俺の母さん、実は魔王でした⁉   作:KuRoNia

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第十二節:夜に咲くは、真祖と契約

 実験室の隅で、泣きじゃくる吸血鬼が一人。

 

「うぅ……いたい……ひっく……グス……」

 

 ルカは注射を打たれた左腕を押さえながら、ガチ泣きしていた。目元は真っ赤に腫れ、鼻はすすりすぎて詰まり、しゃっくり混じりの嗚咽が止まらない。真祖として強靭な肉体を持つはずの彼女が、完全に幼児退行している。

 

「……いい加減、泣き止んだらどうですか、ルカお姉さま。あなた真祖なんですから」

 

 実験台の向こうで、リゼリアは半分呆れたような表情を浮かべつつ、カチャカチャと器具を組み合わせていた。ルカの血を小瓶に入れ、薬品と混ぜ、精製しているようだった。

 

「うええええんっ……! 真祖差別ぅぅぅぅ……!!」

 

 ルカはリゼリアの言葉に反応してさらに声を大にして泣き始めた。吸血鬼としてのプライドを打ち砕かれたらしい。

 

「は、はいはい……よしよし、ルカ。もう終わったから、大丈夫だよ……」

 

「ほら、ルカさん、がんばりましたね。もう痛くないですよ」

 

 アリスとノクスは優しくルカの背中を撫でながら、必死で慰めていた。まるで泣き止まない幼児をあやす両親のようだった。

 

 そんな中――

 

(なにこれ……地獄の一丁目?)

 

 ジョーヌは遠い目でその光景を眺めていた。リゼリアの実験室は、いまや吸血鬼の泣き声と薬品の匂いが充満する混沌の空間と化していた。

 

 そしてついに、リゼリアが歓声を上げた。

 

「できましたわっ!!」

 

 彼女は試験管のような容器を両手で大切そうに抱え、こちらを振り返った。中には淡い紅色の液体が揺れている。おそらくはルカの血から抽出した“なにか”なのだろう。

 

「それが、リゼリアさんの……?」

 

 ノクスは泣いているルカの頭をぽんぽんとなでながらリゼリアに声をかけた。

 

「それがあれば……本当に、弱点を克服できるの?」

 

 リゼリアはノクスの問いに、満面の笑みでうなずいた。

 

「ええっ、もちろんですとも! これで、ようやく私の悲願が……っ!」

 

 彼女は感無量といった表情で、試験管を掲げた。

 

 そして、ためらうことなく中身を――

 

「では、いただきますわっ!」

 

 ――一気に飲み干した。

 

 一瞬の静寂。

 

 しかし次の瞬間、リゼリアの体が小刻みに震え始めた。

 

「……え、大丈夫!?」

 ノクスが思わず駆け寄る。

 

 リゼリアは震えながら口元を押さえ、歯を食いしばっていた。そして――

 

「まずッッッ!!!」

 

 絶叫した。

 

「な、なにこれドロドロじゃない!! ルカお姉さまッッ!! またお肉ばかりで、野菜を食べていないでしょう!?」

 

 リゼリアは試験管を机に叩きつける勢いで怒鳴った。

 

「だって野菜きらいなんだもんッッ!!」

 

 ルカは泣きながら反論した。

 

「好き嫌いしてるから、血がドロドロになるんですのよ!! どこの人間の中年メタボよって話ですわ!!」

 

「うわーん! だってだってぇぇぇ!」

 

 また泣き始めるルカ。アリスが再び背中をさすり、ノクスはもうどうしたらいいか分からず片手で頭を抱えていた。

 

「……ねぇ、そろそろ本題に戻らない? それで、ちゃんと克服できたの?」

 

 ジョーヌの冷静な一言が空気を切り替えた。

 

「そ、そうですわね……では、確認しますわ!」

 

 リゼリアは自分の机の上から、布に包まれた銀製の十字架を取り出した。吸血鬼にとって最も強い弱点のひとつ――通常なら触れただけで火傷を負う、忌むべき聖具。

 

 彼女はそれを恐る恐る握りしめた。

 

 一瞬の間――沈黙。

 

 だが、何も起こらない。痛みも灼ける感触も、肌の異常も。

 

「……ふ、ふふ……ふふふふふっ!!」

 

 リゼリアは震える指で十字架を掲げ、ゆっくりと立ち上がる。

 

「克服してますわ……っ! 私は……私は、欠陥品なんかじゃありませんわ……っ!」

 

 その顔には、今まで見せたことのない感情がにじんでいた。

 

 誇り。安堵。そして、涙。

 

 小さく一粒、彼女の目から涙がこぼれ落ちた。

 

「……よかったね、リゼリアさん」

 

 ノクスは微笑んだ。

 

「これで、本当に堂々と生きていけるんじゃない?」

 

「……ええ、本当に、ありがとうございますわ。ノクス様、ルカお姉さま、ジョーヌさんそして……注射を免れたアリスさんも」

 

