長身恵体の不良お姉さんと未亡人が幸せになる話   作:万年赤字一般傭兵

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おしまい?

 

 

「………久しぶり…」

 

「白子ちゃん、どうしたの!?…とにかく怪我を…」

 

 ボロボロになった白子ちゃん、ともかく一旦家に入らせて怪我の応急処置をすることにした

 

「救急車は…大丈夫?」

「…うん、ここまで普通にこれたから大丈夫」

 

 取り敢えず白子ちゃんにはソファで楽になって貰う。救急箱を出して、擦り傷は傷口を軽く洗って消毒した後に絆創膏を貼り、あざになっている所には氷嚢をタオル越しに当てるなどして処置して行く中…

 

「…ごめん、橘さん。俺、おれ……」

 

 白子ちゃんは、泣いていた。それは初めて見る顔で、今まで感じた事もなかった彼女の弱い側面だった

 

 

 心の奥底で何かが疼く

 

 

「白子ちゃん、気が向いたらでいいから…何があったか教えてね。さて、まずはご飯を食べましょう?」

 

「……うん」

 

 揺れてきた"何か"、それを抑えながらも晩御飯をよそって彼女に配膳する。いつもとは違って黙々と食べる彼女、しかしその様子は何故か愛おしいものに思えた

 

 

「……俺さ、橘さんのお陰でマトモになれたと思ったんだ。何でもかんでも殴るんじゃなくて、しっかり話して、喧嘩するような事もなくて、そうやって真っ当な生き方をしてアンタに恩を返すんだって……」

 

「なのに…、なのにっ…!」

 

「うん…ゆっくり、ゆっくりで良いからね」

 

 

 やがて食べ終わった頃、白子ちゃんはぽつりぽつりと話し始め…私はそれを静かに聴き始めた

 

 

 

 

 


 

 

 最初は何でもない言い争いだった。

 本当にどうでもいい奴だった、正直言って俺と同類の奴だった。

 だから、こうなってしまったのかもしれない

 

 喧嘩になって殴ってしまった拳を見て、変わらない事実を思い知った

 

 

 俺は、クズだ。

 マトモじゃない孤独な生き方しかできないクズだ

 

 

 橘さんの家に来て二進も三進も行かなくて情けなく泣いていると、あの日の母親の顔を思い出す。

 何一つの嬉しさも悲しさも浮かばない、幽霊の様なあの顔を

 

 

 慰めて欲しいのかもしれない、何もかも否定して欲しいのかもしれない、あるいは……

 

 同情を誘う為に自分の思い出したくもない過去を語るなんて、一番嫌いな行為であったはずなのに

 

 気づけば、橘さんに自分の過去を語っていた

 

 

 

 

 

 

 俺の両親は昔は仲が良い夫婦だった。

 二人とも俺が9歳になるまでは円満な家族を築いて、演じていた。自分の友達全員が羨むような自慢の両親だと思っていた、きっとあんな風に自分も幸せになれるんだと思っていた

 

 

 

 だから両親が急に離婚した時は訳が分からなかった。何も分からなくて不安だったのに、不義の子供だと父親に言われて右手を握ってもらえず、母親に左手を引かれて着いた先は知らない家

 

 

 そこにいたのは知らない男。そいつは咳き込んでしまう様な悪臭を放っていて、息をするごとに吐き気を催す様な部屋で共に住むこととなった碌でなしだった

 

 そこで暮らす日常が、そこから通う学校が、何もかもが嫌だった。

 つい最近まで玄関で俺のことを迎えてくれていた母親は滅多に家に居なくて、居ると思えばよく分からない理由で泣くだけ。碌でなしはそんな母親と俺を殴るか、酒を飲むか、寝ているか。

 学校では直ぐに友達がいなくなって、直ぐに皆んなが私から距離を置いてイジメを始めた。理由は思い出したくもない

 

 

 

 そんなんでも体だけはデカくなって…中学生になった時には碌でなしの背すら越えていた。

 そして変わらずソイツから殴られている時に、ふと思ったんだ…思っちまったんだよ

 

