俺の母さん、実は魔王でした⁉   作:KuRoNia

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第三節:影も形も無い

 完全に日が落ち、街は昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。石畳の道を照らすのは、ところどころに立つ街灯の淡い灯りと、窓辺から漏れる蝋燭の光だけ。商人も旅人もとうに宿に引き上げ、人通りはほとんど途絶えている。そんな中、ノクスたちは諦めずに黒いローブを羽織ったという悪魔崇拝者の影を探し回っていた。

 

 「……本当にいるのか、これ」

 溜息混じりにノクスが呟く。

 「まぁ、いなかったらそれはそれで平和なんですけどね~」

 アリスは気の抜けた声で答え、肩をすくめる。

 「でも、せっかく夜まで頑張ってるんだし、一人ぐらい捕まえて帰りたいよな」

 ルカはまだやる気を失っていない様子で、剣の柄を軽く叩いた。

 ジョーヌはというと、腕を組んで欠伸を噛み殺しながら、「どうせ怪しい奴なんてみんな家で寝てる時間でしょ……」とぼやいている。

 

 そうして進展のないまま、そろそろ今日は切り上げようかという空気になりかけたそのときだった。

 視界の端を、黒いローブの影が横切った。

 「……いた」

 ノクスの声が低くなる。街灯の光の下、小柄な人物がフードを深くかぶり、顔を隠しながら歩いている。その手には杖のようなものが握られていた。

 

 ノクスはすぐさま仲間に合図を送る。

 「黒ローブを着た人が居たよ…」

 「了解」

 ルカが短く返事し、アリスとジョーヌも動き出す。

 

 追跡を始めてすぐ、その人物は足早になった。後ろを振り返る仕草はないが、どうやら追われていることに気づいたらしい。次の瞬間、小走りになり、細い路地へと滑り込んでいく。

 「気づかれたか……」

 ノクスが小さく舌打ちした、その刹那。

 「逃がすかよ!」

 ルカが吠えるように叫び、尋常ではない速度で路地に突っ込んでいった。

 

 「……ルカ! 一人で行くな!」

 ノクスが慌てて追いかけるが、アリスとジョーヌはやや呆れ顔だ。

 「ルカさんに捕まって、大丈夫ですかね……?」

 「いや、あいつに捕まったら大抵の人は大丈夫じゃないだろ」

 ジョーヌの冷静すぎる突っ込みに、アリスは肩をすくめる。

 

 次の瞬間、路地裏から「なんじゃー!?」という甲高い声が響き渡った。

 「今の声……」

 嫌な予感を覚えたノクスたちは駆け足で路地に飛び込む。

 

 そこには、ルカが黒ローブの人物を後ろから抱え上げ、まるで戦利品のように掲げている姿があった。

 「ほら! 捕まえたぞ!」

 誇らしげに振り返るルカ。その腕の中で足をブラブラさせている小柄な人物の顔が、街灯の光に照らされて露わになる。

 

 ――モルテだった。

 

 「……モルテ姉さん…」

 ノクスの血の気が一瞬で引く。アリスも固まり、ジョーヌは深く眉をひそめた。

 一方で、後ろから捕まえているルカはまだ顔を見ていないらしく、きょとんとした表情で仲間たちを見回している。

 「おい、どうした? こいつ、かなり怪しいだろ?」

 

 その時だった。モルテがいつもより低く、腹の底から響く声でルカの名を呼んだ。

 「……ルカ」

 その声音に、ルカの顔からみるみる血の色が失われていく。

 「……あ」

 自分が誰を捕まえたのかを理解し、恐る恐るモルテを地面に降ろす。途端にノクスたちと一緒に頭を下げた。

 「ご、ごめんなさい!」

 「申し訳ありません!」

 「いやホント悪気はなかったんです!」

 三者三様の声が重なる。

 

 だが、モルテの表情は完全に「怒っている」以外の何物でもなかった。眉は吊り上がり、唇はへの字に結ばれている。

 「なんでいきなり捕まえたんじゃ!? イタズラか!? 我が何したって言うんじゃ!?」

 杖を地面にトン、と叩きつける。

 ルカは両手をぶんぶん振り、「ち、違うんだよ! 本当に怪しい黒ローブがいるって話で……」と必死に弁解するが、モルテはさらに声を張る。

 「おぬしら、夜にこんな所で何やってるかと思えば……まったく、心臓に悪いのう!」

 

 アリスが恐る恐る口を挟む。

 「そ、それで……モルテさんは、なんでこんな格好を?」

 「ん? ああ、ちょっと実験用の素材を探しに行こうと思ってな。夜の方が人目につかんから、このローブで出歩いておっただけじゃ」

 そう言ってフードを取るモルテの頭から、いつもの黒髪がこぼれ落ちる。

 

 ジョーヌは額を押さえてため息をつく。

 「つまり、今日一日探してた“怪しい黒ローブ”って……」

 「モルテさんだった、ってオチですかね」

 アリスのまとめに、ノクスは黙って頷いた。

 

 モルテはまだ眉を寄せたままだが、少しだけ怒りが和らいだように見えた。

 「まぁ……わしもフードを深くかぶっておったし、怪しく見えるのも無理はないかもしれん。だが次からはちゃんと確認してから捕まえんか!」

 「はい……」

 四人は揃って小さく返事をするしかなかった。

 

