俺の母さん、実は魔王でした⁉   作:KuRoNia

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第十一節:聖女 VS 真祖

リゼリアとの一連の話を終え、ノクスはゆっくりと立ち上がった。

「では、仲間に相談してみます」

そう告げると、リゼリアはいつもの妖艶な笑みを浮かべて小さく会釈した。

 

「よろしくお願いしますわ、ノクス様。心より、心よりお待ちしておりますわ」

その声の裏に焦りと希望が同居しているように感じたが、ノクスは黙って部屋を後にした。

 

古城の長い廊下を歩くうちに、夜の冷気が肌を撫でてくる。

塔の窓からは月が煌々と輝き、まるで今日の出来事すべてを静かに見下ろしているようだった。

 

(ルカが……注射が怖くて逃げた……)

思い出すたびに、溜め息が出る。

 

――今のところ、敵意は感じなかった。

けれど、吸血鬼という種族にとって「真祖の血」とはどれほどの価値があるのか。

それを手に入れるためなら何をしてもおかしくない。ノクスはそれを疑っていない。

 

部屋に戻ると、中から声が聞こえた。

「おかえり、随分遅かったね」

ルカがベッドの端に座りながら顔を上げる。

「おかえりなさ~い、ノクス遅かったね」

ジョーヌは床に転がっていたが、手だけは軽く振ってくれる。

 

ノクスは扉を閉めながら苦笑し、「ちょっと話し込んじゃって」とだけ答えた。

視線を巡らせれば、アリスが毛布を膝にかけて座っており、さっきよりも顔色がいい。

どうやらルカとジョーヌがそばについてくれていたらしく、随分と落ち着きを取り戻したようだった。

 

アリスもノクスの姿に気づくと、柔らかい笑みを浮かべて声をかけた。

「おかえりなさい。どこに行っていたんですか?」

 

ちょうどいいかと思いながら、軽く頷いた。

 

「魔王様にお礼を言いに行ってたんだ。いろいろ助けてもらったから」

「魔王様は……どんな方でしたか?」アリスが静かに尋ねる。

 

ノクスは少し考え込むように視線を上げ、それから言葉を紡いだ。

「話してみると、すごく優しい人だったよ。あれなら、聖杯のこともちゃんと考えてくれてると思う」

 

アリスは目を見開き、それからほっとしたように微笑んだ。

「そうですね。私も、今は魔王様に預けておくのがいいと思います」

 

その言葉を聞いたジョーヌが、肘をついてニヤリとノクスを見やった。

「ふーん、魔王とお話ししてただけにしては、だいぶ遅かったけど?」

 

ノクスは肩をすくめて笑う。

「帰る途中でリゼリアさんに会って、少し話してたんだ」

 

その言葉に、ルカの目がピクリと動いた。

ルカは腕を組んだまま、ジト目でノクスを見ていた。

「不用心すぎるぞ」と注意してくる

 

ノクスはアリスの方へ目を向けると、静かに言い始めた。

 

「……実は、アリス。リゼリアさんって、人間じゃなかった。吸血鬼だったんだ」

「えっ……?」アリスの表情が凍る。

 

「でね、話を聞いてるうちに、いろんなことが分かってきた」

 

ノクスは、リゼリアから聞いた内容を順を追って話し始めた。

──ヨトソラスという国がかつては吸血鬼たちの国であったこと。

──時間とともに血が薄れ、本来の吸血鬼の力を失い始めたこと。

──真祖と呼ばれる吸血鬼だけが、弱点を持たず誇り高き存在であること。

──そして、その聖女の血が欠陥を克服する鍵であること。

 

アリスやジョーヌは真剣な表情で話を聞いていたが、ルカだけは腕を組み、じっとノクスを見ていた。

 

「……で、リゼリアさんは、アリスの血がその“鍵”になるかもしれないって考えてたんだ。

だから、無理やり魅了をかけようとした。でも失敗して、罪悪感を抱いて、いまはちゃんと反省してたよ」

 

アリスはしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。

「……この国が、吸血鬼の国だったなんて驚きました。でも……リゼリアさんが反省して、正直に話してくれたのなら、咎めるつもりはありません」

 

ノクスも安心したように息を吐く。

「よかった……で、協力の話なんだけど……」

 

ここで少し口ごもる。

「たぶん、注射で少量の血を抜いて渡すだけ、だって」

 

