俺の母さん、実は魔王でした⁉   作:KuRoNia

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第五節:悪役は、泣かないはずだった

 深夜の路地裏に、ようやく静寂が戻った。

 

 街灯もなく、ただ月明かりと星々が降り注ぐなか、拘束術式に捕らわれた吸血種──ルカは、地面に膝をついて項垂れていた。光の鎖に絡め取られたその姿は、普段の強気な言動からは想像できないほどに、打ちひしがれた様子だった。

 

 その傍らに、ノクスはおっかなびっくりと距離を取りながらも、じっとルカを見つめていた。先ほどまで命を狙ってきた相手。だが──それでも、倒れて泣きそうになっている彼女を見て、ただの「敵」と断じることが、どうしてもできなかった。

 

「……だ、大丈夫……?」

 

 ぽつりと、ノクスが声をかける。ルカは顔を上げなかった。ただ、小さく肩を揺らして答える代わりにため息を漏らす。

 

「……子供に気を遣わせるなんて、最っ悪……」

 

 その呟きが聞こえたかどうかもわからないまま、ノクスは数歩だけ近づいた。

 

 そんな様子を見届けたアベルとマリーも、ようやくその場の緊張が解けたことを受けて、ゆっくりとノクスの方へ向き直った。

 

「……ノクス」

 

 アベルが静かに口を開く。彼の表情は、疲労と後悔に満ちていた。

 

「……改めて、今日は本当に、すまなかった。お前を……囮に使ってしまって」

 

 言葉を選びながら、苦しげに彼は続ける。

 

「結果的に、怪我もなく帰ってこれたのは不幸中の幸いだが……俺たちの判断が、お前を危険に晒したのは事実だ。謝る。俺たちの責任だ」

 

 続いて、マリーもゆっくりと頭を下げた。

 

「……私も。あなたを守るべきなのに。ごめんなさい

 でもおかげで、依頼内容の()()()()()()()()()()を捕らえることが出来た」

 

 道具のように扱ったつもりはない──その心は本物だ。だが、彼らが優先したのは「任務」だった。ノクスの無事よりも、背後にいるかもしれない魔族の排除。

 

 小さな少年にとっては、あまりにも残酷な現実だったかもしれない。

 

 それでも──ノクスはほんの少し、首を傾げると、小さく微笑んだ。

 

「ううん……怒ってないよ。ぼく、無事だったし……それに、すごく大事にされてるって、ちゃんと伝わってるから」

 

 その言葉に、アベルもマリーも、わずかに目を見開く。

 

 小さくて、優しくて、少しだけ大人びたその少年の心の広さに、二人は返す言葉を失った。

 

「……おまえは、本当に……」

 

 アベルはそれ以上言葉を継げず、代わりに大きく息を吐いた。そして、視線をルカへと移す。

 

 ──吸血鬼。魔族。危険な存在。

 

「……さて。こいつの処遇を、決めなきゃならないな」

 

 マリーも無言でうなずいた。今までのやり取りから見て、ルカが魔界の精鋭ではないことは明らかだった。だが、だからといって、見逃せるわけではない。放てば、また誰かの命を脅かすかもしれない。

 

 例え本人にその気がなくとも──。

 

「……殺すしか、ない」

 

 静かなマリーの言葉は、まるで裁判の判決のようだった。

 

 その瞬間、ルカの身体がびくりと震えた。

 

「え……?」

 

 それが、口から漏れた最初の反応だった。

 

「ま、待って。俺、別に何もしてないじゃん……!」

 

「ノクスを尾行していたな?それが遊び半分だったかは関係ない。正体を隠して人間の街に潜入し、しかも吸血種──」

 

 アベルの目は、もう容赦をしなかった。

 

「……その時点で、処分対象だ」

 

 それを聞いたルカは、まるで地面に縋るように体を起こし、縋るような視線をマリーに向けた。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれって! わかったよ、悪かった! 俺が悪かったから! でも殺すのは、ね、冗談だよな? な、なぁ……?」

 

 必死の声。プライドなんて投げ捨てた哀願。

 

「お願いだって……俺、誰も殺してない……血だって、ちょっとしか吸ってない! ほんとにほんとに、それだけは……!」

 

 その叫びにも、マリーの表情は変わらない。ゆっくりと前に進み、光の術式を再調整する。

 

 そして、アベルが剣を抜いた。

 

