俺の母さん、実は魔王でした⁉   作:KuRoNia

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第四節:自慢の息子だから

銀の楯が加わってから屋敷の敷地は急に賑やかになった。森の中の訓練場では木々の葉擦れと鳥の声、そこに混じる気合の声、魔力のきしむ音が絶えず響き渡っている。

 

修行の指導体制は自然と決まった。

 

ジョーヌには大盾を担いだジーンとアミーが付き、ルカにはベアルとリュースが、アリスにはマリーとセスが付いた。そして肝心のノクスの前には、あの騒ぎの後で頬を引きつらせ少しバツの悪そうな顔をしているカルラが腕を組んで立ち、まだわずかに凄みの残る笑顔を浮かべているエステアが横にいた。

 

「お、お前と組むことになるとはな。いや、別に嫌ってわけじゃねーぞ?あんだけやられたら文句も言えねーし……」

 

カルラが珍しく視線を逸らし、ぶつぶつと言い訳のような独り言を漏らす。その姿を横で見ていたエステアは口元に手を当てて小さく笑った。

 

「気にしなくていいのよ、カルラちゃん。あなたはあなたの役目を果たしてくれればいいの。それに……」

 

エステアはそのまま視線をノクスに向けると、笑顔の奥に芯の光を宿すような目でじっと見つめた。

 

「ノクス、お母さん、ちょっと反省してるの。でも……あなたの決意はしっかり伝わっているわ。だから、今日から遠慮なくやりましょう?」

 

「……うん!」

 

ノクスは頷くと、腰の木剣を軽く握り直した。木剣はセスが用意した修行用のもので、ノクスの体格に合わせて少し短めに作られていた。それでもしっかりと重みがあり、握るとこれからの修行の厳しさを思い起こさせる。

 

ふと視線を周囲に向けると、それぞれが既に動き出していた。

 

ジョーヌは軽く笑いながら、ジーンの大盾に向かって飛び蹴りを放つが、ジーンは盾をわずかに動かして受け流す。その隣でアミーが手のひらで風を纏いながらジョーヌの動きに合わせて小さな風刃を作り出し、回避と攻撃の感覚を養わせていた。

 

「ジョーヌちゃん、そう、そのタイミングで攻めるのは悪くないけど……回避が半拍遅いわよ?」

 

「わかってるよ!いちいちうるさい!」

 

顔を真っ赤にしながら叫ぶジョーヌだが、その瞳は楽しげに輝いていた。

 

ルカは剣を担ぎながら、軽快に動き回るベアルの剣撃を受け止め、振り払おうとするが、その背後からリュースが音もなく近づき、木剣の柄で脇腹を小突く。

 

「おっと、相変わらず隙だらけだなルカ」

 

「お前らな!二人がかりはずりーだろ!」

 

「甘えるな。敵は待ってくれねえ」

 

「おおお……この野郎!」

 

ルカが血気盛んに反撃を仕掛けるが、リュースは鼻で笑いながらその剣を片手で受け止め、圧力をかけてルカを地面に押し込む。その動きには長年の戦場で鍛え上げられた力強さと冷静さが滲んでいた。

 

アリスは汗をかきながらも、真剣な眼差しで聖句を唱え、その周囲に淡い光を生み出していた。その光の軌跡をマリーが観察し、細かく指摘を入れる。

 

「その魔力の流れ、少し乱れている」

 

「は、はい……!すみません!」

 

「謝る必要はないわ。癖だから、ここで直しておきましょう」

 

その様子をセスは穏やかに見守りながら、時折アリスの放つ光弾を手で弾き返し、反応速度を鍛えさせていた。

 

「はい、次」

 

「う、うわっ……!」

 

無駄のない訓練であると同時に、二人の指導には無言の優しさがあった。

 

──一方でノクスの前は、静かな緊張感が漂っていた。

 

カルラは少し眉をひそめながらも、矢筒を背負って弓を握っていた。

 

「で、何する?あんま本気で矢撃つわけにもいかねーし……近接で手合わせか?」

 

「うん、いいよ。僕も動けるようにならなきゃいけないから。」

 

