俺の母さん、実は魔王でした⁉   作:KuRoNia

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第五節:招かれた客人、迎える夜宴

馬車の扉がギィ、と鈍い音を立てて開くと、湿った空気と、どこか甘い匂いが鼻先を掠めた。長旅で硬くなった体をほぐすように、ノクスは両腕を伸ばしながら背筋を伸ばす。

 

「ようやく着いたね……!」

 

爽やかに声を上げたものの、声には疲労が滲んでいた。

 

「長かったですね……」

 

アリスも肩にかかる髪を払いつつ、軽くため息を吐く。移動馬車の中では、読んでいた本を抱えたまま眠りこけてしまったこともあり、寝起きのような顔だ。

 

そんな二人を横目に、ルカは苦虫を噛み潰したような顔で街並みを見つめていた。

 

(……帰ってきちまったな、クソ……)

 

心の中で吐き捨てるが、表情には出さずに黙っている。遠くに見える灰色の雲が渦巻く中、荒々しい古城が姿を覗かせていた。

 

その一方、ジョーヌは移動中のほとんどをぐっすり眠りこけていたため、今は一人元気いっぱいで、瞳を輝かせながらヨトソラスの街並みを見渡している。

 

「わっ……! なにこれ! すっごーい! 建物も石畳も黒い! 街の人たちの服も黒い! なんかカッコいいんだけど!」

 

キョロキョロと首を振り、あっちへこっちへと興味津々に駆け出しそうになるジョーヌを、ノクスが手を伸ばして首根っこを掴み引き戻した。

 

「こら、勝手に走らない! ルカ、で、ここからどこ行けばいいの?」

 

ノクスの問いに、ルカは口元を歪めながら親指で古城を指し示す。

 

「あそこが目的地の城だよ。パーティ会場だ」

 

「……うわぁ、なんか不気味ですね」

 

アリスがぽつりと呟くと、ジョーヌが振り返り、

 

「でも曇ってるからそう見えるだけじゃない? アリスって怖がりー!」

 

「怖がりでは……ありません……」

 

アリスはむくれた顔でジョーヌを見つめるが、彼女が笑顔で首をかしげて見返してくるので、それ以上言い返せなかった。

 

「……とにかく行こっか。早く荷物も置きたいし」

 

ノクスの声で、四人は古城へと向けて歩き出した。

 

 

 

城門の前へと辿り着いたときだった。湿った風が吹き抜け、曇天の空の下で鉄の門が静かにそびえ立っていた。

 

そのときだった。

 

「相変わらず時間にルーズね、ルカお姉さま」

 

透明な水が弾けるような声が、どこからともなく響いた。

 

「えっ……? 今、誰か……?」

 

ノクスが辺りを見渡し、ジョーヌも同じように目をキョロキョロさせる。

 

「声……女の子の声だったよね? どこ? どこどこ?」

 

アリスも周囲を警戒するように視線を巡らせるが、声の主は姿を現さなかった。

 

ただ一人、ルカだけが小さく息を吐き、誰にも聞こえない声量で呟いた。

 

「……リゼリア」

 

その苦々しい声を聞き取る者は誰もいなかった。

 

 

 

ギィ――

 

鋼鉄の門がゆっくりと軋む音を立てて開いた。

 

そして門の奥から現れたのは、長い金髪を背に流す、鮮血の様な紅いドレスを纏った少女だった。微笑みを浮かべたその顔は白磁のように滑らかで、深い赤の瞳が周囲を柔らかく見渡していた。

 

「到着を首を長くして待っていたわ。ようこそ、ヨトソラスへ」

 

その少女はスカートを持ち上げるようにしながら優雅に一礼し、顔を上げてから口元に笑みを浮かべた。

 

「私は今回のパーティの責任者のリゼリアと申します。よろしくお願いしますね、ルカお姉さま。そして、お連れの皆様も」

 

その瞳が赤く輝くと同時に、ノクスたち三人にも柔らかな笑みを向ける。

 

