ギルドに着き奥の会議室にはすでに銀の楯の四人が揃っていた。いつもの雑談混じりの雰囲気はなく、重く張り詰めた空気が室内に満ちていた。
ベアルが地図を広げ、その上に小さな駒を置きながら状況を整理していく。
「いいか、今朝の時点で魔物の群れは街の北西の森を抜けて、緩やかに街へ向かって移動中だ。規模は百体は超えるが、雑魚のゴブリンが主力で、ただ問題はその群れを率いている通常より大型なオークと推測されるボス個体だ」
ノクスは真剣な顔で地図を見つめる。アリスは横で首を傾げながら、「それ、強いんですか?」と小さく問う。
ベアルが苦笑する。
「Bランク単独では荷が重いな。だが、銀の楯が仕留める。その間、群れの分断と時間稼ぎをお前たちとカイルのパーティに頼みたい」
その瞬間、部屋の奥の扉が開き、乱暴に音を立てて数人が入ってくる。
カイルのパーティ達が口元に笑みを浮かべながら入ってきて一言
「ははっ、ようやく説明終わったか? 雑魚掃除程度なら俺たちだけで十分だ」
と吐き捨てるように言った。
カイルが顎でノクスたちを指すと、
「それにしても、マジでこいつらも一緒なのかよ? 足引っ張るだけじゃねぇの?」と笑う。
ジョーヌが露骨に不機嫌そうに眉をひそめ、
「あぁ? あーし達が足引っ張るって何を見て言ってんだよ」
と言いかけたが、ルカが笑いながら「ジョーヌ、言わせとけ」と止めた。
ノクスは唇を噛みしめたが、視線を落とすことなくカイルを真っ直ぐ見た。
「やれることをやるだけだ」
その視線にカイルは一瞬眉をひそめたが、すぐに鼻で笑い、「勝手にしな」とだけ吐き捨てると椅子に座り足を組んだ。
空気が再び冷え込む中で、ベアルが咳払いをして仕切り直す。
「いいか、俺たちはボス個体を叩く。そのために群れの大部分をこちらに向けさせる必要がある。カイルのパーティ、お前たちには森の南側から攪乱してもらう。その間、ノクスのパーティには東側から小規模な別動隊を引きつけてもらう」
「要するに雑魚掃除ってことだろ?」とカイルのパーティの弓使いの男ユリウスが鼻で笑った。
マリーが冷たい視線を送り、
「雑魚掃除と侮るな。足止めできなければボス討伐中に群れが市街に突入する」
ジーンが図面を指しながら続ける。
「地形的にここ、森の切れ間と丘陵の間の狭い道が最初の迎撃地点になるだろう。ここで出来るだけ群れを削る。削り切れなかった分はこの平原で迎え撃つ」
アリスが小さく手を挙げ、
「私たちは別動隊の討伐ではなく足止めで合ってますか?」
マリーが笑顔で頷き
「そうよ、アリスちゃん」
その時、カルラがくくっと笑いながら、
「もちろん倒せるなら倒してくれた方がいいがな。期待してるぞノクス」
と煽ってきた。
ジョーヌが口を開きかけたが、ノクスが「大丈夫」と静かに言う。
その声にカルラが目を瞑り満足げに頷いて口を閉じた。
部屋には再び地図の上を指でなぞりながら具体的な進行ルートの確認が始まる。
「この斜面を登ってくるタイミングで、アリスが風の障壁で速度を落とす。ルカは魔力操作で身体強化した脚で背後に回り込み、ジョーヌは木陰に潜んで不意打ち、ノクスは前衛で止める。これで小隊規模の群れなら十分足止めできるだろう」
「問題は上位ゴブリンクラスが来た場合だな」
ジーンが渋い顔で言った。
「その時は合図を送れ、俺たちがすぐに加勢する」
全ての説明を終え、ベアルが皆を見渡す。
「恐れるな。だが油断するな。今日の作戦の目的は市街への被害を防ぎ、ボス個体を討伐し群れを解体することだ。全員、生きて帰るぞ」
その言葉にノクスは胸の奥の不安が少し軽くなるのを感じた。
ルカが気合を入れるように肩を回し、
「よっしゃー! 俺は死なないし、勝って帰ってまた飯食うぞ!」
ジョーヌがダルそうにしながら
「今回の戦いが終わったら3日は寝るからねぇ」
「もう!二人とも真面目にやってください!」
とアリスは頬を膨らませ、場にわずかな笑いが戻った。
それでも緊張の糸は完全には切れず、皆が息を整えるようにゆっくり立ち上がる。
それぞれが武器の手入れを始める音が室内に響き、刃を布で拭う音、弓弦を張る音、詠唱の確認の小声。
戦いの時が近い。
不安も、恐怖もある。だがそれ以上にノクスは「やるべきことをやる」という覚悟を胸に刻んでいた。
そして作戦開始の合図を待つ時間が、静かに、だが確実に迫っていた。
◆ ◆ ◆
街から街道を北西へと進み、薄曇りの空の下で吹き付ける風が、湿った森の匂いを運んできていた。