「へえ、いい度胸だな。まあ、ちゃんと避けろよ?」

 

カルラがにやりと笑い、木剣を拾うとノクスの前に立った。

 

その後ろでエステアは柔らかく微笑んでいたが、その瞳の奥には油断のない光があった。表面上は微笑みを絶やさないが、その指先が軽く震えているのをカルラは見逃さなかった。

 

(あの目……。マジで少しでもノクスに傷がついたら殺されるやつだ)

 

カルラはごくりと唾を飲み込み、表情を引き締め直した。

 

「じゃあ、行くぜ?気張れよ」

 

「お願いします!」

 

その瞬間、カルラが駆け出した。

 

低い姿勢で地面を蹴り、木剣を横に構えてノクスの脇を狙う。ノクスは咄嗟に木剣を構えて受け止めるが、力の差でじりじりと押される。

 

「おらっ、どうした!力抜けてんぞ!」

 

「くっ……!」

 

ノクスは必死に踏ん張るが、カルラの蹴りが入ると体勢を崩して尻もちをついてしまった。

 

「うっ……!」

 

「おいおい、それじゃダメだろー?」

 

カルラはあくまで軽い調子で言いながらも、目線をエステアに向けるとその笑顔がさらに深まり、背筋に冷たい汗が伝った。

 

(……クソがよっ!!)

 

一方でノクスは立ち上がりながら、手のひらで額の汗を拭った。

 

(強いな……カルラさん)

 

だが、その顔には諦めの色はなく、むしろわずかに笑みすら浮かんでいた。

 

昼が近づくにつれ、森の中の訓練場も心地よい風が吹き抜け、張り詰めていた緊張が薄れ始めていた。

 

「休憩ー!」

 

アミーの明るい声が響き、ジョーヌは「キツイー!」と叫びながら木陰へ走り込み、ルカは「腹減ったー!」と大声を上げて水筒を煽っていた。アリスはハンカチで額の汗をぬぐいながらも穏やかな笑みを浮かべ、マリーから渡された弁当を受け取っていた。

 

ジーンは豪快に腰を下ろし、ベアルはその隣で水筒に口をつける。カルラは小さな焚火で軽くパンを炙りながら、視線をちらりとノクスへ向ける。

 

ノクスはエステアが用意してくれた布包みに包まれたおにぎりを膝の上に乗せ、少し緊張した面持ちで座っていた。目の前には、まだ笑顔が抜けきらないエステアと、複雑そうな顔で視線を泳がせるカルラ。

 

「んじゃ、食べながら反省会するか」

 

カルラがパンを一口齧りながら、口の端からこぼれるパン屑を指で払い落とした。エステアは静かに笑みを浮かべ、ノクスに向き直る。

 

「どう?午前中の感触は」

 

「うん……えっと……全然ダメだったなって」

 

ノクスは素直に答えた。木剣を持ったときのあの頼りなさ、カルラに弾き飛ばされたときの無力感、そしてその後も力が入らず空振りばかりしていたことを思い返すと、自分が情けなくて口を噛みしめた。

 

「でも、少しだけど前より動けるようにはなったと思う」

 

それだけは声に出して言えた。カルラが口の中のパンを飲み込むと、軽薄そうな笑みを浮かべて肩をすくめる。

 

「前向きなのは良いこった。ただよ、あんた……」

 

カルラが視線をエステアに向けると、その瞳の奥に鋭い光が走った。

 

「あんたら家族がこいつのことを大切に思ってるのはわかる。家族を思いやるのはいいことだ。だがな、本当に大切で、傷ついてほしくないなら……失敗できる今この状況でこそ、盛大に失敗させるべきだろう?」

 

「……」

 

その場の空気が少しだけ重くなった。エステアはおにぎりを口元に運びかけて止まり、カルラの言葉を咀嚼するかのように瞬きを繰り返す。

 

「カルラ……」

 

ノクスが何か言おうとしたが、その手をエステアが軽く取って制した。

 

「カルラちゃん、それは……どういう意味かしら?」

 

「そのまんまだよ」

 

カルラは火にくべた小枝を持ち上げると、その赤い火先をじっと見つめて言葉を続けた。

 

