長身恵体の不良お姉さんと未亡人が幸せになる話   作:万年赤字一般傭兵

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出会い

 

 

 

 享年35歳、3歳。いつの間にか、夫と子供の葬式は終わっていた

 

 結婚5年目、何とか子供が出来て、とても幸せだった。不器用だけれど確かな優しさを持って接してくれる彼と、毎日を新鮮な笑顔と多彩な感情で最高の日々にしてくれたあの子。家族との思い出は、楽しい記憶はいくらでもある筈なのに…

 

 

 大質量の鉄塊が爆ぜる音。

 肉が潰され、焼かれ、骨が砕かれる生々しい音。

 甲高いサイレンの音。

 病室に響く規律的な電子音。

 読み上げられるお経と、啜り泣く声が混ざった音

 

 

 目を瞑れど楽しき日々は浮かばず、頭の中で繰り返されるのは聞きたくもない音達だけ。

 幼さが前面に出た元気な声も優しい低めな声も無くなり、静かになった家の中。ここでは大きな音も小さな音も、全ての音は幸せな音に変わる事など決して無く、焦げ付く様にあの事故を思い出させてくる

 

 だから、最近は夜であろうと外に出て散歩をしている。決して事故から立ち直れた訳ではない。家に詰まった沢山の思い出は全て嫌な記憶に変わってしまい、閉じこもる事も出来ないからだ

 

 

 

 

 

 

 今日も暗い夜に一人で家にいる事ができず、そっと鍵を開けて外に出た。化粧もせずに家を出て、何と無しに空を見上げようとも、都会の強い光によって星の殆どは見る事ができず感傷に浸る事など出来ないが…或いはそれで良かったのかもしれない。

 きっと満点の星空であったら、幸せなはずの記憶が辛いものとして襲いかかって来るだろうから

 

 暫く歩いていると駅まで辿り着き、気づけば繁華街の中にいた。大量の靴がコンクリートを踏み鳴らす音、酔いが回った男性の大きな話し声に女性の甲高い笑い声、時折聞こえる何かが割れる音……家族達との思い出に合致する事は無く、車の音も聞こえない此処は何かに頼らずとも現実から逃げられる最適な場所であった

 

 

 

 だが、そんな所を女性一人で無気力に、無防備に歩いて良い訳もなかった

 

 

「……!?」

 

 突然何者かに口を塞がれて引っ張られ、そのまま路地裏の奥まで連れて行かれた。喧騒の中で女一人消えようとも目立つ事はない様で誰かが気づくこともなく、加えてここには殆ど人がいない様だ。

 急に変わった視界が止まってから捉えたのは、壁に押し付けて私を抑える男を含めて四人程の若い男達、口は塞がれており声を出す事はできない。

 こんな所に女性を連れて来て、する事など一つしか無いだろうが…しかしどうする気にもなれなかった

 

 いっそ、このまま何処までも堕ちてしまおうか

 

 歯止めが効かない自暴自棄が私にそう思わせた。

 どうにでもなれ、と目を閉じると

 

 鈍い音が何度も聞こえ、いつのまにか私を取り押さえていた腕は無くなっていた

 

「…えぇと…大丈夫か?」

 

「は、はい…」

 

 突然現れたのは、金に染めたであろう髪をショートカットにしている、気怠そうな擦れた目をしたハスキーボイスの女性。服は所謂パンク系というものだろうか、格好からもその顔立ちからも若さが出ている。首の角度を急にしなければ顔が見えない程の背丈と、筋肉が良くついているがっしりした体格、加えて血に塗れた拳からは、本人にその気がなくとも少しの威圧を感じてしまった

 

 

「ありがとう、ございます…」

 

「あ〜別に良いって、礼なんか。ムカついたからぶん殴っただけだし」

 

 

 男達に連れ込まれたと思えば、今度はその男達が女性に殴り倒されていた。急変する状況に思わず眩暈がしそうだったが、少なくとも目の前の彼女は恩人だとわかる

 

(どう、お礼をすれば良いかしら…)

 

 

「………あっ、ちょっと待っ……」

 

「…駅まで送ってやるから、さっさと帰んな」

 

 あれこれと謝礼の方法を考えていると、またもや腕を引かれた。しかし乱暴では無く、ゴツゴツとした手からは想像できない程に優しいものであった。何かを言おうとも、彼女は一切答える事なくズンズンと路地裏を抜け繁華街を進んでいき、やがて駅前で止まった

 

 

「じゃあな。あんな所には二度と来るなよ」

 

「それと、礼はいらねぇ。んな事考えなくて良いから、本当に」

 

 

 私からの返答を待つ事もなく、そう言い捨てる様にして彼女は背を向けて、繁華街の方向へと戻っていった。これ以上関わるべきでない事は分かっているが…どこか懐かしい不器用な優しさを彼女から感じ、目が離せない

 

 遠ざかって行く彼女の大きな背だけが頭の中を占めており、今ばかりは嫌な記憶が何処にも無かった

 

 

 

 

 

「お疲れ様でした」

 

 タイムカードを切って、会社のビルを出る。…あの日から、何とか仕事に復帰できる程には絶望し切った心が晴れてきた。正直、家に閉じ籠る事も出来ないまま、この生を惰性ですらない何かで続けるものだと思っていたのだが。

仕事をしていれば、忘れる事はできないものの、嫌な記憶を頭の片隅に追いやる事ができる。きっと、良い傾向である筈なのに……同時に別の悩みが出て来た

 

 今なお頭の中に残る、彼女の大きな背中だ

 

 

(私、どうしちゃったのかしら…)

 

 家にいても会社にいても嫌な記憶が浮かぶ事は減ったものの、それの代わりと言わんばかりに彼女の事が浮かぶのだ。一週間分の仕事をやり切り、明日は休みであるのだが、今まで経験した事がない初めての出来事に考え込んでしまう

