俺の母さん、実は魔王でした⁉   作:KuRoNia

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幕間:夜食

いつも屋敷の夜は早い、けれども。

 

「……ん~?」

 

ひとりだけ、目を爛々と光らせている者がいた。

睡眠大好き系ギャル小悪魔、ジョーヌである。

 

満月の夜光が屋敷の廊下を照らす中、ジョーヌは布団の中で横向きになり、目を開けていた。

隣のベッドで寝ているルカはすでに小さな寝息を立てており、ピクリとも動かない。ルカの寝顔を指でつんつんとつつきながら、

 

「……チッ、寝てるか」

 

退屈だった。

昼間は訓練で動いて、夜は夕食で騒ぎ、みんなが「がんばったね」「立派になったね」とか「強くなったなあ」とか和気あいあいとした空気を出していたが、ジョーヌにとってはそんなことよりも今の空腹のほうが深刻だった。

 

「……お腹、減った」

 

誰もいない夜の廊下を、ジョーヌは忍び足で歩き出す。

パジャマ姿のまま、ツーサイドアップの髪を揺らしながら、足音を立てないように。

 

階段を降りると、屋敷の廊下は冷え込んでいた。

夕食でたくさん食べたはずなのに、夜になると何か食べたくなる。それがジョーヌという悪魔種の本能なのか、単なる空腹なのかは本人にもわからない。

 

「……さて、何食べようかな……」

 

目指す先は台所。

夜の屋敷は静かで、板張りの床のきしむ音すらよく響く。

耳を澄ませながらゆっくりドアを開けると、そこには薄暗い台所の匂いと冷気が漂っていた。

 

「おお……残ってる、残ってる」

 

夕食の残り物を探しながら棚を開け、パンを見つける。チーズもあった。

それを手に持ち、嬉々として口元が緩むジョーヌ。

 

「ヒヒッ……夜食最高でしょ……あ~ん」

 

一口食べようとしたそのときだった。

 

「……何をしておるのじゃ」

 

ひやり、と背中に冷たい汗が流れる。

 

「ひぇっ!」

 

慌てて振り返ると、そこには杖を片手に寝巻姿で立つモルテの姿があった。

夜の静寂の中、モルテの目が鋭く光る。

 

「……お、おおお、モルテ!?なんでこんな時間に……!」

 

ジョーヌはパンを背中に隠して誤魔化そうとするが、モルテは夜中に台所でカサカサ動く音で目が覚めていたのだ。

 

「夜食は健康に悪いぞジョーヌ」

 

「いや、そ、その、これは違くて、その……」

 

「何が違うのじゃ?」

 

「お、おおおお腹が減ったんだよぉ」

 

結局、泣きそうな声で本音を吐くジョーヌ。

それを見てモルテは小さくため息をつき、杖を突いて台所に入ってくる。

 

「仕方ないのう……わかった、静かに食べるなら許す。だが勝手に食べ散らかしたら許さんぞ」

 

「へへっ、さすがモルテ!優しい!」

 

「調子の良い口を……」

 

モルテが肩を落としながらも冷蔵庫から温め直せるスープを取り出し、鍋に移して火にかけ始める。

 

「……夜に冷たいものは腹を壊す、これくらいは温めるのじゃ」

 

「モルテ最高~!」

 

ジョーヌはウキウキしながら椅子に座り、火が灯る鍋のスープの匂いにうっとりしていた。

 

だが、ここで終わらないのがジョーヌである。

 

「ねぇねぇ、一緒に食べようよ!一人じゃつまんないし」

 

「……はぁ?」

 

「いいじゃん、いいじゃん」

 

ジョーヌが調子のいい笑顔で誘うと、モルテは面倒くさそうに視線を逸らしたが、鍋の中のスープの匂いに微かに鼻を動かす。

 

「……まったく、仕方のないやつじゃの」

 

「やった!」

 

そうして夜中の屋敷の台所で、ジョーヌとモルテの深夜の内緒の夜食会が始まった。

 

「それでさ!あのジーンって奴、マジででけぇし固いしさ!でもノクスとルカが一緒に戦って、すげー勢いで攻撃して、あれマジでかっこよかったんだよ!」

 

「ほうほう、それはなかなか良い働きをしたようじゃのう、ノクスもルカも」

 

「それでジョーヌはどうしたのじゃ?」

 

「アリスの前でちゃんと援護してたし!めっちゃ動いたし!……それに、ちょっとだけジーンのスネを蹴った」

 

「ははは、それは立派な活躍じゃ」

 

「でしょ!? アリスも褒めてくれたしね~」

 

スープを一緒にすすりながら、ジョーヌは誇らしげに訓練の様子を語る。

モルテは「そうかそうか」と頷きながら、時折笑いながら話を聞いてくれた。

 

