俺の母さん、実は魔王でした⁉   作:KuRoNia

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第六節:砕けたのは石か、剣か

「行くぞおらぁぁぁぁっ!!」

 

 怒号と共に、ルカが片手剣を振りかざしてゴーレムへと飛び込んでいった。

剣と石のぶつかる甲高い音が森に木霊し、耳をつんざくように響く。

 

ガキィィィィンッ!

 

 硬質な火花が散り、剣が石の外殻に食い込むこともなく弾かれる。

ルカは振り抜いた勢いのまま後ろへ跳ね、足を地に叩きつけて着地すると、すぐさま悪態をついた。

 

「くそがぁぁぁ!! 分かってたけど固いなコイツ! ったく、石くらい斬れてくれよな!」

 

 ゴーレムは無言のまま腕を振り下ろす。

石でできた拳は、まるで落石のような質量を伴って空気を押し潰した。

ルカは地を蹴り、風を裂いて横へ滑り込む。彼女の動きは人間の目では追えないほど素早い。

 

「おい、ちょっと待てって! ルカ!」

ノクスは槍を握りしめながら、目の前で繰り広げられる戦いに焦りを隠せない。

ルカは怒りに駆られているのか、あるいは吸血鬼の本能か、尋常ではない速さで動き回り、ゴーレムを翻弄していた。

 

 その姿は確かに勇敢だが、同時に危うい。

ゴーレムの巨体が振り回す腕は、木々を薙ぎ倒し、大地を抉るほどの破壊力を持っている。

もし直撃すれば、一撃でただでは済まないと思われる。

 

「おいルカ! もう少し落ち着け!」

ノクスは叫びながらアリスに視線を送った。

「アリス! 魔術で援護できるか?」

 

 だが、アリスは首を振り、額に汗を浮かべながら叫び返した。

「無理です! ルカさんが速すぎて、攻撃魔術を撃ったら巻き込んでしまいます!」

 

 実際、ルカは残像を残すほどの速度でゴーレムの周囲を駆け巡り、剣を叩き込み続けていた。

ゴーレムもそれに合わせるように、巨腕を軌道を変えて何度も叩きつける。

その度に地面が抉れ、土煙が立ち込める。ノクスとアリスは息を呑んで見守るしかなかった。

 

「……くそっ、これじゃ手出し出来ない!」

ノクスは槍を構えたまま、攻め込む隙を探すが、戦場に割り込める余地はない。

ゴーレムの攻撃範囲は広大で、ルカの速度に追従するために振り回される巨腕はむしろ嵐のように乱れ飛んでいる。

不用意に踏み込めば、まず巻き込まれるのは自分だ。

 

「割り込めない自分の弱さに腹が立つな…」

歯噛みしながらも、ルカは剣を振り続ける。

火花が散るたびに彼女の表情は歪み、額に汗が滴る。

石の肌は傷ひとつ負わず、むしろ彼女の剣の刃がかすかに欠け始めていた。

 

「おらぁっ! てめぇ、動きが鈍いんだよっ!」

叫んで挑発しながらも、焦りの色は隠せていない。

次の瞬間――

 

ドゴッ!!

 

 鈍い衝撃音が森に轟いた。

ルカが避けきれずに、ゴーレムの拳を腹部にまともに受けてしまったのだ。

身体が弓なりにしなり、そのまま後方へ吹き飛ばされる。

 

「ルカっ!」

「ルカさん!」

 

 ノクスとアリスの目の前に、ルカの身体が弾丸のように飛来した。

咄嗟に二人で受け止めたものの、勢いを殺しきれず三人まとめて地面に転がる。

土埃が舞い上がり、咳き込みながらルカは胸を押さえた。

 

「ゲホッ……ゲホッ……だ、大丈夫だ……何ともねぇ……!」

青ざめた顔でそう言いながらも、その口元からはかすかに血がにじんでいた。

 

「無理するな! 今のは相当入ってただろ!」

ノクスは怒鳴りながらも必死に支える。

アリスも慌てて治癒魔術を施そうと杖を構えたが、ルカは手を振って制した。

 

