長身恵体の不良お姉さんと未亡人が幸せになる話 作:万年赤字一般傭兵
あの日から、私達のいつまで続くか不明な共同生活が始まった
『それじゃあ行って来るわ…あの、弁当、ありがとうございます』
『行ってらっしゃい、気をつけてね』
『ただいま…ああ"〜疲れた…』
『あらお帰りなさい、お疲れ様…今日は肉じゃがよ』
『……うめぇ……』
『なぁ貴子ちゃん、料理のやり方を教えてくれねぇか?…日雇いで仕事してるって言っても世話になりっぱなしってのはアレだからよ』
『〜!!もちろんよ!。えっとねぇ……』
『……どうだ?』
『うん、凄く美味しいわよ!』
『本当か?………うーん…』
『あら、何か変かしら?』
『……アンタの作る料理には遠く及ばねぇなって』
『初めてにしては良く出来てるわよ〜……まあ料理は慣れだからねぇ。なら今度から一緒に作ってみましょうか、そしたらドンドン美味しくなると思うわよ』
白子ちゃんは直ぐに日雇いの仕事を見つけ、早速月曜日から働き始めていた。繁忙期も無く最近は定時帰りの私よりも遅く帰ってくる彼女の仕事は俗に言う土木作業というものらしく、帰ってくるとクタクタになっていてリビングのソファでもたれ掛かるのだ
そんな彼女が帰ってくるまでに晩御飯を作って、家を出る時には弁当を作って…何を作ってもやはり美味しそうに食べてくれる事を考えたら不思議と仕事後の料理も早起きも苦にはならなかった
それどころか時たま手伝いをしてくれる白子ちゃんの姿を見ると、それだけで嬉しさの様な誇らしさの様な温かい感情が湧いて来て疲れがなくなって行く
そんなこんなであっという間に一週間近くが過ぎた
今日は日曜日、そして……
「じゃあ、行きましょうか!」
「ん、そうだな。ちょっと待っててな…」
2回目の服を買いに行く機会だ。今日は日雇いの仕事も無くお金も少しは貯まったらしいので早速行くことにした
「…でな、そこの先輩がムカつくやつでさぁ…」
「あら…お仕事が大変なのね。大丈夫?」
「ぶん殴りたいくらいには嫌な奴だったんだが……貴子ちゃんの料理が家で待っているって考えたら、何か我慢できてな」
「あらあら、嬉しいこと言ってくれるわねぇ。それならもっと腕によりをかけて作らないとね」
「いや今のままでも十分に美味いよ……ああそういや……」
前の時と同じ様に駅へと、しかし違うホームで電車を待ちながら適当な雑談をして暇を潰す
「今日も買い物に付き合ってくれてありがとうねぇ。色々と持ってくれるから本当に助かるわぁ」
〈間も無く三番線に快速--行きが10両編成で到着します…〉
「前にも言ったろ?借りは作りたくねえって…いや、コレで返し切れるたぁ思ってないがよ」
「ふふふ…そうだったわね。…と、電車が来たわ」
(ここが例の店かぁ……)
貴子ちゃんが態々調べ上げてくれて、休みにやって来たこの店。自分にはサイズ以外の縁がない服ばかりが目立ち何とも言えない気分となる。そして何よりも…
「なぁ…マジで、コレ着るのか?」
「もちろん!絶対に似合うわよ〜!!」
彼女から渡されたのは、柔らかな色に肌触りをした如何にも可愛いと言った様な服…こんなものは一度も着たことがない
「……うぅ〜…」
「まぁ、アレよ!前回は私がお金を出して服を買ったんだから、今度は白子ちゃんの番ってことでどうかしら?」
「……分かったよ…」
(コレどうやって着るんだ…?……ああこうか)
試着室の中で自分とは縁がなさ過ぎて一瞬とは言え着方すら想像できないそれらを、しかし何とか着ることができた。
そして、外に出て
「ほら〜、やっぱり可愛いじゃないの〜。…写真撮っても良いかしら?」
「…………もう、勝手にしてくれ…」
可愛い可愛いと貴子ちゃんに言われまくる。恥ずかしさは天元突破して最早抵抗する気も失せてしまい、されるがままに任せる
「じゃあ、次はこの店に行こうか!白子ちゃん!」
「……おう」
次は、カッコイイ系らしい。多少はマシとは言え最終的には着せ替え人形にされた為、正直何を着ていたかも良く覚えていない。ただ記憶にあるのは少し重く感じた買い物袋だけだ
(そういや私、金払ったか…?)
