俺の母さん、実は魔王でした⁉   作:KuRoNia

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第二節:親の心子知らず

 朝の日差しが差し込む食堂に、ノクスの呼びかけで家族全員が集まっていた。

 

「なんだなんだ、何かめでたい話か?」

 

 リュースが大きな声で笑いながら椅子に腰かけ、アミーは「ノクスちゃんが恋でもしたのかしら~?」とからかうように言いながらも、興味津々な顔で待っていた。

 

 ジョーヌはまだ寝ぼけまなこで、片手にパンを持ちながら無言で頷く。そしてセスは、給仕の準備をしながらも気遣うようにちらりとノクスを見つめていた。

 

 ルカは自慢の髪をかきあげながら「とうとうノクスも俺の魅力に気づいたか!」と一人斜め上の勘違いをしていた。

 

 そんな中、エステアとモルテは、少し緊張した面持ちでノクスの後ろに立っていた。

 

(昨日、少し吹っ切れた様子だったけど……)

 

(ふふ、ノクスが自分の気持ちを伝えようとしておる……これだけでちょっと感動してしまうのじゃ)

 

 二人はすっかり“保護者目線”になっており、ノクスの言葉を温かく見守る準備万端だった。だが――。

 

「みんな……俺、冒険者になりたいんだ!」

 

 その一言で、空気が変わった。

 

「……あ?」

 

 リュースの咀嚼が止まった。

 

「ほう……」

 

 セスが思わずお茶をこぼしかけた。

 

「え、えぇぇ……?」

 

 アミーが目を丸くし、ジョーヌが珍しくパンを落とした。

 

「あれ?」

 

 ルカは告白じゃないの?という顔でパンを咥えたままフリーズしていた。 

 

 そして――エステアとモルテが、ほぼ同時に青ざめた。

 

(え、それ、そんなガチなの!? パン屋さんの見習いとかじゃなくて!?)

 

(ちょっと待て!? 冒険者!?)

 

 二人は、昨日の会話を思い返す。

 

『挑戦してみない? やらずに後悔するよりは、ね』

 

『ダメだったらその時は存分に姉の胸で泣くがよい』

 

 ――あの時の自分を、全力で張り倒したい!

 

「え、えーっと……ノ、ノクス?」

 

 エステアの声が少し震える。

 

「その……昨日、言ってた“なりたいもの”って、まさか、そっち系だったの……?」

 

「うん。昨日、背中を押してくれたじゃん。だから……俺、決めたんだ。冒険者になるよ!」

 

 満面の笑みで宣言するノクスに、エステアはカクンと膝が折れそうになるのを堪えた。

 

(ま、まさか、こんなに危険な職を選ぶとは……!)

 

(ううう、あの時の“好きな職業を選びなさい”が、こんな地雷を踏むとは思わなかった……)

 

 一方モルテは、腕を組みながら顔を引きつらせていた。

 

(……いやいやいや、もっと無難な方向じゃなかったのか!? 図書館司書とか、文官とか、見習い死霊術士とかあるじゃろ!?)

 

 とはいえ、ここで「やめなさい」と言ったら昨日の自分たちの発言が無意味になる。しかも、何よりノクスの目が、完全にキラキラしているのだ。

 

「おぉ~、いいじゃないかノクス! 夢はでっかく、目指すはSランク冒険者だな!」

 

 リュースは無邪気に笑ってグッと親指を立てた。

 

「それにしてもノクスちゃんが冒険者ねぇ……うーん、似合う気もするし、心配もあるわね~?」

 

 アミーは頬に手を当て、若干煽り気味。

 

「まぁ、本人がやるってんなら止めはしないけどさぁ~」

 

 ジョーヌはボソボソと呟きながらも、内心では(見守るしかないでしょ……)と覚悟している様子。

 

 二人は、次第に押し寄せる周囲のリアクションに呑まれながら、内心で頭を抱えていた。

 

(あああああ、どうしよう……! 今さら止めたらノクスに幻滅されるかもしれない……!)

 

(っていうか、冒険者になって外の世界に出たら、魔族とか魔物と接触することになるじゃん!? それ、マズすぎるでしょ……!)

 

 二人ともパニックになりかけながら、しかし表面上は「良き理解ある母」と「しっかり者の姉」の顔を必死で保っていた。

 

「そ、それでノクス……その、冒険者になるって、どこまで具体的に考えているのかしら……?」

 

「えっとね、まずは街のギルドに行って、登録して、それで――!」

 

 ノクスは勢いよく話し始め、未来の自分に思いを馳せて目を輝かせていた。

 

 そんな様子を見て、モルテは再びため息をついた。

 

(……もう、止まらんな。ここまでノリノリなノクスを前に、説得なんてできるかい)

 

 その横で、エステアも静かに頷く。

 

(後戻りはできないわね……せめて、私たちで守れるようにしないと)

 

 そして、その瞬間から――

 

 魔王エステアと死霊術師モルテの、過保護すぎる“冒険者サポート体制”が極秘裏に動き出すのだった。

 

(――ノクスが冒険者になる? いいわ。その道、死んでも安全にしてみせる!)