「あ、えっと……僕はノクスです。招待してくれてありがとうございます」

 

「ジョーヌって言います! パーティ楽しみにしてたんだー!」

 

「アリスと言います。本日はありがとうございます」

 

三人は順に名前を名乗り、緊張した笑顔を浮かべながら礼を言った。

 

リゼリアは満足そうに頷き、くすりと笑みを深めた。

 

「長旅でお疲れでしょう? まずはお部屋にご案内しますね」

 

言うと、背後に控えていた数名の侍女たちに目で合図を送る。侍女たちは無言で一歩前に出ると、ドレスの裾を揺らしながら道を作るように脇へと分かれた。

 

ルカは小さく舌打ちをしながら前を向き直す。

 

「……行くぞ。ついてこい」

 

「はいはいっ!」

 

「わかりました」

 

「は、はい……!」

 

こうして、四人は重厚な石畳の上を歩きながら、古城の門をくぐった。冷たい空気が肌を撫で、灯された火の仄かな光が彼らの影を長く引き伸ばしていた。

 

どこか不穏な気配を含みながらも――。

 

侍女に案内され、石造りの長い廊下を抜けて辿り着いた部屋は、予想以上に豪華だった。

 

赤を基調とした絨毯が敷かれ、金縁の装飾が施されたベッドが二つ、中央には丸いテーブルと椅子が備え付けられ、暖炉の中では魔導石の火が静かに揺れている。棚には古書とティーセットが並び、バルコニーへと続くガラス窓からは夜の景色が見えた。

 

荷物を置いた途端、ジョーヌが歓声を上げる。

 

「わーーっ! このベッドめちゃくちゃ柔らかい!!」

 

そのまま勢いよくダイブし、もふもふの羽毛布団に顔をうずめると、もごもごと声を漏らしながら寝返りを打ち、はしゃぎ回る。

 

「ジョーヌさん、暴れすぎないでくださいね……」

 

アリスはため息をつきながらも、小さく笑って備え付けのティーセットに目をやった。ティーポットには既に淹れたての紅茶が用意されており、小皿には小ぶりの焼き菓子が並んでいる。

 

「……少しいただきますね」

 

静かに座ってカップを取り、ふうっと息を吐きながら一口飲むと、旅の疲れが和らいでいくのを感じた。

 

ルカは荷物を置くと黙ってバルコニーへ向かい、音も立てずガラス戸を開けると外へ出ていった。

 

曇天の夜空が広がる中、湿った夜風が銀色の髪を揺らす。

 

「……戻ってきちまったな」

 

呟く声は風にさらわれ、誰にも届かない。

 

街を見下ろすこの城の高さからは、街灯の灯りがかすかに揺れて見えた。懐かしさもあるはずの景色だったが、その記憶は血と恐怖と冷たさばかりで埋め尽くされており、今でも胃の奥を冷たく締め付ける。

 

そのとき、背後から静かな足音がした。

 

振り返らずとも、誰が来たのかはわかっていた。

 

「……どうした?」

 

声だけでそう問いかけると、ノクスはルカの隣に立ち、同じように手すりに寄りかかった。

 

「いや、なんかルカがいつもと様子違うなって思ってさ。今なら二人で話せるし、気になってね」

 

ノクスはルカを見つめながら、真剣な瞳で問いかけるように視線を送った。

 

ルカは肩を竦めると、皮肉な笑みを浮かべる。

 

(チッ……バレてんのかよ)

 

態度に出さないように努めていたつもりだったが、どうやら隠しきれていなかったらしい。

 

「……いや、この故郷にはあまりいい思い出がなくてな。無意識に肩肘張ってたらしい」

 

そう言って、ハハハと乾いた笑いを漏らした。

 

「そうなんだ……」

 

ノクスは短く呟くと、風に目を細めながら星の見えない夜空を見上げた。

 

「でも、もし何かあったら言ってね。ルカは大事な仲間なんだからさ」

 