色んな服も買って貰って、ついでに化粧もいつの間にか教えて貰って…もはや"無償の愛"とも言える様な優しさに溶かされている内に気づけば一ヶ月も経っていた
「白子ちゃん、お仕事お疲れ様〜。大丈夫だった?怪我とかない?」
「ただいま。うん…何もなかったよ」
「良かったぁ…ソファで休んでて、もう直ぐご飯ができるから」
「今日は何なんだ?」
「今日はね…豚の生姜焼きと春巻きよ」
「おぉ……」
(……まぁ、後でいいか)
伝えられた献立と、ここまで伝わる美味しそうな匂い。仕事疲れでただでさえ空かした腹が更に空いて行く感覚がする。今日は大事な話があるのだが、先にメシを食べたい気持ちが優先した
「「いただきます」」
「……ん〜………」
(やっぱりうめぇよ……)
早速、豚の生姜焼きを箸で取ってご飯と一緒に口へと放り込む。よく絡んだタレが豚肉の旨みを引き立てており、生姜の風味や油と相まって白米が良く進む美味しさをしていた。加えて豚肉も柔らかく、幾らでも食べられると思える程だ
次は千切りのキャベツと一緒に食べてみる。少しタレが染みて橙色に染まったキャベツを豚肉で巻いて一気に噛み締めると…やはり、美味しい。先とは違って油っぽさがキャベツの瑞々しさによって打ち消されており、逆にタレの割合が増したからか生姜の風味が強いが寧ろダレる事を防いでくれるアクセントとなった
続けて春巻きに手をつける。こんがりとした皮の向こう側に色んな具材が見えており、箸で持たずとも中身がたっぷりと入っている事が分かる。
期待感を込めて早速かぶりつけば…みっちり詰まった具が口の中へと飛び出して来た。春雨がボリューム感を確保しながら筍とキノコが旨味と食感の良さを与えて来ており、ひき肉と油も加わって脳と腹にダイレクトに食欲を引き起こし始める
時に油を求めて生姜焼きと春巻きを食べ、時にサッパリ感を求めてキャベツも食べ…何回かお代わりを繰り返したのちに、やっと満腹感を感じて来た
「「ごちそうさまでした」」
「貴子ちゃん…めっちゃくちゃ美味かった……」
「ふふ、白子ちゃんにそう言って貰えると、とっても嬉しいわ」
皿を貴子ちゃんと一緒に片付けながら、今日のメシの感想を伝える。そして…
「ちょっと話があるんだが…いいか?」
「ええ、勿論良いわよ。何の話かしら?」
「んと…いつ、ココを出るかって話だ」
今日の本題を始める事にした
「"ココを出る"…?……どう言う意味かしら?」
「そんな難しい話でもねぇよ。ある程度金も貯まったし…以前の大家にもしっかりケジメつけられたからさ、これ以上世話にはなれねえなって」
この一ヶ月間、貴子ちゃんに世話をされたからか…説教臭い事もされた訳じゃないのに何故かマトモな人間になれた気がする。喧嘩して二度と顔を合わせるものかと思っていた大家のジジイにも謝りに行く気になったし、実際に家賃をしっかり払って丸く収めることが出来た
あのジジイ、何だかんだで私の部屋を残していやがったのだ。いけすかない奴だったけど、それでもアイツなりの優しさがあった事も知れた。
暴力以外で問題をここまで円満に解決できたのは、多分コレが初めてだろうし話し合って解決できたのは…間違いなく彼女のおかげだろう
「元の家にも戻れる様になったから…うん、今まで世話して貰った分は後々になるがしっかり返すからさ」
そんな彼女とはずっと一緒にいたいと思う。
けれど、だからこそ、これ以上は世話になれないのだ。
