ANPAN   作:空きれい

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第14話:二つの贖罪

光が、満ちる。

それは、物理的な光源から放たれる光ではなかった。闇に沈んでいたアンパンの内側から、そして彼が共鳴したスラム中の人々の魂から、温かい光が溢れ出していた。彼はゆっくりと立ち上がる。その身体を、人々の「生きたい」という切実な祈りが生み出した、黄金色のオーラが陽炎のように包み込んでいた。

目の前では、まだ数体の機械化部隊が、計測不能なエネルギー反応を示す彼を新たな脅威と認識し、無慈悲な銃口を向けていた。

だが、アンパンはもう恐れない。彼は、自分を苛んでいた過去の亡霊も、目の前の機械の軍勢も、等しく静かな心で見つめていた。

その時、戦闘で崩れかけた頭上の天井を突き破って、一台の小型ドローンが急降下してきた。

バイキンの洗練されたステルスドローンではない。あちこちに修理の跡が見える、旧式の、しかし丁寧に整備された、ジャムのドローンだ。

ドローンが運んできたコンテナが、アンパンの目の前で静かに開かれる。

中に入っていたのは、一つの新しい頭部ユニットだった。

それは、これまで見てきたどのユニットとも違う、決意と希望を体現したかのような、力強いデザインをしていた。無骨な軍事兵器の要素と、どこか手作りの温かみを感じさせる有機的な曲線が融合した、まさにジャムの作品だった。

ジャムの声が、ドローンのスピーカーから響き渡る。ノイズ混じりだが、その声には確かな信頼が込められていた。

『聞こえるか、アンパン! それが最後の希望、決戦用ユニットだ!』

『お前のユニットは、今、スラム中の人々の祈りを受信し、エネルギーに変換し続けている! それが、旧文明が生み出した究極のオーパーツ、精神感応エネルギー変換システムの真の姿なのだ! コアを失ったお前自身が、人々の想いと共鳴するアンテナとなった! このユニットは、その奔流を制御するためのものだ!』

「新しい顔よ!」

駆け寄ってきたバタコが、決死の覚悟で叫ぶ。その瞳には、もはやアンパンへの警戒心はなく、ただ未来を託す者としての、純粋な信頼だけがあった。

アンパンは、自らの手で、光り輝く決戦用ユニットを装着した。

カシャアァァン!

眩い光が、通路全体を白く染め上げる。クリームパンダのデータパッドが、計測不能のエラーを意味する警告音をけたたましく鳴らした。

光が収まった時、そこに立っていたのは、もはや過去に縛られた孤独な運び屋ではなかった。

人々の想いを一身に背負った、希望の象徴。

真のアンパンだった。

機械化部隊が、プログラムされた通りにレーザーを一斉に放つ。

しかし、アンパンはそれを殴りつけた拳圧だけで、全てかき消してしまった。光の槍が、彼の拳から放たれた衝撃波にぶつかり、まるで蜃気楼のように霧散していく。

「な……!? なんだよ、今の……物理法則が、歪んでる……!?」

クリームパンダが、信じられないものを見る目で呟く。彼のデータパッドは、「理解不能」「計測不能」というエラーログを吐き出し続けていた。非合理の極み。だが、彼の目には、その光景が、どんな数式よりも、どんなプログラムよりも、美しく映っていた。

アンパンは、一瞬で敵との距離を詰めると、残っていた全ての機械化部隊を、文字通り一撃で粉砕した。

その動きには、もはや迷いも、憎しみもない。ただ、守るべき者のために振るわれる、純粋な力だけがあった。道を切り開く、ただその一点に集約された意志。

「……行くぞ」

完全に復活したアンパンが、二人を振り返る。

その瞳には、揺るぎない決意の炎が燃えていた。

彼らが、最上階へ向かうべく歩みを進めようとした、その時だった。

通路の奥の闇から、一人の男が静かに姿を現した。炎の匂いではなく、燃え尽きた灰のような、静かな虚無の匂いをまとわせて。

「……カレーパンマン!」

現れたのは、憎しみと虚無の体現者であるはずの、カレーパンマンだった。

だが、その表情に、いつもの狂気じみた笑みはなかった。彼の耳にもまた、スラムの人々の「魂の歌」は届いていたのだ。それは、彼が焼き殺してきた者たちと同じ、ただ生きたいと願う、か細くも力強い声だった。俺の炎は、その声に応えることはできなかった。そう、彼は悟っていた。

彼は、自らの炎が新たな悲劇しか生まないことを、心の奥底で理解していた。

破壊の果てには、何も残らない。

ただ、かつての自分と同じように、大切なものを失った者たちの、悲しみが無限に広がるだけだ。

カレーパンマンは、アンパンの前に立つと、静かに言った。

「俺の炎は、裁くことしかできなかった。奪うことしかできなかった。だが、お前のパンは……分け与えることができる」

「行け。俺のようには、なるな。憎しみに囚われ、全てを灰にすることしかできなくなった、俺のようには」

彼は、最後の決意を固めていた。

自らの炎を、憎しみのためではなく、未来を託すために燃やすことを。

破壊者として生きてきた自分が、唯一できる、創造のための行為。

カレーパンマンは、アンパンに背を向けると、タワーの分厚い外壁に向かって、その口元のデバイスを最大出力で解放した。憎しみの赤い炎ではない。彼の魂そのものを燃料とするかのような、青白い、浄化の光を思わせる炎だった。

「これが、俺の最後の炎だ! 贖罪の炎だああああっ!!」

ゴオオオオオオオオッ!!

全てを燃やし尽くさんとする青白い炎の奔流が、バイキン・タワーの巨大な動力炉の一つを直撃する。

凄まじい大爆発が、塔そのものを大きく揺るがした。

けたたましい警報が鳴り響き、タワーの防衛システムが、全てその爆心地へと集中する。

カレーパンマンは、自らの命と引き換えに、アンパンたちが進むべき道を切り開いたのだ。

彼の最期は、破壊による贖罪ではない。未来を創造するための、真の自己犠牲だった。

炎の中に消えていく彼の背中を、アンパンは、ただ黙って見つめていた。彼の痛みも、後悔も、そして最後の願いも、全て受け止めるかのように。

そして、託された想いを胸に、静かに呟いた。

「お前の炎、確かに受け取った」

アンパンは、バイキンが待つ最上階へと、揺るぎない足取りで歩き出した。

 




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