――晴れ渡る午後の空の下、エステアは“未亡人エスティ”として、町の婦人たちの集い、通称「ママ友会」に誘われ初参加していた。
小洒落た屋敷の庭園で、ティーカップを手にしながら笑顔を浮かべるエステアの内心は、氷点下であった。
(なにこれ地獄……! なんでこんな笑顔張りつけて同じ子どもの話をループ聞かなきゃいけないの!?)
だが、それでも彼女は決して顔に出さない。百戦錬磨の魔王である。魔界にて政敵を退け、裏切りを討ち、会議では笑顔で敵対者を貶めてきた。
――人間社会のママ達ごときに遅れは取らない。
「うふふ、ノクスくんはおいくつになられたの?」
紅茶の香りとともに、柔らかな口調で話しかけてきたのは、サラサ夫人。この町の豪商の妻であり、ママ友会の実質的なリーダーらしい。
「今年で四歳ですの。最近は言葉も増えてまいりまして……ふふ、時々口答えなんかしてくるんですのよ」
完璧な笑顔。完璧な返答。
だが、横のテーブルから別の婦人が声をあげた。
「まぁまぁ! でも子どもって時々ほんと腹立つこと言いますよね! うちはこの前なんか、“お前はかーちゃんじゃなくて鬼だ”って言ってきたんですよ!」
「あるある〜!」
「ほんとほんと〜!」
その盛り上がりの波に乗って、エステアもつい普段の“育児あるある”を口にしてしまった。
「わかりますわぁ……この前なんて、ノクスの寝相が悪すぎて無意識に私の結界を破ったので、つい襲撃かと思い殺気を放ってしまって……」
――しん。
一瞬、風の音だけが響く庭園。
女性陣は一様に黙りこみ、数秒後、先ほどの夫人のひとりが震える声で言った。
「け、けっかい……?」
「さ、殺気……?」
まずい、とエステアは内心で冷や汗をかく。しかし、その次の瞬間――
「わ、わかりますわ〜! うちも、寝ぼけて魔力暴走しちゃって、壁ごと家吹き飛んだことありますもの〜!」
――勘違いが爆発した。
何をどう解釈したのか、婦人たちは「この人、すごい魔術師か何かなんだ!」と勝手に思い込み、エステアの注目の的に。
「流石エスティさん……ちょっと、私たちと格が違うわ……!」
「ご主人が亡くなってから、すごい修羅場を生きてこられたのね……!」
「えっ、あ、あらやだ、ふふ……わたくしなんてただの、平凡な未亡人ですわよ? ほほほ……」
(なんでこんな事に!?)
心の中で絶叫しながら、エステアは全力で微笑んでいた。
一方その頃、ノクスとセスは家で留守番をしていた。
「セース! みてこれー!」
「……はい、どれでございますか?」
セスは珍しく本を閉じ、膝を折ってノクスに目線を合わせる。
「さっき、にわで拾ったキレイな石ー、セスにあげるー」
「ほう、それはありがとうございます。ではお返しに、この執事自らおやつを……」
セスはそう言いながらスッと流れるようにキッチンに立ち、紅茶と菓子を用意し始め、ノクスと一緒に紅茶を一口飲んですぐに気が付いた。
「……あっ」
――砂糖と塩を間違えた。
普段ではありえない凡ミスに、セスは一瞬だけ目を見開き、すぐに仮面のような無表情で取り繕う。
「あじへんだよ?」
「……これは、新しい味でございます」
「……王都で流行っている“塩紅茶”というものです」
「ふ〜ん、へんなの〜。でもセスすごいね! なんでもしってるんだね!」
――なんだこの胸に来る罪悪感。
普段は主に完璧を求められ、感情の表出を抑え続けてきた男が、ノクスからの初めてのプレゼントに舞い上がり通常ならしない失敗をし、動揺し、そして誤魔化す。
ノクスが無邪気に笑う。その笑顔に、セスはまたも軽く咳払いしてごまかした。
「……次は、甘い方を淹れましょう」
夜。ジョーヌは自分にあてがわれた屋根裏にて、懐から取り出した報告書に嘘の情報を纏めていた。
(ふぁ〜……めんどくさ……)
契約主である密偵からは報告を求められている。だが、正直に話せば――
魔王と側近の正体がバレて皆殺し展開まったなしである。
「えー……報告、報告。……えっと、未亡人は昼間から飲んだくれてるし、執事は子供と紅茶飲んで石を眺めているし、子供は元気に遊んでるし……これはもう、普通の家族確定っしょっと…まぁこれでいいか」
指を鳴らすと、魔法陣がふわりと発光し、報告書が送られていく。
「ま、あーし的には面白いからこのままでもいーんだけどねー……」
ごろりと寝転がる。傍には、ノクスの見た目に酷似したぬいぐるみ。
「ま、アイツらの正体がバレるのは、流石にマズいっしょ最悪この街吹っ飛ぶし。……ノクスに嫌われたら、あーし泣くし」
誰もいない天井を見つめながら、ぬいぐるみを抱いたジョーヌは口の端を少しだけ上げて、ゆっくりと目を閉じながら思う。
ーーあーしの事庇ったのはノクスなんだから簡単に捨てたりすんなよ?
小悪魔とはいえ悪魔なんだ、受けた恩は返すし欲しいものは手に入れてみせる。
そんな事を思いながら睡魔には勝てず寝入ってしまうのだった。