俺の母さん、実は魔王でした⁉   作:KuRoNia

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第七節:奮い立つ時

修行を始めてから、三ヶ月という時間が過ぎ去っていた。

屋敷の庭には澄んだ初夏の風が通り抜け、草の匂いと遠くから聴こえる鳥の囀りが混じり合う中、ノクスは黙々と槍を振るっていた。数ヶ月前の自分では考えられなかった軌道で、槍の刃が風を切り裂く。その度に、振動が両腕を通して体幹へと伝わる。

以前は身体が槍に振り回されていたが、今は槍が体の一部になったかのように、しっくりと馴染んでいた。

 

休息日だからこそ、皆が各々に過ごし屋敷内も静かだった。

水筒の水を一口飲み、呼吸を整えながらもう一度構えを取り直す。突き、払う、逆袈裟、回転し、間合いを図って踏み込み、突く。振る度に手応えがあり、汗が顎先から滴り落ちて芝の上で散っていく。

 

「よし、もう少しだけ」

 

自分の成長を確かめるように、ノクスは何度も型を繰り返した。

剣では得られなかった感覚、間合いの有利、振る動作の中で相手の動きを見て次の手を考えられる余裕、これがカルラが言っていた“自分に合う武器”なのだとようやく実感できていた。

 

昼過ぎになり、風が少しぬるく変わり始めた頃だった。

庭の門が勢いよく開き、慌ただしく駆け込んできた影があった。

その姿を見て、ノクスは槍を止める。

 

「ノクス君!」

 

焦った表情のアリスだった。額には汗が浮かび、呼吸が乱れている。

その様子にノクスは思わず槍を地面に立てかけて駆け寄った。

 

「どうしたの?何かあったの?」

 

「冒険者ギルドが……緊急で人を集めているのです。詳しいことは私も聞けなかったのですが、とにかくノクス君たちにもすぐ来てほしいと言われて……!」

 

その言葉に、ノクスは一瞬だけ顔を引き締める。

訓練の日々は順調だったが、それでも実戦となれば話は別だ。だが、不思議と恐怖はなかった。むしろ胸の奥に熱が灯る。

 

「分かった、すぐ準備するよ。呼びに来てくれてありがとう、アリス」

 

「い、いえ……!私は当然のことをしただけです。では私は先にギルドに行っていますね!」

 

息を整えつつそう答えるアリスをしっかりと見送った後、ノクスは屋敷の中へと駆け込んだ。

 

リビングではジョーヌがソファに寝っ転がって寝ていた。横ではルカも、頭の後ろで手を組みながら天井を見つめていたが、半分寝ているような様子だった。

ジョーヌの寝息が聞こえており、ノクスは肩を揺さぶる。

 

「ジョーヌ、起きて!大変だ、ギルドから緊急招集がかかってる!」

 

「んあぁ……何時だよ……は?ギルド?緊急ぅ?」

 

寝ぼけ眼でノソリと起き上がるジョーヌ。髪は跳ねており、目は半分閉じたままだ。

 

「んだよ……休みだって言ったじゃんかぁ……」

 

「そうだけど、緊急だって。何があったのかはギルドに行かないとわからないらしい」

 

「……ったく、また面倒ごとじゃなきゃいいけど……」

 

ジョーヌはぼやきながらも腰を上げ、渋々立ち上がる。

ルカはそれを見て面白そうに笑いながら肩をすくめた。

 

「まぁ、退屈しのぎにはちょうどいいだろ。行こうぜ」

 

寝起きで不機嫌なジョーヌをなだめながら、ノクスたちは屋敷を出てギルドへと向かうことにした。

 

街道を歩きながら、ジョーヌはずっと機嫌が悪かった。

 

「ねぇ、本当に緊急なの?何の用かもわからないのに起こされるこっちの気持ち考えた?」

 

「仕方ないだろ、俺だって緊急って言われたら放っておけないし……」

 

「うぅ~……せめてギルドで速攻で話しなさいよね、無駄に待たされるのはごめんだからね」

 

そんなジョーヌの愚痴を聞きながら、ノクスは笑いながら宥めるのだった。

やがてギルドに到着すると、そこにはすでに何人もの冒険者が集まっていた。顔なじみの者もいれば見知らぬ冒険者もおり、どの顔も険しい。

ノクスはその中でアリスを見つけ、近づく。

 