その言葉は飾り気もなく、ただまっすぐだった。

 

「……は?」

 

ルカは一瞬呆けた顔をし、目を丸くした。

 

だがすぐに口元を緩め、笑顔を作ると、鼻で笑うように吐き出した。

 

「……お前もこの曇天の空気にやられたか? 心配すんなよ」

 

右手を軽く振りながらバルコニーを後にしようとするルカの背中が、一瞬だけ何かを決意したように硬くなった。

 

「じゃあ、俺はそろそろ部屋に戻ってる」

 

そう言って振り返ったルカは、ノクスの顔を一度だけ見て、誰にも聞こえない小さな声で呟いた。

 

「……大事な仲間だから、俺が守るんだ」

 

その顔は、決意を秘めた真剣な表情で。

 

ノクスが「ルカ?」と小さく呼びかけたときには、ルカはすでに顔を逸らし、何事もなかったように扉を閉めて部屋へと戻っていった。

 

ノクスはその場に残り、しばらく夜風に当たりながら考え込んでいた。

 

(ルカ……)

 

あの笑顔の裏に何が隠されているのか、深くは聞けなかった。だが、ルカが自分たちに何か隠し事をしている事だけは直感でわかっていた。

 

そうしているうちに、ノックの音が聞こえた。

 

「パーティが始まるので、会場へどうぞ」

 

侍女の丁寧な声が部屋の中から響く。

 

「……さて、行くか」

 

ノクスは自分に言い聞かせるように小さく呟き、夜風から離れてガラス戸を閉めると、パーティの始まりに向けて部屋へ戻るのだった。

 

 

 

「こちらです、どうぞ」

 

控えめな微笑を浮かべた侍女に案内され、ノクス達はヨトソラス古城の大広間――パーティ会場へと足を踏み入れた。

 

「……すご……」

 

思わず、ジョーヌが呟く。

 

シャンデリアがいくつも連なり、虹色の光を天井から落とす。壁には一面の金細工の装飾が施され、赤と白の絨毯が広がり、花々の香りが漂う。大理石の床には剣と薔薇の紋章が輝き、至る所で魔導ランプが灯り、そこを歩く貴族達の衣擦れの音と小さな笑い声が響く。

 

この空間だけが、現実から切り離された別世界のようだった。

 

「……すごいな、こんな豪華絢爛なのか……」

 

ノクスも思わず立ち尽くしていた。

 

緊張からか、喉がひりつくように乾く。

 

ジョーヌも周囲の煌びやかな貴族達に目を奪われ、口を半開きにして小さく肩を震わせている。

 

しかし。

 

「さ、行くぞ。立ち止まってると邪魔だ」

 

ルカは平然とした表情で歩を進め、周囲の視線にも微動だにしなかった。

 

アリスも微笑を崩さず、堂々と前を歩いていく。

 

二人の落ち着きに引っ張られるように、ノクスとジョーヌも慌てて足を進める。

 

 

 

用意されていたテーブル席へ腰掛けると、ジョーヌは深く息を吐いていた。

 

「ねえ……ルカ。いつもこんな豪華なの? パーティって」

 

恐る恐る、小さな声で聞く。

 

ルカは鼻で笑いながら答えた。

 

「まあ、今回は結構気合入ってんな。普段はもう少し地味だぞ」

 

「マジか……というかあんた結構慣れてない?」

 

ジョーヌは困惑しながら聞くと

 

「そういうお前はガチガチだな」

 

ルカが肩を揺らし笑うと、

ジョーヌは悔しそうに頬を赤らめながら小さく「うるさい」と力なく言い返す。

 

ノクスも席に腰掛けながら落ち着かず、視線をあちこち彷徨わせる。

 

(落ち着け……落ち着け……)

 

そんな時、隣のアリスが微笑みながら問いかけてきた。

 

「大丈夫ですか? ノクス君」

 

「う、うん……でも、初めてのパーティがこんなに豪華だとは思わなくてさ……」

 