 

 そんな事を考えながら、駅に着いたところで

 

「貴女は…」

 

「あ…?ああ〜!以前のお姉さんじゃん!!アハハ!もしかしてこの辺に住んでんの!?え〜…なんかごめんねー、駅からだと遠かった?」

 

 不器用な優しさを持っていた彼女を見かけた。

 …ベンチで大量の酒を飲んでいて、あの時の様な落ち着いた様子ではないが

 

 

 

 

「…で、こうやって飲んでるってわけ!まあ金なんて無かったから、喧嘩売って来たカスどもに買って来させたヤツだけどね!!ハーハッハッハッ!!!」

 

「そ、そうなのね」

 

 流石に無視する事もできず、色々と話を聞いたところ…どうやら家賃が払えなくて住んでいた所を追い出されたらしい。それで、どうする事もできずに取り敢えず酒に浸っているのだとか

 

「…貴女、何処か泊まるアテはあるの?」

 

「ん〜…まぁ無い事は〜ないかなぁ。……やっぱねぇわ、そういえばアイツ夜逃げしてたな……クッソ、しばらくは野宿か…」

 

「……ねぇ、それなら…」

 

 頼れる人も無く、どうやら本当にどうする事も出来ない様だ。ヤケになった様に酒をさらに煽る彼女が、どうしても放っておけなくて

 

 

「…私の家に泊まらない?」

 

 躊躇いもなく、彼女を家に誘っていた

 

「マジ!?いいの!?」

 

「ええ、勿論よ…以前助けて貰ったでしょう?そのお礼と思ってちょうだいな」

 

「いやぁ〜優しいねぇ、お姉さん!!それじゃあ早速しゅっぱ〜つ!!」

 

 千鳥足の彼女をそのまま歩かせる事はできない。肩を貸して一緒に歩き、切符を買ってから電車に乗り込んで帰路へと着いた

 

 ……肩を貸してわかったことだが…彼女からは、酒の匂いが混ざった何とも形容し難い臭いがする。恐らく、ここ最近は風呂に入っていないのだろう

 

(帰ったら先にシャワー浴びてもらいましょうか…)

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ…えっと、シャワー借りますね。…ありがとう、ございます」

 

「そんなに遠慮しなくても大丈夫よ。以前のお礼でもあるって言ったでしょう?」

 

 家に着くと、多少は酔いが覚めたのだろうか。先程まで高揚していた彼女だったが、今では大きな体を縮こめる様にして落ち着いていた。

 取り敢えずはシャワーを浴びてもらい、その間に色々と用意を始める

 

 

「まずは、着替え……着替え!」

「どうしましょう……」

 

 シャワーから出た後に必要な服を用意しようとしたが…そういえば彼女は、私どころか普通の男の人よりも遥かに大きい体格であり、我が家に彼女に合うような服など恐らくは無い。加えて此処に来るまで、彼女が着替えらしき物を持ってはいなかった

 

 

「……今から買いに行けないかしら…」

(今日は定時で上がれたから…今の時刻は大体19:00。この時間帯に空いていて、尚且つ彼女のサイズを扱っているところは……)

 

 己の無計画を呪いながらも、スマホで近くの服飾店を探していると

 

 

「あの〜…シャワー、ありがとうございました」

 

 短い髪を僅かに濡らしている彼女が、いつの間にか近くにいた…どうやら着ていた服をそのまま着直しているようだ

 

「あら、上がったのね。…その、ごめんなさいね。貴女を泊めると言ったのだけれど…貴女に合う服がなくて」

 

「…いや、大丈夫っす。元はと言えば家賃滞納した挙句、大家と喧嘩して勢いのままに出て来た自分が悪いんで…あの、明日になったら出て行きますから気にしなくても」

 

「でも、行くアテは無いのでしょう?そういう訳にはいかないわ。…そうだ、明日で良ければ服を買いに行くのはどうかしら?勿論お金は私が出すわよ」

 

「え"っ、流石にそこまでは…」

 

「いいのいいの、気にしないで」

 

 何度かの問答の後、最終的に遠慮がちな彼女を押し切って、明日に服だけでなく、彼女の生活に必要な品の買い物をする約束を取り付けた。

 

 普通に考えれば、わざわざ買い物に行かずとも、彼女の元いた家から私物を返して貰えば済む話である。それなのに、彼女が家を出ると行ってからは何故か冷静になれなかった

 

……余り認めたくはないが、引き留めようとした、のかもしれない

 

 

 

 それからは、残っていたもので料理をして二人で晩御飯をとり始め、酒で眠気が凄まじい彼女には、先に来客用の布団で寝て貰った

 

 

 

「………………」

 

 足が収まりきらない布団で横になっている彼女は、とても穏やかに寝ており、以前に見た様な喧嘩に明け暮れる人と言う雰囲気が無く、少し幼い顔立ちから子供の様にも思えた

 

 

「ん…ぅ〜……」

「……ふふっ」

 

 そんな様子に、思わず彼女の頭を撫でてしまい、くすぐったさそうに身を捩る所を見ると不思議と笑みが止まらない。

 暫くは頭を撫でたり、荒れている髪を手櫛でとかしたり、振り払われた毛布をかけ直したりしていた

 

 

(いや、一体何をしているの…?)

 

 やがて正気に戻り、重くなった部屋のドアをゆっくり閉めて自分の身の回りの事を終えてから、私も同じ様に寝始める

 

 

 思い出される記憶によって、最近であっても熟睡は出来ないはずなのに…

 

 

今日は彼女を迎えた疲れのせいなのだろうか、グッスリ眠る事が出来た





ここまで読んで頂き、ありがとうございました

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