俺の母さん、実は魔王でした⁉   作:KuRoNia

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第六節:見つけた道

朝霧が森の地面を覆い、湿った空気が鼻に残る。森の訓練場へ向かう道中、ノクスの歩幅は自然と速くなっていた。今日は、今までの修行の続きではなくいつもと何かが違う予感がしていたからだ。

 

訓練場に着くと、すでに銀の楯の面々が揃っていた。ベアルが腰に手を当て、こちらに気づくと軽く片手を上げて合図を送る。その横では、マリーが腕を組みながらも視線だけでノクスたちを追っており、その隣で大楯を背負ったジーンがどっしりと立っていた。

 

その三人の陰から、ノクスと目が合うとぱっと笑顔を咲かせて駆けてくる金髪の少女がいた。

 

「ノクス君!おはようございます」

 

アリスだった。朝の日差しを浴びた笑顔がいつもより明るく見える。ノクスも笑顔で応える。

 

「おはよう、アリス」

 

その背後でルカが大きく伸びをしながら「ふぁ~、今日は何やるんだ?いつもの模擬戦か?ワクワクすんなぁ」と呟き、ジョーヌは目元だけ笑いながら「どうせ地獄みたいな一日になるんでしょ」と呆れ混じりに言ったが、その口元には戦意が宿っていた。

 

全員が揃ったのを確認したベアルが一歩前に出る。

 

「さて、今日はパーティ単位で模擬戦をしてもらう。これまでバラバラで修行してきたが、やはり本番を想定するなら連携と個々の判断力が試される場が必要だ」

 

その言葉にノクスが小さく息を飲む。だが以前のような怯えはなかった。ただ次の問いが自然に口から出る。

 

「相手は……誰ですか?」

 

森の奥で枝を蹴り飛ばしながら笑い声が響いた。

 

「ぷっ、あっはっはっは!誰だと思ってんだよバーカ、もちろんお前らの相手は私ら銀の楯だっつーの!」

 

カルラが笑いながら歩み出てきた。その目は爛々と輝き、けれど笑顔は挑発に満ちている。

 

以前のノクスだったら、この言葉を聞いて膝が震えていたかもしれない。けれど今のノクスは違った。修行の地獄をくぐり抜けた体は痛みを覚えていても、その奥にうずくまる恐怖は消えていた。目の前の強者に挑める機会がどれだけ貴重であるかを理解していた。

 

自然と笑みがこぼれた。

 

「……そっか、そりゃそうだよね」

 

ルカもその笑みを見て笑い返す。

 

「おっしゃ!いいな、その顔。負ける気はしねぇよ」

 

ジョーヌは前髪をかき上げながら「どうせボロボロにされるけど、どれだけ食らいつけるかが勝負だね」と呟き、アリスも拳を握りしめながら「私も、この機会を絶対無駄にはしません!」と声を上げた。

 

その様子を見ていたカルラの笑みが鋭くなる。

 

「へぇ、やる気じゃん。お前らさぁ……その目のままでいてみろよ?本番で泣き言吐くなよ?」

 

言葉は軽薄だが、その声音には熱があった。カルラ自身もこの訓練を「本気で向き合う価値のある戦い」だと理解していたのだ。

 

一方、後ろに控えていたベアル、マリー、ジーンの三人は無言のまま立っていたが、その目は静かに細められ、戦場へ向かう前の集中を見せていた。

 

「胸を貸してやるつもりだが……遠慮はしないぞ」

 

ジーンが低く唸るように言い、マリーは短く「全力でおいで」と告げる。その視線が真剣だからこそ、ノクスの心臓は強く跳ねた。

 

霧が少しずつ晴れていく中で、森の訓練場に緊張感が漂っていく。

 

エステア、セス、アミー、リュース、モルテら家族たちは今日は訓練の場に姿を見せていなかった。だからこそ、今日は「家族の庇護から離れた、ノクスたちの戦い」だった。

 

カルラが口笛を吹く。

 

「さあ、準備はいいか?地獄の一歩目へようこそだ、ノクス坊や」

 

ノクスは剣の柄を握る。足元の枯葉を踏みしめる音が耳に響く。

 

「こっちの準備は……できてるよ」

 

修行で得たものをすべて試す時が来た。恐怖はない。ただ、全力で立ち向かいたいという想いだけが胸にあった。

 

「行こう、みんな!」

 

「おう!」

 

「はい!」

 

「しゃーなしだね!」

 

ノクス、ルカ、ジョーヌ、アリスの四人が一歩前へ出る。その瞬間、カルラがニヤリと笑った。

 

「じゃあ、始めようか――戦を!」

 

森の空気が張り詰め、霧が完全に晴れ渡る中で、銀の楯とノクスたちの模擬戦が今、幕を開けようとしていた。

 

開始の合図は、森を響く弓弦の音だった。

 

「――っ!」

 

カルラが放った一本目の矢が地面をえぐり、その風圧で枯葉が吹き飛ぶ。ノクスは咄嗟に横へ飛び、続く二本目を紙一重で避けた。カルラの口元がニヤリと歪む。

 

「おっとぉ、ちゃんと見えてるじゃん!」

 

