俺の母さん、実は魔王でした⁉   作:KuRoNia

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第八節:混沌とした救出劇

深夜の森は、昼間と同じ場所とは思えないほど、暗く、冷たく、湿った空気で満ちていた。

 

ノクスはジョーヌとルカと並びながら、前を歩くエステアの背を追って森を進む。ひんやりとした夜風が肌を撫で、草木が風で揺れるたびに、どこからともなく不気味な軋む音が聞こえてくる。

 

心臓の鼓動が速くなるのを感じながらも、ノクスは前を向き続けた。

 

(怖いけど……僕が言ったんだ。アリスを必ず助けるって)

 

その想いだけが足を前へ進ませていた。

 

しばらく進むと、樹々が途切れ、森の奥に不自然に開けた空間が現れた。

 

月光が差し込み、そこだけが白く照らされている。

 

その中央には、リッチがいた。

 

ボロボロのローブを纏い、朽ち果てた骨の手を後ろに組み、静かに怯えた顔で縮こまるアリスを見下ろしていた。

 

「――アリス!」

 

ノクスが思わず駆け出そうとするのを、エステアが手を伸ばして止める。

 

「待ちなさい。様子を見るわ」

 

その声には普段の柔らかさはなく、鋭さが混じっていた。

ノクスの声で気が付いたアリスは顔を上げ、震える声を必死に張り上げる。

 

「ノクス君!ジョーヌさん!ルカさん!エスティさん!私のことはいいから逃げてください!!」

 

必死に、懇願するような声だった。

 

「このリッチは……神聖魔術が効かない理外の化物です!あなた達まで死んでしまいます!!お願いだから、逃げて――!!」

 

その声は森の静寂を切り裂き、ノクスの胸に突き刺さった。

 

(逃げる……?)

 

小さく息を呑むノクスをよそに、その場にいたリッチが肩を揺らして笑い声を漏らした。

 

「ほう、せっかく来たのだ。我々を倒し、攫われた聖女を救う……それこそ英雄として名を挙げる絶好の機会ではないか。」

 

その声は骸骨の口から響くとは思えないほど、滑らかで響き渡った。

 

「ここで逃げ帰るなど……興が冷める様な真似は、すまいな?」

 

ぎぃ……と骨が軋む音を立てながら、リッチがゆっくりと振り返る。

 

月明かりに照らされて現れたその顔は、髑髏そのものだった。眼窩の奥に僅かに赤い光が灯り、瘦せ細った骨の体に黒いローブがひらめく。

 

だがその赤い光がノクス達を捉えた瞬間――

 

「ッス――……」

 

声にならない息が漏れ、光が一瞬で震え始めた。

 

ノクス達は緊張して身構えたが、リッチはまるで上司を見るような目でノクス達の後方――

 

エステアを見つめていた。

 

『な、なんでノクス坊ちゃんがここにいるんですかぁぁぁ!?』

 

という目で、リッチは必死にエステアに視線を送りまくっていた。

 

『え……ちょっと……エステア様!?あの計画は!?どうしてここに!?しかもノクス坊ちゃん連れてきちゃ駄目じゃないですか!?』

 

と目で必死に訴えるリッチ。

 

対するエステアも、心の中で頭を抱えながら目で返す。

 

『ごめん……ちょっと手違いがあったのよ……』

 

と、申し訳なさそうに眉を下げる目。

 

『手違いってレベルじゃないですってぇぇ!!』

 

『後でちゃんとフォローするから……!』

 

そんな二人の目による高速無言会話が数秒の間に繰り広げられていた。

 

もちろん、そのことなどつゆ知らずのノクス達は――

 

ルカがジョーヌの脇を小突く。

 

「おい、なんか睨み合ってるけど、今がチャンスじゃね?」

 

「……まあ、そうかもね」

 

ノクスは短剣を引き抜くと、一歩前へ出た。

 

「アリス!逃げるわけないだろ!!」

 