 コイツを殴ったら、どうなるんだろうって……

 

 だから、殴った。不思議だったよ……何度も何度も何度も何度も俺たちを殴っていたそいつは、たった一発の拳で大人しくなったんだ

 

 

 その時から俺は、殴るようになった。

 碌でなしが酒を飲んでいる時に殴れば、家の空気はマトモに吸えるものになった。

 碌でなしが働かないで家にいる時に殴れば、働くようになった。

 母親が変な男と一緒にいるところに出くわして、どっちも殴ったら母親は家にいてくれるようになった。

 二人が笑わない時に殴ったら、家には笑顔が満ちるようになった

 

 中学校でも変わらず虐めてくる連中がいた。鬱陶しくて殴ったら、そいつらは途端に大人しくなった。無視する連中も殴れば話をする様になった

 

 

 そしたら、そしたらだよ、元には戻らなかったけどクソみてぇな毎日がマシになったんだ

 

 ただ殴る、それだけで何でもかんでも解決したんだ……

 

 

 

 高校に行くようになってからも何も変わりはしなかった、不良の溜まり場みたいなゴミ溜めだったが…そこでも殴れば問題は解決した。

 殴っている内に舎弟が何人もできて、慣れない場所でも仲間が沢山出来たと思ったんだ…笑えるよな、馬鹿どもを殴れば俺に従うようになったが、それをしていた俺はもっと馬鹿だったのに

 

 

 そんな馬鹿だから、段々と周りから人はいなくなっていた。

 最初は舎弟だとか友達だと思っていた連中からだ

 次にあの碌でなし…

 

 

 そして、最後は母親。

 この時になってさ、初めてわかったんだよ。笑っている様に見えた母親は笑っていなかったって…最後にはどんな顔でもない無表情で、ただ俺の事を"怖い"とだけ言って家を出て行った。

 そんな顔を見たら、引き留める事なんか出来なかった。何でこんな事になったんだって考えるのに必死だった

 

 それで、考えて、考えて、考えて。

 漸く気づいたんだ、俺はあの碌でなしの娘だということを。家族を殴っていたクズの望まれない娘……誰彼構わず殴るような同類のクズ……

 

 

 

 それが分かっても、いや分かったからこそかもしれない、殴る癖はもっと酷くなった。だから高校にすら居られなくなったし、最後までいた舎弟も遂に見限って離れて……とうとう一人になった

 

 そっからは、もう堕ち切ったクズの人生だよ。

 右も左も分かんない中、変なジジイに拾われて最低限衣食住は確保できていたが結局は殴るしか能のないクズに変わりはなかった。毎日毎日喧嘩して、同じ馬鹿たちを殴って、その度に自分が嫌になって酒に逃げて、さらに嫌いになっていく…そんな日々だ

 

 


 

 

「ぅ“っ……ゔぅっ……」

 

「よしよし……大丈夫、大丈夫だからね」

 

 泣き声混じりに聞こえてきた白子ちゃんの身の上話を聞くと、ただでさえ縮こまって小さく見える背中が更に小さくなって行く様に思えた

 

 白子ちゃんの過去は重く辛く、決して安易には踏み入れられない部分だ。それでも静かに泣きながら私に話してくれた彼女だが、その意図を正確に図り辛い過去を忘れさせてあげる事は私には出来ない。

 私がそうであったみたいに、辛い過去は自分自身で向き合ってこそ初めて何かに昇華する事が出来るからだ

 

 

 だから、ただ背中を撫でてそっと寄り添う。そっと寄り添って彼女が過去に向き合えるかどうかを慎重に見極めながら話を聴く

 

 

 


 

 でもさ、そんな時に橘さんに出会った。あの…アンタが襲われていた時の話だよ。……正直言ってアンタを助けたのは正義感だとか道徳心だとか、そんな綺麗なものが理由じゃなかった

 

 あの時の、橘さんの顔が最後に見た母親の顔と同じだったからなんだ。今更取り返しなんてつくわけがないのに、"もしかしたら"と思って…アイツらを殴ったんだ。馬鹿だよな、本当に、馬鹿だよな…