「アリス、改めて呼びに来てくれてありがとね」

 

「いいえ……ノクス君たちが来てくれて安心しました」

 

しかし、その瞬間だった。

 

「で、結局いつになったら説明すんだよ!?」

 

ギルドの中央でジョーヌが声を張り上げる。

寝起きの不機嫌はまだ解消されておらず、腕を組んで眉をひそめている。

 

周囲の冒険者たちも小さくどよめき、ギルドのカウンター裏で書類整理をしていたギルド職員が慌てて視線を走らせる。しかしギルド長も姿を現さず、説明は一向に始まらない。

 

「おいノクス、ほんとに何があったんだよ……」

 

「だから、俺もまだ知らないって……」

 

イライラした空気がギルド内に漂い始める。

奥の扉が重々しく開き、ギルド内のざわめきが一瞬で静まり返った。

その場に現れたのは、年の頃は四十代ほどの、全身が岩のようにがっしりとした体格の男だった。短く刈り込まれた黒髪、深く刻まれた額の皺と鋭い眼光が、ただの管理者ではなく、現役の戦士であることを物語っている。その後ろから、銀の楯のベアル、マリー、ジーン、カルラの姿が続く。

 

「……あれ、ギルド長……?」

 

周囲の冒険者の間で小さな囁きが走る。

ノクスも、ジョーヌも、ルカもアリスも、顔を見合わせて目を丸くしていた。

 

「静かに!」

 

ギルド長の一喝が空気を震わせる。張り詰めた沈黙がギルドを支配し、その場にいる全員が前を向いた。

 

「突然呼び出したことを謝る前に、まずは事態を説明させてもらう」

 

低く、腹に響く声だった。その声だけで、冒険者たちが持つ緊張が増す。

 

「昨夜から、街の北西の森付近で魔物の大群が確認されている」

 

その言葉にギルド内がざわつく。

ノクスは息を飲み、ジョーヌは腕を組んだまま不安げに唇を噛む。ルカの表情も固く、アリスは両手を胸元で組みしめていた。

 

「魔物の大群……それってただの群れじゃないってことだよな……」

 

ルカが低く呟くと、ギルド長が頷く。

 

「その通りだ。群れの規模は既に百を超えると推測される。それだけではない――」

 

一度視線を落とし、言葉を区切るギルド長。その隣でベアルが前へ出て、話を引き継ぐ。

 

「……この大群が、徐々にこの街に向かってきていることが確認されている」

 

ざわめきが再び大きくなり、周囲の冒険者たちが声を上げた。

 

「おいおい、本気かよ……」

「バリケード作ったって無駄だぞ……」

「街ごと飲み込まれるじゃねぇか!」

 

ノクスはその場で拳を強く握りしめた。街が危ない。そんな時に、自分が出来ることは――。

 

しかし動揺する空気を払うように、ベアルが声を張った。

 

「安心しろ。我々《銀の楯》はこの事態が収束するまで、この街の防衛に全力を尽くすと決めた」

 

その言葉に、わずかながら冒険者たちの表情に安堵が浮かぶ。

カルラが小さく笑みを浮かべ、ジーンも腕を組みながら静かに頷いていた。

マリーがノクスに視線を送り、安心させるように微笑む。

 

だが、その空気をさらに引き締めるように、ベアルは続けた。

 

「――そして、ここからが本題だ」

 

場が再び静まる。

 

「魔物の大群がこの街に到達する前に、我々の方から攻め入り、大群を率いているボス個体を討伐する作戦を取ることにした」

 

ジョーヌが息を飲む音が聞こえた。ルカが目を見開き、アリスは小さく震えている。

 

「言っておくが、この作戦は危険だ。しかし、これが成功すれば大群の秩序は崩れ、散り散りになる可能性が高い。それが街を守る一番の方法だと判断した」

 

ベアルは力強く言い切ると、集まった冒険者たちを見渡した。

 

「そこでだ。我々と共に、この作戦に加わり、共に戦う者を募る」

 

