長身恵体の不良お姉さんと未亡人が幸せになる話 作:万年赤字一般傭兵
翌朝、窓から入る微かな光で目が覚めた。
疲れが取り切れない体を無理やり起こして寝ぼけ眼を擦りながらスマホを見ると、時刻は5:30
(あら、何でこんな早くに……)
ここ最近は仕事に復帰しているものの、仕事だけならここまで早く起きる必要は無い、ましてや今日は休日だ。にも関わらず、早くに目が覚めてしまい二度寝する気にもなれなかった。
数ヶ月前までは当たり前の習慣であったが、今は違う。こんなに早く起きるのは…随分と久しぶりに感じる
何処か懐かしい目覚めを不思議に思いながらも、軽く顔を洗い化粧をしてしっかりとした服に着替えてからキッチンに行って朝ご飯の支度を始める
(えーと、彼女の舌に合うものは…)
服を汚さない様にエプロンを付け、昨日の夜から少し多めに予約炊きしてあるご飯の炊き上がった音を耳にしながら、冷蔵庫を開き卵とベーコン、それとハッシュドポテトを取り出す。
彼女が昨日の夕ご飯ではソースを多めに使っていた事を思い出し、趣向が濃いめの味付けだと推測して焼き終わった後に多めの塩胡椒をかけた
続けて昨日の残りも温め…そんな感じで朝ご飯を作りながらも、余った時間で他の家事も終えて行く
三十路を越え始める体に残っていた筈の疲れは、こなされて行く家事の中で消えていった
チュンチュン、チュンチュン
「…ぁ"〜……」
酷く割れそうな頭の痛みと鳥の囀り、そして意図せずに口から漏れ出た自分の呻き声によって、いつものボロいアパートの中で目を覚ます…その筈であったが
「あ"〜……??」
何とか開いた瞳が映したのは見慣れた朝の光景などでは無かった。僅かにカビ臭さを放っていた何年間敷いているも分からない煎餅布団は、デカい体を柔らかく受け止めてくれるフカフカのモノに変わっており、本来掛かっていない筈の毛布が僅かに起こした上半身からスルリと落ちていく
「ここ、どこだ…?クッソ、頭痛ぇ…」
二日酔いによって、ただでさえ馬鹿なのに余計に悪化した頭であっても流石にここが自分の家でないことはわかった
(……確か、家賃に加えて下らねぇ事で大家と喧嘩して…埒が明かなくてぶん殴って…どうしようもなったから酒飲みまくって……)
「ああクソッ…良く分かんねぇ。昨日。何があったんだ…?」
酔っ払った隙に変態によって連れ込まれたのかとも考えるが、これといった記憶がない上にそれにしては部屋が綺麗すぎる。
経験上、そういった手合いの部屋は大体自分の部屋よりも酷い有様であることは知っていた
(うーん……ああそうだ、女に家に誘われて?あれ、何でだっけな?)
「……ん?」
考えれば考える程分からなくなり、割れそうな頭の痛みは深くなって行く。
そうして悩んでいる時、
腹が鳴る音が慣れない部屋の中で響き…
食欲をそそる、とても美味しそうな匂いがしてきた
「…まぁ、ここの家主の顔を見ればある程度は思い出すか。それに、わざわざここまでするってこたぁ、俺の分のメシもあるだろ」
結局、あれこれ考えるよりも美味しそうな食事が最優先だ。
部屋を出て匂いの元へと近づいて行く、二日酔いで人様にはとても見せられない様な顔をして食べ物に釣られる今の自分の姿が、今はマトモになったかつての舎弟が好きだった映画のゾンビに負け無いほどの姿であることなどわかっていたが…食欲は何にも優先されるのだ
匂いの元に至るまでに見えた明らかに多い扉の数に一人暮らしでは無さそうだなどと思いながらも、写真立ては伏せられており誰が誰と住んでいるかはよくわからない
(んな事、別にどうでもいいか…)
肥大化して行く食欲が頭から疑問すら追い出した後、リビングと思わしき部屋の扉を開けて中を見やると
「おはよう、昨日はよく眠れたかしら…?」
(…この女は……!)
