「────」
目の前にボーッと生気の無い目をしたメイド服姿の女性がいる。
オレはテーブルに肘を付きながらも、ため息を吐いた。
「……ハァ……正気に戻れ」
「ハッ……! 私は一体何を……」
オレが声をかけた途端、生気のなかった瞳に光が宿る。
辺りをキョロキョロと見渡す女性に、オレは仏頂面で言う。
「体調が芳しくないようだな。今日は休みを取らせてもらえ。クロエにはオレから言っておく」
「は、はい、ありがとうございます」
少し慌てた様子で部屋を出ていく姿を見送ったオレは再度大きなため息を吐いた。
☆☆☆
突然だが"竿役"という言葉を知っているだろうか。
汚い話になってしまって申し訳ないが、有り体に言えば男性器──つまりはチ◯ポを提供する役柄のことだ。
エロゲーだったりエロ漫画だったり。
女性的なエロスを感じさせるためにセットでチ◯ポを登場させる。
それはごく普通にありふれた事柄だが、舞台装置として扱われるタイプの竿役は非常に扱いが雑だ。
世界観に見合わない能力だったり、初対面の貞淑そうな婦女子がチ◯ポを見せただけでNTRが成功してしまったり。
竿役の解説はさておき、オレの指している竿役とは『エロゲーやエロ漫画における特殊能力を持ったNTRをしてくるヤツ』と覚えておけば全てが解決する。
突然だがオレの名はサオエル・ルナティック。
"竿役"の能力を宿して生まれてきたしがない下級貴族だ。
オレには生まれつき前世の記憶が備わっていた。
最期の記憶は──ああそうだ、NTRビデオレターを見た時だったか。
愛する彼女がチャラ男の名前を呼びながら腰を振ってる映像に大層驚いたオレは、突如心臓が激痛を訴えたと同時に意識を失った。
状況予測だが、オレはきっとその時に心臓発作が何かで死んだのだろう。あの時の激痛は思い出したくも無いほどに痛かった。
令和の時代にNTRビデオレターとはなかなかにこなれてるし趣がある。……なんて他人事のように考えられればオレがショック死することは無かったに違いない。
これが赤の他人のNTRの様であれば冷静に観測することができた。残念ながらNTRはされる前もされた後もジャンルとして嫌いなため抜けないが。
……それはさておき、目が覚めるとオレは赤ん坊になっていた。
今もちょっと昔も流行り続けている異世界転生という事象に巻き込まれていることだけは分かった。
何せ言葉が分からない。
そして、魔法のようなものを使っている姿を確認した。
これだけあれば少なくともオレが知っている世界ではないことが分かる。
まあ、異世界転生は良いんだ。
戸惑いはしたし、決して良くはないが、人生に二度目のチャンスが訪れたのだ。
有効活用し、少しでも長生きできるようにと願うのは当然のことだ。
───
サオエル・ルナティック 0歳
【固有能力】
《女体催眠》《女体鑑定》《約束された金髪と浅黒》
《虚根》《決して反抗できない力》
───
──あ、終わった。
目の前にこんなウィンドウ画面が映ったと同時に、オレは己の人生の詰み具合に気がつくことができた。
明らかにコレNTR竿役お得セットだ、と。
悲しいことにエロ漫画にそこそこ造詣が深いオレは、幾度となく"純愛に見せかけたNTR漫画"というトラップに遭遇したことがあり、NTRにおける竿役の能力とシチュエーションについては大体分かってしまう。
《女体催眠》
恐らくコレは女性限定で催眠をかけることができる、というものだろう。残念ですが言いなり催眠系は好きではありません。
《女体鑑定》
字面から想像するに女性限定での鑑定機能だろうか?
便利そうだが"女性限定"という部分に嫌な予感を感じざるを得ない。
《約束された金髪と浅黒》
コレは"竿役"に対する身勝手な偏見なのでは??
と思うオレだが、多分成長過程で勝手に金髪になるし肌が浅黒くなるのだろう。普通に傍迷惑である。
鏡を見る度に自分の顔面を殴りたくなる容姿とはそれ如何に。
《虚根》
巨根ではないのなら今のオレに予測能力は無い。
何となく……チ◯ポの大きさを自動で変えられる能力な気がする。この予想が間違えていたらオレはきっと考えが卑猥なんだと思う。
《決して反抗できない力》
なぜか明らかにお前強いだろ、という部活系女子が一切反抗できずにチャラ男に食われる、というどことなく矛盾を孕む要素を能力化したのがコレじゃないかと思われる。
つまりは単に力が強くなる、ということではないだろうか?
異世界においては唯一有用な能力かもしれない。
──うん、使い道が無い。
転生を果たしてから3ヶ月。
未だ赤ん坊のオレはそんな判断を下した。
まずオレの状況を調べることに成功した。
今いる場所はノトリ王国ルナティック領のミートイレットという街だ。
オレの父親であるルナティック男爵が治めるこの街は、基本的に平和で緑あふれる豊かな土地らしい。
起こる争いも小規模なものがほとんどで、住民たちは皆ルナティック男爵に感謝しているらしい。
しかし、ルナティック領は非常に狭い上に左右を広大な土地を持つ伯爵家と公爵家に囲まれている。
そのためルナティック家に発言権はほとんど無く、治世の体勢も公爵家に委ねている状態だそう。
簡潔に言えば下級貴族ということだ。
貴族でありながら手柄を立てることが許されていない──謂わば傀儡のようなものだな。
更に簡潔に言うと、周りの伯爵家と公爵家にさえ媚を売っておけば安泰に暮らすことができるわけだ。
これはルナティック家の長男であるオレが当主の座を継いだ後も変わらない。
飼い殺しを受け入れるのであれば寿命での死を選ぶことができる。
──なんたる素晴らしきことか。
転生したオレの目標は平穏無事にできるだけ長く生きる。
これに尽きる。
刺激は前世のNTRビデオレターで十分だ。
異世界に転生したからといってチートや無双だったりなんてものはいらない。
魅力的な美少女と云々カンヌンとかとどうでもいい。
恵まれた容姿はいつだって諍いを生む種でしかない。
スローライフ?
田舎でノンビリ自由気ままに暮らす??
残念ながら自由を得るには不自由を打ち砕く力が必要だ。
オレの"竿役"能力は不自由を打ち砕くにはあまりにも不十分でリスクを孕むものでしかない。
フッ……本来孕ませる能力のオレが孕んでばかりとは竿役の名が泣くな……泣いちまえよそんなもの。
つまりはオレはただ、適当に貴族のお勉強をして適当に当主を継いで、適当に嫁さんを貰ってNTRを回避しまくって、適当に死ねれば十分なのだ。
能力を使って証拠隠滅しつつ刹那的に快楽に生きれば良いじゃん、と言う人には
あんな苦しみを味わうくらいなら、堅実的に生きるのが至極幸せなのである。