場が静まり返った。

先ほどまで勢いよく話していた冒険者たちも、誰一人として手を挙げられない。

視線を逸らす者、肩をすくめる者、不安げに息を吐く者。危険な任務だとわかっているからこそ、その覚悟を問われているのだ。

 

だが、その中で――。

 

「……俺たち、参加します」

 

ノクスが手を挙げていた。

一瞬で場の空気が変わる。

ジョーヌがぎょっとしてノクスを見るが、ルカも笑みを浮かべて頷き、アリスも震える手を抑え込みながら前を向いていた。

 

「当たり前だろ?こんな面白そうな任務、逃すわけねぇだろ?」

 

「はぁー、そうなるんじゃないかなとは思ってたけどねぇ…」

 

「私も……皆さんと一緒に戦います」

 

ルカ、ジョーヌ、アリスが順々に口を開き、ノクスの決断を支える。

その姿を見て、ベアルは目を細め、口元に笑みを浮かべた。

しかしそれだけではなかった。ノクスたちの隣で、もう一つの手が挙がる。

 

「俺たちも、参加するぜ」

 

その声の主は、この街ではあまり見かけない顔ぶれだった。背の高い青年を中心にした四人組で、装備は整っており、全員の視線が鋭い。その青年の胸元に刻まれた紋章を見て、周囲の冒険者たちがざわめいた。

 

「……Bランクの連中じゃねぇか……!」

 

「この街にBランクがいるなんて珍しいな……」

 

周囲の視線が集まる中、青年はニヤリと笑う。

 

「街が危ないのは俺たちの飯の種が危ないってことだからな。ついでに名を売らせてもらうぜ」

 

その言葉に一瞬場が笑いに包まれたが、すぐに張り詰めた空気に戻る。

 

こうしてこの場に集まった多くの冒険者の中で、手を挙げたのは――

ノクスたちのパーティと、Bランクのパーティの二組だけだった。

 

その光景を見ていたベアルは、ゆっくりと肩の力を抜き、改めて前を向く。

 

「よし、決まりだな。作戦の詳細は後ほど伝える。それまで各々準備をしておけ」

 

ギルド内に緊張感が走る中、ノクスは一度大きく息を吐いた。

恐怖はない。ただ、心臓が速く打ち始める。

今までの修行の成果を試す時が、ついに来るのだ。

 

 ◆ ◆ ◆

 

「準備しておけって言われてもな……」

 

ギルドを出て早々、ノクスは頭を掻きながら呟いた。

槍を使い始めて三ヶ月、以前よりは手入れも覚えてきたとはいえ、戦場に持ち込む以上、今まで以上に神経を使わなければならない。

隣でルカが笑う。

 

「おーおー、顔が引き締まってきたじゃん。いいねぇ、気合入ってきたじゃん」

 

「そうかな?」

 

「そうだよ。顔見てりゃ分かる」

 

ルカのその言葉にジョーヌも「そうそう」と頷きながら腕を組む。

 

「ま、どうせ今夜は寝られないんだろうし、こういう時こそ気を紛らわせるのがいいのさ」

 

ジョーヌは笑うが、その笑顔は少し硬かった。アリスも俯き加減で自分の杖を抱きしめていたが、目は前を見据えている。

 

「じゃあ、まずは武器の手入れしに屋敷に戻るとしますか」

 

ノクスが言うと、みんなも頷いた。その時だった。

 

「おーい、ちょっと待てよ」

 

不意に背後からかかる男の声。振り返ると、そこにいたのは先ほど手を挙げていたもう一つのパーティ、Bランク冒険者たちだった。

 

先頭に立つのは黒髪で背の高い青年、その後ろに弓を背負った小柄な男、無口そうな長身の女戦士、そして鎧を着込んだ重戦士の男の四人が並んでいる。

 

「一緒に戦場行くんだ、名前くらいは知っときたいじゃん?」

 

黒髪の青年が笑いながら言う。

 

「俺はカイル、Bランク冒険者だ。こっちはユリウス、シェナ、バルド。まぁ覚えといてくれよ」

 

他の三人も軽く会釈をした。

ノクスも笑顔で応じる。

 

「俺はノクス、Fランクで――」

 