「…アンタ、あの時の…」
「あ〜…昨日は酔ってて本当に世話になるつもりは…いや違う、別に嫌なんじゃなくて、何というか……」
「まぁまぁ混んだ話はまた後にして、まずは朝ご飯にしましょうか!」
そこには、かつて路地裏で出会った女がいた
…過去の亡霊と見間違える様な姿では無く、人としての生気が少しは取り戻せている様であるが
(…本当に、あの女なのか。通りで思い出せなかった訳だ)
少しの驚きと疑問、しかしそれよりも先ずは食欲に従って言われた通りに席についた
かつては左を見ても右を見ても話せる家族がいて騒がしく、最近は片付けられない椅子が埋まらずに嫌な静けさがあった食卓。しかし昨日の夜からは違っていた
「…ああ"〜…染みる…」
「コレ、昨日食ったヤツだな…」
「おいしい?」
「ん、ああ美味いよ。ひっさびさにこんなもの食ったわ」
一席だけといえども別の誰かが席を埋める食卓は、私の心の隙間までも満たしていく。
それだけでは無い。最初は少し遠慮するが、一度食べ始めると彼女は私が出した料理をとても美味しそうに食べてくれるのだ…味噌汁を啜りつつ薬指を挟んだ箸で料理を取りソースで口の周りを汚しながら食べる姿を見ると、何か温かい欲求の様なものが心の奥底から湧いてくる
「ご飯ならおかわりがあるからね、いっぱい食べなさい」
「お、
「はい。よそってくるから、おかず食べててね」
「ごちそうさまでした。美味かったわ、あんがと」
「というか、アンタ…それで足りんのか?」
「ええ、大丈夫よ」
本当に、本当に美味しそうに食べている彼女を見つめている内に食事は終わっていた。彼女の心配通り余り食べてはいなかったが、何故か空腹感は無かった
朝御飯の後お皿も洗い終わって一段落付き…現時刻は9:30
「…えと、ここまで飯食っといてアレなんだが…そろそろ」
「ええ、そうね。準備しましょうか」
「準備…?」
「昨日約束したでしょう?」
「服を買いに行く準備よ」
早速、昨日の約束を果たす事にした
「じゃあ、早速出発しましょうか!」
「お、おう…」
「そんなに気にしないでちょうだいな。それにほら、他の買い物の荷物を持ってくれるのでしょう?それでいいじゃないの」
朝メシの後、少しの話と支度をしてから例の女と共に外に出た。…正直言って、昨日の自分をブン殴りたい。しかし、いつもと違って殴った所で解決する問題でも無かった
(あぁ〜クソが…何でこんな事に…)
酔っていた自分は、どうやら彼女と共に買い物をする約束をしていた様だ。他の生活必需品ですら彼女の家にある物を借りていたのに、私の服を、彼女が金を出す形で
(そりゃあ、タカる事は何度もして来たけどなぁ…この人は、何かなぁ…)
(布団は心地良かったし、そもそも酔っ払いを介抱してくれたし、昨日の残りでも飯は美味かったし…何よりもすんげえ優しいし……)
駅に向かう歩みの最中、右斜め下に見える小さな頭を見て何かの罪悪感?らしきものに襲われて来た。今までヒモみたいな事を何回かした事があるが、それでも彼女の下心が見えない…まるでお話に出てくる"家族の様な好意"を前にすると申し訳なさしか無いのだ
強くなり始めて来た日の光がまるで自分を責めている様に感じていると、段々と規則的に地面を揺らす音が聞こえて来た
切符すら買って貰う事に最早罪悪感すら振り切れて若干のヤケになりつつも駅のホームで電車を待つ間、話が始まった
「服は、確かサ○ゼンで買うのよね?」
「ん…まぁそうだな。中々サイズが合うもんがねぇんだわ」
「行った事が無いからよく分からなくてねぇ、付き合って貰ってありがとうね」
「ああそうだ、そういえばお互いに名前を知っていなかったわね。私は"
"橘 貴子"
何故かピッタリな名前だと感じた。
初めて見た時の様な死人の如き雰囲気は無く、謎の活気が見える橘さんは優しさの中に何処か気風がある…ような気がする
「名前?ああ、俺は……"
余り引きずりたく無いから本来は互いに名前を知り合う事は好きでは無いが…橘さんとなら知り合いたいと思えて、気づけば名前を言っていた
「そんな"さん"なんて付けなくても良いわよ〜、私は白子ちゃんって呼ぶからもっとラフでいきましょうよ」
「え、えぇと、貴子………ちゃん…」
「…うん、流石にこんなオバさんにはキツいわよね…ごめんなさい」
