俺の母さん、実は魔王でした⁉   作:KuRoNia

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第九章『悪魔を呼ぶ者たち』
第一節:大悪魔、来たる?


 ヨトソラスでの華やかなパーティから、いつの間にか半年という月日が過ぎていた。

ノクスは無事に十一歳を迎え、今日も変わらず元気だった。ギルドでの依頼をこなしたり、仲間たちと遊んだり、時にはエステアに勉強を教えてもらいながら、彼なりの「日常」を過ごしていた。

 

 変化がないことが、時に最高の幸せだと知るにはまだ早すぎる年頃。

だがノクスにとって、笑顔の絶えない家と、少し騒がしい仲間たちと過ごす毎日は、それだけで十分だった。

 

 そんなある日の昼下がり。

辺境の街アルセナにぽつんと建つ、食事処「イーヴァのまかない亭」の一角で、事件――というよりは“話のネタ”がぽつりとこぼれ落ちた。

 

「……それで、最近この街に悪魔崇拝の信者たちが集まってきてるって話、知ってますか?」

 

 真剣な表情で声を潜めて話すのは、聖女のアリスだった。金糸のように輝く髪を揺らしながら、ノクスの正面に座り、身を乗り出して話しかける。

 

「なんでも、夜な夜な人目につかない廃屋とかで、怪しげな儀式をしてるって。目的は“大悪魔の召喚”だって言われてるんですよ」

 

「ほぉん……それ、マジの話かぁ?」

 

 斜め向かいの席で、ルカがやや眉をひそめながら分厚いステーキにかぶりついた。口の端には肉汁がつき、全然真面目に聞いているようには見えない。

 

「またどっかの酔っ払いが見た夢とかじゃねぇの?」

 

「それな~。信者とか、ぜったい厨二病でしょ~」

 

 机にうつ伏せになりながら、ジョーヌが脱力した声で口を挟んだ。昼食後の満腹感と、静かな陽射しのせいか、半分夢の中に片足を突っ込んでいる。

 

「嘘くせーんだよね、そーいうの……。ってかあーし今眠気と戦ってるから、その話、明日にしてくんない?」

 

「うぅ……」

 

思いのほか冷たい反応に、アリスはむくれたように頬を膨らませる。

 

「もう! みんな真剣に聞いてくださいよ。もし本当に大悪魔なんか呼び出されたら、この街、滅びますよ!? 粉々ですよ!? 粉々のグチャグチャですよ!?」

 

「“粉々”の“グチャグチャ”て……どっちかにしろよ」

 

ルカが呆れたように突っ込みを入れ、ノクスは思わず吹き出しそうになったが、隣のアリスがマジ顔だったので我慢した。

 

「でもまあ、アリスの言ってることも一理あるかもね。そういう噂が本当かどうかはともかく、気にして損はないし」

 

ノクスはアリスの肩を軽く叩いてフォローする。アリスは嬉しそうに小さく笑った。

 

「ありがとうノクス君、やっぱり話せばわかってくれますね」

 

「そうだね、もう少し詳しく聞きたいけど所だけど……今は目の前の()()()が一番の問題じゃないか?」

 

 そう言って、ノクスは自分達の前に並ぶ“10皿”の空き皿を見て、深いため息をついた。

 

「お会計ジャンケン、まだ終わってないんだからな……」

 

 そう、今この食事会には“最も重い儀式”が残されている――ジャンケンで負けた者が今回の食事代を受け持つという厳しき運命が。

 

 すでにジョーヌとルカは勝ち抜け。

残るはノクスとアリスの一騎打ちである。

 

 アリスは気を取り直したように「よしっ」と両手を叩き、腕まくりをして拳を突き出す。

 

「来いノクス君! 正々堂々、勝負ですっ!」

 

「後出ししたら無条件負けだからなー」

 

ノクスは釘を刺しながらも、拳を構えた。

 

「せーのっ、ジャン・ケン――」

 

「ポンっ!!」

 

空気を切る音と共に繰り出される二人の手。

 

ノクスは「パー」 アリスは……「チョキ」

 

「やったぁぁぁあああああ!!」

 

「……マジかよおおおおおお!!」

 

 数秒の沈黙ののち、アリスが両手を挙げて歓喜の雄叫びを上げ、ノクスはテーブルに突っ伏した。

 

 ジョーヌは横でケラケラと笑い、ルカは「これが実力差ってやつだな」と訳のわからない感想を述べる。

 

それからしばらくして、四人は食事処を後にした。

 

財布の中身が薄くなったのを確認して、しょんぼりと歩くノクス。横でアリスがピースサインを見せつけながら小躍りしている。

 

「今日はツイてました♪ ツキまくりでした♪」

 

「うっさいわ……。先月の稼ぎが、もうゼロだぞ……」

 

ノクスは恨めしそうにアリスを見るが、彼女はどこ吹く風。

 

「ノクス、あんだけ食ってこれだけで済んだんだから安いモンだろ~?」

 

ルカが満足そうに伸びをしながら言い、ジョーヌもニッコリ微笑んだ。

 

「ノクス~、ごちそーさま♪ またお願いね~♪」

 

「絶対二度と負けないからな……!」

 

仲間たちの笑顔に囲まれながらも、ノクスは財布を握りしめ、涙目で誓ったのだった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 静かな夜だった。

昼間の喧騒が嘘のように街全体が眠りにつき、ノクスたちの屋敷もまた、静寂に包まれていた。

 

