俺の母さん、実は魔王でした⁉   作:KuRoNia

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第十節:立ちはだかる影

カイルのパーティの方向へ駆け足で向かうと、そこは既に激しい戦闘の音で満たされていた。枝が弾け飛び、鉄の軋む音と、重く湿った呼気のような唸り声が風に混じる。

 

ノクスが走る足を止めた瞬間、視界に飛び込んできたのは巨大な灰色のオーク。その巨体はまるで移動する壁のようで、赤黒い血で染まった大斧を振り上げている。その刃先の真下にいたのは、剣を杖代わりにしてうずくまるカイルの姿だった。

 

「アリス、捕縛魔術!」

 

咄嗟の指示にアリスが杖を掲げ詠唱を開始、風のうねるような魔力の気配が駆け抜け、土から伸びる黒い蔦がオークの足へ絡みつく。その束縛にオークが驚きの咆哮を上げる間隙を逃さず、ノクスとルカが同時に踏み込み、その巨躯の前に立ちはだかった。

 

「ジョーヌ、アリスを援護!」

 

「わかってるわよ!」

 

ジョーヌが後方でナイフを抜き、アリスの周囲に近寄るゴブリンの残党を警戒する。

 

「何があったんだ、カイル!」ノクスがオークから目を離さずに問いかける。

 

「…はは、見ての通りだよ……最初は雑魚ゴブリンばかりが来ていた……油断してたわけじゃないが……突然、こいつが出てきたんだ……」

 

オークは足を引き千切るように蔦を引き裂きながら、ノクスたちへ斧を振り下ろしてくる。その重い一撃をルカが剣で逸らし、ノクスが横へ弾き飛ばす。

 

「なんで群れのボスがこんな所に出てくるんだ!?銀の楯の連中は何やってんだよ……!」

 

カイルは血混じりの息を吐きながら、それでも剣を杖にして立ち上がろうとしていた。彼の視線は森の奥から聞こえる断続的な戦闘音を見つめ、絶望の色を帯びていた。

 

「おそらく……この群れのボスは二体のオークだ……俺らの目の前にいるのは、その片割れだ……銀の楯の連中はもう一体とやり合ってるんだろう……」

 

頭の奥で嫌な冷汗が流れるノクスだったが、今は前にいるこの一体をどうにかするしかない。援軍を呼びに行ったカイルの仲間たちを守るため、満身創痍のカイルは孤軍奮闘していたのだろう。

 

「緊急の笛を鳴らして、俺は殿として時間を稼いだ……けどもう限界だった。死んだと思ったが、ギリギリ……助けられたな。ありがとう」

 

ルカがオークと距離を取って構え直しながら、「まだ礼を言うのは早いんじゃねぇか?」と笑った。

 

その言葉にカイルは息を切らしながら、しかし力なく笑う。

 

「教えといてやるよ、ルーキーども……戦闘中に礼を言うのはな……この後、生き残れるかどうかわからないから……言えるうちに言っとくもんなんだよ……」

 

カイルは片足を引きずりながら、それでも剣を構え直す。目の奥に残る闘志が、まだ消えていないことを示していた。

 

「耐えるだけなら……まだやれる……! お前ら、助けてもらって悪いが……なんとか、止めを刺せるか……?」

 

ノクスとルカは視線を交わし、同時に頷いた。

 

「まかせろ」

 

オークが大斧を振り上げる。地面が砕けるほどの踏み込みと共に、その刃が降りかかる直前、ノクスは前へ踏み出し、槍を低く構え直した。ルカがその横で、笑いながら拳を握り込む。

 

「行くぞ、ノクス!」

 

「うん、いくよ!」

 

オークの足元へ潜り込み、ノクスの槍が脛を薙ぎ、ルカの蹴りが横腹にめり込む。オークが呻き声を上げ、体勢を崩したところへノクスが踏み込み、もう一度突きを放つ。

 

「ここで……!」

 

仲間を護るため、絶対に倒す。その決意を槍の穂先に乗せる。

 