その声は震えていたが、しっかりとした決意が込められていた。

 

「必ず助けるから、待ってて!」

 

月光の下で、短剣が小さな光を反射する。

 

アリスはその姿を見て、驚きと同時に涙が零れそうになった。

 

「ノクス君……」

 

夜風が草木を揺らし、森の葉がざわめいた。

 

ジョーヌが小さく笑う。

 

「やれやれ、あんたも言うようになったじゃん」

 

ルカも剣を引き抜き、肩を並べる。

 

「まったく、仕方ねぇな、ノクスの奴」

 

そして、エステアは複雑な表情をしながら、ノクスの背中を見守っていた。

 

リッチはまだ戸惑っているように肩を揺らしながらも、尊大な声で言った。

 

「……フン、ならば、その覚悟、しかと見届けよう」

 

その赤い光が再びギラリと強く光り、空気が一気に張り詰める。

 

ノクスは息を吸い込み、恐怖を押し込めるように握った短剣を強く握り直す。

 

(僕は――アリスを助ける!)

 

その決意と共に、森の夜が、戦場へと変わろうとしていた。

 

リッチが長い指を持ち上げ、音を立てずにパチンと指を鳴らした瞬間――

 

月光に照らされた地面の影がざわりと蠢き、その影から無数のスケルトンたちが這い出すように現れた。

 

ギギ……ギギ……。

 

骨がこすれ合う不気味な音を立てながら、剣や槍、斧などを持ったスケルトンたちが周囲を取り囲み、ノクスたちの退路を完全に断つ。

 

夜風が止んだかのような、張り詰めた空気が流れた。

 

「ハッ、数だけの木偶の坊が……俺に勝てるかよ!!」

 

そう吐き捨てたルカは、空気を読まずにスケルトンたちの群れへと突撃した。

 

剣を振りかぶり、骨の兵たちに向かって斬りつける。

 

「ぶった斬ってやるよォッ!!」

 

ガキィン!!

 

鋭い金属音が森に響いた。

 

しかし――

 

ルカの渾身の剣撃は、目の前のスケルトンに片手で受け止められた。

 

「……は?」

 

その瞬間、スケルトンの骨の腕がしなり、

 

ドゴォ!!

 

ルカの腹に重たい拳がめり込み、空気が一瞬で抜ける。

 

「ぐはッ!!」

 

次の瞬間、ルカの体が宙を舞い、そのまま元いた場所まで吹っ飛ばされた。

 

「ちょっとォ!?アンタ少しは強いんじゃなかったの!?」

 

ルカに詰め寄るジョーヌは、口を尖らせて怒鳴った。

 

地面に座り込んだルカは、腹をさすりながらケロっとした顔で

 

「オ、オイオイ……嘘だろ?なんでスケルトン相手に俺が吹っ飛ばされなきゃなんねぇんだよ……」

 

と呟く。

 

「フザケんな!!あんたの得意げな顔はなんだったのよ!!」

 

「今のは試しだ!本気じゃねー!!」

 

言い合う二人の姿に、ノクスは不安と緊張で張り詰めていた気持ちが少しだけ緩んだ。

 

そんな二人のやり取りを横目に見ながら、エステアは溜息をついた。

 

(……モルテの召喚するスケルトンが弱いわけないでしょ。遊びとはいえ、あの子が作るのは“本物”なのよ……)

 

森の中にずらりと並ぶスケルトンは、ただの動く骸骨ではなく、古代戦士の呪いと憎悪を宿した半永久機関のような兵士だ。

 

(それにしても……どうしましょうか、この状況)

 

エステアは顔に出さないようにしながら、内心で頭を抱えた。

そんな中――

 

「アリス……!」

 

ノクスが唇を噛みしめ、一歩踏み込んだ。

 

次の瞬間、周囲の空気が変わる。

 

「ノクス!?」

 

ジョーヌが声を上げた時には遅かった。

 

ノクスは短剣を握りしめ、真っ直ぐにリッチの元へと走り出していた。

 