 ノクスの部屋にあるランタンの灯りが、わずかに揺れている。

カーテンの隙間からは月明かりが差し込んでおり、その光の筋が床を銀色に染めていた。

 

ノクスはベッドに腰を下ろしながら、なんとなくアリスの言葉を思い出していた。

 

「……悪魔崇拝か」

 

 ぽつりと呟いたその言葉は、夜の静けさに溶けて消えた。

正直なところ、昼間は冗談半分に受け取っていた。だが、いざ一人になると、じんわりと好奇心がわいてくる。

 

「悪魔……って、そういえば……」

 

 記憶の引き出しが、ふと開いた。

昔、モルテが何冊かの書物を抱えていたのを思い出す。中には古い言語で書かれたものもあり、内容は“禁術”や“異界”に関するものだった。たしか、その中に“悪魔”について記された本もあったはずだ。

 

「モルテ姉さんなら……知ってるかも」

 

 思い立ったが吉日。ノクスはそっと部屋を出て、廊下を進んだ。

夜の屋敷は不気味なくらい静かだが、ノクスにとってはこの静けさも居心地がよかった。

 

 薄暗い廊下を進み、屋敷の奥にある書庫兼私室、モルテの部屋の前に立つ。

ノックの音がコツコツと木の扉に響いた。

 

「モルテ姉さん、起きてる?」

 

しばしの沈黙ののち、扉の向こうからくぐもった声が返ってくる。

 

「……ん? ノクスか? こんな夜更けにどうしたのじゃ?」

 

 がちゃり、と扉が開くと、寝間着姿のモルテが姿を現した。黒髪が緩く崩れていて、目はまだ少し眠たげだ。

 

「ちょっと気になることがあってさ。悪魔に関する本持ってたよね? 何冊か貸してもらえないかな?」

 

ノクスの言葉に、モルテは片眉を上げてから口元を緩めた。

 

「ほほう……サキュバスでも呼ぶのか?」

 

「違うからね!? 絶対に違うからね!!」

 

「ふむ、ということにしておこうかの」

 

 笑いをこらえながら、モルテは部屋の奥へ引っ込むと、本棚から数冊を引き抜いて持ってきた。革装丁の古びた本が三冊、どれも重たそうで分厚い。

 

「このあたりじゃな。あまり深い内容ではないが、悪魔についてはひと通り書いてあるはずじゃ。……ただし、読むのは自己責任でな?」

 

「ありがとう、モルテ姉さん」

 

「どういたしまして。……あまり夜更かしはするでないぞ」

 

そう言ってモルテは再び扉を閉めた。

 

 ノクスは自室に戻ると、机の上にランタンを置き、本を一冊開いた。

ページをめくるたびに古い紙の匂いがふわりと立ちのぼる。

文字は少し読みにくかったが、内容はわかりやすくまとめられていた。

 

『悪魔とは異界の存在であり、契約によってこの世に召喚される』

 

 ノクスは声に出さずに読み進めていく。

曰く、悪魔は契約を重んじる種族であり、召喚者との“契約内容”と“支払われた対価”に応じて、望みを叶えるか、あるいは力を貸す存在だという。

 

「なるほど、ちゃんと契約しなきゃ、ダメなのか」

 

ページをめくる指先にも力が入る。

次の章には、悪魔の性質についての記述があった。

 

『悪魔には善悪の区別はなく、あくまで“召喚者の願い”によって行動を左右される。よき主に従えば善の存在のように振る舞い、悪しき主のもとにあれば、容赦なく悪行を助ける』

 

「……そっか。だから、召喚された側じゃなくて、召喚する側の“意志”が問われるんだな」

 

ノクスは静かに納得し、続きを読み進めた。

 

『悪魔の階級は大きく分けて三つ。小悪魔、悪魔、大悪魔の順に力を持ち、小悪魔は最も弱く、契約できる内容も限られる。だが召喚は比較的容易で、一般の術者でも儀式さえ整えば可能である』

 

『“悪魔”は中位の存在であり、小悪魔に比べると格段に力を持ち、契約内容の幅も広い。だが召喚には高度な術式と準備が必要』

 

そして、最後の項目へと目を移した。

 

『大悪魔――その力は一国を滅ぼし、あるいは支配するに足る。召喚の難易度は極めて高く、術式の習得には数十年を要するとも言われている。さらに、召喚の成功には召喚者の時間、またはそれに匹敵する“莫大な対価”を必要とする』

 

ノクスはそこで手を止めた。

 

「一国の支配者にすらなれる力か……でも、それに見合う対価の召喚者の時間ってなんだろう?」

 

 ふと、アリスの「町が滅ぶ」発言を思い出して、少し背筋が冷たくなった。

まさか、そんな存在がこの街に呼ばれようとしているなんて……。

 

「ふっ……まさかな…」

 

 ノクスは息をつき、本を閉じた。

読み疲れと、じんわりと広がる眠気が、静かに身体を包み込む。

 

「明日は朝からギルドだし……もう寝るか」

 

 ランタンの火を落とし、ベッドに潜り込むと、ノクスは目を閉じた。

その胸の内には、昼間とは違う、小さな違和感が確かに残っていた。

 

“もし、本当に誰かが大悪魔を呼び出そうとしているなら——”

 

そんな不安を胸に、ノクスは静かに眠りへと落ちていった。

 

 だがこの時、ノクスはまだ知らない。

その“悪魔の儀式”が、思わぬ結末をもたらすなど、今の彼はまだ知る由もなかった。

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