第一節:再会と仮の加入
家族に手袋を贈ったあの夜から、もう数日が経った。
その時は本当に嬉しくて、みんなの喜ぶ顔が見られて、胸がじんわりあったかくなった。
でも、そんなあたたかさも、今は少しだけ不安に変わっている。
理由は一つ。
「あの時の、アリスの“パーティに入れてください”宣言……」
あまりに突然すぎた。
みんな驚いてたし、もちろんノクス自身も頭の中が真っ白になった。
結果、とっさに「返事はパーティのみんなと相談してから言うね!」と叫んでしまい、ジョーヌとルカを引き連れて逃げるように自室に退散したのだ。
それからというもの、三人で何度も相談はしている。
「アリスをパーティに入れるかどうか?」
けれど、どうにも話がまとまらない。
「うーん……あいつ、神聖魔術使えるんでしょ? それなら戦力的には申し分ないじゃん?」
そう言ったのはジョーヌだった。例によって果実水を飲みながら、椅子にのけぞっている。
ジョーヌはノクスのことが好きだし、嫉妬するかと思ったけど意外と冷静だった。
「でも……なんか、あいつ『良い子すぎて怖い』って感じしない?」
「どういう意味?」
「なんかこう、慈愛! みたいな。全部許してくれそうで逆に罪悪感で死にそう……っていうか、絶対あれ小言すごいタイプだよ……きっとね」
「……ジョーヌ、お前、なにかやましいことしてるのか?」
「ちょっとくらいはあるかもしれないでしょ!」
ルカが呆れ顔でため息をつく。
「ま、ジョーヌの言い分も一理あるが……俺も、正直まだちょっと警戒してる」
「アリスを?」
「そうだ。いくらなんでも出来すぎてる気がする。見た目も可愛い、心も綺麗、声も澄んでるし、神聖魔術もできて人助けが趣味とか、なんか一つくらい
「ルカ、前に“胸はまあまあ”とか言ってなかった?」
「それは関係ない!」
「あるわよね?」
「ない!」
いつも通りのしょうもない言い争いになりかけて、ノクスは苦笑した。
でも、少しわかる気もした。アリスは確かに“完璧すぎる”のだ。
……だからこそ、本当に仲間として迎えていいのか、悩む。
何かしら裏があるわけじゃない。でも――
この三人の空気の中に、アリスがちゃんと馴染めるだろうか?
馴染んでくれるだろうか?
「……でも、俺は嬉しかったんだ」
ノクスがぽつりとつぶやくと、ジョーヌとルカが静かになった。
「アリスが、パーティに入りたいって言ってくれたこと。びっくりしたけど、嬉しかった。だから――ちゃんと答えたいんだ」
その言葉に、ジョーヌが肩をすくめた。
「……ま、ノクスが言うなら、もうちょっと真面目に考えるけど」
「俺は、直接アリスの意志をもう一度聞いてみてもいいと思う」
「聞くって……もう一回、誘いを確認するってこと?」
「そう。勢いで言っただけかもしれんし、もしかしたら何か理由があるかもしれない。改めて話して、どうしたいか聞いてみよう」
「……うん」
そうだ。
ちゃんと向き合って、ちゃんと話して、それから――仲間にするかを決めよう。
その日、ノクスは決めた。
明日、アリスとちゃんと話をしようと。
次の日、日はとうに午後を過ぎていたが、春の風はまだ優しく街路樹を揺らしていた。三人は、表情にそれぞれの思いを浮かべながらも、教会へと歩みを進めていた。
――その道中、二人の声が小さなざわめきのように交差した。
「あーし……教会に、入っていいのかな……?」
ジョーヌの声は少し不安げだ。彼女はいつもは気にしない事だが教会という場所には種族としての本能なのか少しだけ距離を感じるのかもしれない。背中には飲まされた啓示かのように小羽が隠れており、入るのはなんとなく憚られる。
「うーん……さすがに、いいんじゃね?」
「うーん、なんか……でも、教会ってテンション下がらない?」
ルカは自慢げに言ってくる。
「俺が違う町の教会を観光した時は特に何もなかったから大丈夫だ」
これを聞いたジョーヌは鼻先で笑い、片手を腰にあてて返した。
「ふふ、なにそれ吸血鬼が教会を観光って、ヤバすぎでしょ」
するとルカは鼻で笑い返す。
「有名な観光名所だったんだぞ」
何を言い合いをしていたのか聞こえなかったが、いつもの調子の二人にノクスは小さく笑みを漏らす。
(相変わらずだな……ま、二人が緊張をほぐしてるならいいか)
そう思ったのも束の間、気づけば三人はいつの間にか教会の前に立っていた。静かに背の高い扉が彼らを迎え入れた。
◆ ◆ ◆
礼拝堂の中はゆらゆらとステンドグラスの色彩が揺れ、午後の光がやわらかに差し込んでいた。木製の長椅子が整然と並び、その奥には聖壇と司祭の姿が見えた。
「……あ、いた」
ノクスが息をひそめる。三人の姿は、アリス――聖女見習いのシスター服姿――と神父、その後ろに冒険者の姿が二つ。
ベアルとマリーだ。
アリスが一瞬、ちらっと三人を振り返る。その表情は穏やかだが、内心で何かを考えているようにも見えた。
ルカは腕組みして唇をへの字に曲げ、苦笑を浮かべる。