「本番での失敗は死なんだぜ?今のうちに転ぶだけ転んで、痛い思いして、泣いて、悔しがって、そうやって学ぶから次に進めるんだろうが。過保護すぎて守りすぎて、結局何も学べずに戦場に立てば、その時こいつは死ぬんだぞ」

 

それはいつもの軽薄なカルラの声ではなかった。少し遠くで弁当を食べていたベアルとジーンが、口を止めてカルラの言葉に耳を傾けていた。

 

「私ら冒険者が死なないようにするのは無理だ。だからこそ、今死なない程度の痛みで済むうちに失敗しておくんだよ」

 

エステアは息を呑んだ。その言葉を、まさかこの場で言われるとは思っていなかったのだ。ふと顔を横に向けると、セスとリュース、アミーの三人がこちらを見ていた。三人とも、言葉は発さずとも、真剣な表情で無言の頷きを送っていた。

 

「……そ、そう」

 

声が少しだけ震えた。エステアは息を整えようとし、ゆっくりと視線をカルラに戻す。

 

「あなたの言う通りかもしれないわ。私は……ノクスの成長を願っていたつもりが、知らず知らずのうちに、成長を止めていたのかもしれない」

 

カルラは枝の火を吹き消すと、いたずらっぽく笑った。

 

「わかりゃいいのさ。それで……」

 

カルラは枝を投げ捨て、指をエステアに向ける。

 

「飯休憩が終わったら、あんたも本気で攻撃に参加しろ。模擬戦でアイツに痛い思いさせてやれ。今なら死なないからな」

 

その瞬間、エステアは驚きで目を見開いた。今まで、ノクスを傷つけるような真似を自分からするなんて考えもしなかった。しかしカルラの言葉は深く刺さり、無視できなかった。

 

「……わかったわ」

 

エステアは小さく頭を下げた。

 

「そして……カルラちゃん。あの、今まで……あなたに殺気を飛ばしていたこと、ごめんなさい」

 

カルラは一瞬きょとんとした顔をした後、ふっと笑い、

 

「気にすんな。あんた、息子が大事なんだろ?」

 

とあっけらかんと笑った。

 

昼休憩の終わりを告げる鐘が鳴ると、周囲にいた仲間たちも立ち上がり始めた。カルラは伸びをしながらエステアに向かって親指を立て、

 

「よし、じゃあ次はあんたも混ざって地獄の時間ってことで!」

 

「……ええ」

 

エステアは決意のこもった瞳で頷いた。

 

その様子を見ていたノクスは、緊張しつつも胸の奥で静かに集中しているのを感じていた。

 

静かに弁当を食べ終えたノクスは、その身をゆっくりと立ち上がらせた。

 

これからの午後の修行は、今までよりも過酷になると彼自身も理解した

 

だがその瞳には、怯えではなく、確かな光が灯っていた。

 

午後の修行は、午前中とは比べ物にならなかった。

 

カルラが放つ鋭い矢が、鳥のような速さで空気を裂いて飛んでくる。その矢を避けきれなかった木々は簡単に抉られ、折れ、砕け散った。その援護射撃を捌きつつ、前方からはエステアが容赦なく迫ってくる。美しい微笑みを浮かべているが、その足取りはまるで死神のように静かで重く、手にした木剣が風を切り裂くたびに視界が歪むような威圧感を放っていた。

 

「はっ!」

 

ノクスが短剣で受け止めようとするが、衝撃で両足が浮き、地面に転がる。

 

「もう一度」

 

淡々としたエステアの声が響く。

 

すぐさまカルラの矢が飛んでくる。地面を転がる勢いのまま身を捻り、その矢を紙一重で避けた瞬間、視界の端にエステアの靴先が見え、次の瞬間には視界が空に向けて反転し、また地面に叩きつけられる。

 

「ぐ、あ……っ!」

 

肺の中の空気が一気に吐き出され、ノクスの視界が滲む。

 

「ノクス!」

 

ジョーヌの声が聞こえるが、今は何もできない。

 

エステアは表情を変えない。けれど、その眼の奥に光るものを見つけてしまい、ノクスは息が詰まった。

 

(泣きそうになってる……?)

