俺の母さん、実は魔王でした⁉   作:KuRoNia

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第八節:大悪魔の真名

 轟音。

 

 耳をつんざく爆発音と共に、紅蓮の光が洞窟を覆い尽くした。

 熱風が荒れ狂い、地を揺るがす振動が走る。洞窟の壁の一部が砕け、岩の塊が崩れ落ちて破片が飛び散った。

 

「――っ!」

 

 ノクスは反射的に両隣にいたアリスとルカの手を掴んだ。視界は完全に白赤に染まり、何も見えない。ただ衝撃だけが押し寄せ、身体ごと吹き飛ばされそうになる。

 掴んだ手の感触だけが現実につなぎ止めてくれる。

 

「耐えろ!」

「っ……きゃあぁぁ!」

「ま、まだいける!」

 

 三人は歯を食いしばり、全身に魔力を巡らせて爆発の衝撃を耐え抜いた。

 

 長い、長い数秒が過ぎ――やがて光が収束し、洞窟を赤茶色の土煙が包み込む。

 

 ――見えない。

 

 視界はまだ完全に遮られていた。

 だが、ノクスはすぐに異変を感じ取った。胸の奥をひっかくような重苦しい圧迫感。空気そのものが濃密な瘴気に染まっている。

 

「……っ」

 

 アリスは杖を握る手を白くなるほど力強く握り込み、奥歯をガチガチと鳴らしていた。

 小刻みに震えている。普段は冷静で怜悧(れいり)な彼女のその様子に、ノクスはただならぬ事態を理解した。

 

 一方のルカも、笑みを作ることもできず額に汗を浮かべていた。

「おいおい……こいつは……マズいかもな」

 低い声。いつもの調子の強がりは鳴りを潜め、ただ緊張と恐怖がにじみ出ていた。

 

 二人がここまで狼狽するということは――。

 

「……大悪魔、か」

 

 ノクスはそう呟き、槍を握り構え直した。

 自分の腕では太刀打ちできないかもしれない。けれども逃げる気はなかった。二人を守るために、一歩でも前へ出る覚悟はできていた。

 

 土煙の中、笑い声が響いた。

 

「ハーッハッハッハッハ! ああ、素晴らしい! これぞ芸術、これぞ美、これぞ滅び! この私の手で、歴史に新たな一頁を刻んだのだ!」

 

 その声はカリザード。

 やがて土煙の向こうから姿を現し、肩を揺らして哄笑(こうしょう)しながら両手を広げて宣言する。

 

「大悪魔の召喚は成った!!」

 

 狂気的な笑みを浮かべ、瞳を爛々と輝かせながら。

 そしてノクス達を指差した。

 

「さあ! 手始めに――そこの半人前三人を血祭りにあげろ! お前の力を示してみせよ、大悪魔よ!」

 

 空気が張り詰める。

 ノクスは槍を構え、アリスは詠唱に入ろうとし、ルカは咄嗟に二人の前に出て腕をクロスさせ、防御の構えを取った。

 

 だが――。

 

「えー、だる……」

 

 聞こえてきたのは、拍子抜けするほど間延びした声だった。

 

「は?」

「……えっ?」

「おい今の声……」

 

 三人が目を見開く。

 

 土煙の奥から、どこかで聞き覚えのある少女の声が続く。

 

「あーし、病み上がりなんすけど? いきなり血祭りとか無理無理カタツムリなんだけど……」

 

 カリザードの顔から笑みが消えた。理解できない、とでもいうように眉をひそめる。

 

「……何を言っている? 命令だぞ? 私の命令が聞こえなかったのか!」

 

 土煙が晴れていく。

 そこに現れたのは――。

 

「ゴホッ、ゴホッ! っかー……てかさぁ! いきなりこんなカビ臭い洞窟に呼ぶとか頭湧いてんの? 空気悪っ! 肺が死ぬかと思ったわ!」

 

 赤髪ツーサイドアップ、背中から小さな羽をのぞかせながら、顔の前で手をブンブン振って煙を払っている少女。

 

「じょ、ジョーヌ……!?」

 

 ノクスが呆然と呟く。

 

 そう、そこに立っていたのは――大悪魔などではなく、いつも通りダルそうなジョーヌだった。

 

