俺の母さん、実は魔王でした⁉   作:KuRoNia

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第三節:冒険者への第一歩

 朝の陽光が窓辺に差し込み、部屋を柔らかな金色に染めている。ノクスは寝巻きのまま、鏡の前でちょっとした身だしなみチェックに余念がなかった。

 

「ふむ……髪、よし。服もよし……剣……は飾りだけど一応よし!」

 

 小さくガッツポーズをしてから、ベッド脇に置いていた鞄を手に取る。中身は軽い保存食と、ちょっとした応急手当用品。それに、昨日こっそりセスからもらった護身用のナイフも忍ばせてある。ほんの数日前までただの町民だったのに、今や冒険者を目指す第一歩を踏み出そうとしているのだ。足取りにも自然と気合が入る。

 

「うん、よしっ!」

 

 扉に手をかけようとしたそのとき、コンコンと控えめなノックの音がした。

 

「ノクス、いるかしら」

 

「入ってもよいか?」

 

 聞き慣れた声が二つ。ノクスが扉を開けると、そこにはエステアとモルテが並んで立っていた。

 

「あ、母さん、モルテお姉ちゃん……おはよう」

 

 ノクスが少し気恥ずかしそうに言うと、エステアが優しく微笑み、モルテが腕を組みながらノクスをじっと見つめてきた。

 

「ふふ、随分と張り切ってるわね。今日は大事な一日、って顔してる」

 

「……バレてる?」

 

「まるわかりだ」

 

 エステアはクスリと笑い、モルテはいつもの口調で淡々と返す。

 

「で、どうせ冒険者ギルドに登録しに行くつもりなんでしょう?」

 

「なっ、どうしてわかっ――いや、そうだけど……」

 

 さすがに母と姉、観察眼が鋭い。驚くノクスに、モルテは小さくため息をついた。

 

「悩んでるそぶりだったのに、いざ決意したら止まらない。まったく、そういうところは誰に似たのかしらね?」

 

「そんなにわかりやすかった?」

 

「ふふ…親の目は誤魔化せないのよ」

 

流石僕の親だなと内心でノクスが感心していると、モルテが一歩前に出て軽く肩を叩いた。

 

「……で、一人で行くつもりだったのか?」

 

「うん、ちょっと恥ずかしいけど、ここは一人で行かないとって思ってたんだけどジョ……」

 

「無理。心配すぎる。行く」

 

 食い気味にモルテは即答した。

 

「ええ、私も付き添うわ。だって、ノクスはまだ子供なんですもの」

 

「いや、子供って言うけど……」

 

「子供よ」

 

 食い気味でエステアが断言し、ノクスは肩を落とす。

 

「…ジョーヌとルカもいるし、大丈夫だよ……」

 

「ジョーヌ?」

 

 その名前が出た瞬間、モルテの眉がピクリと動いた。

 

「うっかりしてた。あの居候に任せて大丈夫なわけないのじゃ」

 

「じゃあもう確定で行くわよね、モルテ」

 

「そうじゃな」

 

 二人は軽くうなずき合い、完全に同行体制が整った。

 

 ――その直後。

 

「おはようっ、ノクス」

 

 部屋のドアの脇からぬっと顔を出してきたのは、赤い目が眠たげなジョーヌだった。ノクスが準備していた物音につられて様子を見に来たようだ。

 

「もう出かけるの? じゃあ、行きますか~」

 

 そして、一行は玄関ホールへと向かい、ちょうど出発の準備をしていたところで――

 

「よぉっ、待ってたぜ!」

 

 門の前で仁王立ちしていたのは、案の定というべきか、満面の笑みを浮かべた銀髪の吸血鬼、ルカだった。

 

「なんで先に来てるのさ」

 

「先輩として当然だろ! こういう日は早起きして現地集合が基本なんだよ、基本!」

 

 やたら爽やかに手を振るルカ。その背中には、これまた軽装ながらなぜか無駄にカッコいいマントがひらりと風になびいている。妙に決まっているのがまた悔しい。

 

「じゃあ俺が先導するからついてこいってな! よーし、ノクス、最初はまずギルドだ! いざ出発!」

 

 自信満々に歩き出すルカの背を見て、ノクスが少しだけ笑う。

 

「……面白い家族だな、ほんと」

 

 その言葉にエステアとモルテが少しだけ苦笑し、ジョーヌが小さくつぶやいた。

 

「面白い家族って、あんたも十分その一員だけどね」

 

「それではノクス様、気を付けていってらっしゃいませ」

 

「いきなり危ない依頼とか受けないようにね!」

 

 セスとアミーに見送られながら、ノクスたちは冒険者ギルドへと一歩を踏み出した。

 

 

 アルセナの街の中央広場にほど近い場所、石造りの建物が立ち並ぶ中で一際目立たない中規模の建物が、それでも堂々とした佇まいを見せていた。

 