「くそっ!!ノクス待って!!」

 

ジョーヌも後を追おうとしたが、すぐにスケルトンが前に立ちはだかる。

 

「邪魔なんだよ!!」

 

ルカも剣を振り下ろすが、スケルトンたちの防御は厚く、援護に行くことができない。

 

「マジで数だけじゃねぇじゃねぇかコイツら……!!」

 

「ノクス!無茶すんなよ!!」

 

ルカの叫びが夜空に響くが、ノクスはその声を背中で受け止めながら走り続けた。

 

リッチはノクスが突っ込んでくるのを見て内心で青ざめていた。

 

(え、ちょ、え、マジでこっち来るの!?どうすんのどうすんの!?坊ちゃん怪我させるわけにいかないんだけど!?)

 

しかし周囲にはスケルトンたち、背後には怯えるアリス。

 

(え、これどーするの!!?)

 

だが、次の瞬間――

 

ノクスが振り下ろした短剣を、リッチは咄嗟に持っていた黒い杖で受け止めた。

 

ギィィィィン……!!

 

金属同士が擦れ合う甲高い音が響き、二人は鍔迫り合いの形になった。

 

ノクスの目は真剣そのものだった。

 

「なぜ……なぜアリスを攫った!?」

 

「アリスをどうするつもりなんだ!!」

 

ノクスの目には恐怖があった。

 

しかし、それ以上にアリスを救いたいという強い意志が宿っていた。

 

リッチは杖で受け止めながら、その目を見てギクリとした。

 

(やばい……坊ちゃんの目、本気だ……)

 

しかしここで本当のことを言えば、この場が盛大な茶番劇であることがバレてしまう。

 

(ど、どーしよ……えーと……!!)

 

「……それをお前に教えて、何になる?」

 

声だけは尊大に響かせながら、心の中で焦るリッチ。

 

(何になる!?いやホント、何になる!?言えないだろ、モルテ様の作戦なんて!!)

 

しかし、リッチの声にノクスの目は更に強く光った。

 

「関係ない……!アリスは、僕の大事なパーティメンバーだ!!」

 

短剣を握る手に力がこもり、ノクスはさらに体重を乗せてリッチに押し込んでいく。

 

リッチの骨の腕が軋み、杖が小さく震えた。

 

(や、やめてぇぇぇぇ!!坊ちゃん、迫力だけはすごいんだけど、やめてぇぇぇ!!)

 

その周囲で、

 

スケルトンたちはジョーヌとルカを押さえつけ、

 

アリスは涙を流しながら「ノクス君……!」と必死に声を上げ、

 

エステアは額に手を当てながら

 

(……もう、どうしてこうなるのよ……!!)

 

と冷や汗を流していた。

 

深夜の森に、息遣いと鍔迫り合いの金属音が響き渡り、

 

盛大な茶番劇とはつゆ知らず、少年の“英雄ごっこ”は本物の決意となって燃え上がっていた。

 

深夜の森に立つリッチが赤黒い魔法陣を展開し、空気が歪む音が響いた。夜気がざわつき、枝葉が血の色に染まる中、ノクスは剣を握る手に汗を滲ませながらも視線を逸らさなかった。

 

「この術が発動すれば、この辺りの生命はすべて死に絶える……!」

 

リッチは威圧的に告げながらも、わずかに目線だけを下に送り、エステアを見た。訴えるような視線。森の外れで、モルテから命じられた「盛大な茶番劇」を成し遂げるための最後の合図だった。

 

(……もう、本当に……おんぶに抱っこね私は…)

 

エステアは溜息を吐き、右手をゆっくりと前に差し出す。術式は必要ない。ただその手のひらに集めるのは、魔王としての本来の魔力量を数千分の一に抑えた力のみ。しかしそれでもこの世界の常識から見れば圧倒的な質量を持つ力。

 

「はぁっ!」

 