模擬戦開始直後から遠慮は一切なかった。カルラの矢は容赦なく、しかも迷いなく的確に急所を狙ってくる。

 

「ジョーヌ、ルカ!俺の左右から頼む!カルラさんをフリーにしちゃだめだ!」

 

「了解!」

 

「言われなくても!」

 

ジョーヌが短剣を抜き、矢の軌道をわずかに逸らしながらノクスの周囲を守る。ルカは懐へ飛び込み、カルラへの牽制を試みるも、カルラは動じず次々と矢を番えて放つ。

 

その後方でマリーが静かに呪文を詠唱し始め、治癒ではなく攻撃魔法の準備をしているのが見えた。

 

「ノクス君!あちらも連携を取ってきます、下がって!」

 

「下がれないよ、アリス!これ以上下がったらアリスに攻撃が集中しちゃう!」

 

「……ッ、わかりました!」

 

アリスは杖を構え、光の矢を作り出しカルラへ向けて撃ち込む。しかしカルラはそれを木の陰へステップしながら回避し、矢を一本放って応戦する。

 

「いいよいいよぉ、その調子でかかってこい!」

 

カルラの声が煽るように響く。

 

その時、森の奥からベアルの剣がルカへ振り下ろされた。

 

「おっとっとぉ!」

 

ルカがバックステップで間一髪で躱す。が、ベアルの攻撃は止まらない。重量のある大剣を軽々と振るい、ルカの足場を崩して転ばせようとする。

 

「相変わらずだな!ベアル!」

 

「遠慮はしないぞ、ルカ!」

 

ベアルは笑みを浮かべながらも目は鋭く、まるで本番の戦場のような気迫だった。

 

一方、ジョーヌはジーンの盾の一撃で吹き飛ばされていた。

 

「がはっ……重っ……!」

 

「遠慮なく行くぞ、ジョーヌ君。耐えてみせなさい」

 

ジーンは容赦なく踏み込み、盾でジョーヌを押し潰すように押し込む。しかしジョーヌも短剣を盾の縁へ差し込み、少しでも距離を稼ごうと悪あがきを続ける。

 

「このぉ……っ、簡単にはやられないから!」

 

ノクスは剣を握り直し、呼吸を整えようとするが、カルラの矢がそれを許さない。一本目を紙一重で弾き、二本目を身体を捻って回避、三本目は腕をかすめて火花が散った。

 

「くっ……!」

 

「おーおー、いい動きするようになったじゃん?」

 

カルラが楽しそうに笑いながらさらに弓を引くが、その背後へ光弾が飛んでくる。アリスの攻撃だった。カルラは振り返らずに回避しながら矢を撃つが、それをノクスが剣で弾き飛ばす。

 

「ありがとう、アリス!」

 

「今です、ノクスさん!」

 

その隙を突いてノクスがカルラとの距離を詰めようとした時、横からマリーの氷弾が飛んできた。

 

「ッ!?」

 

避けきれず直撃し、ノクスは地面へ転がった。痛みが全身を駆け抜ける。息が詰まり、思わず剣を取り落としそうになったが、奥歯を噛みしめて踏み止まる。

 

「まだだ……!」

 

その様子を遠巻きに見ていたカルラが笑みを消す。

 

「まだ来るかい…」

 

そう呟くと、カルラは再び弓を引いた。しかし、その時アリスの光弾がカルラの足元へ着弾し、土煙が巻き上がる。その隙をつき、ルカがベアルから無理やり距離を取ってカルラの側面へと回り込む。

 

「おらぁ!今だノクス!!」

 

「ルカ!」

 

剣を拾い上げ、ノクスはカルラへ向けて駆け出した。

 

ベアルが追おうとするが、その足元へジョーヌが短剣を投げつけ、わずかに足を止めさせる。

 

「行けぇ!ノクス!」

 

「うぉぉぉぉっ!!」

 

カルラはすぐに体勢を立て直し、至近距離で矢を引く。撃たれる前に間合いに入らなければ負けると理解したノクスは、足の痛みも無視して跳び込む。

 

「……そこまで!」

 

その時、ジーンの声が森に響き渡り、全員の動きが止まった。

 

模擬戦終了の合図だった。

 

ノクスはカルラの目の前で剣を構えた姿勢のまま、動きを止めた。カルラも矢を番えたまま、わずかに息をつき、笑った。

 

「ははっ……悪くないじゃん」

 

笑顔のカルラと目が合い、ノクスも苦笑した。

 

その場にいた全員が、重い呼吸を吐きながら模擬戦の終わりを感じていた。全身が痛い。しかし、不思議と心地よい疲労だった。

 

「お疲れ様」

 

アリスが駆け寄り、治癒魔法をノクスへかけながら笑った。ルカもボロボロになった服の裾を引っ張りながら「いやー、しんどかったな!」と笑い、ジョーヌは地面に転がりながら「今日は悪くなかったよ」と息を吐いた。

 

ベアルが近づき、ノクスの頭をぽんと叩いた。

 

「よくなってきたな、ノクス」

 

その言葉に、ノクスは息を詰めるほど嬉しかった。

 

