俺の母さん、実は魔王でした⁉   作:KuRoNia

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第十一節:それぞれの夜

街へと帰還したノクスたちは、疲労感と同時に達成感に満ちた顔で街門をくぐった。背中には血と土埃の匂いが張り付いているが、不思議と足取りは重くない。ノクスは槍を背負い直し、脇を歩くジョーヌとルカが肩を揺らして笑いながら話しているのを横目で見て、無事でよかった、と心から思った。

 

「よし、まずはギルドに報告しに行くぞ」

 

ベアルの声にジョーヌが「うい~」と応じ、ルカは「酒くらい出してくれるといいんだけどな」と笑いながら肩を叩く。アリスも微笑みながら「お酒はまだ早いですよ、ルカさん」と軽くたしなめた。

 

ギルドの扉を押し開けると、戦いの疲れを癒すために集まった冒険者たちで活気が戻っていた。

 

「会議室、空いてるってさ。行こう」

 

受付の人に案内され、奥の会議室へと向かうと既にギルド長が待っていた。椅子の背にもたれるカルラの横で、ベアルが立ち上がる。

 

「よし、じゃあ代表して俺が伝えるわ」

 

ギルド長は無言で頷き、鋭い視線を送るがその眼光に疲労がにじんでいる。ベアルは一呼吸置き、皆の顔を見渡してから言葉を発した。

 

「今回の件、群れのボス個体の討伐に成功した。街の危機は去ったと断言していい」

 

その言葉が落ちると同時に、会議室内の空気が張り詰めから解放へと変わった。

ギルド長は大きく息を吐き出した。

 

「……ご苦労だったな。本当に助かった。街の皆も、お前たちには感謝しているだろう」

 

「いえ、俺たちはやるべきことをしただけです」

 

ベアルが淡々と答えると、ジーンが口を開く。

 

「ただ……ひとつだけ気になることがある」

 

全員の視線がジーンへ向いた。

 

「最初の予想だと、ボス個体は一体のオークのはずだった。しかし、蓋を開けてみれば二体いた。これはどういうことだ?」

 

カルラが肩を揺らして笑いながら「そんなもん、あれだけ大規模の群れならボスが二体いることくらいあるだろ。なぁ、マリー?」と振ると、マリーも笑みを浮かべて頷く。

 

「ええ、確かに想定外でしたが、群れの規模を考えれば自然なことよ」

 

「……まぁ、そうか」

 

ジーンは渋い顔で眉を寄せていたが、「その言う通りかもな」とあっさり納得し肩を竦める。疑問が解決したところで空気が和らぎ、会議は解散の流れへ移っていった。

 

「それじゃ、俺たちはこれで。」

 

ベアルが軽く手を挙げると、カイルも立ち上がり「お前らには世話になったな」とノクスたちに言った。ルカが「別にお前のためにやったわけじゃねーけどな」と肩を揺らして笑い、ジョーヌは「まぁ、今度はもっとしっかりしなさいよね」と腕を組んで偉そうに言った。カイルは「そうだな、次は気を付けるさ」と笑いながら答えたが、その目には深い感謝が宿っていた。

 

「じゃあ、機会があればまた会おう!」

 

そう言って去っていくカイルに手を振り、ノクスたちはギルドを後にした。

 

街へ戻る道すがら、夕暮れが街を橙色に染めていく。家路へと向かう人々の笑い声、屋台から漂う香ばしい匂い、平穏が戻った街の息吹が心地よく、戦いを終えた達成感を感じさせてくれた。

 

「ねぇ、今日ってさ、祝勝会しない?」

 

教会に続く分かれ道でアリスが一度立ち止まった時、ジョーヌが提案した。

 

「お、いいねぇ。せっかくだし派手にやろうぜ。」

 

ルカも笑いながら同意し、アリスは目を丸くした後に「私もいいんですか?」と顔をほころばせた。

 

「もちろんだよ、アリス。」

 

ノクスが笑いながら頷くと、アリスは満面の笑顔で「じゃあ、お邪魔しますね!」と答えた。

 

屋敷へと帰り着き、玄関の扉を開けて「ただいま!」と声を上げると、すぐさまドタドタと足音を立ててエステアが走ってきた。

 

「ノクス!ジョーヌ!ルカ!アリスも……無事で帰ってきてくれて、本当によかった!」

 

涙を堪えるように微笑むエステアの姿に、ノクスの胸が温かくなる。背後からセスも現れ、冷静な口調で「料理はすでに出来ております。早めに着替えを済ませてください」と伝えてくれる。

 

「セス、ありがと!」

 

ジョーヌが笑いながら先に走って行き、ルカも「戦いの後の飯は格別なんだよな~」と肩を回しながら笑った。

 

