スラムの地上は、巨大な墓場のようだった。
ひしゃげた鉄骨が、かつて天を目指していたビルの肋骨のように突き出し、崩れ落ちたコンクリートの瓦礫が、名もなき人々の墓石のように散乱している。風が吹くたびに、錆びた金属がきしむ音が、まるで死者の呻き声のように響いた。
先頭を歩くアンパンは、何も語らない。
ただ、最短距離でバイキン・タワーを目指す。彼の心にあるのは、一刻も早くチーズを救わなければならないという焦燥感と、新たなる力の奔流を必死に御そうとする緊張感だけだった。
彼の背中を見つめるバタコの視線には、まだ警戒の色が濃く混じっている。アンパンの力は希望だが、制御不能な力は、スラムでは脅威と紙一重だ。彼女は、その爆弾の信管を握っているのが自分ではないことに、リーダーとしての一抹の不安を覚えていた。
最後尾のクリームパンダは、データパッドを操作しながら、あえて軽口を叩いた。恐怖を覆い隠すための、彼なりの武装だった。
「いやー、リアルなフィールドは違いますね。敵の配置もランダムだし、障害物も多い。最高のクソゲーだ、スリル満点でゾクゾクしますよ」
「遊びじゃないんだよ!」
バタコが鋭く睨むが、クリームパンダは肩をすくめるだけだ。「遊びじゃなきゃやってられませんよ、こんな世界」と、彼は口の中で呟いた。
アンパンは、そんな二人のやり取りに構うことなく、歩を進める。
その時だった。
アンパンは、ぴたりと足を止めた。彼の感覚は、新型ユニットによって獣のように研ぎ澄まされている。空気のわずかな震え、粉塵の向こう側の微かな金属音を、彼は明確に捉えていた。
「……来るぞ。数は……二十以上だ」
彼の言葉と同時に、周囲の瓦礫の山から、無数の赤い単眼がぬらりと光った。
蜘蛛のような多脚歩行で、バイキンの機械化部隊が姿を現す。その動きに、生物的なためらいは一切ない。ただ、インプットされた命令に従い、目標を排除するためだけの、冷徹な殺意が満ちていた。
ガシャガシャガシャ!
機械の軍勢が、壁を駆け、天井から飛び降り、あらゆる角度から一斉に三人に襲いかかってくる。
「ちぃっ!」
バタコが遮蔽物に身を隠しながら銃を構え、クリームパンダが慌てて瓦礫の陰に転がり込む。
だが、アンパンは動かなかった。
彼は静かに、一体の敵を待つ。
そして、鋭い振動ブレードが自らの顔面に迫った、その瞬間。
ゴッ!
アンパンの拳が、敵の強化装甲を、まるで濡れた紙のようにたやすく打ち抜いた。
新型ユニットから供給されるエネルギーが、彼の身体能力を極限まで高めている。一撃のもとに沈黙した機械兵を盾に、彼は次の獲物へと躍りかかった。
「な……!?」
バタコが息をのむ。アンパンは、もはや以前の彼ではなかった。
群がる敵の群れの中を、まるで嵐のように駆け抜ける。殴り、蹴り、投げ飛ばす。その一撃一撃が、装甲を砕き、内部回路を焼き切る必殺の威力を持つ。
それは、戦いというよりも、一方的な破壊。まるで、荒ぶる神そのものだった。
戦いは、アンパンの圧勝に終わるかに見えた。
その、瞬間だった。
ゴオオオオオオオオッ!!
足元の地面が、何の予兆もなく、突如として灼熱の炎を噴き上げた。地下に張り巡らされた古いガス管を意図的に爆発させたのだ。
「うわっ!?」
「何だ!?」
炎は、敵味方の区別なく、全てを飲み込まんとする勢いで燃え盛る。熱風が三人の肌を焦がし、爆音があらゆる音をかき消した。
そして、その炎の中心から、陽炎のように揺らめきながら、一人の男がゆっくりと姿を現した。
「……見つけたぞ、偽りの救世主。希望などという病を振りまく、害虫め」
その声は、地獄の底から響くような、憎悪に満ちていた。
口元に装着された火炎放射デバイスが、不気味な赤い光を放つ。
過激派ゲリラのリーダー、カレーパンマン。
「腐った枝葉ごと、全て焼き払うのが俺の正義だ!」
彼は、狂ったように笑いながら、周囲一帯に炎をまき散らす。
バイキンの機械化部隊も、アンパンたちも、彼の攻撃対象だった。世界そのものを憎む彼にとって、生きているもの全てが、破壊すべき対象でしかなかったのだ。希望を語る者も、絶望を振りまく者も、等しく灰になればいい。
「やめろ!」
アンパンが叫ぶ。
「ここにも生きている人間がいる! お前の悲劇を、他人に押し付けるな!」
「黙れ! 貴様に俺の何がわかる! この世界に生きていること自体が悲劇だ!」
カレーパンマンの炎が、憎悪の奔流となってアンパンに襲いかかる。
アンパンはそれを腕で受け止めながら、怒りに拳を握りしめた。彼の正義は、かつて自分が陥りかけた虚無そのものだった。だからこそ、許せなかった。
「お前のやっていることは、ただの八つ当たりだ!」
拳と炎が、激しく交錯する。
二つの相容れない正義が、スラムの廃墟で激しく火花を散らした。
その激しい戦闘のさなか、クリームパンダは冷静だった。いや、冷静であろうと必死だった。恐怖を押し殺し、彼は瓦礫の陰で必死にデータパッドを操作し続けていた。
(チャンスだ……この戦闘ノイズ、この熱量、最高のカモフラージュだ! これに紛れて、奴らのメインサーバーの深層まで潜れる!)
指が、猛烈な速度でホログラム・キーボードを叩く。
いくつもの偽装回線を並列で使い、鉄壁のファイアウォールを次々と突破していく。バイキンが仕掛けたデジタルの罠を、まるで遊ぶようにすり抜けていく。
そして、ついに彼はたどり着いた。
サーバーの最も奥深く、いかなる記録にも残されていない、厳重にロックされた未知の領域に。
「……何だ、これ? 『プロジェクトM』……? 生体データ……遺伝子情報まで。アクセスレベル、最高機密……」
それは、単なるデータバンクではなかった。生命を「保存」し、いつでも「再生」できるかのような、神をも恐れぬ禁断の記録庫だった。
「誰かのクローンでも作ろうってのか? 悪趣味な……」
彼の報告は、アンパンとカレーパンマンが激突する轟音にかき消され、その時は、誰の耳にも届かなかった。