重い防爆扉が、鈍い音を立てて開く。
アンパンは、地下に広がる隠れ家――ジャムのラボへと帰還した。
ガコン、と音を立てて膝をつく。
彼の視界の端では、絶えず赤いエラーコードが明滅していた。関節部からは火花が散り、オイルが焼ける焦げ臭い匂いが漂う。
「また顔を汚してきたか」
穏やかだが、芯のある声が彼を迎えた。
ラボの主、ジャムだ。
彼はアンパンのずぶ濡れのフードをそっと外し、その頭部ユニットに刻まれた新たな傷に眉をひそめる。
「その傷は、お前がまだ心を閉じている証だ。忘れるな、アンパン。お前は彼らの最後の希望なのだ。分け与えることを…」
ジャムは、性能も安定性も格段に上の新しいユニットへの換装を、いつものように諭す。設計図がホログラムで宙に浮かんだ。
カシャン!
アンパンは、ジャムの言葉を遮るように、手にしていた工具を床に投げ捨てた。
「希望は運べん。重すぎて、商売にならん」
彼は背を向けたまま、無言で自己修理を始める。
火花の散る腕で、器用に配線を繋ぎ直していく。
その姿は、まるで自らの傷口を誰にも見せまいとする、手負いの獣のようだった。
「それに、空にはもっと立派で、ピカピカの”ヒーロー”がいる。俺の出る幕じゃない」
アンパンが吐き捨てるように言った、その時だった。
ラボのメインモニターが、眩い光と共に起動した。
壁の内側《カミサリー》から発信される、公式のプロパガンダ映像だ。
『市民にクリーンな明日を!』
高らかに響くキャッチコピー。
映し出されたのは、大規模な空気清浄システム「ウォール・ヘブン」によって生み出された、偽りの青空。
その空を、一機の純白の戦闘攻撃機が滑るように飛んでいく。
パナ・コープが誇る最新鋭ステルス機「ホワイトリリィ」。
そして、そのコクピットで完璧な笑みを浮かべる男こそ、都市国家カミサリーの公式ヒーロー、しょくぱんまんだった。
彼は、清潔な培養食をパンの形に成形したものを、次々と投下していく。
眼下に広がるのは、整備された公園。
着飾った市民たちが、飢えも渇きも知らぬ顔で熱狂的に手を振り、彼の名を讃えている。
「しょくぱんまん様ー!」
「我々のヒーロー!」
その完璧すぎる光景。
秩序と管理が行き届いた、偽りの楽園。
アンパンは、オイルの染みた布で自らの顔を拭いながら、その映像を睨みつけていた。
口元に浮かんだのは、皮肉な笑み。
だが、その瞳の奥には、打ち消すことのできない、暗く澱んだ光が宿っていた。
憧れと、嫉妬。
そして、自分は決して彼のようにはなれないという、深い絶望。
モニターの中の完璧なヒーローは、スラムに生きる人々の悲鳴など、決して耳にすることはない。