俺の母さん、実は魔王でした⁉   作:KuRoNia

6 / 78
第二章 潜入開始編──母、未亡人として街へ
第一節:人間界への門出


夜明け前の魔王城。

霧がかった中庭に、ひときわ目立つ金髪の女性が一人、旅支度を整えていた。

魔王エステア──いや、今日からは“エスティ”。人間として、母として生きるための第一歩である。

 

「よし……身分証、着替え、旅費、ノクス用のぬいぐるみ……うん、準備完了」

 

彼女が小さく伸びをすると、背後から足音が一つ。

 

「お待たせしました、魔王様。私も準備完了です」

 

振り向いたエステアの目に飛び込んできたのは──

 

「え、誰!? マジ誰!? セス!? お前セス!? なにその顔!」

 

「失礼な。私ですよ。どうです、人間風執事スタイル」

 

「ええええ!? てかあんた、もう人化覚えたの!? ずるくない!?」

 

「学習と応用は得意ですので。魔王様の無茶に付き合うには、私も準備が必要ですから」

 

「ぐぬぬ……なんか悔しい!」

 

いつも通りの、ややスレスレな口調の応酬。しかし、これもまた信頼の証である。

 

セスはそっとノクスを背負いなおすと、小さく口を開いた。

 

「ところで、臨時講師の話……勝手ながら辞退の手紙を送っておきましたから」

 

「は? なんでよ!? あれが一番融通ききそうだったじゃない!」

 

「人物鑑定があります。王国法により、教職に就く者は“人物聖印”で経歴と善性をチェックされるのです」

 

「……それってつまり……?」

 

「魔王、即バレです」

 

「だめじゃん!! それ、一番やっちゃいけないやつじゃん!!」

 

「ですので、代わりに“仕立屋の手伝い”という設定に変更しました。繕い仕事は魔術でこなせますし、住人との接点も少なく済みます」

 

「……セス、やっぱあんた有能ね」

 

「いまさらですか」

 

そんなやりとりをしていると、ドタドタと廊下を駆けてくる足音が響いた。

 

「エステアぁぁぁぁぁ!!!!」

 

「今日で出発って本当かあああああ!!!」

 

「ちょっと!! 置いて行かないでって言ったのに!!」

 

姿を現したのは、モルテ・リュース・アミーの三人。

 

エステアは苦笑しながら肩をすくめる。

 

「ごめんね。こっちもバタバタしてて……でも、三人とも人化まだでしょ? 下手に目立ったら大変なのよ」

 

「むむむ……まあ確かに、今のままでは人間界の空気に合わんじゃろうな……」

 

「俺、でっかすぎて村入ったらすぐバレると思うしな」

 

「わたしなんて、ナンパされちゃいそうだし……」

 

「心配の方向性おかしいからね!?」

 

三人はそれぞれ、どこか寂しげな顔でノクスを見下ろす。

まだ眠っているノクスは、旅の準備などどこ吹く風とばかりに、セスの背でスヤスヤと呼吸している。

 

「……それでもさ」

アミーがぽつりと呟く。

 

「一緒に暮らして、ちょっとだけ家族っぽくなれてたんだよ、わたしたち」

 

「正直、寂しいぞ…」

リュースも、視線をそらしながら言う。

 

「……気を付けて行ってこい。今度は、人間界で再会じゃな」

モルテの声も、どこか感傷的だった。

 

エステアは、ふっと微笑む。

 

「ありがとう。人間界、思ったより変なところだったら、すぐ戻るから」

 

「そこは“頑張る”じゃろうが!?」

 

「いや、だって未知じゃん! 無理なもんは無理よ!」

 

笑いが、静かな朝の城に響いた。

 

──そして。

 

旅支度を終えた魔王と執事と幼子は、夜明けの転移陣へと歩き出す。

 

「エステア!」

 

振り返ると、三人がそれぞれ手を振っていた。

 

「絶対、また会おうな!」

 

「元気でのう! ノクス!」

 

「お母さん、頑張ってね~!」

 

「誰が“お母さん”よ!」

 

そう叫びながら、エステアは微笑む。

 

この瞬間、魔王としての人生から、「母としての新しい日常」が始まった。

 

 

“未亡人・エスティ”と名を変えた魔王が、ノクスの母として潜入生活を始める。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。