俺の母さん、実は魔王でした⁉   作:KuRoNia

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第六節:種族でなく―

「で……どうする?」

 

 アベルがやれやれと肩をすくめながら、泥まみれで泣きつかれた吸血鬼少女を見下ろした。

 

 ルカはまだ地面にぺたんと座り込み、すすり泣いている。涙と鼻水のせいで顔が原形を留めていないが、若干満足げな笑顔が混じっているのは、本人なりに気を緩めた証なのだろう。

 

「殺すのはやめたとしてもだ、このまま野放しってわけにもいかないだろ」

 

「そうね……監視対象にはした方がいいけど、収容所かな?でも魔族だし…」

 

 マリーも困り顔で頬を掻いた。

 

「っていうか、この子、めっちゃ懐いてるわよ? ノクスに」

 

 見ると、ルカはノクスの足元にぴったりとくっつき、袖をちょこんと掴んでいる。

 

「……え、えーと。」

 

 ノクスが困ったように言うと、ルカは顔を上げて力強く首を横に振った。

 

「このままで! このまま! 心が! 心が軽くなるの!」

 

「そっか…」

 

 そんなルカの姿を見て、ノクスはふと思い出す。

 

(――そういえば、母さんが言ってたな)

 

 しばらく前に、母さんがふと真面目な顔で語ってくれた言葉。

 

『ノクス。大事なのは……見た目じゃなくて中身なの。どんな種族でも、心が優しければ――』

 

 あのときの母の目は、優しくて、どこか遠くを見ているようだった。

 

(……母さんは、きっと人以外の種族のことも、そういうふうに考えてたんだ)

 

 気づけば、ノクスの口が自然と開いていた。

 

「じゃあ――僕が保護するよ。この子のこと」

 

 ルカの肩がびくっと跳ねた。

 

「……へ?」

 

 アベルとマリーも、同時に「は?」という顔になる。

 

「ちょ、ちょっと待てノクス、それは軽々しく――」

 

「そうよ。いくらなんでもそれは――」

 

「母さんが、言ってたんだ」

 

 ノクスはふたりの言葉を遮って、静かに言った。

 

「大事なのは、種族じゃなくて中身だって。この子が……人を殺してないってのが本当なら、僕はこの子を信じたい」

 

 その目はまっすぐで、揺るぎがない。

 

 アベルとマリーは顔を見合わせて、小さく息を吐いた。

 

「……マジで、あの母親の子どもだな」

 

「ほんと、変なところでブレないのよね」

 

「変って言った!?」

 

 ノクスが即座に反応したが、マリーはスルーして小さく笑った。

 

「……でも、まあいいか。ノクスがそこまで言うなら」

 

「俺は反対しない。保護って形なら、こっちも管理しやすいしな」

 

「それに……うん。なんか、この子見てると、こっちが負けた気がしてくるのよね」

 

 マリーの言葉に、ルカがぴくりと反応した。

 

「えっ、えっ? なに? 今のってつまり、え、ええっ?」

 

 ノクスが笑顔で言った。

 

「保護ってことで、うちに来る? ちょっと狭いけど、みんないるし……うるさいけど、楽しいよ」

 

 ルカはしばらくポカンとした顔をしていたが、次の瞬間、顔をぐしゃっと歪ませて――

 

「え゛え゛え゛え゛ん゛!! ありがとうございまああああすゥゥゥッ!!!」

 

 大音量の泣き声を上げて、ノクスに再びしがみつく。

 

「うわ、鼻水つく……」

 

「うるせええええええっ!! うわあああああん!!」

 

「泣きながらキレてる!?」

 

 泣いているルカのその姿に、マリーとアベルは再び頭を抱えるのだった。

 

「……これ、うちの依頼の記録にどう書くの?」

 

「“潜伏していた吸血鬼、少年の一声で情緒崩壊し、結果保護”……とか?」

 

「やめて、すごく誤解されそう……」

 

 静かな夜の街に、再び泣き声が響く。

 

 でもその声には、もう怯えや恐れはなかった。

 

 ――それは、誰かに受け入れられた、安心の声だった。

 

 

「……ふぅ。やっと静かになったね」

 

 帰り道、ノクスはため息をつきながら隣を歩くルカを見やった。

 

 泣きつかれたのか、ルカはポケーっと口を開けながら、どこか魂が抜けたような顔をしている。

 

「……わたし、今日だけで一年分くらい泣いた気がする……」

 

「そっか、よかったね……?」

 

「いや、よくはない……目の腫れ方が今日一番の殺意……」

 

 ふにゃふにゃと文句を垂れながらも、さっきまでの殺されそうだった吸血鬼とは思えないゆるさである。

 

 ノクスは小さく笑ってから、ふと思い出したように口を開いた。

 

「ねえルカ。僕の家族の話、少しだけしておくね」

 

「うん?」

 

「えーと、僕、ずっと母さんたちと暮らしてて、家族みんなすごく大事なんだけど……一つ、ちょっと気をつけてほしいことがあるんだ」

 

 ノクスは足を止め、真剣な顔をしてルカを見た。

 

「……僕の父さん、魔族に殺されたんだ。家族みんな、それで心に傷を負ってて。だから……もしルカが吸血鬼だって知られたら、怖がらせちゃうかもしれない」

 

「…………」

 

 ルカの顔が引きつる。

 

「いや、それ今言う!?」

 

「ごめん、今思い出した」

 

「今!?」

 

 バシバシとノクスの肩を叩くルカに、ノクスはひらりとかわしながら続ける。

 

「でもさ、ルカって見た目は人間とそんなに変わらないよね? 牙さえ見られなければ、少し若い中性的な旅人って感じだし」

 

「いや、女だからね!? 性別迷子じゃないからね!?」

 