低く息を吐き、指を軽く鳴らす。その瞬間、音もなく圧縮された光の塊がリッチの額へと一直線に撃ち込まれた。

 

「ば、ばかな……!こんなただ魔力量が多いだけの……平凡な人間ごときに……っ!」

 

やたら説明口調の断末魔が夜の森に響き渡り、リッチの骨が砕け、赤黒い光を吹き出しながら灰となって消えていく。最後の一片が夜風に流されるまでの時間は、たったの数秒だった。

 

リッチが滅んだその瞬間、周囲にいたスケルトンたちも一斉に動きを止めた。鎧や骨がガラガラと音を立て、立ち尽くしていた骸骨の兵士たちが崩れ落ち、灰となって消え去る。森の中に、恐ろしいほどの静寂が戻ってきた。

 

「終わった……?」

 

ジョーヌがその静寂を破るように呟き、次の瞬間にはノクスのもとへ駆け寄っていた。

 

「大丈夫!?ケガしてない!?」

 

「無茶すんなよノクス!肝が冷えたぜ……!」

 

ルカも続けて肩を叩くが、どこか安堵の混じった声色だった。ノクスは二人の顔を見て、ようやく張り詰めていた呼吸を吐き出した。

 

「……大丈夫だよ」

 

かすれた声だったが、はっきりとした笑顔を浮かべて返した。

 

そのとき、木の根元で震えていたアリスが、涙で濡れた顔を上げる。

 

「ノクス君……ジョーヌさん、ルカさん……」

 

差し出されたノクスの手を握りしめ、立ち上がったアリスは、泣き出しそうな声で叫んだ。

 

「どうして……どうして逃げてくれなかったんですか!?このリッチは神聖魔術の効かない化け物だったんですよ……!もしエスティさんが倒せなかったら……皆さん死んでいたんですよ……!」

 

その声はだんだん小さくなり、最後には嗚咽混じりの声になっていた。

 

「……もう……私の前から誰も……消えないで……」

 

森の静寂に、かすかな泣き声が溶けていく。

 

ルカが頭を掻きながら声を上げた。

 

「ハッ! 誰が死ぬって? 冗談じゃねぇよ!」

 

ジョーヌも呆れ顔で、

 

「アンタ、スケルトンに吹っ飛ばされてたくせに、よく言うわね」

 

と言い放ち、笑い声を漏らした。

 

ノクスも肩を揺らしながら笑ったあと、短剣を握りしめてアリスを見つめた。

 

「僕はまだ弱い。でも――」

 

ほんの一拍置いて、夜風の中で言葉を繋ぐ。

 

「仲間を見捨てるほど、弱くはないつもりだよ。」

 

その言葉にジョーヌとルカは顔を見合わせて、

 

「かっこいー!」

「くっさ!」

 

と同時に茶化し、また笑い声が森に戻ってきた。

 

アリスは泣き笑いしながら、顔を覆っていた手を離し、

 

「……助けに来てくれて、本当にありがとうございます……」

 

と頭を下げた。

 

そのとき、アリスの笑顔は泣き腫らした瞳の奥で小さく光り、わずかに震えながらも確かに喜びを湛えていた。

 

森を包む冷たい夜気が、仲間たちの笑い声でわずかに温まった気がした。

 

エステアはそんな姿を後ろから見つめ、そっと胸を撫で下ろした。

 

(よかった……色々あったけど無事に終わってくれて)

 

一方で、リッチに大声では言えない感謝を捧げていた。

 

(モルテ、ありがとね。あなたの作戦、うまくいきそうだわ)

 

森を抜ける月明かりの下、少しだけ泥だらけになった服を互いに払ったり、笑いながら肩を叩き合ったりしながら、彼らはほんのわずかだが確かに成長した自分たちを感じていた。

 

こうして誘拐事件の夜は終わりを迎え、ノクスたちはまた一歩、小さな自信を胸に抱きながら、家族の待つ屋敷へと帰路につくのだった。

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