 その扉に、ノクスは緊張混じりの期待を抱きながら手をかけた。

 

「……着いた。ここが、冒険者ギルド」

 

 はしゃいでいたルカと、口喧嘩をしていたジョーヌはぴたりと口を閉じ、後ろで見守るエステアとモルテも静かに頷いた。

 

 扉を押し開けた瞬間、ギルド内部の空気が一気に視界に広がる。

 

 広々とした石床に、木製のカウンター。掲示板には依頼が並び、奥には談笑する数人の冒険者たち――ざっと見て、十人ほど。辺境の街だけあって、昼の時間帯でも人はまばらだった。

 

「うわあ……本当にギルドだ……!」

 

 ノクスが小声で感嘆すると、後ろからルカが肩を組みながら耳元で囁いた。

 

「よし、俺が全部仕切ってやる。初登録って意外と面倒なんだぜ? 書類とかあるし、ついでにオススメの依頼も――」

 

「うるさい。あんたは余計なことして邪魔するだけっしょ」

 

 横からジョーヌがピシャリと言い放つと、ルカは「なんだとぉ!?」と唸ってまた口喧嘩になりかけた。

 

 そんな様子を後ろで見ていたエステアとモルテは、心配そうにノクスの背中を見つめていたが――その直後、事態が思わぬ方向に動いた。

 

「……おい、なんだぁ? 子供のお遊び場かと思ったら、ほんとに子供が来たのかよ」

 

 場の空気を裂いたのは、カウンター近くで座っていた筋骨隆々の大男の声だった。

 

 ノクスが振り返ると、褐色の肌に荒れた髭面、明らかに喧嘩慣れした雰囲気の冒険者が、鼻で笑いながらこちらを見ていた。

 

「保護者付きで登録しに来るような坊やが、モンスター相手に戦えると思ってんのか? やめとけって。どうせすぐに死んじまう」

 

 その言葉に他の冒険者たちもクスクスと笑い始める。

 

「だな! 剣よりママのスカートの陰に隠れてるほうが似合ってるぜ」

 

「この歳で登録なんざ、どこかのお偉いさんの坊ちゃんだろ。気合だけじゃ生き残れねぇっての」

 

 ノクスはぐっと拳を握った。確かに自分は子どもだ。実際、戦った経験なんて数えるほどもない。

 

 だが、それでも――

 

「僕は、そんなことで諦めたりなんか――」

 

 そう言いかけた瞬間、ギルドの空気が一変した。

 

 ぴたりと笑い声が止む。

 

 肌を撫でる空気が、氷のように冷たくなったかのようだった。

 

 気配に気づいた冒険者たちがゆっくりとノクスの後ろに目をやる。

 

 その先に立っていたのは――エステアとモルテだった。

 

 二人とも、一言も発していない。ただ、静かにノクスの背中に立ち、ギルド全体を見渡していただけだ。

 

 なのに――

 

「う……っ、あれ……?」

 

 最初に気づいたのは、先ほどノクスを馬鹿にしていた大男だった。首筋に冷や汗が伝う。まるで、獣に睨まれたような感覚。

 

 次に気づいたのは、笑っていた周囲の冒険者たちだ。誰もが身じろぎもできずに、その場に立ち尽くす。

 

 エステアは、ゆっくりと一歩前へ出ると、微笑みながら言った。

 

「うちのノクスに、何か文句でもあるのかしら?」

 

 声は柔らかいのに、どこか底知れない圧を感じさせた。まるで深海から忍び寄る怪物のように、穏やかでいて凄まじい。

 

 そしてその横で、モルテが一歩進み出ると、淡々と告げた。

 

「誰か一人でもまた下らない事を口に出したら、肋骨の数を数えさせてやろう」

 

 それが脅しでなく、事実に基づいた宣言であることは、その冷ややかな目を見れば明らかだった。

 

「ひっ……」

 

 誰かが小さく悲鳴を上げた。つい先ほどまで威勢のよかった冒険者たちは、すっかり縮こまっている。

 

 ノクスは慌てて二人の腕を引いた。

 

「や、やめてってば! 大丈夫だから、僕は平気だから!」

 

 その言葉に、エステアとモルテはぴたりと動きを止める。

 

 エステアはふわりと微笑み直してから、ノクスの頭を軽く撫でた。

 

「ごめんね。でも、ノクスが傷つけられるのを見るのは嫌なのよ」

 

「我らは常にノクスの味方だ。だからこそ、傷つく必要はないのじゃ」

 

 二人の言葉に、ノクスは胸が熱くなった。けれど、同時にこのままだと逆に自分が守られすぎているのではと心配にもなる。

 

(冒険者になるって、そういうことなんだよな……)

 

 しっかりしなきゃと、ノクスは気を引き締めた。

 

 そして受付へ向かうその背中を、家族たちは優しいまなざしで見守っていた――ただし、後ろの冒険者たちは、冷や汗まみれで震えていたが。

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