炎の嵐が過ぎ去った後には、ただ黒く焼け爛れた残骸だけが残されていた。
カレーパンマンは、自らの破壊行為に満足したかのように、あるいはその虚しさに耐えきれなくなったかのように、再び地下の闇へと姿を消し、バイキンの機械化部隊もアンパンによって全て沈黙させられていた。
あたりには、金属の焼ける異臭と、舞い上がる粉塵、そしてカレーパンマンが残していった虚無的な憎しみの残り香が、重く漂っている。
「……ハァ……ハァ……」
激しい戦闘を終え、アンパンの肩が大きく上下する。
新型ユニットの力は絶大だが、彼の精神的な消耗もまた、これまでにないほど激しかった。人々の祈りを力に変えるということは、その想いの重さを、その切実さを、一身に背負うことと同義だった。そして、カレーパンマンという、自分自身が陥っていたかもしれない暗い可能性の写し鏡と対峙したことは、彼の心を深く削り取っていた。
「……とんでもない奴らだ。どいつもこいつも、自分の正義を振りかざして、世界を引っ掻き回すことしか頭にない」
バタコが、破壊された機械の残骸をブーツのつま先で蹴り飛ばしながら吐き捨てる。その横で、クリームパンдаは興奮冷めやらぬといった様子でデータパッドを叩いていた。彼の指が、凄まじい速度でホログラムキーボードの上を滑る。
「今の戦闘データ、最高にクールだ! アンパンの戦闘パターン、予測不能すぎる! カレーパンマンの熱量出力も規格外だ。このデータがあれば、次のエンカウントで有利に立ち回れる!」
「死人が出てるんだぞ! これはゲームじゃない!」
バタコの怒声が響くが、クリームパンダには届いていない。いや、彼は聞こえないふりをしていた。そうでもしなければ、この凄惨な現実の重みに、彼の若い心が押し潰されてしまいそうだったからだ。
アンパンは、そんな二人のやり取りを一瞥すると、無言で歩き出した。今は、安全な場所で休息を取ることが先決だ。
三人はやがて、旧文明の遺物である地下シェルターの入り口を見つけた。分厚い隔壁は半ばこじ開けられ、かろうじて内部へと通じている。
重い扉を押し開けると、ひやりとした、黴と湿気の匂いが混じった空気が彼らを包む。
内部は静かで、かろうじて壁際の非常灯が、心もとない赤い光を点滅させているだけだった。
ひとまずの安全を確保し、三人は壁に背を預けて座り込んだ。
沈黙が、冷たいシェルターの空気をさらに重くする。
誰もが、先ほどの激しい戦闘の余韻と、互いへの拭いきれない不信感から抜け出せずにいた。アンパンはその強大すぎる力で。バタコはその現実主義で。クリームパンダはその非人間的なまでの合理性で。三人はまだ、ただの個人の集まりでしかなかった。
その、張り詰めた静寂を破ったのは、か細い物音だった。
カサリ。
アンパンが、弾かれたように顔を上げる。
シェルターの暗がり。廃棄された資材が山と積まれた影から、数人の子供たちがおずおずと顔をのぞかせていた。
おそらく、地上の戦闘から逃れて、ここに隠れていたのだろう。
親を失い、着るものもボロボロで、その瞳は飢えと恐怖に怯えていた。彼らは、突然現れた武装した大人たちを、新たな脅威として警戒している。
子供たちの一人が、アンパンの顔――そのパンで出来た頭部を、信じられないものを見るような目でじっと見つめている。食べ物だと、認識しているのだ。
ゴクリ、と誰かの喉が鳴った。
その瞬間、アンパンの身体が、まるで過去の亡霊に捕らわれたかのように、金縛りにあったようにこわばる。
ザアァァッ―――
脳裏を、あの悪夢が再び、より鮮明によぎる。
『お前のせいだ』
『お前が分け与えなければ、もっと楽に死ねたかもしれないのに』
死んでいった仲間たちの、呪いの言葉。優しさが、かえって彼らの苦しみを長引かせ、より残酷な結末を招いたという、消えない後悔。
優しさは、罪だ。
分け与えることは、新たな悲劇を生む。
アンパンは、固く拳を握りしめ、子供たちから目を逸らした。
俺は、何もしない。何も、できない。関わるべきではない。俺は、そういう風に生きると決めたはずだ。
だが、ぐう、と子供たちの腹の虫が、哀れな音を立てて鳴った。
それは、どんな理屈も、どんなトラウマも超越して、アンパンの心の壁をいとも容易くすり抜けてきた、生命そのものの叫びだった。
「……っ」
アンパンは、苦悶に顔を歪める。
過去のトラウマが、目の前の現実が、彼の内で激しくせめぎ合う。
この子たちにパンを与えれば、一時的に飢えは満たされるだろう。だが、その結果、この子たちが生き延びて、明日、もっと残酷な死に方をするかもしれない。その責任を、俺は取れるのか?
長い、長い葛藤の末。
彼は、震える手で、自らの顔に手をかけた。その動きを、バタコもクリームパンダも、息をのんで見つめていた。
そして、アンパンは意を決し、その一部をゆっくりと千切った。
ほんのりとした温かさと、焼きたてのパンの香ばしい匂いが、彼の指先に伝わる。それは、彼自身の生命エネルギーの温もりだった。
アンパンは、そのパンのかけらを、子供たちの方へ、そっと差し出した。
子供たちは一瞬、怯えたように後ずさる。この世界では、理由のない善意は罠であることが多いからだ。
だが、パンから漂う甘く優しい香りに、身体の奥底から湧き上がる飢餓感が、抗うことを許さなかった。
一番年上らしい少年が、代表しておずおずとパンを受け取る。
そして、その温かさに驚いたように目を見開くと、まるでそれが世界で最も貴重な宝物であるかのように、仲間たちと分け合って、貪るように食べた。
「……あったかい……」
「……おいしい……」
子供たちの顔に、安堵の表情が広がる。それは、この瓦礫の世界で、あまりにも久しく忘れられていた、純粋な幸福の光景だった。
その様子を見ていたクリームパンダが、いつもの調子で、自らの動揺を隠すかのように皮肉っぽく呟いた。
「非効率的だな。栄養素はペーストで摂取した方が合理的ですよ。そんなことだから、エネルギーを無駄に消耗するんだ。戦闘データに基づけば、その行為は生存確率を下げるだけだ」
「あんたねぇ……!」
バタコが食ってかかろうとする。
だが、アンパンは意外な言葉を、静かに、噛みしめるように返した。
「……合理的、か」
彼は、子供たちの安堵の表情から目を離さずに言った。
「だが、温かいものは、腹だけじゃなく、心も満たすらしい」
その言葉に、クリームパンダは何も言い返せず、黙り込んだ。
彼の自慢の合理性が、彼のデータパッドが弾き出すいかなる最適解も、目の前の光景の前では、ひどく色褪せて、無意味なものに見えた。彼は初めて、自分のデジタルな世界の外側に、理解できないが、しかし確かな価値を持つものが存在することを知った。
バタコもまた、驚いたようにアンパンを見つめていた。
冷酷なだけの運び屋だと思っていた男の横顔に、初めて人間らしい温かみを見た気がした。それと同時に、彼がその簡単な行為をするために、どれほどの内面の葛藤と戦っていたのかを、その震える指先から感じ取っていた。
三人の間にあった見えない壁が、ほんの少しだけ溶ける。
温かいパンがもたらした、小さな、しかし確かな変化だった。
それは、三人がただの寄せ集めから、本当の意味で旅の仲間になるための、最初のきっかけだった。