 

 そんな過保護の二人が決意していた直後――。

 

「……って、え? ノクスが冒険者に?」

 

 食卓の端でパンをくわえたままフリーズしていたルカが、ようやく再起動したように反応した。口元にパンくずをつけたまま、ぽかんとした顔でノクスを見つめる。

 

「そ、そうだけど……?」

 

 ノクスが少し不思議そうに答えると、ルカは突然、自信満々の顔つきになり

 

「じゃあ俺が先輩だな! ほらっ!」

 

 そう叫びながら、腰のポーチから何かを取り出してテーブルにドンッと置いた。それは、黒い革製の札に金属の縁取りがされた、小さなプレートだった。

 

「……これ、冒険者カード?」

 

 ジョーヌが目を細めながら口元のパンを止め、セスが静かにカードを覗き込む。

 

「ええと……名前、ルカ。ランクは……D?」

 

「ちょ、ちょっと待って! ルカ、冒険者登録してたの!?」

 

 ノクスが目をまん丸にして叫ぶと、ルカは得意げに胸を張った。

 

「ふふん、驚いたか?まだお前幼く布団でぐっすり寝てる頃、俺は命懸けで依頼をこなしていたのだ!」

 

 ――なお、実際にやっていたのは「荷馬車の護衛」と「迷子の犬探し」である。

 

「すごいわね……っていうか、いつの間に……?」

 

 エステアがぽつりと呟くと、ルカは胸に手を当て、まるで英雄のように語り始めた。

 

「街から街へと移動してる身としてはな、冒険者の“護衛依頼”ってのが実に都合がいいんだ。移動のついでに報酬ももらえるし、飯も出る。最高だろ? だから軽いノリで登録した!」

(ついでに寝ている対象から()()も出来たしな、まぁ言わないけど)

 

「軽いな……!」

 

 モルテが呆れながらも、妙に納得したように頷く。

 

「まあ、確かにルカちゃんレベルなら、低級魔物くらいなら問題ないでしょうしね」

 

 アミーが苦笑しながら言うと、ルカはすかさず「当然だ!」と叫び――

 

「俺の実力、見せてやるよ!」

 

 ――と、謎のシャドーボクシングを始めた。細い腕をぶんぶん振り回しながら、部屋の中を軽快にステップするルカ。

 

「へいっ、はっ! そいっ!」

 

「うわ、パン落ちるから跳ねないでよ!」

 

 ジョーヌがパンを死守しつつ退避し、アミーは笑いを堪えながら見守っている。リュースに至っては「やれやれ、元気なガキだな……」と笑いながら肩をすくめていた。

 

「で、でもすごいな……ルカ、先輩だったんだ」

 

 ノクスは純粋に感心しながらカードを見つめる。ルカは得意げに顎をしゃくりながら――

 

「ふっふっふ。わかっただろ? お前に足りないのは、経験と実地だ! だから俺が一から教えてやるよ、ノクス!」

 

「ほんとに!?」

 

「ああ、だから――」

 

 そう言って、ルカは勢いよく右手を差し出し、堂々と叫んだ。

 

「ノクス! 俺とパーティを組もう! 二人きりで!」

 

 一瞬、沈黙が落ちた。

 

「……え?」

 

 ノクスがぽかんと口を開けた。

 

「…………」

 

 家族全員の目線が一斉にルカに集まる。

 

「…………」

 

 ルカは、一拍置いてから「あっ」と気づく。

 

「お、おい待て!? 今のはそういう意味じゃねえからな!? 変な意味じゃねえぞ!?」

 

()()()()()って言ったのか?」

 

 モルテが低く問いかける。

 

「ルカちゃんってば……大胆」

 

 アミーが含み笑いを浮かべる。ただ目は明らかに笑っていない。

 

「ノクス様の“お世話”は我々家族の義務ですので」

 

 セスがキラキラと凄みのある笑顔で言う。

 

「ふ、ふざけんな! ちげぇ! そういうんじゃねえっ!」

 

 ルカは顔を真っ赤にして両手をぶんぶん振った。

 

「べ、別にノクスのことを特別に好きとかそんなんじゃ――」

 

()()って言ったわね…」

 

 エステアの目がギラリと光る。

 

「こ、言ってねえっ!! やめろ、全員落ち着けぇぇぇぇっ!!」

 

 ルカの絶叫が屋敷に響き渡る中、当のノクスはぽかんとしたまま「え、組むってどういうこと?」と素で聞いていた。

 

 ――騒がしい家族会議は、今日も笑いと混乱に包まれて幕を閉じた。

 

(……でも、こうして一歩踏み出せた。きっと、冒険の始まりなんだ)

 

 ノクスはそう思いながら、自分の“冒険者としての第一歩”を、胸の中でそっと刻んだのだった。

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