「はい、正直ホッとしてます」

 

 アリスは苦笑いしながら、ルカの頭を撫で続けていた。

 

 感慨に浸るリゼリアを見て、ノクスたちは微笑ましい空気のまま実験室を後にしようとした――が、その前にリゼリアが口を開いた。

 

「ところで皆さん、私の弱点克服にご協力いただいたお礼、ぜひさせていただきたいのですけれど」

 

「え? 別にそこまでのことしてないよ? ルカが泣いてただけだし……」

 

「うるさい!!」

 

 ルカが泣き顔のままツッコみ、ジョーヌは「また地獄が始まる……」と呟きながら壁にもたれていた。

 

「ふふふ、まぁとにかくですわ。お待ちくださいませ、すぐに戻りますわね!」

 

 そう言い残すと、リゼリアは踵を返して実験室の奥へと消えていった。

 

 数分後――

 

「ただいま戻りましたわっ!」

 

 元気よく扉を開けて戻ってきたリゼリアの手には、分厚い巻物状の契約書があった。両手で大事そうに持ち歩くあたり、何やらただ事ではない。

 

「ではこちら、ぜひ読んでみてくださいませ!」

 

 彼女は契約書をノクスに手渡した。

 

「えっと……みんなで見る?」

 

「うん、一緒に見てみよ」

 

「めんどくさ……まぁ読むけどさ」

 

 ルカ・アリス・ジョーヌがノクスの周りに集まり、契約書を覗き込む。

 

 そこには金文字でびっしりと難しい文言が並んでいたが、要約すると――

 

『本契約により、ノクス一行の冒険者パーティに対し、ヨトソラス国が公式スポンサーおよび保護後見人としての立場を持つものとする』

 

「……えーと、つまり……なにこれ?」

 

「後ろ盾ができるってこと?」

 

「スポンサーって……お金もらえるのか?」

 

 ノクス・ルカ・ジョーヌは首をかしげるばかりだったが、アリスだけは一人、顔を真っ青にして契約書を見つめていた。

 

「ま、まさか……リゼリアさん、これ……!」

 

 リゼリアは微笑みながらアリスを見返した。

 

「ええ、察しがいいですわね。やはり多少政治を知ってる方は違いますわね」

 

「こ、こんな契約書……普通なら国家間交渉レベルの話ですよ!? 一パーティに!? 前例なんて……!」

 

「ふふ、まぁ皆さん、分かってないようですから仕方ありませんわね」

 

 リゼリアは得意げに、指を一本立てて説明し始めた。

 

「簡単に言いますと、ノクス様たちのパーティの後ろ盾に、私の治めるヨトソラス国がつく、という契約ですのよ!」

 

「つまりどういうことだよ?」

 

 ルカが眉をひそめながら問いかける。

 

 するとリゼリアは「マジかコイツ……」とでも言いたげな顔でため息をつきつつ、さらに詳しく補足した。

 

「……つまりですね。今まであなた達が王国の貴族や王族から指名依頼を受けた場合、原則断れませんでしたわよね? たとえ『魔王の心臓を持ち帰れ』とか『聖杯を盗んでこい』とかいう無理難題でも、王命であれば従わざるを得なかった……」

 

「まぁ実際時間の問題だよねー。聖杯取って来いとかは……」

 

「でしょう? でも、この契約があれば、そういった依頼に対して、私が公式に抗議し、撤回を迫ることができるのですわ!」

 

「……へぇ、なんか……すごいな……?」

 

 ようやく事の重大さを察し始めるノクスとルカ。一方でジョーヌはまだ少しピンと来ていないようだった。

 

 そのとき、アリスが遠慮がちに問いかけた。

 

「でも……王命を撤回させるって、さすがに無理があるのでは? 下手をすれば、それだけで王国とヨトソラスが戦争に……」

 

 その言葉に、リゼリアの目が細められる。先ほどまでの柔らかい笑みが、どこか冷たく妖艶なものに変わった。

 

「確かに――()()()()そうでしたわね」

 

 リゼリアはすっと自分の手を見下ろし、わずかに指を動かす。

 

「ですが、私は真祖になりましたの。今や私の血があれば、同じ薬を量産できます。真祖をいくらでも生み出せる……それが意味する事、分かりますわよね?」

 

 その声は甘く、冷たく、そして――圧倒的だった。

 

「……王国にとっては、悪夢でしょう?」

 

 アリスは一瞬、何も言えなかった。だが、やがて小さく息を吐いて、頷いた。

 

「……確かに。そうなったら、王国は下手に出るしかないでしょうね。今のヨトソラスが敵に回ったら……間違いなく、国が傾きます」

 

 その確認に、リゼリアはようやくいつもの調子を取り戻し、ふんわりと笑ってみせた。

 

「まぁ、戦争を仕掛けてこなければ、そんな手は使いませんけどね? 私は紳士淑女の皆さまが平和で幸せに生きられる未来を願っておりますわ」

 