オークが絶叫を上げ、巨大な手でノクスを薙ぎ払おうとするその瞬間、ルカがノクスの背を叩き、一瞬体勢を変えさせる。その手が空を切った隙をつき、ノクスの槍がオークの喉元に突き刺さる。

 

「――ッ!!」

 

黒い血が溢れ出し、巨体が地響きを立てて崩れ落ちる。呆然とした顔でそれを見ていたカイルは、口元を歪め、笑うように呼吸を整える。

 

「……倒した、のか……?」

 

その問いかけに、ノクスは槍を構えたまま小さく首を横に振った。

 

オークの喉元を掠めた槍先は黒い血を滲ませたものの、致命傷には至らず、巨体がぐらりと揺れる。次の瞬間、オークの赤く濁った眼がぎらりと光り、咆哮と共に再び大斧を持ち直す。

 

「まだだ……!動けるぞ、こいつ!」

 

ルカが低く叫び、横へ飛んで回避姿勢を取る。

 

「アリス!ジョーヌ!援護を頼む!」

 

ノクスの声に、アリスはすぐさま詠唱を開始し、ジョーヌがナイフを逆手に持って間合いを探る。カイルも肩で息をしながら、しかし剣を握り直し、薄い笑みを浮かべた。

 

「……悪いな、ルーキーども……もう少しだけ行けるか?」

 

オークの咆哮が森に響き渡り、重く湿った空気が再び張り詰める。

 

ノクスは震える指先を握り込み、槍を強く構え直した。

 

(絶対に……絶対にここで倒す……!)

 

仲間と共に、初めての死線を超えるために。

 

そう決意した瞬間、オークの巨体が咆哮と共に再び迫り来る。

 

重い空気を切り裂くように、オークの咆哮が森に響き渡った。

 

巨体が地面を揺らしながら突進してくる。ノクスは槍を構え、足を大きく引きながら深く呼吸した。槍の柄を握る手が汗で湿るが、それでも離さなかった。

 

「来るぞ!」

 

ルカの声と共に、オークが大斧を振り上げた。斧の刃が振り下ろされる直前、アリスが小さく詠唱を終える。

 

「《束縛の鎖》」

 

足元から淡く光る鎖が伸び、オークの足首を縛り上げた。巨体が止まりかけるが、怒りに満ちたオークはその鎖を引き千切るように足を振り、完全には止まらない。

 

だが、わずかな間でも十分だった。

 

「ルカ!」

 

「おう!」

 

ルカが横から回り込み、腰を落とした姿勢から低く蹴りを放つ。ガンッと金属のような衝撃音が鳴り響き、オークの膝がわずかに折れた。

 

「ノクス!今だ!」

 

「行く……!」

 

ノクスは全身の魔力を呼び起こし、モルテから教わった魔力操作で脚に力を込める。強化された脚力で一気に距離を詰めると、槍を水平に構えたまま、オークの肩口を狙って突き出した。

 

「おおおおおおっ!」

 

槍の切っ先が分厚い皮膚を貫き、黒い血が飛び散る。だが、それだけでは終わらない。オークは苦痛に吠えながら、振り返り様に大斧を横薙ぎに振り払った。

 

「くっ……!」

 

ノクスはすぐに槍を引き抜き、飛び退くが、斧の風圧だけで身体が弾かれ地面を転がった。肺から空気が抜けるが、それでも槍は離さなかった。

 

「ノクス!」

 

ジョーヌの叫びが聞こえた瞬間、オークの背後に回り込んでいたジョーヌが小さなナイフをオークの脇腹へ突き立てた。

 

「さっさと倒れなさいよ、あんたは!」

 

ナイフは深くは刺さらなかったが、オークが怒りの矛先をジョーヌに向けたその隙をカイルが見逃さなかった。

 

「下がれ!」

 

カイルが踏み込んで渾身の斬撃をオークの横腹に叩き込み、巨体が一瞬大きくよろめいた。そこへアリスの拘束魔術が再び足を絡め取る。

 

「今です!」

 

ノクスは荒い呼吸のまま立ち上がり、血塗れの槍を再び構える。

 

(今度こそ、決める!)