 

気づいてはいけないことに気づいてしまった。だが、それでもエステアは声を絞り出すようにして言った。

 

「立ちなさい……ノクス」

 

カルラの矢が間髪入れずに襲う。ノクスは必死で短剣を振るい、矢を弾こうとするが腕がしびれ、矢は弾かれず肩にかすり切り裂いた。

 

「っ……く!」

 

血がにじむのが見える。けれど、止まらない。

 

(これが……カルラさんの言っていた……『失敗できる今』……)

 

転がるたびに体のあちこちが痛んだ。何度も叩きつけられ、息が続かなくなる。呼吸が荒れ、汗が血に混じるのを感じた。

 

ジョーヌやルカ、アリスが心配そうに見つめる中、セスもリュースも、アミーも、苦しい顔でそれを見守っていた。

 

(これが……生き抜くってことなんだ……!)

 

何度目かの衝撃。ノクスは背中から地面に叩きつけられ、そのままの勢いのまま転がりうつ伏せで倒れ込む。

 

「……!」

 

全身が痛む。指先さえ動かせない。

 

(これ以上は無理だろう……)

 

誰かが呟いた。

 

(これで今日は終わりだ……)

 

カルラも弓を下ろしかけた。

 

その時だった。

 

「……立ちなさい、ノクス!」

 

エステアの声が、乾いた空気を震わせる。

 

「早く……立ちなさい!あなたは、私の自慢の息子でしょ!」

 

その言葉が、倒れ込んでいたノクスの胸に突き刺さった。

 

(自慢の……息子……?)

 

その場にいた全員が、その声を聞いた。カルラが目を見開き、ジョーヌが涙をこぼしそうになるのをこらえ、ルカが手を握りしめ、アリスが胸に手を当てて祈るように見つめた。

 

セス、リュース、アミーの三人は目を閉じて頷いていた。

 

(僕が……)

 

指が動いた。

 

(僕が……自慢の息子……!)

 

ノクスは地面に落ちていた短剣に手を伸ばす。それを杖代わりに、ぐらりと体を持ち上げる。

 

「……僕……」

 

声が震える。

 

「いや……」

 

目を閉じ、一度大きく呼吸を整え、再び目を開いた。

 

()に……そこまで期待されたら……起き上がれずにはいられないよ」

 

血と汗でぐしゃぐしゃになった顔に、歯を見せて笑う。

 

「だって……自慢の息子だからね……!」

 

ボロボロの体で、短剣を構える。

 

「来いよ……母さん!」

 

カルラは目を見開き、次の瞬間笑った。

 

「へっ……大したもんだな、おい!根性だけは認めてやるよ()()()!」

 

その声が引き金となった。

 

周りの訓練場では、ジョーヌがジーンに叩きつけられながらも立ち上がり、ルカがベアルの剣を受けながらも笑い、アリスがマリーの水の魔術に倒されながらも再び構えを取っていた。

 

地獄のような修行が、いつの間にか周囲のすべてに広がっていた。

 

ボロボロになった体で、笑いながら立ち向かう仲間たち。

 

「まだ……まだ終わらない!」

 

「こいよベアル!俺はまだ立てる!」

 

「もう一本!次は避けるわよ!」

 

「お願いだから、手加減はもういいですから……!」

 

どこも地獄だった。それでも、その目は全員笑っていた。

 

そして修行が終わる頃には、森の訓練場には満身創痍で倒れ込むノクスたちの姿があった。

 

それでも、痛みに呻きながら、全員が顔を見合わせ、笑った。

 

「はは……ボロボロじゃん、みんな……」

 

「バカよ、あんたら……」

 

「もう……動けませんわ……」

 

「こんなに痛いのは久しぶりだ……でもなんか楽しいな!」

 

ノクスはうつ伏せのまま笑った。

 

「ありがとう、母さん、みんな……」

 

涙が溢れたが、それは痛みの涙ではなかった。

 

血と汗と涙にまみれながらも、そこにいた全員が、その日、自分が強くなったことを確かに感じていたのだった。

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