「………………はぁ?」

 

 カリザードの顔が固まる。

 その場にいる全員が一瞬、言葉を失った。

 

「お、お前……なんで……」

 ルカが絶句する。

「いや、なんでって言われても……あーしも知らんし。寝てたら急に呼び出されたっつーか」

 

 ジョーヌは髪を払いながら肩をすくめる。

 

「てかマジでありえん。せめてふかふかベッドの上に呼べよな。こんな石の上とか腰痛悪化するし」

 

 ノクスもアリスも言葉を失い、ただ呆気にとられるしかなかった。

 

 一方のカリザードは顔を真っ赤にし、怒りと困惑に震え出す。

「な……なぜだ!? 私は確かに、大悪魔を召喚したはず……! この魔法陣は完璧だった! 魔力も、時も……!」

 

 焦燥に駆られ、魔法陣を見下ろす。だがそこには、のんびりと立つジョーヌの姿しかない。

 

「ん?あぁ…大悪魔の召喚は()()してるよ。だからあーしが呼び出されたんだから…」

 

 ジョーヌは面倒くさそうに耳をほじりながら言い放つ。

 

「な……なんだと……?」

 

 その瞬間、ルカが思わず吹き出した。

「クッ……ははっ……! なんだよこれ! 大悪魔ってジョーヌかよ!? ビビららせやがって!」

 

「ちょっ……ルカさん、笑ってる場合じゃ……」

 混乱しているアリスが必死に制止しようとするが、ルカは腹を抱えて笑いを堪えきれない。

 

「いやだってさ! あの狂気じみた召喚儀式の果てがコイツって……! 肩透かしにもほどがあるだろ!」

 

 ジョーヌはジョーヌで、欠伸をかみ殺しながら「ほんとマジで迷惑だわー」とつぶやいている。

 

 ノクスは額に手を当ててため息をつきながらも、心のどこかで安堵していた。

 少なくとも、現れたのは本物の大悪魔ではない。

 だが同時に、カリザードがここまで狂気に満ちた召喚を企て、それを成し遂げたはずが――まったく予想外の結果になった事態に、ただただ混乱するしかなかった。

 

「ふ、ふざけるなぁぁぁぁぁ!!」

 

 カリザードの絶叫が洞窟に響いた。

 

「私の芸術が……私の滅びの舞台が……! こんな小娘で終わるはずがない! 私は、私は偉大な芸術家だ! 歴史に名を刻む者だ! こんなはずはないぃぃぃ!!」

 

 その狂気の叫びを背に、ジョーヌは呆れ顔でカリザードを見やり、肩をすくめて言った。

 

「……ていうか、まだあんたは最後の仕上げをしてないじゃん…」

 

 カリザードの顔は怒りと困惑の間で引きつっていたが、ジョーヌの「仕上げが終わってない」という呟きに、僅かに理性を取り戻したようだった。

 

「……最後の仕上げ、だと?」

 低く絞り出すように問いかけるカリザード。

 

 ジョーヌはというと、指先で煙を追い払いながら、気だるげに欠伸を噛み殺した。

 

「ん~、あんた、皆既日食の魔力を使って儀式やったでしょ? まあ、効率はいいんだけどさ……そういう呼び方した場合はね、召喚した大悪魔を従わせたいなら『調伏』しなきゃダメなの。常識でしょ?」

 

 その声はあまりに淡々としていて、まるで朝寝坊した子どもが言い訳しているようですらあった。だが内容は、ノクスの背筋を冷たくさせるに十分だった。

 

「調伏……?」

 カリザードは眉をひそめる。

 

「うん、カンタンに言うと……召喚した側が大悪魔をぶっ倒せば、従うってシステム。あ、知らなかった? ぷぷ……」

 

 口の端を歪め、からかうように笑うジョーヌ。その態度に、カリザードのこめかみがぴくりと震えた。

 

「……つまり貴様を、この場で打ち倒せばよいということか」

 

「そーそー。あたし的にはどっちでもいいけど。はい、がんばれ~」

 片手をひらひらと振り、心底どうでもよさそうに答えるジョーヌ。

 