 

 

 

 それでも無駄に生きていたが、遂には家賃を滞納しても見逃してくれていたジジイすら殴っちまった……何だかんだで俺を引き留めてくれていたジジイの制止すらなくなって、酒を飲みに飲んでこのまま落ちるところまで落ちてしまおうなんて思い始めた時、

 

 

 そんな時にアンタに救われたんだ。

 俺みたいなクズの酔っぱらいに優しくしてくれた、美味い飯も作ってくれた、"可愛い"って心の底から褒めてくれた、本当の友達みたいに扱ってくれた

 

 だからかな、アンタと暮らしていたら不思議と酒もいらなかったし殴らなくなったんだ。酒も暴力も遠い世界の中で、それでも順調に誰かと一緒に楽しく生きられたアンタとの生活が楽しかった。

 こんな生活は初めてだったんだ

 

 もう殴らないでも生きていけるって、アンタみたいにマトモな…平和で孤独を感じない生き方が出来ると、かつて望んだ様な幸せを手に入れられる様になったんだと、そう思った

 

 実際に例のジジイとも話をして、初めて暴力以外で問題を解決できた

 

 

 

 だから、自分が変われないクズだって事を忘れていた

 

 真っ当に生きて、アンタに恩を返すだなんて思っておきながら下らねえ事で喧嘩になって、あっさり殴っちまって……俺は、アンタに世話になったのに何一つ変われねぇクズだったんだよ

 

 

 


 

 

「……変われないクズでもアンタにだけは見捨てられたくない、一人になりたくない。そう思って、会いにきたんだ…」

 

「…都合がいいのはわかってる……う"っ…おねがい…ぅ"ぅ…ひとりに、しないで………」

 

 

 

 白子ちゃんは全て話し終わったのだろう、今は懺悔しているかの様にただ泣いている。

 ここまで彼女の話を聴いて、そして今の彼女を見てある事に気がついた

 

 それは、白子ちゃんが子供である事

 

 何が良くて何が悪いかを誰かに教えられる事もなく、不安を抱きながらも誰かと一緒にいる為に出来る事を必死にやろうとする子供、それが白子ちゃん。

 暴力を漠然とした感覚で悪いと分かっていて罪悪感も感じるが、それでもやめられない…というよりは暴力以外で他者と関わる手段を知る事が出来なかった、という純粋さが彼女の根幹だ

 

 

 今まで私は彼女に助けられてきた、彼女を頼りにする立場だった、だからこそ気づけなかった彼女の本質

 

 

 そして白子ちゃんを大人としてではなく、子供として考える事で見えてきたものがある

 

 きっと白子ちゃんは私に母親の影を重ねているのだ。

 叱って欲しい、許して欲しい、慰めて欲しい、教えて欲しい、ずっと一緒にいて欲しい……かつて彼女が微かに知っていた母親からの愛情を、家族と共にあった一体感を私に求めている

 

 ここまできて、漸く自分の中で暴れ始めたモノの正体も分かった

 

 

「………え?…」

「よしよし…うん、今まで良く頑張った、白子ちゃんは頑張ったんだねぇ……」

 

 

 彼女を抱きしめて、頭を撫でる。こんなにも大きな体で私よりも背が高いというのに違和感は無く、コレこそがあるべき形であると思えた

 

 コレは

 

 

「そうだね…確かに殴る事はダメな事だね」

 

「……う、うん……」

 

「でも白子ちゃんは何をしたらいいか分からなかったのに頑張ったんでしょう?なら…私が、貴女の頑張りを褒めてあげる、不安な白子ちゃんに何でも教えてあげる…」

 

 

「そして、どんな事があっても貴女の側にいるわ。…ええ、いつまでも私の家に、私の側にいていいの。白子ちゃんは何の心配もしなくていいの」

 

 

 

「だから、私に甘えていいのよ?」

 

 

 母性だ

 

 

 


 

「え……えっ……」

「さぁ、おいで?」

 

 