その瞬間、空気が変わった。

カイルの笑顔がすっと消え、後ろの三人も露骨に目を細める。

 

「……Fランク?」

 

「マジかよ、ギルドのお荷物かよ」

 

「おいおい……こんなのと一緒に行くのか?」

 

バルドが鼻で笑い、ユリウスが肩をすくめる。シェナはあからさまに興味を失った表情をした。

 

「なんの役に立つんだよ、Fランクがよぉ」

 

その言葉にジョーヌが鋭い視線を送る。

 

「……あ?」

 

その空気だけで周囲が張り詰めた。ジョーヌの赤い瞳がギラリと光り、口元が歪む。

ルカも笑っているが、その眼だけは鋭く相手を射抜いていた。

 

「言うねぇ~、面白いこと言うじゃんあんたら」

 

ルカの声は笑っているのに冷たく、相手の心臓を撫でるような不気味さがあった。

アリスも珍しく不機嫌そうな顔で視線を逸らさずに睨んでいた。

 

ノクスも、言い返したかった。

けれど、自分は確かにFランクでまだ何一つ結果を出せていないのも事実だった。

だからこそ、反論の言葉が出てこない。悔しさだけが、胸を熱くした。

 

「おやおや、ずいぶんと面白いこと言ってるじゃん?」

 

突然、その場の空気を切り裂くような笑い声が響く。

 

「はははっ!いや、悪い悪い笑うしかないわ」

 

カルラだった、その顔に獰猛な笑みを浮かべてこちらに歩み寄ってくる。

 

「な、なんだよお前……」

 

カイルが顔をしかめるが、カルラは一切臆さず、にたりと笑った。

 

「ランクしか見てない奴より、我武者羅に前に進もうとしてる奴の方が、よっぽど背中任せられるんだけどなぁ」

 

その声は軽かったが、含む殺気は鋭かった。

カイルの口元が引きつる。バルドがカルラを睨むが、カルラは肩を揺らして笑い続けた。

 

「何であんたが、Fランクの肩持つんだよ……」

 

「肩を持つ?ウケるんだけど!的外れ過ぎて腹筋大激痛!」

 

カルラは爆笑しながら肩を叩き、「まぁまぁ」と笑い飛ばした後、ニヤリと目を細めた。

 

「まぁ、こいつらに文句あるなら、戦場で足引っ張られないように自分で頑張ることだね、カイル君?」

 

皮肉がこもった口調に、カイルは悔しそうに舌打ちをする。

 

「フン……精々頑張りたまえよ、Fランク君。俺らの邪魔だけはするなよ」

 

吐き捨てるように言うと、カイル達はその場から去って行った。

 

残された空気に緊張が残るが、ジョーヌが苛立ちを隠さずに声を上げた。

 

「なっっっんて嫌な奴!あの顔面引っ叩いてやろうか!」

 

「まぁまぁジョーヌ、落ち着けって」

 

ルカが笑うが、その目は笑っていない。

 

「アリスも怒ってる?」

 

「……当然です。あんな失礼なことを言うなんて……!」

 

三人が憤慨する中で、ノクスは深く息を吐いた。

本当なら、自分も腹の底から悔しくて仕方がない。言い返したかった。しかし

 

「大丈夫だよ、みんな」

 

ノクスは笑って見せる。

 

「結果を出せばいいんだ。結果を出せば、きっとあの人たちだって認めてくれる」

 

その言葉にジョーヌが目を丸くし、ルカは少し目を細める。

 

「お前っていつもムカつくくらい真っ直ぐだよな」

 

ルカが肩を竦め、ジョーヌも「……まぁ、いいけどさ」と呟く。

アリスもゆっくりと息を吐き、笑顔を取り戻した。

 

「そうですね……ノクス君が言うなら、大丈夫です」

 

ノクスは大きく頷いた。

大丈夫、きっと大丈夫だ。

この修行で培ったものをすべて出し切って、この街を守るために――いや、自分が進むために戦う。

 

カルラが肩を揺らして笑いながら、ノクスの肩をポンと叩く。

 

「その意気だよ、ノクス。戦場で楽しみにしてるからね」

 

その言葉にノクスは笑顔を返し、槍を握りしめた。

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