私みたいなクズをマトモにしてくれた…その借りは、恩義は一生をかけても返しきれない。だから、少しでも借りを減らすために今からでも返し始めなければならない
「………アンタのお陰で何故かマトモになれたんだ…だから、その恩を返す為にもずっと世話になる訳にはいかない」
「そう、なのね。ええ…家が元通りになって、白子ちゃんがしっかり生活できるのなら、私は……」
何処か歯切れが悪い彼女。その様子に嬉しく感じてしまう自分がいるが、しかし抑え込んで決意を曲げることはない
「別に、ずっと離れる訳じゃあねぇ…今まで通りにさ、いつでも買い物に呼んでくれよ。それに、アンタさえよければだが…将来、旅行にだって行かないか?アンタと一緒なら、互いに楽しい時間を過ごせると思うし…」
「……ええ、そうね、そうね。白子ちゃんが家から離れても会えない訳じゃないものね!それなら…偶には、連絡してちょうだい」
「ああ、もちろんだ…んと、明後日までには荷造り終わらせるから」
「手伝おうか?」
「いや、俺だけでやる。最後まで世話になる訳にはいかないからな」
その後は、雰囲気を変える様に別の話題で話を始めた。他愛もない雑談で決して特別なものではなかったけれど、そんな会話がいつまでも名残り惜しかった
「今まで、お世話になりました。…本当にありがとう、貴子ちゃん」
「こちらこそ、この一ヶ月間を楽しくしてくれてありがとうね。白子ちゃん、体には気をつけるのよ、3食しっかり食べるのよ……そして、辛くなったらいつでも私を頼って良いんだからね?」
「ああ…うん、貴子ちゃんの方も何か困ったら俺を頼って欲しい。アンタと違って大した事はできねえけど、それでも力だけはあるからさ」
「じゃあ、またな…」
「さようなら…」
玄関で白子ちゃんを見送る。あくまでも彼女が私の家にいるのは住むところが無くなったから…だから、それが解決した以上もうここに引き留める訳にはいかない
名残惜しく最後にせめて何かしらの話をしたかったが、しかしそれをしてしまえば踏ん切りがつかない事を互いに分かっていた。故に最後は淡白な別れの挨拶だけで終わった
「……………」
ゆっくりと影を増やして行く玄関のドアが閉まり切る前に頰に熱いものが流れて来る。彼女が振り向かずに行ってくれた事は悲しい様で、しかし幸いだった
「………また、一人…いいえ、違うわね」
リビングへと戻りソファの慣れない空きを見て、更に泣きそうになる。だが、そこに埋め込まれた幸せな記憶が辛い記憶へと変わる事はなかった
白子ちゃんとは二度と会えない訳ではないのだ。だから幸せな記憶はそのままに、そしてこれからの付き合いの中であらゆる記憶は更に幸せな記憶へと昇華されて行く…本来そうであるはずなのに、しかし忘れてしまっていた事を今になって思い出す
「うん、いつまでもメソメソしてちゃダメね!また白子ちゃんに会った時に心配されちゃうわ」
やがて吹っ切れる様に、とある部屋へと向かう。今ならばきっと向き合えると思ったから、これを機に切り替えないといけないと思ったから
線香を供えて、手を合わせる。そして暫くの沈黙の後、謝る様にしかし決意を告げるつもりで口を開く
「……あなた、日菜子…まずはごめんなさい。お母さん、悲しんでばかりで貴方達にずっと向き合ってこれなかった。
あなた、初デートの場所は今でも覚えているわ。星空がとっても綺麗な公園だったわね…結局、当日に曇ってきて星空は見えなかったけれど、それでもあなたと手を繋いで自然の中を散歩しただけで私はとっても満足したのよ?
