

 

マリーは微笑んだ。

その瞳の奥に、誰にも見せない決意を宿して。

 

“対象”が動くその時、必ずノクスを守る。

どんな手段を使っても。

 

それが《銀の楯》としての使命なのだから。

 

噴水のそばで、ノクスの笑い声がまた弾ける。

 

マリーはそれを聞きながら、心の奥でひとつの命令を繰り返していた。

 

――絶対に、傷つけさせない。

たとえこの作戦が、どれだけ残酷な矛盾を孕んでいたとしても。

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