「いらねぇ! 立てる……それより、気を付けろ……」

ルカは荒い息をつきながらも立ち上がり、剣を構え直す。

「……さっきのゴーレム、急に速くなりやがった……それで食らっちまった…… お前らも気を付けろ!」

 

「速くなった?」

ノクスが眉をひそめる。

その言葉に、アリスははっとした表情で顔を上げ、木々の隙間から空を仰いだ。

 

雲の間から覗く太陽――その縁が、僅かに欠け始めていた。

森の光がわずかに陰り、昼間なのに徐々に不思議な薄暗さが広がっていく。

 

「……日食が……!」

アリスの声が震えた。

「日食が始まりつつあります! 恐らく……太陽が欠けていく影響で、魔力の流れが強まり始めているんです! そのせいでゴーレムの動きが早くなったのかもしれません!」

 

「もう日食が始まっているのか!?」

ノクスはごくりと唾を飲み込む。

ルカも舌打ちしながら空を見上げた。

 

「チッ……運が悪ぃ。こんなタイミングで始まるだなんてな」

 

森の中に、不気味な静寂が広がった。

鳥の声も消え、空気は冷え込むように澱んでいく。

昼と夜の境界が曖昧になるような、不吉な時間。

 

「――急がねぇとな」

ルカが剣を握り直し、不敵に笑った。

「のんびりしてたら、あの石野郎どころか儀式そのものが完成しちまうかも知れねぇからな」

 

ノクスは槍を構え、深く息を吸い込んだ。

「……そうだね。ここで立ち止まってるわけにはいかない」

 

アリスもまた、決意を込めて杖を握りしめた。

「戦うしかありません……!」

 

 ゴーレムは再び片膝を立て、魔力の光を瞳に宿す。

日食の影が深まるたびに、その光は強く、鋭くなっていく。

森を揺るがす低い振動音が地面から伝わり、まるで大地そのものが目覚めているかのようだった。

 

 三人は互いに視線を交わす。

 

「さっきは気を付けろとは言ったが――あのゴーレムとまともに戦えるのは俺しか居ねえ」

ルカは乱れた息を整えつつ、わざとらしく肩を竦めて言った。その表情は真剣でありながら、どこか余裕めいた笑みを浮かべている。

 

「お前らは自衛だけでいい。下手に援護しに突っ込んで来るな」

 

「なんでだよ!」ノクスが思わず声を張り上げた。

「俺だって援護した方がいいだろ!? 三人でかかれば……!」

 

「おいおい、ノクス」ルカが苦笑しながら、指で首を切る仕草をしてみせる。

「あのゴーレムの拳を一発でも喰らったら、お前死んじゃうぜ? 肉片どころか、地面に染みすら残んねぇかもな」

 

その言葉の現実味に、ノクスは一瞬言葉を失った。脳裏に、巨大な石の拳に押し潰される自分の姿が過ぎり、思わず喉が詰まる。

 

「……そう、だね……」しぼんだ声で呟くしかなかった。

 

アリスが横から口を挟む。「なら、私が魔術で援護します。範囲を絞って――」

 

だがルカは即座に首を横に振った。「いや、それはやめといた方がいい」

 

「え?」

 

「俺が思うに、あのゴーレムは洞窟の番人だろ。魔物を寄せ付けないための守護者だろう。だから俺たちが洞窟から離れてりゃ、基本は俺にしか反応しねぇ。だが……」ルカの目が鋭く光る。

「もしお前が魔術で攻撃したら、標的が俺からアリスに切り替わる。そうなりゃ目も当てられねぇ」

 

 さっきまで血気にはやっていたルカとは思えない冷静な分析に、アリスははっと口をつぐむ。やがて小さく肩を落とし

「……確かに、ルカさんの言う通りですね」と渋々納得した。

 

 その様子を見て、ルカは大げさに手をひらひらと振る。

「おいおい、そんな落ち込むなって! 大丈夫だ、俺に任せとけ。すぐにあの石くれ野郎を粉微塵にしてやるからよ!」

 

 自信満々の笑みを浮かべ、ルカは再び剣を構える。その背中を、ノクスとアリスは黙って見送った。

 