リビングに入るとモルテ、アミー、リュースがすでに席についており、「よく戻った、お主たちなら出来ると信じていたぞ」「よく頑張ったねぇ」「いい面構えになったな」と次々に声をかけてくれた。

 

席につき、テーブルの上の料理を見渡すと肉の香ばしい匂いと温かい湯気が疲れた体にしみ込むようだった。

 

「いただきます!」

 

全員の声が重なり、ノクスがフォークを持つと隣でエステアが微笑みながら小さく拍手した。

 

「本当に無事で帰ってきてくれて嬉しいわ」

 

「はは、母さん大袈裟だよ。でも……ありがとう」

 

照れくさそうに笑うノクスの表情を、エステアは優しく見守っていた。

 

「で、どうだったのよ、今回の戦いは?」

 

アミーが隣のジョーヌに肘でつつきながら問いかけると、ジョーヌは大きく胸を張って「それがね、あーしが結構活躍したんだから!」と得意げに話し出す。

 

「お、ジョーヌ、お前が活躍?どんな風にだ?」

 

リュースが興味深そうに腕を組んで聞くと、ジョーヌは「任せなさいって!アリスの魔術の援護で突っ込んで、ゴブリンの群れを一気に引き付けて、それでルカとノクスがドーンってやって!」と身振り手振りで説明した。

 

「ドーンってなんだよ、ドーンって」

 

「細かいことはいいの!でもね、最後のオーク戦でもあーし、援護してたんだから!」

 

リュースはジョーヌの頭をわしわし撫で、「そっかそっか、立派になったなぁ」と笑った。その様子を見てアミーも「ふふ、ジョーヌ、可愛かったわよ~ほんと」と笑い、ジョーヌが「可愛くないし!」と顔を赤くしていた。

 

その隣の席では、モルテが湯気を立てるスープを啜りながらアリスを見ていた。

 

「で、お主はどうじゃった?初めての大規模戦闘じゃろう?」

 

モルテの問いにアリスは少し緊張した面持ちで、「はい……でもノクス君たちがいたから、大丈夫でした。捕縛魔術も成功して、オークを足止めできましたし……」

 

「うむ、流石に魔術はお手の物じゃな」

 

「モルテ様、私、まだまだ弱いですけど……少しだけ、自信がつきました」

 

アリスは恥ずかしそうに笑いながら言うと、モルテは目を細め「それで良い。少しずつ、少しずつで良いんじゃ。焦らずとな」と料理に舌鼓を打ちつつ優しく諭すように言った。

 

「……それにしても」

 

セスが会話に加わり、グラスの水を口に含んでから言った。

 

「街道沿いで敵を迎撃し続け、尚且つカイル殿の救援に向かい、オークを迎撃し討伐に繋げる……十分に誇れる働きだったと私は思います」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

アリスが力強くお礼をすると、モルテも満足そうに頷いた。

 

一方ノクスはエステアと並んで座り、肉を頬張った後、恐る恐る話を切り出した。

 

「母さん、今日、すごく怖かったんだ」

 

「……そう」

 

エステアは箸を止めてノクスを見つめる。

 

「死ぬかもしれないって思った。自分が死ぬのも怖かったけど、ジョーヌやルカやアリスが死ぬかもしれないって思ったら……手足が震えて」

 

エステアは静かにノクスの手を取り、柔らかく握り返した。

 

「怖いって思うのは、悪いことじゃないわ」

 

「……うん」

 

「でもね、ノクス、あなたは帰ってきた。ちゃんと、皆を守って」

 

エステアは少し涙を浮かべながら微笑みかける。

 

「だから大丈夫。それに英雄として死んでしまうより、弱者として生き残ってくれた方が親としては満点よ。だってノクスは一人しか居ないもの」

 

ノクスは握られた手を見つめ、小さく息を吐いた。

 

「ありがとう、母さん」

 

「ええ」

 

そう言って微笑むエステアに、ノクスは笑顔を返した。

 

その時ジョーヌが「あー!あーしの話を聞きなさいよ!ノクスが最後オークに飛び込んでってさ!ほんと、あの馬鹿正直さは呆れたけどさ!」と叫び、ルカが「ま、確かにあれは肝が据わってたな」と笑った。

 

「でもお前、最後の突き、悪くなかったぜ。槍使いとして少しは様になってきたな」

 

「そ、そう?」

 

「へへ、褒めてねぇぞ」

 

ルカが茶化すように笑うと、ノクスも笑い返した。

 