流石に"ちゃん"を付けられる事も付ける事も小っ恥ずかしかったが、別にキツイだとか思ったわけでも無い。寧ろ貴子…ちゃんは普通に若々しく見え、私よりはずっと"ちゃん"が似合う様に思われた
〈間も無く一番線に各駅停車……〉
「オバさん?いや、アンタは……」
その事を伝えようとしたが、間の悪い事に電車が来てしまい轟音に遮られてしまう。結局、何とも言えない雰囲気のまま無言で電車に乗り込み、目的の駅までは少し気まずかった
「どの服も大きいわねぇ…」
「まぁそう言う店だからな。んーと…」
「ええ、ゆっくり選んで良いからね」
サ○ゼンに着き、早速白子ちゃんに服を選んでもらう事に。彼女から聞いて事前にネットで調べてみてはいたが、実際に入ってみると自分の背の小ささも相まって巨人の店にいるのでは無いかとすら感じてしまう
(私に合うサイズは無さそうね…)
「コレと、コイツと……ああ、後コレだな」
すぐ近くで手早く服を買っている彼女を横目に店内をじっくりと見渡してみる、その中でとある違和感に気づいた
「あら?ここ、白子ちゃんの好みの服が無いみたいだけど…いいのかしら?」
今、白子ちゃんが着ているようなパンク系の服が無いのだ。しかし、彼女は特に気にする事も無くテキパキと服をカゴに入れていく
「ん?ああ、この服?コレは貰いもんで…昔の友人が勧めて来たヤツだから着ているだけだ。別に好みとか無いしな」
「あ、あと…流石に白子"ちゃん"は止めねぇか?」
「俺、そんな"ちゃん"を付ける様な見た目じゃねぇだろ……アンタと違って可愛くもねぇし…」
服の好みについては問題なかったが、それよりも聞き捨てならない事が耳に入った。白子ちゃんが"可愛く無い"……?
「白子ちゃん…そんな事言わないの、貴女はとっても可愛いのよ」
「いや、可愛くねぇだろ?こんなガタイの女…まあ"カッコいい"なら言われた事あるけどよ」
白子ちゃんは確かにカッコいい…
「何言ってるのよ、勿論白子ちゃんはカッコいいわ。でもね、それと同じくらい可愛いのよ?」
だがそれ以前に可愛い女の子でもあるのだ。背は大きいが顔は少し幼さを残している可愛い系であり、嫌がってさせてはくれなかったが化粧をすれば更に可愛くなる事間違い無しだ。
加えて大きい体で不器用ながらも、しっかりと優しさを持って接してくれる側面はカッコよさだけで無く、"可愛さ"を含んでいると言って良いだろう
それだけでは無く……
「…………で、白子ちゃんも年頃の女の子なんだから、可愛いって思わないとダメよ?」
「ああ分かった、分かったよ!認めるよ…別に、優しい訳でも無いんだがな……」
思ったままの事を伝え、遂には彼女に可愛さを認めさせた。私みたいなオバさんと違って、まだ若いのだ…今こそが可愛さを求めてオシャレする時であるのに"可愛く無い"と思い込んでしまうのはとんでもない
その後はオシャレの為に別の服飾店に行こうとしたが…"そういうものを買うのなら、せめて仕事見つけて金を稼いでから"という彼女の強い反対で押し切れなかった。
次の機会の為に調べておく事を決意した後、業務スーパーへと向かう。残るは晩御飯の買い物だ
「白子ちゃんは何が食べたいかしら?」
「うーん、何でも……は駄目だよな」
橘さんと共に今度はスーパーで買い物だ。だが、スーパーへと向かう途中で食べたいものを聞かれた
「何でも、は困るわねぇ…」
2回しか食べていないが、彼女の料理なら絶対に美味しいと確信できる。本当に何でも良いのだが…
「……なら、オムライス、かなぁ」
あれこれ悩んでいたら、この料理が頭に浮かんだ。特別な理由があった訳でも無い、ただ橘さんに作ってもらったオムライスを食べたいと急に思えたのだ
「……!オムライスね、分かったわ。なら早速、お買い物しましょうか」
その後は卵、人参、玉ねぎ…などなど今日の晩メシに使うであろう食材、他にも食パンや米の様な明日以降使うであろうものを買い、当初の予定通り服の袋も含めて私が持ちながら赤い夕日が差す帰路へと着いた
「助かるわ〜、本当にありがとうね。業務スーパーは安いのだけれどオバさん非力で、特にお米なんか全然持てなくて…」
「こんぐらいなら何でもねぇよ。それに、アンタには世話になってるからな…借りは返しておきたいんだ」
行きとは違って会話が多い帰り道。少しは橘さんの役に立てたからだろうか、罪悪感も無く会話が弾んでいく
「ああそうだ。アンタのこと…"貴子ちゃん"って呼んでいいか?」
