俺の母さん、実は魔王でした⁉   作:KuRoNia

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第三節:アミーの妙案

その日は、屋敷の中が静かだった。

 

ノクス、ジョーヌ、ルカの三人が朝から依頼で街を出ており、いつもなら彼らの声や足音が響いている廊下も、今日はひどく静まり返っていた。日が沈みかけた頃、屋敷のリビングにはエステアをはじめ、セス、モルテ、アミー、リュースが集まっていたが、その場には珍しく重苦しい空気が漂っていた。

 

ソファに腰掛けていたエステアは、何度目かの深いため息を吐きながら、ようやく重い口を開いた。

 

「先日聞いたのだけど……ノクス達が、ヨトソラスの建国記念のパーティに招待されたらしいの」

 

落ち着いた声で話し出したが、指先は落ち着きなく髪を弄り、視線も宙を泳いでいた。

 

その横で座っていたセスが頷きながら、

 

「先日、ルカ宛の手紙を居ない時に私が中身を確認いたしました。要約すると、『ルカ、そろそろ帰ってこい、ついでにいつも一緒にいる少年と聖女と赤髪の子も連れてきたら?』……そのような内容でした」

 

と淡々と説明した。

 

リュースが、腕を組んで小首をかしげながら、

 

「ヨトソラス……? どこだっけ、それ?」

 

と呟くと、すかさずアミーが隣で肘で小突きながら、

 

「魔界と王国の間にある、あの小っちゃい国だよ。前に地図を見せた時に教えたじゃん」

 

と補足する。リュースは「ああ、あったなそんな所」と納得した表情を浮かべたが、すぐに「……で、そこがどうしたんだ?」と素直な疑問を口にした。

 

その問いに、エステアはばっと立ち上がり、テーブルをばん、と叩いた。

 

「どうしたもこうしたもないのよ! 聞いた所によるとあの国の王族は、古い吸血鬼一族なのよ!? 王族が吸血鬼ってことは、裏で何をしているか分かったもんじゃないのよ!? そんなところにノクス達だけを行かせられるわけがないでしょ!!」

 

思わず声を荒げてしまった自分に気づき、エステアは顔を赤らめて座り直すが、膝の上で握った手は白くなるほど力が入っていた。

 

「まぁまぁ、落ち着けってエステア」

 

とリュースが背もたれに寄りかかりながら笑ったが、エステアは「笑い事じゃないのよ!」ときつく睨みつけた。

 

モルテはその様子を横目で見ながら、ゆったりと椅子を揺らしながら頷く。

 

「うむ、我もエステアに賛成じゃ。あの国は表向きこそ小国で温厚な吸血鬼が治めておると言われとるが……我のように長く生きておると、キナ臭い噂も耳に入るからのぉ」

 

「キナ臭い噂……?」

 

リュースが眉を寄せると、モルテはゆっくり目を閉じ、思い出すように言葉を紡ぐ。

 

「数百年前、その国の古城で行われる建国記念のパーティの裏で、血を使った儀式が行われていたという噂があったのじゃ。今はその儀式は廃れたと聞いとるが……疑うに越したことはない」

 

「……マジかよ!?だとしたらノクス達だけで行かせるのは危険だな」

 

リュースもさすがに笑いを引っ込めて、真剣な顔になった。

 

エステアは唇を噛みしめながら、それでも抑えられない不安を吐き出した。

 

セスが目を伏せながら静かに告げた。

 

「そのリスクも踏まえると……こちらも何らかの備えをしておく必要がありますね」

 

その言葉に、エステアは顔を上げる。

 

「……やっぱり、どうにかして私が行くしかないわよね」

 

「はぁ!? 行くってお前、向こうはノクス達しか招待してないんだぞ!?」

 

リュースの指摘にエステアは悔しそうに唇を噛みしめていた。

 

その時だった。

 

「――あっ!」

 

と声を上げたのは、ソファの肘掛けに腰かけていたアミーだった。

 

「……なに、急に」

 

全員の視線が集まる中、アミーは自信満々に笑って指を立てる。

 

「良いこと思いついちゃった!」

 

「……何をだ?」

 

リュースが呆れた顔で問うが、アミーは得意げに胸を張る。

 

「簡単なことだよ。魔王として『ヨトソラスの建国記念パーティに出席したい』って旨の手紙を送ればいいんじゃない?」

 

「……は?」

 

全員が間の抜けた声を出す中、アミーはそのまま畳みかける。

 

「ほら、外交儀礼って奴だよ。あの国、私が何度か外交で行ったことあるし、転移で送り込んでくれれば私が使者として直接届けてくるけど?」

 

その場の空気が一瞬固まった。

 

「……それ、マジで言ってる?」

 

リュースが呆れ混じりに問うが、アミーは真剣な顔で頷く。

 

「マジだよ。そもそも吸血鬼の国に行くなんて超危険なのわかってるでしょ? 魔王名義で正式に訪問する形なら、向こうもむやみに手出しはできないはず。もちろん、先方が断る可能性もあるけど、今のままノクス達だけを送り込むより安全じゃない?」

