オレは魔法が使えない。
具体的に言えば内包してる魔力がほとんど無い、と言ったほうが正しい。
異世界に来たからには遠距離からバコスカ魔法を撃って安全マージンを取る……という芋砂ムーブをカマシたかったところではあるが、魔法の教師も匙を投げるほどにオレに魔法の才能は無かった。
恐らくその代わりに《決して反抗できない力》とかいう絶大な身体能力を得ることができたのだろう。
攻撃力、防御力、素早さの何もかもを兼ね備えたスキルではあるが、今のところ些かオーバースペック気味ではあるし、こんな力があるとバレれば面倒なことになるに違いない。
己、もしくは身近な人に危険が迫った場合のみ使うようにオレは決めていた。
ところで話は変わるが──オレは知らなかった。
「マラスキ家当主のメルト・マラスキよ。ハッ、あんな小太りデブから意外とイケメンが生まれるものね」
「デカルマ家当主のテロル・デカルマです。よろしくお願いしますね。わたくしたちの将来の
──聞いてない……!! 聞いてないぞ……!!
公爵家と伯爵家の当主が齢16の少女たちなんて……!!
オレは聞いてないぞ──!!!!
☆☆☆
「今日だよ」
「……? 父上、何がですか?」
「公爵様と伯爵様との顔合わせ」
「えっ」
酷く疲れた表情で父上は言った。
いくら何でも急すぎる。
近々顔合わせがある、と言ってから二日しか経ってない上に突然今日と言われても──いや、父上の表情を見る限り父上側も急に言われたっぽいか。災難だ。
「ごめんね……速達の魔法便で『忙しい私たちは今日しか空いてないから急いで今すぐ来い』って言われちゃってさ……」
「強く生きましょう、父上」
上級貴族のパワハラを受ける父上の姿はどうにも哀愁が漂っていた。
可哀想とは思うものの、服従を選んだのは父上だ。
一度媚を売ったのだから、それを覆すことは決して許されない。……地理的にも生命の危機的にもやむを得ない事情があるとはいえ、それが貴族社会の生き方だ。
未だ日本人的価値観を持っているとはいえ、十年も貴族教育を受けたオレは、この価値観そのままに生きていけるとは思っていない。
どこか非情にならざるを得ない場面は絶対に出てくる。
「はぁ~。たまたま公爵様と伯爵様が同時にいらっしゃるのはラッキーだけどね……二回イジメられなくて済むし」
「二倍になる、という考え方もできますが」
「そんなこと言わないでくれよぉ〜!」
再びシクシクと泣き始めた父上にオレは微妙な表情になるが、何とかその後適当に宥めて外出の準備を済ませた。
☆☆☆
「ここですか。公爵様の屋敷は」
「うん。サオエル、どう思った?」
馬車に揺られること約二時間。
窓から見えた先には途轍もなく巨大な屋敷が広がっていた。
緑広がる庭園もさることながら、屋敷本体が途方もないほどにデカい。……王城と言われてもおかしくないほどに豪華絢爛で立派だった。
降りるやいなや、父上がキリッと真面目な表情で問いかけてきた。
どう、思った……か。
「近すぎますね。我が領が狭いのは重々承知していましたが、馬車で二時間の距離感に公爵様の屋敷があるのは異常では?」
「よく気づいたね。そう、うん。近いの、めっちゃ。だからさ……ウチがどんなことしようが筒抜けなの。勿論謀反なんて企てるつもりは一切ないけど、謀反以外にもどんな行動をしようと筒抜けだから……サオエルが当主継いだ時には念頭に入れておいてね」
「……その割には公爵領の情報は一切こちらに入ってきませんよね?」
オレの質問に、キリッとした表情を形作っていた父上は一気に泣く寸前の顔になった。ああもう勘弁してくれよ……。
「だって、ウチに暗部とか雇うお金ないし……そんなの雇ったら謀反する気か! とか言われるだろうし……!!」
「あ、ハイ」
とことん傀儡、と。
まあ、オレにとったらそう悪い状況ではないと思うんだがな。
父上は昔ルナティック家を打ち立てた先祖にどこか憧れている節が見受けられる。だからこそ、今の状況を貴族として屈辱だと思っているに違いない。
オレは周りの大事な人さえバカにされず危害を加えられないのであれば別段ヘコヘコするくらいならするけどな。