この模擬戦は、確かに地獄のようだった。しかしその中で、確かに自分たちは成長していた。その確信が、ノクスの胸を熱くさせていた。

 

「……ありがとうございました」

 

笑顔でそう言えたのは、修行で築いた小さな自信があったからだった。

 

「さてと、まずはお疲れさん」

 

模擬戦が終わると同時にジーンが深く息を吐きながら重い盾を背中へ戻し、地面へ腰を下ろした。マリーはアリスとジョーヌの軽い傷を治癒しつつ「動きは悪くないけど、詰めが甘いわね」と静かに指摘し、ベアルはルカへ「相手を追うとき無駄に踏み込みすぎだ、もっと最短距離で踏み込みを覚えろ」と低い声で注意していた。

 

そんな中、カルラは矢を片付けながら「で、問題児はお前だな、ノクス」とこちらを指差して言い放った。

 

「え、俺?」

 

「お前だよ。お前の動きはなーんか見ててイライラすんだよな」

 

ノクスはギクッとなりつつも「詳しく教えてくれる?」と必死に食らいついた。その顔が真剣だったからかカルラは口元を釣り上げて笑うと、

 

「よし、特別講義だ。いいか、お前の動きが剣の型に忠実すぎんの。だからさ、動きが全部わかるんだよ、バレバレ」

 

「バレバレなのか…」

 

「あぁ。けどお前、目だけはいいからな、相手の攻撃の出だしで反応して防ぐのは上手い。実際、今日もギリギリで私の矢を弾いたろ?あれ普通なら当たってるからな」

 

ベアルも「確かに反応は悪くなかったな」と相槌を打ち、マリーも「動体視力だけで捌いてるのよね」と頷いた。

 

カルラは続ける。

 

「だからよ、剣で型に縛られてるよりも、もっと間合いが広い武器の方が向いてると思うわけ。お前の動体視力活かせるし」

 

「……間合いが広い武器?」

 

「最良は弓だけど弓はセンスいるし習熟まで時間かかるし無理。だから――槍だな」

 

カルラの言葉にノクスは驚いたが、心の奥で「なんとなく分かる気がする」という感覚があった。

 

「え、槍……」

 

カルラは近くの木に目を向けると、「ちょっと待ってろ」と言い残して木の枝を引きちぎり、節を軽く潰して尖らせ、簡易の木槍を作って戻ってきた。

 

「はい、これ持て。試してみな」

 

「えっ、今ここで?」

 

「当たり前だろ!武器の相性は戦ってみなきゃわかんねーんだよ」

 

カルラの背後から「俺が相手してやろうか?」とルカが笑いながら声をかけてきた。

 

ルカは以前までノクスに模擬戦で一度も負けていなかった。だが今、ノクスは負け続けても諦める気はなかった。

 

「……お願い、ルカ」

 

「おう!面白そうだしな!」

 

再び即席の模擬戦が始まる。

 

ルカはいつも通り俊敏に間合いを詰めてくるが、槍を持つノクスの間合いが予想以上に広く、その突きが意外なほど速かった。

 

「っと、マジかよ!」

 

ルカが槍の突きを避けて側転で回り込み、一気に距離を詰めてくる。しかしノクスも即座に反応し、横薙ぎで槍を払う。

 

「あっぶね!」

 

ルカが体勢を低くしながら槍の下を滑り込むと、右足でノクスの足を払うように蹴り、バランスを崩したノクスがそのまま倒れる。

 

「おっとぉ、勝負ありだな!」

 

ルカが勝利宣言をするが、その顔にはいつものような勝ち誇った笑みではなく、楽しそうな笑みがあった。

 

カルラはその様子を見て「まぁいきなり勝てるほど甘くはないか」と笑ったが、ノクスは悔しさよりも「槍が思っていた以上にしっくりきた」という感覚で胸が熱くなっていた。

 

「これ……悪くないな」

 

思わず呟くとカルラがニヤリと笑い「だろ?後でちゃんとした槍作ってやるから練習しとけ」と肩を叩いた。

 

その後、ジョーヌとも模擬戦をすることになり、最初はジョーヌの動きの速さに翻弄されるも、槍の長さを活かし距離を保つことで徐々に形勢を立て直し、初めてジョーヌに勝利した。

 

「う、嘘でしょ!?今まで一回も勝てなかったくせにぃ!!」

 

ジョーヌが怒りながら顔を真っ赤にし、その横からルカが「お前負けちゃったのかよ、ぷぷぷ……」と煽ると、

 

「うるっさいわねぇぇ!!」

 

ジョーヌの蹴りがルカの腹に炸裂。

 

「ぐえっ……!!」

 

ルカが変な声を上げて木の根元まで吹っ飛ぶのを見て、ノクスとアリスはお互い顔を見合わせ、

 

「ジョーヌをあんまり怒らせないようにしよう……」

 

と同時に心に誓った。

 

ノクスは軽く笑いながら自分の握る木槍を見つめた。

 

(これなら、今よりもっと強くなれるかもしれない)

 

そう思えたのは、この修行の日々が無駄じゃなかった証だった。

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