「行くぞぉぉぉ!!!」

咆哮と共に、ルカは地を蹴り、再びゴーレムへと突撃した。金属の剣と岩の身体がぶつかるたび、甲高い金属音と鈍重な衝撃音が辺りの森に響き渡る。

 

だが、相手はただの石の塊ではない。日食の影響で周囲の魔力が濃くなり、ゴーレムの動きはさっきよりも確実に速く、力強さを増していた。

 

「チッ……思ったより動きがキレてやがる!」ルカが歯噛みする。

剣を何度も振り下ろすが、浅い傷しかつかない。ゴーレムは無言で巨腕を振るい、その度に大気が悲鳴を上げた。

 

「ルカさんっ! 気を付けて!」アリスが叫ぶ。

 

 ルカは舌打ちしながらも、ゴーレムの拳を紙一重でかわし、反撃に転じる。高速で動き回る彼女の姿に、ノクスは圧倒されるしかなかった。

 

(すごい……でも、あれじゃ俺たちは手出しできない……)

 

ゴーレムの攻撃もルカの動きも速すぎて、少しでも援護に入れば確実に巻き込まれる。ノクスは拳を握りしめながらも、ただ見守ることしかできなかった。

 

「らぁぁぁッ!!!」

ルカが渾身の力で剣を振り下ろした、その瞬間――

 

ガキンッ!

 

鋭い破裂音が響き渡った。

 

「えっ……?」ルカの目が見開かれる。

手に握っていた剣――その中腹が、無残にもぽっきりと折れていたのだ。

 

「……あ?」次の瞬間、彼女は絶叫した。

「あ”ーーーーッ!! 俺のジャッカルがぁぁぁぁぁ!!!」

 

ノクスはぽかんとした顔で固まった。

 

「ジャッカルって……何?」ノクスが小声で呟く。

 

その呟きを、アリスに聞こえていたのか答えてくれた。

「え? ノクス君、知らなかったんですか? ジャッカルはルカさんが自分の剣につけた名前ですよ」

 

「……え? 名前つけてたの……?」ノクスは顔を覆った。

「しかも、あの剣って名剣とかだったっけ?」

 

「いえ、セールで50ゴールドで買ったって自慢してましたから、ただの普通の剣ですね」

 

「……」ノクスはしばし沈黙し、内心で思った。

(そんな安物に“ジャッカル”なんて大層な名前つけてんじゃねぇよ……)

 

ノクスに内心で呆れられていた頃。

 

「よくもやってくれたなこの野郎が!!!」

ルカは怒りに任せ、右腕に魔力を集中させた。その腕は赤黒く光を帯び、空気がびりびりと震える。

 

「ジャッカルの仇だぁぁぁッ!!!」

 

そのままゴーレムの胸部へ拳を叩き込む――。

 

ドゴォォォォォォッ!!!

 

地鳴りのような轟音。岩石でできた巨体が粉々に砕け散り、破片が四方八方に飛び散った。

 

ノクスとアリスは思わず後ずさる。

「……す、素手で……」「……砕いた……」

 

目の前で起きた光景が信じられなかった。

 

だが当のルカは、ゴーレムの残骸には目もくれず、地面を這いずり回っていた。

「ジャッカルゥゥゥ!! どこだ! 俺のジャッカルの先っちょォォォ!!」

 

涙目で地面に這いつくばりながら、折れた剣の先を探すルカ。

 

「……」

ノクスとアリスは顔を見合わせ、同時に溜息をついた。

 

「……ルカさん、強いのは分かってるんですけど……なんか締まらないですね」

「ほんとにな……」

 

その時、遠くから嬉しそうな声が響いた。

「あったーーー!!!」

 

ルカが両手で折れた剣先を掲げ、子供のように歓喜の声をあげていた。

 

「よ、よかったですね……」アリスは思わず笑ってしまう。

 

ノクスは頭を抱えながら、「……見つかったならさっさと行くぞ、ルカ!!」と叫んだ。

 

 

 

こうして、なんとも締まらないまま――ゴーレム戦の幕は閉じた。

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