モルテが「まぁ、ルカが褒めるとは大したものじゃの」と呆れたように笑い、アミーが「ノクス、かっこよかったってことだねぇ」とからかうと、ノクスは顔を赤くして「か、からかわないでくれよ!」と叫び、皆が笑った。

 

戦いの疲れが嘘のように、笑い声と料理の匂いがリビングを満たしていく。

 

夜が深くなっても、テーブルの笑い声は止むことなく続き、

ノクスは槍を持って歩んだ今日一日の恐怖と誇りを、家族と分かち合うように心の奥で噛み締めていた。

 

それがどれだけ幸せなことかを、少しずつ理解できる夜だった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

その夜、屋敷には静寂が降りていた。

 

祝勝会の賑やかな笑い声が遠い幻のように思えるほど、夜は深く、冷たい。

 

みんな疲れて眠っている。ノクスは安心したような寝息を立て、ジョーヌは隣のベッドで布団にくるまり、小さく寝言を漏らしていた。

 

ルカはそっと起き上がると、軋む床を踏まないように裸足で歩き、小窓を開けた。

 

夜風が頬を撫でる。視線の先には、大きく輝く満月が浮かんでいた。

 

「……満月か」

 

細く呟く声が月光に溶ける。

 

今回の群れの襲撃――最初は小さな違和感だった。

 

オークは縄張り意識が強く、群れの中にオークが二体いるなど本来ならあり得ない。だが、あの時は誰も疑問に思わず、そのまま流された。

 

自分だけがひっかかっていた。

 

(おかしいよな……あのオークは)

 

最初にノクスが突き刺した槍は急所をかすめていた。あれで死ななかったのは単なる頑丈さでは説明がつかない。異様な粘りと生命力、黒ずんだ血の匂い、そしてあの時だけ一瞬感じた、底の見えない()()()()()()――。

 

あのオークは魅了され、操られていた。

 

間違いない。

 

ルカは吸血鬼だ。他種族にはわからない“匂い”を、支配の気配を感じ取れる。

 

オークを操るだけなら魔術師や魔族にもやろうと思えばできる。だが、魅了で操るとなると――出来るものは限られてくる。

 

「十中八九……」

 

ルカは呟き、夜風に揺れる銀髪をかきあげた。

 

「操っていたのは、私と同じ吸血鬼……しかもそこそこ力のある奴だな」

 

何のために? なぜこの街で?

 

わからない。だが、満月を仰ぎ見た瞬間、胸の奥がひどく冷たくなる。

 

(まさか……目的は俺か?)

 

思い出すのは、自分が生まれ育った故郷。

 

この街から遠く離れた、魔界国と王都の境界線に位置する小国――

 

『ヨトソラス』

 

暗く冷たい霧が常に漂うその国の古城で、自分は幼少期を過ごした。血と闇と古き誇りに塗れたあの城。

 

思い出すだけで腹の奥が煮えくり返る。

 

「……ふざけんなよ」

 

ポツリと、呟きが漏れる。

 

あの古城から送り込んできたのだろう。自分を追うためか、ただの悪趣味か、それとももっと別の理由があるのか――。

 

(でも、今回は失敗だったな)

 

ルカは月に向かって笑みを浮かべる。

 

「俺達は死ななかった。俺もここで死ぬ気はないしな」

 

ジョーヌが幸せそうに寝息を立て、ノクスが安心したような寝顔をしているこの屋敷。この家族。

 

守りたいと思った。

 

本気で、そう思った。

 

(まだ、話すわけにはいかない……)

 

ノクスに言えば心配するだけだ。ジョーヌに言えば無茶をして危険に飛び込む。アリスに言えば迷わせるだけ。

 

だから、今は自分だけが知っていればいい。

 

「……」

 

満月を見上げ、赤い瞳を細める。

 

この街を離れる気はない。この家族を守るために、自分はここにいる。

 

吸血鬼であろうが、この身に流れる血がどれだけ禍々しくとも――

 

「俺らしくもない…」

 

呟いた声を夜風がさらっていく。

 

月が雲に隠れると、ルカは小窓を静かに閉じた。

 

振り返ると、ジョーヌが寝返りを打って「ん……」と寝言を漏らしながら、掛布団が捲れて肩が出てしまっていた。

 

「まったく……」

 

笑みを浮かべ、そっと掛けなおしてやる。

 

(俺を受け入れてくれたんだ、借りは返さなくちゃな…)

 

吸血鬼ルカの真紅の瞳が、闇夜の中で一瞬だけ月光にきらりと輝いた。

 

 

 

 

 

 

遠くの小国ヨトソラスの城にて

大きな満月に照らされながら紅い瞳を持つ少女が小さく笑う。

 

「――私のプレゼント、気に入ってくれたかしら? ルカお姉さま」

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