満月の夜、屋敷の台所には二人だけの秘密の時間が流れていた。

 

だが、この楽しい時間は長く続かない。

 

「……おい、二人とも、こんな時間に何をしているのだ?」

 

ひやりとした声が台所に響く。

 

振り返るとそこには寝巻姿のセスが腕を組んで立っていた。

 

「ひぃっ!」

 

「セ、セス……?」

 

ジョーヌがスープを口に含んだまま硬直し、モルテが杖を持ったまま目を逸らす。

 

セスは深いため息をつき、

 

「モルテ、ジョーヌ、夜食はほどほどに切り上げろ。朝食が入らなくなるぞ」

 

と冷静に言いながら、テーブルの上のスープ鍋を睨んでいた。

 

夜の屋敷に、ちいさな笑いとため息が溶け込んでいく。

 

「おやおや、楽しそうじゃないか?」

 

ジョーヌとモルテの“深夜の秘密夜食会”を見つけたセスが呆れで注意をしていた、その瞬間だった。

 

「匂いがすると思ったらやっぱり台所だったのねぇ~」

 

「おう、ここだったか」

 

ドタドタと慌ただしい足音が廊下から近づき、アミーとリュースが乱入してきた。

 

「うげっ……なんでお前らまで……」

 

ジョーヌがスープを抱え込むように持ちながら目を泳がせる。

 

「だってさ~夜中に美味しそうな匂いするんだもん。こっそり抜け出してつまみ食いかと思ったら、案の定じゃない」

 

「おう、夜中に食う飯は旨いもんなぁ、ジョーヌ」

 

アミーはしたり顔で笑いながら鍋を覗き込み、リュースは鼻をひくつかせて香りを嗅ぐ。

モルテは額を押さえながら「こやつらまで来おったか……」と小さくため息をついた。

 

「おいジョーヌ、そのスープ分けろよな!」

 

「やだ!これあーしの分なんだよ!勝手に食うな!」

 

「小せぇこと言うなよ、な?」

 

「うわっ、リュース、近いってば!」

 

リュースはジョーヌの背後からひょいとスープの器を奪い取り、そのまま一口すする。

 

「うっめぇ……!この時間に食うスープは最高だな」

 

「おい!あーしの!返せぇ!!」

 

ジョーヌは怒ったように頬を膨らませ、リュースの足を蹴るが「いてっ!」と言いながらもスープを離さない。

 

「もう、ジョーヌはちっちゃいんだから。はい、もう一杯ついであげるから泣かない泣かない」

 

アミーが棚から新しい器を出し、残りのスープを注ぎながらなだめる。

しかしジョーヌは「泣いてないし!」と顔を赤くしながらも、すぐに器を受け取ってちびちびと飲み始めるのだった。

 

「……全く、夜食パーティーか」

 

セスは渋い顔をしながらも、もう止められないと悟ったようでキッチンの隅で腕を組み立っていた。

 

「おや?セス様も飲みます?」

 

アミーが悪戯っぽく笑いながらスープを差し出すと、

 

「結構です」

 

即答で拒否しながら視線を逸らすセス。しかしその腹が「ぐぅ」と鳴ったのをジョーヌに聞き逃されるわけがない。

 

「ぷっ……今、鳴ったよな?」

 

「聞こえたぞ?」

 

「……あれ~?」

 

リュースとアミーがニヤニヤ笑いながら寄ってくる。

 

「完璧執事でも流石に腹の虫は制御できないか?ほら、意地張ってないでこっちに座れよ」

 

リュースが椅子に座らせようとセスの腕を引っ張るが、引っ張られるまま椅子に座らされる執事セス。

 

「はぁ……少しだけですよ…」

 

セスは観念したように受け取った器を口元に運び、少しすすると「……確かにおいしいですね」と一言呟いた。

 

「でしょ!?あーしが見つけてきたんだぞぉ、これ!」

 

ジョーヌがドヤ顔で胸を張ると、モルテが「おぬしが勝手に盗み食いしようとしただけじゃろうが」とツッコミを入れるが、ジョーヌは「ま、まぁ細かいことはいいじゃん!」と笑ってごまかした。

 

「そういやジョーヌ、お前も少しは強くなってきたらしいじゃねぇか」

 

リュースがにやりと笑いながら言うと、

 

「んっへっへ……まぁね!ジーンのスネを蹴ったし、アリスの援護もしたし!」

 

「おお、それは大したもんだな。威力はどうだった?」

 

「いや、それはその……痛がってた、かも……?」

 

「ははは!良い蹴り入れたな!」

 

夜中の台所は笑い声で満たされていた。

 