正直に打ち明けると、アリスはくすりと笑った。

 

「大丈夫ですよ。ここでは私がリードしますから、安心してください」

 

アリスは胸を張りながら、自信満々の笑顔で続ける。

 

「聖女として王国のパーティにも何度か出ていますので、大船に乗ったつもりで任せてください!」

 

その言葉と笑顔に、不思議と緊張が溶けていくのをノクスは感じた。

 

「……頼りにしてるよ、アリス」

 

「はい!」

 

嬉しそうに返事をするアリスの顔を見て、ノクスもようやく笑顔を取り戻すことができた。

 

 

 

そんな時だった。

 

壇上に金髪ロングの少女――リゼリアが上がり、場が静まり返る。

 

「本日お集まりの皆様」

 

澄んだ声が響き渡り、視線が壇上に集まる。

 

「今回の建国記念パーティにご参加いただき、誠にありがとうございます。私共もこの場を無事に迎えられたことを、大変嬉しく思います」

 

リゼリアは一度小さく頭を下げ、そして続けた。

 

「さて、今回のパーティには遠方よりお越しくださった特別なゲストがいらっしゃいます。会場の皆さまには、どうか盛大な拍手でお迎えいただけますと幸いです」

 

その言葉に従い、ノクス達も周囲と合わせて拍手を送る。

 

 

 

その瞬間――

 

扉が音もなく開いた。

 

リゼリアの声が響く。

 

「魔界国よりお越しの、エステア魔王陛下とお連れの皆様です!」

 

盛大な拍手が湧き上がった。

 

「え、ま、魔王!?」

 

ノクスの手が止まり、目が丸くなる。

 

アリスも思わず姿勢を正し、「魔王……?」と小さく呟いた。 

 

そして、扉から入ってきたのは――

 

普段とは全く違う姿のエステア、セス、アミー、リュース、モルテだった。

 

エステアは紅いねじれた角が後頭部から生え、漆黒のドレスと深紅のマントを纏った、まさに「魔王」の威容。夜の闇を纏ったような瞳が、会場の全員を一瞬で圧倒する。

 

その後ろには大きな翼を背にしたセス、艶やかな角としなやかな尻尾を揺らすアミー、鬼のような角と威圧感を纏ったリュース、骸骨の杖を携えたモルテが続く。

 

 

 

その姿を見た瞬間――

 

「げほっ……ごほっ!!」

 

ジョーヌが盛大に咳き込み、肩を震わせながら顔を逸らす。

 

「っ……くっ……!」

 

ルカも突然咳き込むふりをして口元を隠しながら顔を伏せていた。

 

二人は互いに目を合わせないようにしながら必死に笑い出しそうになるのを堪え、(おいおい……何でお前らがここにいるんだよ!)という戸惑いが顔に滲み出ている。

 

笑いを堪えるためか、肩を震わせながらジョーヌは小さく「ちょ……マジかよ……」と漏らし、ルカも「……あいつら……ここで何やってんだよ……」と頭を抱えかけていた。

 

その横で、ノクスとアリスは完全に硬直していた。

 

「……あれが、魔王ですか……」

 

アリスが小さく呟き、聖女らしく背筋を伸ばしながらも目を見開き、眼前の「魔王」の姿に気圧されている。

 

ノクスも冷たい汗を背中に伝わせながら、震える手で拍手を続けつつ、心の中で(す、すごい迫力だ……本当に魔王って存在するんだ……)と純粋に圧倒されていた。

 

その目にはエステア達が「魔王とそのお供」としか映っておらず、その威容に息を呑むばかりだった。

 

二人の前で、ジョーヌとルカだけが「ここで爆笑したら色々と台無しになる」と言わんばかりの顔で肩を震わせながら耐えている。

 

その滑稽な空気に、宴会場の煌びやかさと張り詰めた緊張が妙に噛み合わず――

 

静かに混沌の幕が開こうとしていた。

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