「……いや、お前の“平和”の基準、ちょっと心配なんだけど」

 

 ルカが小声でつぶやき、ジョーヌは「やっぱここ地獄だわ」とぼそっと呟いた。

 

 だが、確かに――

 

 彼女は最強の味方になってくれたのだ。

 

 ノクスは契約書を見つめながら、リゼリアの表情を改めて見直していた。

 

「ありがとう、リゼリアさん。本当に、ありがとう」

 

「ふふふっ、どういたしまして、ノクス様。私はいつだって、あなたの味方ですわよ?」

 

 そう言って、リゼリアはにっこりと微笑んだ。

 

「そして、最後にお教えしますが──」

 

「後ろ盾がついたパーティは、パーティ名を名乗れるようになるのですわ。ですから皆さん、今から名前を決めてくださいな♪」

 

 唐突な提案に、ノクス・ルカ・アリス・ジョーヌは揃ってぽかんとした顔になる。

 

「え? パーティ名って、ギルドランクが上がったら自動的に名乗れるようになるんじゃなかったの?」

 ノクスが困惑顔で首をかしげると、リゼリアは肩をすくめた。

 

「それはあくまで建前ですわ。本当に一目置かれるのは、後ろ盾があるパーティだけ。スポンサーがいるというだけで、貴族や王族も対応が変わるんですのよ」

 

「……世知辛っ」

 

 ルカがぼそっと呟き、アリスも苦笑した。

 

「なるほど、名乗りを許されるには“格”が要るというわけですね……」

 

「そういうことですわ。ですから、この機会にぜひ名を定めてくださいな」

 

 急に言われても、と思いながらノクスは顎に手を当てる。

ルカも「俺にネーミングセンス求めるなよ……」と早々に思考を放棄していたし、アリスも「派手すぎても嫌ですし、でも地味すぎても……」と悩んでいるようだった。

 

 すると──

 

「……あの、いい……?」

 

 ジョーヌが小さく手を挙げた。いつもなら飄々としている彼女が、珍しく顔を赤らめて、視線を逸らしながら呟いた。

 

「『ノクターン・ブルーム』って……のは、どうかな……」

 

部屋の空気が一瞬止まった。

 

「ノク……なんだって?」とルカ。

 

「ブルーム……?」とノクス。

 

「“ノクターン”は夜想曲、“ブルーム”は開花……夜に咲く花、という意味合いですね。詩的です」

 アリスが一拍置いて説明を加えると、ノクスとルカも「おぉー」と妙に納得したようにうなずいた。

 

「ノクスっぽいし、悪くないな」

「ていうかジョーヌ、そういうの得意なの?」

 

「気まぐれだよ。べ、別にノクスのこと考えてたわけじゃないしっ!」

 

耳まで赤くしながら目を逸らすジョーヌに、三人は顔を見合わせて、思わずふっと笑う。

 

「じゃあそれで決まりでいいよね?」

 ノクスが手を差し出すと、他のメンバーもそれぞれ手を重ねていく。

 

「『ノクターン・ブルーム』。……なんか、いいですね」

 アリスが微笑む。

 

「気に入ったぜ。ちょっと格好つけすぎな気もするけど」

 ルカが肩をすくめながらも、悪くないという顔。

 

「べ、別に嬉しくなんかないからね……!」

 ジョーヌは目を逸らしながらもしっかり手を重ねたままだった。

 

「ふふ……いい名前ですわね」

 

 その様子を見ていたリゼリアは微笑みながら、持っていた契約書の最下段にさらさらと筆を走らせ、「ノクターン・ブルーム」の名を記入していく。

そして最後に自分の名前を書き、金の印を押し、丁寧に巻き上げてリボンで留め、ノクスに手渡した。

 

「これで、ヨトソラスが正式に後ろ盾になりましたわ。今後、何かあればすぐに私に知らせてくださいな♪」

 

どこか得意げなリゼリアに、ノクスはしっかりと頭を下げた。

 

「……ありがとう。結局色々もらっちゃって」

 

「いえいえ、お礼を言われるほどのことはしていませんわ。それより──」

 

リゼリアはニヤリと笑い、指を立てた。

 

「これからが本番ですわよ、『ノクターン・ブルーム』の皆さん。王国の貴族たちが、あなたたちにどんな無茶振りをしてくるか……楽しみですわね?」

 

「え、怖いんだけど」

 

「なあリゼリア、お前が後ろ盾なのに煽るなよ……?」

 

「ふふ、そんなことありませんわ。私は頼れる味方、ですわよ?」

 

冗談めいたやり取りの中、契約書を胸に抱いたノクスは、微かに胸の高鳴りを感じていた。

自分たちの名前を得た。これからこの“ノクターン・ブルーム”として、何を成すのか──

 

それはまだ誰にもわからない。

 

けれどこのメンバーなら、きっとやれる。そう信じたくなるような、奇妙であたたかい絆が、確かにそこにはあった。

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