 

オークがよろめきながら振り向いた瞬間、ノクスは一気に踏み込むと槍を下から突き上げるように振り抜いた。槍の切っ先がオークの顎下から突き刺さり、そのまま頭蓋の奥へと滑り込む。

 

「おおおおおおおっ!!!」

 

オークの赤く濁った瞳が一瞬見開かれ、巨体がぐらりと揺れる。大斧が手から滑り落ち、地面へ突き刺さる鈍い音が響いた。

 

そのまま、オークの巨体が地面に崩れ落ちる。地面が大きく揺れ、土埃が舞った。

 

「……やった、か……?」

 

ノクスの声が震えた。力を使い果たした身体がその場に膝をつく。

 

「……やったじゃん、ノクス」

 

ルカがにやりと笑いながら肩で息をする。ジョーヌも頬を引きつらせながらも笑い、「あーし、めちゃくちゃ頑張ったし!」と拳を振った。

 

アリスは杖を持つ手を胸元で握りしめながら、震える声で「終わったんですね……!」と呟いた。

 

近くで満身創痍のカイルが地面に座り込むようにして笑った。

 

「……大したもんだよ……Fランクのルーキーが、オークを仕留めるなんてな」

 

「カイルさんは大丈夫ですか?」

 

ノクスが息を切らしながら駆け寄ると、カイルは血だらけの顔で親指を立てた。

 

「……ああ、死ぬほど痛ぇけど、死んじゃいねぇ……命の恩人だな、改めてありがとう助けられた。それとお前らの事侮って悪かった」

 

倒れたオークの死体から、黒い血がじわじわと地面へ滲んでいく。周囲には荒れた地面、斧の跡、倒れた木々、血と汗の匂いが漂っていた。

 

だが、その荒れ果てた空間の中で、ノクスたちは互いに顔を見合わせ、小さく笑い合った。

 

(俺たち、やったんだ……!)

 

だがその安堵も一瞬。

 

森の奥から、さらに重く深い咆哮が響いた。

 

「っ……まだだ、まだ終わってない!」

 

ルカが顔を引き締め、ノクスも再び槍を構え直す。

 

銀の楯が本命のオークのボスと戦っている最中である以上、ここで気を緩めることはできない。群れの中からまた別の魔物が流れてくるかもしれない。

 

ノクスは心の奥で恐怖を感じながらも、槍を持つ手に力を込めた。

 

「来るぞ……!」

 

ルカの声と同時に、森の木々を揺らして十体近いゴブリンが現れた。黄色く濁った眼をギラギラと光らせ、錆びた短剣や棍棒を振り上げながらこちらに向かってくる。

 

「数が多いな……!」

 

ノクスが槍を握り直し、隣でルカが口角を吊り上げる。

 

「おーおー、群れて威勢だけはいいじゃねぇか……!」

 

ジョーヌもナイフを指先でクルクル回しながら「まとめて蹴散らしてやるわよ……!」と気合を入れる。アリスは小さく呟きながら魔力を練り、拘束魔術の準備に入った。

 

緊張と焦燥が同時に湧き上がる中、ノクスは深呼吸して槍を構え直した。先ほどのオーク戦で体力は削られているが、戦う覚悟は消えていなかった。

 

「行くぞ!」

 

ノクスの声を合図に、ルカが先陣を切って飛び出し、正面のゴブリンに強烈な蹴りを浴びせ吹き飛ばす。ジョーヌも回り込みながら別のゴブリンの背後を取り、背中にナイフを突き立てた。

 

「アリス、右側の奴をお願い!」

 

「はいっ!」

 

アリスの魔術が光り、ゴブリンの足元から鎖が伸び、動きを止める。その瞬間を逃さずノクスが槍で横薙ぎに払い、二体のゴブリンをまとめて薙ぎ倒した。

 

しかし、倒しても次のゴブリンがすぐに襲い掛かってくる。息を切らしながら応戦するノクス達。

 

(あと少し……あと少しで全部倒せる……!)

 

そう思った瞬間だった。

 

――ギィィィイイイイッ!!!

