コアユニットを失ったアンパンの身体は、もはやただの鉄屑になりかけていた。生命線ともいえるエネルギー循環が途絶え、彼の四肢は鉛のように重い。 それ以上に、精神錯乱ダーツの後遺症が、彼の魂そのものを蝕んでいた。内部回路を致命的に損傷させ、現実と幻覚の境界線を焼き切っていく。
「顔が……歪んで……力が出ない……」
うわ言のように、アンパンは呟く。 彼の瞳に、もはやバイキンの追っ手は映っていなかった。幻覚はまだ続いていた。死んだ仲間たちの亡霊が、彼の周りをぐるぐると回り、嘲笑を浴びせかけてくる。かつて信頼を交わした親友、カシの顔が、すぐ目の前で苦悶に歪む。
『お前のせいだ。お前が希望なんて見せなければ、俺たちはもっと楽に死ねたのに』 その声から、もう逃れることはできなかった。それは彼の罪悪感が作り出した、決して消えない反響だった。
「アンパン! しっかりしろ! 立つんだ!」
バタコが、彼の身体を必死に揺さぶる。だが、その時、純白の通路の奥からバイキンの追っ手である機械化部隊が、蜘蛛の子を散らすように殺到してきた。その数は、先ほどまでとは比較にならない。ドキンがアンパンを無力化したことで、彼らはこの戦いが終わったと判断したのだ。
「ちっ、しつこい!」
バタコは、動けないアンパンを庇うように、銃を構えて立ちはだかる。 彼女は、絶望的な状況でも戦うことをやめない。それが、彼女の矜持だった。レジスタンスのリーダーとして、仲間を見捨てて逃げるという選択肢は、彼女の中には存在しなかった。数体の敵を的確に撃ち抜き、その足を止める。
しかし、多勢に無勢。物量の差は、いかなる覚悟をもってしても覆せない。 一体の敵が放った高出力のレーザーが、彼女の防御の隙間を縫って、脇腹を容赦なく貫いた。
「ぐっ……あ……!」
肉が焼ける嫌な臭いと、激痛。バタコは、その場に崩れ落ちる。 腹部から、鮮血が純白の床に、まるで禍々しい花が咲くように広がっていく。意識が、急速に朦朧としていった。薄れゆく視界の中で、彼女は故郷で待つチーズの顔を思い浮かべていた。
「バタコさん!」
物陰に隠れていたクリームパンダが、悲鳴に近い声を上げる。 彼は、自慢のデータパッドを必死に操作する。指がもつれるのも構わず、猛烈な速度でキーボードを叩き続けた。 敵の動きを止めようと、ハッキングを仕掛ける。ウイルスのコードを送り込み、制御システムを乗っ取ろうと試みる。
だが、無駄だった。 敵のシステムは、彼の侵入を完全にシャットアウトしていた。まるで、彼の思考パターンを読むかのように、次々とファイアウォールが再構築されていく。
『侵入経路、ブロック』 『アクセス権限がありません』 『警告:不正アクセスを検知。攻撃元を特定中』
無慈悲な電子音声が、彼の無力を宣告する。彼の自慢のハッキング技術が、彼の唯一の武器が、目の前の仲間のかすかな命の光を、繋ぎとめることもできない。 ただ、呆然と見ていることしかできない。
その現実に直面した時、クリームパンダの瞳から、初めて大粒の涙がこぼれ落ちた。 これは、ゲームじゃない。 リセットボタンのない、取り返しのつかない、現実だ。彼の傲慢さは、砕け散った仲間の命の前で、粉々に砕け散った。データパッドが、力なく彼の手から滑り落ち、床に虚しい音を立てた。
ザアアアア―――
どこからか、雨音が聞こえる。 戦闘の衝撃で破壊された天井から、旧文明の怨念が溶け込んだ酸性雨が、慈悲もなく降り注いできていた。 雨は、アンパンの装甲を叩き、バタコの血を洗い流し、クリームパンダの涙と混じり合った。
雨に打たれ、傷つき、打ちひしがれた三人の姿。
力を失い、過去の悪夢に魂を囚われた男。 深手を負い、守るべき者の名を呼びながら意識を失いかけた女。 自らの無力さに打ちのめされ、ただ涙を流す少年。
それはまるで、誰にも省みられず、神にさえ見捨てられた聖家族のようだった。 助けを求める声は、どこにも届かない。
アンパンの意識が、ゆっくりと冷たい闇に沈んでいく。 もう、何も聞こえない。 仲間たちの幻影も、バタコの声も、雨音さえも、遠のいていく。 何も、感じない。 ただ、冷たい雨が、彼の身体と、そして最後の希望の熱を、容赦なく奪っていくだけだった。