 夜の冷気が、鉄の刃に触れてかすかに霜を生んだ。月明かりがその輝きを淡く照らし、ルカの首筋にぴたりと当てられる。

 

「…………や、やだ」

 

 ルカの目が、恐怖に染まる。

 

「やだ……やだやだやだっ、やだよおおおおおおおおおっ!!」

 

 次の瞬間、抑えていたものが全て決壊したように、ルカは大声で泣き喚いた。

 

 ごまかしの強がりも、悪役ぶった虚勢も、もうそこにはない。

 

 ――と思いきや。

 

「こんな()()()()()に、剣を向けるとかどうかしてるって思わない!? ねぇ!? ちょっとは考えて!?」

 

 ごろんごろんと地面を転がりながら叫ぶルカ。泥まみれになった銀髪を気にも留めず、泣き顔は全力。

 

「俺! 悪役っぽい言動してるけど! 実は繊細な心を持った乙女なんだよ!? ガラスメンタルだよ!? むしろ絹ごしだよ!? 崩れやすさランキング五指に入るよ!?」

 

「絹ごしは豆腐でしょ……」

 

 ノクスがぽそっと突っ込んだ。

 

 その横でアベルは剣を下ろしつつ、思わず半歩下がった。

 

「お、おい、なんだこれは……泣き方にキレがありすぎる……」

 

「俺を殺そうとした人が、その発言!? 心が痛まないの!? ねぇアベルって名前でしょ!? アベルさぁぁん!! アベルくん! アベル氏ぃ!!」

 

「呼び方のバリエーション増やさないでくれ……」

 

 アベルはひとつ深くため息を吐き、剣を鞘に戻す。

 

「落ち着け、小僧―」

 

 「小僧」と言いかけた瞬間、ルカの目がカッと見開かれる。

 

「ほらまただあああああああ!! 小僧扱いだあああああっ!! 俺はれっきとした女の子なんだからねええええええ!!」

 

「めんどくさい……」

 

 アベルの本音が、素で漏れた。

 

 だがルカの暴走は止まらない。

 

「この体型が悪いの!? スラッとしててボーイッシュって言われるのが悪いの!?」

 

 と言いながら、自分の胸元をぐいっと押さえて叫ぶ。

 

「あの魔術師はまだあるのに!なのに、俺は……俺は……!」

 

 隣にいたマリーが、突如として巻き込まれた。

 

「はぁっ!? ちょ、なんで私に飛び火してくるのよ!?」

 

「だってぇ……ッ!! 俺もそっち側に行きたかったのにぃぃ……! 悔しいっ……人生ガチャがっ……!!」

 

「泣きながら“人生ガチャ”って言うな!!」

 

 マリーの顔が真っ赤になりながら、勢いよくルカの頭にゲンコツが落ちた。

 

「いたぁっ!? 魔族差別だぁっ!!」

 

「誰が魔族関係あるって言ったのよ!」

 

 ぎゃーぎゃーと喚くルカと、それを容赦なく怒鳴り返すマリーの構図は、もう完全に“姉妹ゲンカ”のそれだった。

 

 それを見ていたノクスは、ぽつりとルカに問いかける。

 

「でも……本当に、誰も殺してないの?」

 

 その声に、ルカの肩がピクリと震える。

 

「え……あ、う、うん。ホントに殺してない……ちょっと血は吸ったけど……精々、数日貧血になるくらいで……死なないようにちゃんと量は調整したし……その後、りんごとかパンとか、差し入れもしたし……」

 

「え、善良……?」

 

 ノクスが首をかしげる。

 

「むしろ吸血鬼のイメージより人間的な対応してる気がする……」

 

「でしょ!? そう思うでしょ!? もっと評価されていいと思う!!」

 

 急に元気を取り戻したルカが、顔を涙と鼻水でくしゃくしゃにしながら満面の笑みを浮かべる。

 

「えっと、つまり……反省してるってこと?」

 

「うんうん! めっちゃ反省してる!もう二度と不審な尾行とかしないし、夜道でいきなり嚙みついたりしない!ついでに筋トレもするし、バストアップ体操もするし!!」

 

「最後のいらないでしょ!!」

 

 またもマリーが全力で突っ込む。アベルはとうとうその場で頭を抱えた。

 

「こいつ、殺すのが逆に難易度高くなってきたな……情が湧くというか……」

 

「別の理由で処刑したくなりましたけどね…」

 

 マリーが呆れたように言うと、ノクスは苦笑いを浮かべるのだった。

 

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