 ルカは思わず「こいつ……」と呟いた。緊張で強張っていた表情が、逆に呆れを帯びている。アリスは額に玉のような汗を浮かべ、必死に杖を握りしめた。

 

「ふざけるな……!」

 カリザードが唸るように叫び、両手に魔力を練り始めた。空気が震え、圧が洞窟全体を押し潰すように広がる。

 

 その様子を、ジョーヌはただぼんやりと眺めていた。

 ノクスは堪らず声を上げる。

 

「気を付けろ、ジョーヌ! そいつは王国中に指名手配されてる大罪人だ! 魔術の防御結界を張られたら、手出しできなくなる!」

 

 必死の忠告に、ジョーヌは振り返りもせず、片手を挙げて軽く返した。

 

「りょ」

 

 その気の抜けた返事にノクスは歯噛みする。こんな奴に頼るしかない状況だなんて、冗談であってほしかった。

 

 しかし現実は非情だ。

 

「もう遅い!」

 カリザードが叫ぶ。

 

 瞬間、防御魔術の結界が彼の身体を取り囲んだ。それと同じタイミングで紅蓮の光が走り、空気が弾ける。

 

「これで終わりだあああああ!!!」

 

 耳を裂く咆哮とともに放たれた爆発魔術は、先ほどのものとは比べ物にならない。洞窟全体が崩壊するかと思えるほどの衝撃が走り、ノクスたちは一瞬でその炎に呑まれた。

 

 焼ける。吹き飛ぶ。何もかも終わった――そう思った。

 

 ……だが。

 

 やがて土煙が晴れた時、そこに立っていたのは――無傷のジョーヌと、同じく無傷のノクスたちだった。

 

「な……に?」

 カリザードの目が大きく見開かれる。膝が震えている。

 

「馬鹿な……あの爆発に巻き込まれて……消し飛んだはず……」

 

 ノクスも混乱していた。胸に手を当て、鼓動があることを確かめる。確かに爆発に呑まれた。だが痛みも傷もない。

 

「……なんで……?」

 ルカも震える声を漏らし、アリスは「これは……一体……」と呟いた。

 

 そんな彼らに、ジョーヌがあっさりと答えを投げてきた。

 

「あ、終わった? はい、お疲れ様でしたー。()()だったら今のであんたの勝ちだったね」

 

「げ、現実……?」

 三人は同時に顔を上げる。

 

 ジョーヌは口元を歪め、楽しそうに笑った。

 

「不思議? 仕方ないなぁ~。教えてあげる。ここは私が支配する夢の中だよ」

 

「夢……?」

 ノクスの呟きに、ルカとアリスも凍りつく。

 

 ジョーヌは軽い調子で指を鳴らした。

 

「だから、こうして――『動くな』」

 

 次の瞬間、ノクスもルカもアリスも、そしてカリザードすらも、その場に縫い付けられたかのように身体が動かなくなった。

 

「なっ……!?」

 必死に抗おうとしても、指一本動かせない。

 

 ジョーヌだけが、のそのそと歩みを進める。

 

 カリザードの目の前まで来ると、彼女は気の抜けた掛け声を上げた。

 

「どーん」

 

 腰の入っていない、子どもの悪ふざけのようなパンチ。

 だが当たった瞬間――カリザードの身体は弾丸のように吹っ飛び、洞窟の壁に激突した。

 

「がはっ……!」

 

 その惨状に、ノクスは目を見開いた。

 ルカも言葉を失い、アリスは小さく悲鳴を漏らす。

 

 ジョーヌは心底愉快そうにケラケラ笑った。

 

「ねぇ、痛いでしょ? 私が攻撃する時だけは、痛みを感じるようになるんだよ。えぐいっしょ? しかも私がこの夢で許可しない限りあんたは死ぬことも出来ない! あぁ、あんたは何時間?何日?何年?耐えれるかすごく楽しみ」

 

アハハハハハハハハハハ!

 

 笑いながら獲物を見つめるその瞳は、虫を弄ぶ猫のように残酷な愉悦に満ちていた。

 

 カリザードは呻き声を上げながら、壁にずるずると崩れ落ちた。

 今ので理解した。自分には、この存在を打倒する力などない。

 

 ――心が折れる音が、洞窟の静寂に溶けた。

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