だからだろうか、不思議と言いたい事も口からスラスラと出て来た
「えっ……ど、どうして?だってこんなオバさん…」
「いやな、"貴子ちゃん"はオバさんって見た目じゃないだろ?全然若々しいぜ。それに…可愛いしな」
「え、ええ…白子ちゃん、オバさんを揶揄ったらダメよ〜?」
「揶揄ってなんていないさ。貴子ちゃんは…」
詳しい年齢は知らないが、大人としての風格や余裕から私より年上である事はわかる。しかし、決して老けてはおらず程よく若さを残した容姿と化粧を上手く組み合わせた姿は"可愛い"だけで無く魅力的とさえ言えるのだろう
「……ええ、ええ分かった、分かったわ…だからこれ以上私の顔を熱くさせないでちょうだい……」
「えっと、貴子ちゃん…」「白子ちゃん…」
そんな事を伝え、最終的に互いに"ちゃん"付けで呼び合う事となった。恥ずかしくて嫌であった筈なのに…何故か恥ずかしがりながらも、それを喜んでいる自分がいる
お互いに顔を見れない程に恥ずかしかったのだろうが、それでも話を続けられたのは…
きっと、真っ赤な夕日のせいだろう
「では、いただきましょうか」「おぉ…いただきます」
目の前でオムライスにがっつく白子ちゃん。相変わらず、とっても美味しそうに食べていて幾ら見ていても飽きが来ない
(オムライスかぁ………)
思えば、オムライスは久しぶりに作った気がする。主人の好物で何度も作ってはいたのだが、あの子を産んでからは乳幼児に合うものがメインになっていたから火をしっかり通さないと危ないオムライスはここ数年作っていなかった
あの事故が無かったら、そのうちに家族3人でオムライスを食べていて……
あの子はきっと、ケチャップで汚した口を大きく開いて笑顔で"おいしい"と言って、それを聞いて私も主人も釣られて笑ってしまって…そんな幸せが、
「貴子ちゃん、大丈夫か?」
「……え?」
「アンタ、涙が…」
気づけばスプーンを持つ手は止まっており…温かく、しかし冷たいものが頬を流れていた
「…何でも、無いわ。気にしないで……」
「……おう、分かった」
暖かく感じていた食卓に潜んでいた、幸せだけれども辛い未来の記憶が私に襲い掛かり、吹っ切れた様で現実そうでは無かった事を思い知らされる
「「…ごちそうさまでした」」
私が冷ましてしまった食卓、その片付けに入る頃
「なあ、貴子ちゃん」
「…どうしたの?」
「俺さ、皿洗い手伝うよ…昨日は出来なかったし、そもそも俺にはコレくらいしか出来ないからさ」
突如として白子ちゃんが手伝いを始めた。断ろうとしたが、既にスポンジを持っており今更断るのも悪く思えて出来なかった
「……貴子ちゃん。俺さ、アンタに何があったかとか良く分かんねぇんだけどさ…辛かったら泣いてもいいと思うんだ」
「そんで俺はあくまでも居候だからさ、アンタが何したって気にしないから…あ〜その…何だ、俺の前でも泣いてもいいっていうかなんて言うか……そう、泣くのを我慢しないでほしい」
「貴子ちゃんに散々世話になっといて何言ってんだって感じだが…うん、アンタが俺のせいで辛くなるのは嫌だからさ……」
「白子ちゃん……」
そんな白子ちゃんから飛び出して来たのは、何とも口下手で不器用な優しい言葉。何処か懐かしさがあっても決して一致する事がない言葉。それを聞いた途端、何故か沈んでいた心が浮き上がる様な感覚がした
「うん、ありがとうね……」
「別に、礼なんかいらない。俺が、嫌なだけだからな…」
「「おやすみ」」
その一言が放たれてから、そう間もない内に家の明かりが全て消えた。布団に入り、目を閉じて今日一日を振り返る
(…やっぱり、すんごい良い人だよなぁ。でも…)
ハッキリ言って最高だったと思う。色々として貰ったが、それ以上に自分のようなクズには勿体無いほど良い人である貴子ちゃんと仲が良くなったことが何よりも嬉しかった
だからこそ、最後の涙には驚いた
あんなに良い人が流すとは思えなかったものだったからだ
私も彼女もお互いの事を良く知らず、ただ仲が良くなっただけ。
つまり、辛い過去を知る事は決して必要ではないのだ。互いの傷に触れなくとも、この関係を築けたのであれば…私達の繋がりは哀れみで繋がる様な脆いものではない
きっと、コレは"始まり"なのだろう。
例えこの家を離れようとも続くであろう繋がりの始まりを喜び、そして願いながら心地よい眠りについた
ここまで読んで頂きありがとうございます