 

エステアは目を見開き、すぐに立ち上がった。

 

「アミー……それ、天才じゃない!?」

 

「でしょ? 私、天才だからさ」

 

アミーはドヤ顔で髪をかき上げながら笑った。

 

セスとモルテも顔を見合わせて頷き、

 

「確かに、その策が取れるなら安全性は段違いに高まります」

 

「うむ、妙案じゃ。さすがアミーじゃの」

 

リュースは肩を竦めて笑った。

 

「なんだかんだでお前、役に立つな」

 

「ひどくない!? 普段から役に立ってるでしょ!」

 

「まぁまぁ」

 

エステアは興奮冷めやらぬ様子で、

 

「じゃあ決まりね! アミー、準備お願いできる!?」

 

「うん! 任せといて!」

 

と小さくガッツポーズをするアミー。

 

こうして、ヨトソラス行きの危険を回避するための新たな策が生まれた。

 

その夜遅くまでリビングには灯りが灯り続け、彼らは次に備えるための具体的な準備と打ち合わせに入るのだった。

 

「で、具体的にいつ行く?」

 

リュースが腕を組み、ソファにもたれかかりながら言った。

 

「準備が整い次第、即時行動が望ましいでしょう」

 

セスが淡々と答え、その視線はエステアへ向けられた。

 

「そうね……じゃあ、さっそく書くわ」

 

エステアは気合を入れ直し、小さなテーブルに腰を下ろすとペンを取り出した。目の前には魔王として使用する特別な漆黒の封筒と、深紅の蝋と印璽が用意されている。

 

「やっぱり魔力を込めて書くべきよね」

 

「それは怖がられないか?」

 

リュースが茶化すが、エステアは真剣そのもの。

 

「怖がられるくらいでちょうどいいのよ」

 

そう言うと、黒インクをペンに付け、ペンを握るエステアの表情は、かつて無双を誇った魔王に戻っていた。

 

「……ヨトソラス王家宛、魔王エステアより」

 

低く呟きながら、さらさらと流れるような筆致で手紙をしたためていく。魔界の王族間で使われる正式な文体と儀礼的表現が並び、独特の威圧感と気品を漂わせていた。

 

「相変わらず字は上手いのう」

 

モルテが呟くと、エステアは「当然でしょ」と鼻を鳴らす。

 

しかし。

 

この時、彼女たちは根本的な問題に気付いていなかった。

 

――この手紙を渡す以上、ヨトソラスに行く時は魔族の姿で行くしかなく、そしてパーティ出席時にはノクス達の前に“魔王エステア”として振舞わざるを得ないという重大な問題を。

 

「よし、完成!」

 

エステアが満足げに手紙を掲げた。深紅の蝋を垂らし、印璽を押し込むと「パチン」という乾いた音が部屋に響く。

 

「アミー、お願いできる?」

 

「任せて!」

 

アミーが受け取り、封蝋を確認する。

 

「それじゃあ、帰りの手段として使い魔の骨鼠も一緒に連れて行きなさい」

 

モルテがぽすっとテーブルに白い小さな骨鼠を置いた。乾いた骨のカラカラという音を立てながら、骨鼠はアミーを見上げる。

 

「こいつに合図を送ってくれればすぐ帰ってこられるからの」

 

「わかったよ。骨鼠君、よろしくね!」

 

アミーは笑いながら骨鼠を抱え直し、封筒をしっかり抱き込むと転移陣の中央へ立つ。

 

「準備はいい?」

 

エステアの問いかけにアミーが親指を立てて答える。

 

「うん、行ってくるよ!」

 

「気を付けて。もし向こうでおかしな動きがあったらすぐ戻ってきてね!」

 

「了解!」

 

エステアは両手を組み、指先から闇色の魔力を流し込むと、床に描かれた魔紋が暗く脈打ち始める。

 

「――転移術、発動」

 

声と同時に光が瞬く。深い闇の波動が部屋中を撫でるように駆け抜け、次の瞬間、アミーと骨鼠の姿は転移陣の中央から消え去った。

 

残されたエステアたちは、しばし無言で立ち尽くしていたが、モルテが「さて、どうなることやらのう……」と呟き、セスは「祈りましょう」と静かに言った。

 

その一方で、エステアは「これで準備は完璧!」と自信満々に笑っていたが、

 

――その笑顔の裏で、まったく想像していなかったのだ。

 

この後、自分が“魔王”の姿でノクスたちの前に現れる羽目になることなど、一切。

 

そして光の中へ消えたアミーは次の瞬間、澄んだ月の光が照らす石畳の上に立っていた。

 

周囲には赤黒い石造りの建物が並び、夜の冷たい風が流れてくる。見上げると、漆黒の古城が夜空に牙を剥くようにそびえ立っていた。

 

「……さてと、行きますか」

 