……その瞬間だった。

アリスは笑顔のまま、スッと目を細めて言った。

 

「注射、怖いので嫌です」

 

「え?」

ノクスはまばたきをした。

 

「すいません、注射……ほんとうに苦手なんです。あの細い針が皮膚を突き破ってくる瞬間を想像するだけで……」

 

想像しただけで顔が青くなっていくアリスに、今度はジョーヌが吹き出した。

「え!? アリスって注射苦手なの? 聖女なのに!?」

 

ノクスは思わず天を仰いだ。

(あぁアリス、君もなのか……)

 

ノクスはもう一度アリスを見る。

アリスは小さく笑いながら、ほんの少しだけ顔を赤らめていた。

 

「どうしても必要な時は……がんばります。でもできれば注射以外の方法があると嬉しいです」

 

「……そうなるともう一つ方法があるにはあるけど…」

 

そう言ってノクスは、ルカを見ながら深く息をついた。

――聖女も吸血鬼も、注射嫌い。

そんな世界の命運が、どうしてこんなところで揺らぐのか。

 

そう思いながらも、仲間たちの温もりを感じ、ノクスは微笑んだ。

 

(言うしかないか…)

 

――夜はまだ、長い。

 

「そう言うと思って、一応……他の手段も教えてもらってあるんだ」

「他の手段?」アリスが目を丸くする。

 

「うん。実は、聖女の血じゃなくても、似たような効果が得られるって言ってたんだ。もう一つの方法があって……」

 

ノクスは言いづらそうに言葉を選びながら続けた。

 

「……真祖の吸血鬼の血でも、弱点の克服は可能らしいんだ」

 

その一言に、部屋の空気が再びぴんと張り詰めた。

ジョーヌは小さく口笛を吹き、アリスは静かに首を傾げる。

 

「真祖の吸血鬼ですか? でも……さっき聞いた話では、血が薄くなっていて、真祖の吸血鬼なんてもう残っていないって……」

 

アリスのもっともな疑問に、ノクスは歯切れ悪く「あぁ、そうなんだけど……」と口ごもる。

 

「……奇跡的に居るというか……その、なんというか……」

 

言い淀むノクスに、三人の視線が集中する。

ここで言わなければ後が面倒になると感じ、ノクスは観念して、息を吸った。

 

「ところで、アリス。ルカが吸血鬼だって、ベアルさん達から聞いてたりする?」

 

するとアリスは驚いた様子もなく、穏やかな笑みを浮かべて頷いた。

 

「はい、ベアルさんとマリーさんから聞いてますよ。最初は警戒しましたけど……でも今では、ルカさんも大切な仲間です」

 

それを聞いたルカは、少し目を泳がせながら、照れたように笑った。

 

「バレてたんなら、言ってくれよ~……なんか一人でドキドキして損した気分」

 

「え、気づかれてたんだ?」とノクスが軽く驚く。

 

その、なんともほんわかした空気の中で、ノクスは一つの爆弾を落とすことにした。

 

「でね……その珍しい真祖の吸血鬼っていうのが……ルカなんだ」

 

「…………」

数秒の静寂が部屋に落ちた。

 

「えっ?」とジョーヌが素っ頓狂な声を上げ、アリスも「本当ですか……?」と息をのむ。

 

ノクスは真顔で頷いた。

 

「だから、アリスが注射を受けたくない場合は……代わりに、ルカが注射を受けることになる、っていうか……」

 

ノクスの説明が終わるや否や、アリスがルカの方へにこやかに向き直った。

「ルカさん、お願いします!」

 

「笑顔で即決かよ!」とツッコみたくなるノクスをよそに、ルカも笑顔で即答した。

 

「嫌だ!」

 

今度はジョーヌが鋭く反応する。

「なんでよ!? アリスのお願いでしょ!?」

 

ルカは顔をそむけ、肩をすくめて小声で言った。

 

「……注射、怖いじゃん……」

 

その呟きにジョーヌは盛大にのけぞった。

 

「吸血鬼が注射ごとき怖がってんじゃねぇ!!」

 

「いやいや、違う! 怖いっていうか、こう、ブスッと針が刺さるのが……無理!」

 

「ルカさん、私のために我慢してください!」とアリスも訴える。

 

しかしルカも譲らない。

「だったらアリスが我慢しろよ! 聖女だろ!? もっとこう、崇高な使命とかあるんじゃないのか!?」

 