「それで、家の中では“普通の人間”っぽくしてくれると助かるなって。お願いできる?」

 

 ノクスは、少しだけ申し訳なさそうに言った。

 

 ルカはぷくっと頬を膨らませたが、すぐに肩を落とした。

 

「……わかったよ。命の恩人だし、仕方ないなあ。人間のふりくらい、お安い御用だよ」

 

「ありがとう、助かるよ」

 

 二人は再び歩き出す。やがて、屋敷の灯りが見えてきた。

 

 そして――

 

「ただいまー」

 

 ノクスが扉を開けて元気よく声を上げると、廊下の奥からすっとセスが姿を現した。相変わらず丁寧な身なりと優雅な所作は、完璧な執事そのものである。

 

「お帰りなさいませ、ノクス様。……おや、後ろの方は?」

 

「あ、うん。ちょっと街で知り合った人でね。ちょっと訳ありの旅人なんだ。一緒に住んでもいいかなって」

 

「ほう……訳ありの旅人ですか」

 

(なんですかね、あの妙に控えた魔力……いや、これは吸血種? ノクス様、なぜ吸血鬼を連れて……)

 

 セスはにこやかな笑みを浮かべたまま、背後のルカを観察する。

 

「は、はじめまして。ルカって言います。人間です。生粋の、人間です」

 

(ああ、なんて分かりやすい嘘)

 

 続いて、奥の部屋から料理を持ってきたエステアが現れる。まるで絵に描いたようなお母さんスタイルである。

 

「おかえりなさいノクス。それと……新しいお友達かしら?」

 

「う、うっす……ルカです。人間です」

 

(その言い方がもう人間じゃない)

 

 笑顔を崩さずエステアは視線を流す。その瞳が、一瞬だけ鋭く光った。

 

(牙、見えた。うん、吸血鬼ね)

 

 だがエステアは何事もなかったように優しくうなずいた。

 

「まあ……大変だったのね。ノクスがそう言うなら、歓迎するわ。ゆっくりしていってね」

 

(なんで魔族の匂いがプンプンする子が“訳あり旅人”って説明でここにいるのよ……!?)

 

 一方のルカは、にこにこ笑うエステアに頭を下げながら、内心は大混乱だった。

 

(なにこの人!? この家、人間のはずじゃ……? でもこの女の人、オーラがやばいんだけど!?)

 

 そこへ、階段からぬるっとモルテが登場。

 

「……来客か」

 

「わ、わっ!? な、なんか出た!?」

 

「私はノクスの……姉じゃ」

 

(誰が見ても人間じゃないからね!? その不気味な魔力、バリバリに魔族だからね!?)

 

 一方モルテは、冷めた目でルカを観察していた。

 

(吸血種か……まあそれはよいか。問題は、なぜノクスがそれに気づかず家に連れてきたかじゃが……まさか“人間”と思ってるのか?)

 

 続いて、奥からアミーとリュースも登場。

 

「きゃー、可愛い子! ノクスが連れてきたの? 中性的なのがタイプなのかしら?」

 

(吸血鬼か……なんで?)

 

「ほう……旅人かぁ」

 

(なんで吸血鬼が?)

 

「ふあぁぁぁ~、あれ?ノクス帰ってたんだ~、ん?誰?」

 

(魔力の感じ的に吸血種かな?騙されては…ないっぽいね)

 

「わ、わたしはルカ!旅人ですっ!! 生まれてこのかたずっと人間!!」

 

(寝起きっぽい子以外全員化け物レベルじゃないか!どうして!?)

 

 ルカは必死に胸を張った。明らかに挙動不審なその様子に、家族全員の心の中には同じ文字が浮かんでいた。

 

((( バレバレ )))

 

 だがノクスは、それらをまったく気にしていない。

 

「みんな優しいから大丈夫だよ。ルカ、家族だと思ってゆっくりしてってね!」

 

 ぱあっと笑うノクスの言葉に、ルカは微妙な顔で頷く。

 

「……う、うん。ありがとう。えっと……ここの家族は、その、普通の人なんだよね?」

 

 ピタッと動きが止まる家族たち。

 

((( 普通の……人…… )))

 

 ――絶対違う。

 

「ええ、もちろんですわ。私は“普通の”未亡人のお母さんですもの」

 

「はい、私は“普通の”執事でございます」

 

「“普通の”姉じゃ」

 

「“普通の”姉2です~」

 

「……“普通の”護衛だな~」

 

「“普通の”居候っしょ~」

 

(絶対嘘!!)

 

 思わずルカが頭を抱えた、そのときだった。

 

「ルカちゃん、好きな食べ物ある? 夜ご飯は一緒に食べようよ!」

 

「え、あ、うん、わたし血は……じゃなくて、トマトとか、好きかな……?」

 

「いいね! トマトたっぷりのハンバーグにしよう!」

 

(トマト!? 血っぽい色にしとけばバレないって思ってる!?)

 

 ぎこちなく会話を続けるルカを見て、家族たちは内心の混乱を押し殺しながら思っていた。

 

(どういう状況なのこれ……なぜ吸血鬼が“人間のふり”をしてる?)

 

 そしてルカも思っていた。

 

(どういう状況なのこれ……なんで“人間のふり”してる化け物だらけなの!?)

 

 そして誰も真実を言わないまま、全員が“バレてないフリ”をし続けた結果――

 

「……ええい、もうどうにでもなれーっ!!」

 

 ルカ、精神の限界を迎え、床に突っ伏して悶絶。

 

 ノクスだけが、ほんわか笑いながらそんなルカの背中を撫でていた。

 

(……うん。なんだかんだ、きっと大丈夫、家族のみんなにはバレてないよね?)

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