夜は深まり、満月の光が台所の窓から差し込む。

台所での小さな夜食パーティは、この家族にとってかけがえのない時間になっていた。

 

——しかし、この時間を終わらせる者がいた。

 

「こんな静かな夜に……全員、何をしているのかしら?」

 

背後から冷ややかな声が響き、空気が凍りつく。

 

振り向けば、寝間着姿のエステアが立っていた。

 

その瞳は笑っていたが、その笑顔の奥に走る微かな静電気のような気配に、全員が息を呑む。

 

「……さあ、話を聞かせてもらいましょうか。」

 

エステアの笑顔は変わらない。

けれど、その声にはどこか寒気を覚える力が宿っていた。

 

「ひっ……」

 

ジョーヌはスープの器を抱えたまま体を震わせ、リュースは無言で首をすくめ、アミーも乾いた笑みを浮かべて動きを止めていた。

モルテは椅子に座ったまま、目を逸らして口笛を吹き始め、セスはため息をつき「申し訳ありません、エステア様」とだけ口にした。

 

「……まず、夜中に大声を出したのは誰かしら?」

 

「……あーし?」

 

ジョーヌがちょこんと手を上げると、エステアの笑顔がさらに輝きを増す。

 

「次に、勝手に台所を漁って食べ物を持ち出したのは?」

 

「……ジョーヌとモルテ」

 

「リュースとアミーも便乗したのじゃ」

 

「……セスも食べてたぞ」

 

リュースとアミーがジョーヌの横で言い合いを始め、モルテは苦々しく眉を寄せ、セスは「私は被害者です」とでも言いたげな顔で目を閉じていた。

 

「ふう……」

 

エステアは深く息を吐くと、静かに腰を下ろして椅子に座る。

 

「いい?ジョーヌ、夜中に台所へ入るのは構わないわ。ただし、勝手に棚や

鍋をひっくり返すのはやめなさい」

 

「うぅ……わかったよぉ」

 

「アミー、リュース、モルテ、夜中に遊ぶのはいいけど、他の人を巻き込んで騒ぐのはだめよ」

 

「はーい」

 

「わかったよ、わりぃ」

 

「む……以後気をつける」

 

「それとセス」

 

「はい」

 

「夜食をする時は私にも声をかけなさい」

 

「……はい?」

 

一瞬で場が静まり返り、ジョーヌがきょとんとした顔でエステアを見上げた。

 

「エステア様はもう寝ていたので……」

 

「私も夜食、食べたかったのよ」

 

少しだけふくれたような表情でエステアが言うと、ジョーヌが大笑いしながら「そっちかよぉ!」と転げ回り、アミーも「いやぁ、それは盲点だったねぇ~」と笑った。

 

モルテも「次は呼ぶぞ、エステア」とにやりと笑い、リュースも「じゃあ次の夜食会はエステアも参加決定だな!」と指をさした。

 

「……もう、本当にあなたたちは」

 

エステアは呆れたように笑いながらも、頬に笑みを浮かべていた。

 

その笑顔を見て、ジョーヌは器を抱え直しながらぼそっと呟く。

 

「……最近地獄みたいに大変で辛いけど、こういうのはいいなって思うよ」

 

「……なんだ、急に」

 

リュースがジョーヌの頭をくしゃっと撫でる。

 

「なんか最近子ども扱いされてる気がする……」

 

「あながち間違いでもないかもしれんのう」

 

アミーもスプーンでスープを飲みながら「じゃあ次の夜食はもっと盛大にやろうか」と笑うと、

 

「それはやめろ」

 

セスが即座に止め、モルテは「ふっふっふ」と笑っていた。

 

そしてエステアは立ち上がると、ジョーヌの頭をそっと撫でてから言った。

 

「でもね、ジョーヌ。夜食も楽しいけれど、無理はしないでね。あなたが無事に帰ってきてくれることが、私たちにとっては何よりも大切なんだから」

 

「……努力しま~す」

 

ジョーヌはそっぽを向きながら、羽を揺らしていた。

 

「よし、もう夜遅いから片づけて寝ましょう」

 

「「「はーい」」」

 

リュースとアミーとモルテが声をそろえて返事をし、セスは静かに残った器を片づけ始めた。

 

ジョーヌも最後の一口を啜り込むと、空になった器を見つめて小さく笑った。

 

「……またこんな日が来るといいな」

 

そう呟いてから、ふと小窓を見ると、大きな満月が屋敷を優しく照らしていた。

 

その光の下で、ジョーヌは背伸びをして大きなあくびをし、羽を揺らしながら部屋へと戻っていくのだった。

 

台所には温かい匂いと笑い声の残響がわずかに残り、

屋敷には穏やかな夜がようやく戻っていた。

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