 

森の奥から地響きのような激しい剣戟の音が響き、その直後、オークの断末魔が森中に響き渡った。地面がわずかに震えるほどの咆哮の後、森は一瞬静寂に包まれた。

 

その音を聞いた瞬間、ゴブリンたちの目に怯えが走った。

 

「キィ……ッ!!」

 

「ギャアア!!」

 

次の瞬間、十体近いゴブリンは蜘蛛の子を散らすようにあらゆる方向へと逃げ出していった。後を追おうとしたルカだったが、カイルが小さく首を振る。

 

「……追わなくていい、深追い出来るほど余裕がない…」

 

ルカは肩をすくめて「まぁ、そうか」と返し、ジョーヌも「もう、勝ったようなもんよね」と小さく笑った。アリスも胸を撫で下ろし、呟いた。

 

「ベアルさん達の作戦が成功したんですね……!」

 

全員の表情に安堵の色が広がった。

 

辺りには倒したゴブリンとオークの死骸が転がり、血の匂いが立ち込めていたが、それでも生き延びたこと、作戦が成功したことへの安堵が勝った。

 

「……ああ、俺たち、生き残ったんだ」

 

ノクスは震える手で槍を地面について支え、息を整えながら空を見上げた。深い緑の葉の隙間から光が差し込み、風が血と汗の匂いを運んでいく。

 

その時だった。

 

「カイルーっ!!」

 

遠くから複数の足音が聞こえ、街からの援軍が走ってくるのが見えた。その中にはカイルのパーティメンバーの姿もあった。

 

「カイル、無事だったのね!」

 

「お前ら……!戻ってきたのか……!」

 

満身創痍のカイルに駆け寄る仲間たち。カイルは腕を軽く振り上げ「あぁ、途中死にかけたがルーキーに助けられた」と笑った。

 

その後ろで、カイルの仲間の一人がノクス達に深く頭を下げる。

 

「本当に……本当にありがとう!カイルを助けてくれて!」

 

ジョーヌは少し照れたようにそっぽを向き、ルカは「気にすんなって」と鼻で笑いながらも嬉しそうに肩を揺らした。アリスも静かに笑いながら「無事でよかったです」と伝える。

 

ノクスも、緊張の解けた笑顔で「助けられてよかった」と答えた。

 

――その時。

 

森の奥から複数の影が現れた。

 

銀の楯のメンバーだった。

 

先頭のベアルが大剣を肩に担ぎながら

「やれやれ……最近訓練ばっかだったから少し腕がなまったかな?」と笑い、

マリー、ジーン、カルラも続いて姿を現す。全員、服に返り血を浴びていたが、その表情は晴れやかだった。

 

「笛の音は聞こえていたがすぐ行けずにすまなかったな、カイル。よく一人で援護が来るまで耐えたな!」

 

ベアルが笑いながら手を挙げ、ジーンも「うぬ、言うだけはあるな」と肩を叩く。カイルは照れくさそうに手を挙げて返した。

 

マリーはノクス達の方へ歩み寄り、目線を合わせて笑う。

 

「あなた達、本当にすごいわよ。あのオークを倒したの、あなた達なんでしょ?」

 

ジョーヌが小さく「まぁね!」と胸を張り、ルカも「たいしたモンだろ?」と笑う。

 

カルラはにやりと笑いながら「だから言ったろ?こいつ、やる時はやるんだよ」とノクスの頭を乱暴に撫でる。ノクスは笑いながらも「やめてよ、カルラさん……!」と抗議したが、心の奥が温かくなった。

 

「ノクス、今回君が援護に来てくれたおかげで救えた命があるんだ。自信を持っていい」

 

ベアルが真剣な表情でそう告げると、ノクスは少し驚いた後、笑顔で頷いた。

 

(俺……守れたんだ……!)

 

その実感が胸の奥を温かく満たし、震えが止まる。銀の楯、カイル達、仲間達の笑顔が周囲を囲み、森の中に戦いの終わりの安堵が漂っていた。

 

遠くで風が吹き抜け、血の匂いが薄れていく。

 

(これからも俺は――冒険者として、人を守れる強さを求めて進んでいくんだ)

 

そう強く誓いながら、ノクスは穏やかな笑みを浮かべ、仲間達と共に森を見渡していた。

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