そして、あなたがプロポーズをしてくれた時の指輪と満天の星空の煌めき、とっても綺麗だったわ…ええ、もう星空を恐れたりなんかしないわ。
出産前で不安だった時、不器用で言葉が少なかったけど…ずっと手を握って安心させてくれてありがとう、貴方の不器用な優しさが何よりも好きなのよ…勿論、今もね。
日菜子が産まれてきてくれた時の貴方の顔、今でも覚えているわ。出産はとっても辛かったけれど、あなたの見た事もない顔がとにかく面白くて楽になったのよ…ふふふ。
日菜子、無事に産まれてきてくれて本当にありがとう。貴女が初めてパパって言った時、お父さんとっても喜んでいたのよ。歩いた時なんか何枚も写真を撮ったわ。
初めて公園に行った時とっても喜んでいたわね。お父さんに写真を撮ってもらいながら私と一緒にシーソーに乗ったりしたの楽しかったわ。
…あっちこっちに走って行く日菜子が道路に出そうな時にお父さんが慌てて引っ張ったら腕が外れちゃって、お父さんはもっと慌てちゃったのに日菜子は笑っていて…大変だったけれど、日菜子の太陽みたいな笑顔を見たら疲れなんか無くなっちゃって………
………………
………………
うん、どんな記憶も何もかも全部楽しかった…私ね、もう辛くなんてならないわ。あなたと日菜子との幸せな記憶から絶対に逃げない、全部受け止めて、幸せになる為に最後まで覚えているから。
それでね、あなた…私、新しい友達ができたの。白子ちゃんっていうのだけれどね、とっても可愛い女の子なの。
私の作る料理を美味しそうに食べてねぇ、私を気遣ってくれてね…買い物も一緒にしたのだけれど本当に面白くて良い子なの。
あの子は幸せな記憶が更に幸せな記憶になる事を思い出させてくれた。だから、こうやって立ち直れたのもあの子のお陰なのよ。
…だから、だからね。心配しないで、あなた…私はこれからも幸せに生きるから。そして、いつかそっちに行ったら楽しい思い出を沢山話せる様な素敵な再会をしましょう?」
「……ふぅ…」
今まで思う事もできなかった言葉を形にできて、心が軽くなった様な気がする。机の上で伏せていた家族写真を立てれば、それはとても愛おしいものにしか思えず決して辛いものになどならなかった
思えば、ここ最近は随分と不思議な期間だ
失意のままに徘徊して襲われたかと思えば白子ちゃんに助けられ、その後に酔っていた所を介抱して、とっても楽しい共同生活が始まった。
急に始まった生活にも関わらず互いに喧嘩一つ無く仲良く暮らせて、世話をしている様で大切な事を最後に気付かされて…本当に、夢の様である
そんな事を考えながらタンスの奥からアルバムを取り出して、暫くはそれを眺めていた
「ただいま〜」
未だに埋まらない駐車場を残した家に帰り、誰もいないがただいまをいう。かつては賑やかな返答があり、やがて空虚な響きと消えていった為言え無くなっていたが最近はそんな響きも気にならなくなってきた
「……ん〜〜、こんな感じかしらね」
晩御飯を作りながら、最近の白子ちゃんとの関わりを考える。あの子が家を出てから丁度一ヶ月が経っており今のところ直接会ってはいないもののスマホを通じては連絡を取っていた。連絡とは言っても適当な雑談ではあるが、それだけで十分である
(でも…大丈夫なのかしらねぇ)
しかし、最近は忙しいのか中々連絡がつかない。しっかり食べているのか、ちゃんと眠れているのか、家事は怠っていないか…色々と不安になってしまう
「いただきます」
晩御飯を食べながらも、やはり白子ちゃんの事が気になっていると……
メールの受信音
「あら…?」
何かと思って見れば、白子ちゃんからのメールであった。急いで中身を確認する
[今から、貴子ちゃんの家に行って良いですか?]
「〜!!!」
[もちろん、いつでもどうぞ。ご飯は食べた?]
[まだ、です]
それは嬉しい内容であった。すぐさまOKの返事を出し、パックご飯や冷凍食品を駆使して、夕ご飯の追加を始める
そうして、年甲斐もなくワクワクしながら玄関近くで待っていると
インターホンの軽快な音
久しぶりに会える嬉しさの気持ち、あの時と変わらず元気な姿か不安な気持ち、今すぐにでもご飯を食べてもらいたい気持ち……いろんな気持ちがあい混ぜになりながらもドアを開き
「……え?」
そこには、頰や腕などに怪我をしている今にも泣きそうな白子ちゃんがいた