 急に掛けられた衝撃的な言葉に、思わず下げていた頭をあげて橘さんに向き直る。彼女は慈愛に満ちた表情で優しい微笑みを自分に向けており、両手を広げて待っていた

 

「……いや、でも……おれは……」

 

「…ちがう、あわれになんて……」

 

 今すぐにでもそこに飛び込みたい、抱きしめられて何も考えずに橘さんに甘えられたい、一人になる不安を無くしたい。

 しかし…恥か、理性か、それともただの意地か。

 どこまでも優しく受け止めようとしている橘さんを前にしようと、何かが俺の動きを邪魔していた

 

 

 自己嫌悪すら混じってきた葛藤の中

 

「仕方がないわねぇ…はい」

 

 

 もう一度、抱き締められた。今度は正面から、より強く。

 鼻孔を撫でる優しい香りと耳を通り抜ける柔らかい声が、自分の中の葛藤を全て無いものとした

 

「ぁ…………」

 

「白子ちゃんは、なんにも難しい事を考えなくていいのよ?ただ今は私の腕の中にいて、そして甘えてちょうだい?」

 

 

 もう、何も邪魔するものはなかった。力が入らなかった両腕を橘さんの背中にそっと回して思うがままに、彼女の言う通りにする

 

 

「……たちばなさん…たちばなさん……おねがいします、ずっと、ずっといっしょにいてください……いい子にするから、だれもなぐらないから、……だから、だから……」

 

「もちろん、勿論よ。私は何があろうと白子ちゃんの側にいるわ」

 

 

 思うがままのことを言って子供の様に抱きつき、右手で頭を優しく撫でられ、左手で赤子をあやす様に背中をゆっくりとポンポンされる。

 それは、自分が無意識の内に求めていたものだと言う事を本能で理解した。気づきすらしなかった自らの渇き、憐れみも何も関係ないただの純粋な愛情

 

 

「よしよし…大丈夫、だいじょうぶよ。何も、なんにも心配しなくていいんだから」

 

「……ぅ……おかあさん

 

 

 これこそが"母性"だ

 

 

 

 

 何度も撫でられ、満足するまで慰めてもらった。

 もう、一時も橘さんから離れたくない

 

 少し怖かったけれど泊まっていいか聞いたらOKを貰えたのであの時の様に、またシャワーを借りる

 

 傷口に染みる水、鏡に映るアザ。しかし、それらの怪我は何一つ気にならなかった

 

(……こわい、こわい、……もし、風呂場を出た時橘さんがいなかったら……見てない内に何処かに逃げたら……)

 

 橘さんと一緒にいない事、それが何よりも怖くて仕方がない。温かいはずのシャワーも冷たくて仕方がない

 

 

 いてもたってもいられず、急いで風呂場を出た

 

 

「あら、早かったわね白子ちゃん……ほら、こっちに来なさい拭いてあげるから」

 

 扉のすぐ側にいたのは、橘さん。その姿を見た瞬間に安心感が身体中の不安を消しながら駆け巡った。加えて濡れた体を預けて大きなバスタオルで拭かれていると更に温かいモノを感じ、不安で冷え切った体が暖まっていく

 

「はい、これでおしまい…後は、歯を磨いて一緒に寝ましょうか」

 

「…うん」

 

 

 

 

 

「……さあ白子ちゃん、おいで」

 

「……あたたかい

 

 膝枕をされながら仕上げの歯磨きもして貰い、後は寝るだけになった。橘さんと一緒に布団へ入ると、彼女の体温を直に感じて尚更暖かくなってくる。

 そのまま頭を右手で胸に抱き締められて、残った左手で背中をポンポンとされると強烈な眠気がやってきた

 

 

「ね〜んね〜んころ〜りよ〜……」

 

「ん……おやすみ、なさい……」

 

 そして、微かに聞こえてきた子守唄と共にそっと目を閉じる

 

 

 親愛なる人に抱き締められ、温かく安心できる暗さの中での眠気

 

 

 それは心の奥底で望み続けた懐かしい感覚であり、故に最も心地よい眠りになった

 

 





ここまで読んでいただき、ありがとうございました

母性ってこれでいいのかな…?
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