「ふぅ……気を取り直して……サオエルは公爵様と伯爵様についてどこまで知ってる?」
「どちらも貴族としては珍しい
そう、実は公爵様と伯爵様は女性の当主なのだ。
だからこそオレはずっと危惧しているのだ。
今日このタイミング、というわけではなく。
いつ何時であっても《女体催眠》が暴発する。これがオレの人生における最悪のケースなのだ。
なにせ、メイドに暴発するのと違って
公爵様と伯爵様はその身分の高さゆえに、自室以外では基本的にお付きのメイドだとか護衛だとかがいることだろう。
そしてオレや父上と会う時は勿論その護衛だとかがいる状況にある。
そんな中で《女体催眠》が暴発してみろ……最悪でしかない。もう最悪としか言えない。語彙力が消える程度にはジ・エンドなのが分かるだろう。
まあ、だが恐らくお二方ともにオレとはかなり年齢が離れているだろうし、子どものしたこと……としてギリギリ許される……可能性は1ミリ程度ある。
父上は若くして当主になったと言っているが、貴族の当主を継ぐ平均年齢は凡そ四十代程度。
だとするときっと公爵様と伯爵様は三十代前半かな、と推測できる。その年齢はギリギリ子どもに優しい……かもしれない。
いや全部希望的観測だから何とも言えない。
とりあえず何事もなく顔合わせが済むことを祈るしかあるまい。
☆☆☆
「さ、サオエルぅぅううう!!!」
「父上ぇぇえええ!!!」
父上が逝った。
急遽公爵様から「顔合わせ? オマエの顔見たくないし息子だけで良いよ(意訳)」的なことを言われたらしく、無事に父上は用済みとなった。
どれだけ嫌われているんだ父上……。
貴族という生き物が武勇が優れていたり、気の強いモノを好む習性があることは知っている。父上は真反対だしな……。
だとしても嫌われすぎ。
「まさかオレ一人でラスボスに挑むことになるとは……。前世にやったRPGで仲間無し縛りした時を思い出すな……」
きっと勇者もこんな気持ちだったに違いない。
残念ながらオレは生きるためだったら容赦なく床に這いつくばる"勇気ある者"とは決して言えない存在だが。
「サオエル様。間もなくメルト様とテロル様がいらっしゃいます。くれぐれも失礼のないようにお願いいたします」
「分かっています」
幾ら公爵様のメイドと言えど、男爵家の嫡男であるオレのほうが立場は上なのだが──メイドの物言いは目上の者に対する言い方ではなかった。
侍従にも舐められているとは本当に貴族としては終わっているらしい。
ソファが二脚、その間に簡素なテーブルのある応接室に通されたオレは内心で憂鬱だとため息を吐いた。
十歳の子どもに対する言葉の圧ではないよな……。
若干の緊張を孕みつつ待つこと十分。
ガチャ、と扉が開くと──四人の女性が入ってきた。
「……」
一人目は赤髪ツインテールの女性。
気が強そうな吊り目だが、酷く均整の取れた顔立ちだ。
更にはドレスからこぼれそうなほどの豊満な胸元と、キュッと引き締まった身体は扇情的でもあった。
「ふんっ……」
二人目は赤髪の女性に従うように入室してきた。
金髪碧眼。銀色の胸当てとレイピアのようなものを装備した女性もまた"美人"という括りに入る。
恐らく赤髪の女性の護衛だと思うが、主従揃って気が強そうである。
「ふふ」
三人目は黒髪ボブのおっとりした美人だった。
例に漏れず豊満なボディをした彼女は、オレに向かって微笑みながら手を振る仕草を見せた。
着ているのは青色のドレスだが、黒髪といい雰囲気といいどこか日本特有の大和撫子を感じる。
「……」
四人目は恐らく黒髪のほうの護衛だろう。
青髪でポニーテールのクール美人である。
──ふぅ、例外無く全員若そうだが誰が公爵様で、誰が伯爵様だ? まさかここにいる四人のどれかとか言わないよな?
冷や汗が流れる。
明らかに十代にしか見えない女性たちは、流れるように配置につく。
赤髪と黒髪はオレと対面の位置にあるソファに。
そして他二人はオレの後ろに。
「
「
──そして彼女たちは自信満々に自己紹介を始めた。
オレにとって最悪の自己紹介を。
「……