 路地裏の上空には、厚い雲が覆いかぶさっている。どこか遠くで、夜鳥の鳴き声が短く響いた。

 ――悪魔崇拝者の影はいまだ見えず、代わりに捕まえたのはモルテだったという。

 なんとも間抜けな結果に、ノクスは苦笑いするしかなかった。

 

 結局、あの夜はモルテを間違えて捕まえてしまった以外に進展はなく、ノクスたちは肩を落としてギルドを後にした。街外れの屋敷に戻った時には、もう夜風が骨まで冷えるほどの時間になっていた。

 各自が簡単に身支度を整え、解散となる。今日の調査は空振りだったが、まだ日食まではわずかな猶予がある。焦りを胸に押し込みながら、ノクスはベッドに潜り込んだ。

 

 翌朝。

 エステアが作ってくれた温かい朝食の香りが、リビングに満ちていた。焼きたてのパンの香ばしい匂いと、ハーブが香るスープの湯気。眠気を残したまま席に着いたノクスは、無意識にテーブルの全員を目で追った。

 

 優雅にナイフとフォークを操るセス。

 無言で、本を読みながらマイペースに食事を進めるモルテとリュース。

 ルカと楽しそうに談笑し笑いながらパンを頬張るアミー。

 そして、ノクスの隣で視線が合うたび柔らかく笑みを返してくれるエステア。

 

 ――そこでふと、違和感が胸に引っかかった。

 ……ジョーヌがいない。

 

 ノクスはルカに小声で尋ねる。

「ジョーヌはどうしたの?」

「え? あいつまだ寝てるっぽい。寝坊だろ寝坊」

 

 その時点では、ただの朝寝坊だと思っていた。だが、食事を終え、今日の調査に出る準備が整ってもジョーヌの姿は現れなかった。胸の奥に小さな不安が膨らむ。

 

 ノクスとルカは、ジョーヌとルカの相部屋――屋根裏部屋へ向かった。

 ドアを開けた瞬間、むっとした熱気が顔にぶつかる。

 ベッドの上には、額に汗を浮かべ、苦しそうに身を丸めたジョーヌの姿があった。

「ジョーヌ!」

「ノクス……そんな大声出すなよ~……」

 か細い声だった。いつもの軽口は影も形もない。

 

 ルカも慌てて駆け寄る。ノクスはジョーヌの額に手を当てた。熱い。まるで湯に触れたかのような温度だ。

「熱だ……完全に風邪だな」

「……たぶん、それだけじゃねーんだ」

ジョーヌは息を荒げながらも口を開いたが、そのまま咳き込み、言葉を飲み込む。

 

 ノクスはルカに「ちょっと様子を見といてくれ」と告げ、洗面所へ駆け下りた。冷たい水でタオルを濡らし、廊下で出くわしたエステアとセスに事情を説明する。二人とも表情を硬くし、そのままついてきた。

 

 ベッド脇に戻ると、ノクスはタオルを額にのせた。

「……あー……冷たくて……助かるわー」

 ジョーヌの表情が、ほんの少しだけ和らぐ。

 

 エステアが落ち着いた声で言った。

「汗で服がびしょびしょね。これじゃあ治るものも治らないわ。セス、着替えを持ってきてちょうだい。ノクスは一旦外に出てなさい」

 逆らう間もなく、ノクスは部屋を出された。

 

 部屋の中には、ジョーヌ、エステア、そしてルカだけが残った。

 静まり返った空気の中で、ジョーヌがぽつりぽつりと語り始める。

「……この症状、心当たりあるんだよね…」

「何だよ?」とルカが問うと、ジョーヌは薄く笑って言った。

「体内の魔力量が飽和してるんだ……あーしみたいな小悪魔は魔力容量少ないからねー。原因は多分皆既日食が近づいてる影響だと思う、だから日食が過ぎれば治る……はず」

 

 言葉の途中で、扉がノックされる音。エステアが外で待っていたセスから着替えを受け取り、ジョーヌを手早く着替えさせる。

 

 再びベッドに横たわったジョーヌは、天井を見たまま呟いた。

「悪魔崇拝者の儀式の調査……あーしは脱落だな。……ルカ、ノクスとアリスのこと、頼んだよ」

 その口調には、いつもの軽薄さがなかった。

 

 ルカは少しだけ目を見開き、そして笑った。

「任せろ。俺たちで何とかする。お前は大人しく寝とけよ、よわ悪魔」

その言葉に「一言余計なんだよー…注射ビビリ吸血鬼ー…」と弱弱しく反撃するのだった。

 

 部屋の外に出たルカは、待っていたノクスに事情をかいつまんで伝えた。ただし、「魔力の飽和」や「悪魔」という部分は巧みにぼかし、病状として説明できる範囲に留めた。

 ノクスは頷きつつも、胸の奥で引っかかる感覚を拭いきれなかった。皆既日食と悪魔召喚の噂、ここまで影も掴めない感じが本当に大悪魔を召喚するという意思を感じられて何か嫌な予感がしてならなかった。

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