「私は使命よりも痛くない方を選びたいです!!」

 

「選ぶなよ! 聖女の威厳どこ行った!」

 

「吸血鬼の威厳こそどこですか!」

 

「ぐぬぬ……っ!」

 

二人の言い合いに、ジョーヌはケラケラと笑いながら腹を抱えて転げ回っていた。

ノクスはというと、ゆっくりと頭を抱えた。

 

「……やっぱり、こうなるか」

 

普段の仲間の頼もしさと、どうしようもないポンコツさを同時に実感しながら、

ノクスはこの先の展開に一抹の不安を覚えるのだった。

 

しばらく言い合いの応酬が続く中、とうとうルカが音を上げた。

 

「……わかった! じゃあもう公平に、じゃんけんで決めよう! これなら文句ないだろ!」

 

その提案にアリスはぱっと顔を明るくして応じた。

「いいですよ! それなら恨みっこなしですからね!」

 

「よし、やってやるぜ!」

 

突然の勝負提案により、注射を受ける運命をかけた――いや、どうでもいいようでいて当人たちにとっては真剣そのものの――

「聖女 vs 真祖」じゃんけん勝負の火蓋が切って落とされた。

 

部屋の空気が一変する。

さっきまで言い合っていた二人が、今では真剣そのものの表情をしていた。

 

アリスは目を閉じ、両手に魔力を込め始める。

手元ではグー、チョキ、パーが、もはや人の目では捉えきれない速度で切り替わっていた。

 

「準備運動、念入りにしてるな……」ノクスが小声でつぶやく。

 

「いや、あれもう準備ってレベルじゃないって……魔術補助つきのじゃんけんとか初めて見たわ……」ジョーヌも呆れながら顔をしかめる。

 

一方のルカも、普段の調子からは想像もできないほど真剣な表情でアリスを見据えていた。

こちらは身体強化すら不要の、生まれついての超反応――真祖としての圧倒的な身体能力で後出しを決め込むつもりらしい。

 

(なんか空気が……おかしくないか?)

 

ノクスが感じている通り、室内にはまるで戦場のような緊張感が漂っていた。

静かに手を構えるアリス、鋭く睨むルカ。

見守るノクスとジョーヌは、どちらともなく呟いた。

 

「これ……もしかして、最終決戦……?」

「さよなら平和な日々……」

 

そしてついに――。

 

「じゃんけん……」

「ぽんっ!!」

 

ふたりが声を揃えて手を出した瞬間――その手は残像すら見えない速さで変化し続けていた。

グーからチョキ、チョキからパー、そしてまたグー……まるで手刀の打ち合いのように、二人の手が目にも止まらぬ速さで打ち合い続けている。

 

「ちょっ……これ後出し合戦じゃん! ずるいって!!」ノクスが叫ぶ。

「ていうかどっちもインチキだし!」ジョーヌもツッコミを入れた。

 

だが、当人たちは止まらない。

真剣そのものだ。どちらも絶対に注射を受けたくないという一心で、己の能力をフル活用していた。

 

超人たちの「勝負ごっこ」は数分続いた。

 

そして――ついに決着の時が訪れる。

 

「はっ!」

 

アリスが小さく呟いた瞬間、彼女の手元からふわりと魔術の光が溢れた。

《拘束魔術》――聖属性の光で、ルカの手首をぐるりと包み込む。

 

「うわっ、ちょっ……!? 手が勝手にグーで固定され――あっ!?」

 

その瞬間を逃さず、アリスはにっこりと笑いながら、パーの手を出した。

 

「……はい、私の勝ちです♪」

 

「卑怯だぞ!?!?!?!?  魔術で無理やり固定しただろ!?」

ルカが全力で抗議するが、アリスはひとつも聞いていない。

 

「ノクスさん、私、勝ちましたので注射はルカさんにお願いします♪」

「さも当然みたいに……」ノクスは額に手を当てた。

 

ジョーヌがぽつりと呟く。

 

「いや、どっちもどっちじゃん……」

 

「ほんとそれ……」

 

真剣勝負と書いて茶番と読む。

ヨトソラスの城の一室で繰り広げられた伝説のじゃんけん対決は、こうして幕を閉じた。

 

なおこの後、ルカは全力で逃げたが、アリスの《追尾魔術》で追いかけられ、ついに観念して注射を受ける羽目になったという――。

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