「……あの二人。……来てたのか……」
ベアルは赤髪を後ろに払って、愛想良くアリスや神父と話している。その姿を目撃してルカは心をぎゅっとつかまれたように感じ、頭を振って不安を取り払っていた。
一方ジョーヌは、すでに観察モードに入っていた。
「……んふふ。見て。なにか重要な
ノクスがごくりと息を呑む。
「邪魔しちゃだめかな……?」
するといつもの調子を取り戻したルカが背後から声をかけてきた。
「ノクス、そう思うなら黙っていようぜ。邪魔になったら悪いから声かけちゃダメだぞ、決してビビってる訳じゃないからな」
ジョーヌも小声で言葉を重ねた。
「話が終わるまでそこに座って待ってようか。」
三人はすり足で入口近くの長椅子へ静かに座り込んだ。説得力のある後方空間が、どこか安心感を醸し出している。
静かな教会の空気が一変したのは、長椅子に腰かけていたノクスたちを、談笑を終えたベアルが見つけたときだった。
「あれ? よう、ノクスじゃねぇか! 久しぶりだな!」
教会の静謐さにそぐわない元気な声が堂内に響き、入口近くにいた三人の視線が自然とベアルに向けられる。
「また冒険譚でも聞きに来たのか? いくらでも話してやるぞ!」
その能天気な口調に、ジョーヌは吹き出しかけ、ルカは少しうんざりしたように視線をそらした。一方ノクスは立ち上がり、軽く手を挙げて挨拶を返す。
「お久しぶりです、ベアルさん。でも、今日は冒険譚じゃなくて……アリスに用事があって来たんです」
その言葉に、ベアルの後ろにいたアリスがぱっと顔を上げ、うれしそうな笑みを浮かべてこちらへ駆け寄ってきた。
「本当ですか、ノクス君!?」
控えめなシスター服姿の少女――アリスは、両手を前に組んだまま、ちょこんと頭を下げて挨拶した。その後ろから、ベアルとマリーも興味深そうに付いてくる。
「なんだなんだ?」と興味津々のベアル。
ノクスは小さく頷き、二人の仲間――ジョーヌとルカ――の方へ視線を向ける。
「えっと……あの後、ジョーヌとルカと何度か話し合って……それで、まだちゃんと答えが出たわけじゃないんだけど」
少し言い淀むノクス。アリスは心配そうに小首をかしげた。ルカとジョーヌも黙ってノクスの背を見守っている。
「……でも、ずっと悩んでるより、一緒に過ごしてみて、それでうまくいったら正式に、って……仮加入って形で、アリスに入ってもらうのはどうかなって、そう考えたんだ」
提案というよりも、慎重に気を遣いながら絞り出したような言葉。それでも、その言葉にはノクスの誠意が込められていた。
アリスは目を見開いたあと、そっと唇に笑みを浮かべた。
「……うれしいです。ありがとうございます、ノクス君。それで十分です、わたしも、頑張ります!」
その返事に、ノクスはほっとしたように頷いた。すぐ隣のジョーヌは腕を組みながらも、
「ま、しゃーないよね。仮だし? 問題があったら、切り捨てるかんね」と口を尖らせながらも、渋々容認。
ルカは、ため息を一つついてから肩をすくめた。
「ま、俺としてはちょっと心配だけど、ノクスがそう言うなら……一旦それでいいさ」
一つの結論が出た空気の中、場の温度とは裏腹に、二人の来訪者が固まっていた。
「……え?」
「……ちょ、ちょっと待って? 今、なんて?」
驚愕の表情を浮かべたのはベアルとマリーだ。
まずベアルが最初に声を上げた。
「ノクス、お前……冒険者になったのか!?」
マリーも追従する。
「それだけじゃなくて、ルカとパーティ組んでるの? それに、アリスちゃんも……?」
三重の衝撃。まるで大波が押し寄せたかのような勢いでベアルとマリーは混乱していた。
ノクスは少し気まずそうに頭を掻いた。
「う、うん……ちょっと前に、冒険者になったんだ。最初は軽い気持ちだったけど、今はちゃんとやってるよ」
「野菜配達とかねー」とジョーヌが補足し、ルカはどこか得意げに胸を張った。
「なかなか頑張ってるんだぜ? ノクスのやつ、根性あるし、覚えも早い」
その様子に、ベアルは唖然とし、しばらく沈黙していたが、やがて堪えきれずに笑い出した。
「……ははっ、そうか。そうだったのか! まさか、あのノクスが冒険者とはなぁ……」
「ほんと……でも、素敵だね。仲間もいるし、目標もある。仮とはいえ、アリスちゃんも……」
マリーが微笑んで言うと、アリスも恥ずかしそうに頷いた。
「わたしも、ちゃんと力になれるよう、頑張ります」
柔らかな空気が教会内に広がった。
ノクスはこの時間が少し不思議に思えた。あの頃、ただベアルたちの話を目を輝かせて聞いていた自分が、今こうして冒険者になり、仲間と共に未来を語っている。
(……ちょっとずつだけど、俺、ちゃんと前に進めてるのかな)
そんな思いが胸の奥に湧き上がり、ふと顔を上げると、目の前にいる仲間たち――ジョーヌも、ルカも、アリスも、皆それぞれの想いを胸に立っていた。
新たな絆が、また一つ、静かに芽吹いた瞬間だった。