「よし、ここで俺らとカイルパーティとは分かれるぞ」
ベアルが短く告げると、銀の楯の四人はそのまま森の奥へと進んでいく。カルラが振り返り、
「死なない様に頑張れよ~!」
と悪戯っぽく笑いながら、視界から消えた。
カイルのパーティも別方向の森の縁へと進み、その場にはノクス、ジョーヌ、ルカ、アリスの四人だけが残った。
「ここで待機か……」
ルカが剣を指で弾きながら言うと、ジョーヌは森を睨むようにして、
「来るなら早くしてほしい、待機とか暇すぎるんだけど」
と文句をこぼした。
アリスはそんな二人を見て小さく笑い、
「でも、今日は大事な役割ですから。私たちがはぐれた雑魚を処理して、他の皆さんの負担を減らさないと」
「わかってる」ノクスは口を引き結んだまま、森の奥を見つめていた。
「フゥー……」
ノクスは大きく息を吐いて深呼吸し、槍の柄を握る手に力を込める。訓練で培った動きが自然と頭の中で回り始めた。
しばらく待機していると、遠くの森の奥から金属がぶつかる激しい音と、地響きのような衝撃音が聞こえてきた。
「始まりましたね……」
アリスが小さく呟くと、ルカが剣を地面につき立てて大きく伸び、
「そろそろこっちにも来るかな?」
と言った。
ジョーヌは目を細め、
「いいよ、何匹でも来なっての」
と笑ったが、その指先が微かに震えているのをノクスは見逃さなかった。
その時だった。
ガサリ、と音を立てて茂みが揺れ、森の影から三匹のゴブリンが飛び出してきた。
「来た!」
ノクスはすぐに前へ出て槍を構え、ジョーヌが左から回り込み、ルカが右へと跳び、アリスが後方で小さく詠唱を始める。
ゴブリンたちは刃こぼれした短剣を振り回しながら襲いかかってくる。
ノクスは頭の中で何度も反復してきた動作を繰り返すように、槍を横に薙ぎ払う。しかし初めての実戦、タイミングがずれ、ゴブリンの短剣が肩にかすった。
「くっ……!」
痛みと同時に槍が少し逸れるが、その隙をルカが剣先でゴブリンの腹を突き飛ばし、ジョーヌが足払いをかける。
「立って、ノクス!」
ジョーヌの声でノクスはハッと顔を上げ、槍を持ち直して勢いよく突き刺した。鈍い音と共にゴブリンが地面に崩れ落ちる。
他の二体もルカの突きとジョーヌのナイフで倒し切り、戦闘が終わった頃には四人とも息が荒くなっていた。
「ふぅ……これが……実戦……」
「何言ってんだよノクス、まだ一戦目だし!」
ジョーヌが笑いながら言うと、アリスも「傷、大丈夫ですか?」と心配そうに近寄ってきた。
「大丈夫、かすり傷だよ。」ノクスは笑顔を返す。
その後も森の奥から数匹ずつゴブリンや小型のオーガの子が出てきたが、ノクス達は訓練の通り役割を分担し、連携して順調に討伐を重ねていった。
しかし空気が少し緩んできた頃、突然カイルパーティの担当方面から鋭い笛の音が響き渡った。
「緊急の合図だ……!」
ルカが舌打ちし、
「あー、あいつら何かやらかしたか?」
と呆れ気味に言う。
ジョーヌは腕を組んで顔をしかめ、
「ふん! あれだけデカい口叩いておいてさ、自分たちだけで余裕って言ってたのはどこのどいつよ!」
と怒りをあらわにする。
アリスは顔を曇らせながらもノクスの方を見る。
「でも、助けに行くべきですよね? あまり気乗りはしませんが……」
ノクスの頭の中に、カイルがギルドで吐き捨てた「邪魔だけはするなよ」という言葉が蘇った。あの時は悔しかった。自分はまだ弱い。だけど――
ノクスは拳を握り、力強く言った。
「行こう。仲間を見捨てるわけにはいかない」
「ったく、優等生だなぁノクスは」ルカが笑いながらも目は鋭くなっていた。
「チッ……仕方ないわね」ジョーヌは顔を赤くしながらそっぽを向いたが、すぐに飛び出す体勢を取った。
アリスが小さく笑顔を見せて、
「はい、行きましょう!」
ノクス達はすぐさま森の奥へと駆け出した。葉を踏みつける音、槍の柄を握る感触、呼吸が早まり、緊張と恐怖と共に身体が熱を帯びていく。
もしあの時訓練を怠っていたら、この場で仲間を助けに行くことはできなかった。
ノクスは槍を握り直し、
(俺達が守るんだ)
と心の中で呟いた。
森の南方面からは、金切り声と人間の怒号が混じった戦闘音が近づいてきていた。
カイル達のパーティが窮地に陥っているのは間違いなかった。
ノクス達は駆けながら視線を交わし、頷く。
「行くぞ!」
こうして、急いでカイル達の援護へ向かうノクス達だった。