手に持つ手紙の重みを感じながら、アミーはヨトソラスの古城へ向けて一歩を踏み出すのだった。

 

夜の古城は静まり返り、城壁に設置された魔灯が血のように赤い光を灯していた。

 

その正門前でアミーは白骨の使い魔・骨鼠を肩に乗せながら、門番二人に堂々と向き合っていた。

 

「……魔界国の使者として参りました。エステア魔王陛下の親書をお持ちしています」

 

門番たちは目を見開き、一瞬顔を見合わせる。

 

「魔界国の……魔王陛下の使者?」

 

「……少々お待ちください!」

 

二人は慌てて門の奥へ走り去り、代わりに厳つい鎧を纏った衛兵と侍女が現れた。

 

「こちらへどうぞ。責任者に取り次ぎます」

 

夜風が吹く中、アミーは肩の骨鼠を撫でながら、ゆっくりと古城の大扉をくぐる。

 

内部は赤い絨毯が敷き詰められ、長い廊下の先に高い天井と黒曜石の柱が並び、壁に吊るされた燭台の炎が赤く揺れていた。案内役の侍女に先導されるまま歩みを進めると、やがて重厚な黒檀の扉が開かれる。

 

「お入りください」

 

中は小規模な謁見室で、中央の椅子に腰かけているのは、艶やかな金髪ロングの少女だった。白く整った肌、深紅の瞳、整った顔立ちと威厳ある座り姿勢。年は見た目では十六、七歳程度に見えるが、その目は歴戦の魔族特有の深淵を湛えていた。

 

「ヨトソラス建国記念パーティの責任者、リゼリアよ」

 

少女は自己紹介をすると、指先で髪を梳きながらアミーを見つめた。

 

「あなたが……魔界国の使者?」

 

「はい。私は魔王陛下の側近、アミーと申します」

 

アミーは柔らかく笑みを浮かべながら深く一礼し、懐から深紅の封蝋がされた手紙を取り出した。

 

「陛下からの親書です。直接お渡しするよう仰せつかっております」

 

「……エステア魔王陛下……」

 

リゼリアは興味深そうに封蝋の魔紋を指先でなぞり、蝋を割ると中の手紙を広げた。

 

――謹啓、ヨトソラス王家御中

――此度貴国建国記念祝賀の席に、魔界国魔王エステアが出席したく存じます

――ご許可賜りたく、此処に申し入れ候

 

リゼリアは無表情で読み進めたが、最後まで読み終えると口元に僅かに笑みを浮かべた。

 

「……魔王陛下ご自身がパーティに?」

 

アミーは軽く頷き、

 

「はい。この場で返答を頂きたく、使い魔を通じて即時帰還できる準備も整えております」

 

と骨鼠を撫でながら答えた。

 

「……なるほど」

 

リゼリアは少し考え込んだ。

 

魔王エステアが建国記念パーティに出席するなど、表向きは外交の強化と見えるが、裏では計り知れない政治的な意味を持つ。だが、この状況は――

 

(使えるかもしれない……)

 

リゼリアの赤い瞳が妖しく光る。

 

「構わないわ。魔王陛下には正式な招待状を即座に用意させるわ」

 

そう言うと使用人に合図をして、数名の侍女が走って部屋を出て行った。

 

部屋に再び静寂が戻ると、リゼリアはゆったりと笑みを浮かべながらアミーに問いかける。

 

「それにしても急ね。なぜ急に魔王様が我がヨトソラスのパーティに興味を持つ事になったのかしら?」

 

アミーはその問いに対し、人当たりの良い笑顔を浮かべ、肩の骨鼠を撫でながら、

 

「さぁ?私にはわかりませんね」

 

と軽くはぐらかした。

 

「……ふふっ、そう」

 

リゼリアはそれ以上追及せず、笑みを深めて視線を外した。

 

しばらくすると侍女が戻り、深紅の封筒をアミーへ差し出した。

 

「こちらが正式な招待状となります。どうぞ」

 

「ありがとうございます」

 

アミーは封筒を受け取ると、笑顔で深く一礼した。骨鼠の頭を軽く叩き「いいよ」と小声で告げると、骨鼠の瞳が赤く光り、アミーの周囲で転移の魔力が蓄積されていく。

 

「それでは、失礼いたします」

 

転移の光がアミーを包み込み、その場から彼女の姿は掻き消えるように消えていった。

 

残された謁見室で、リゼリアはゆっくりと席に座り直し、深紅の瞳でアミーが消えた場所を見つめながら口元に笑みを浮かべた。

 

「……ふふっ、これは運が向いてきたかもしれないわね」

 

その笑みはどこか愉悦と企みに満ちていた。

 

ヨトソラスの月が高く昇り、古城の塔の上で風が赤い国旗をはためかせている

 

これから始まる“勘違いだらけの建国記念パーティ”が、とんでもない方向へ転がり出すことなど、まだ誰も知る由もなかった。

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