ムラサメさん家のイチバン=サン   作:星乃 望夢

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第9話 下が下なら、上も上だ

 

 グリーンノア1宙域・アレキサンドリア級巡洋艦《アレキサンドリア》ブリーフィングルーム。

 

 ブリーフィングルームの隅では、アインとドゥーがエマ・シーン中尉と並んで談笑していた。

 

 先日の一件以来の再会であり、ドゥーは少しばかり嬉しそうに手を振る。

 

「エマさん、なんだか前よりお肌の艶が……もしかしてMk-Ⅱに乗って調子が良くなったんですか?」

 

「ふふ、調子がいいのは貴女のほうよ。背筋が前よりピシッとしてる」

 

「うふふ、バレました? ちょっと頑張ってみたんですー」

 

 軽口を交わすドゥーの隣で、アインが穏やかに微笑む。

 

「エマ中尉と再びお会いできて光栄です。中尉がご無事で何よりでした」

 

「ありがとう、アイン少尉。ムラサメの皆も無理しないで」

 

 和やかな空気が流れていたが、それを断ち切るようにブリーフィングルームのドアが開く。

 

 ジャマイカンがゼロを伴って入室する。

 

「全員、配置に着け。ブリーフィングを開始する」

 

 艦内の時間で15時丁度。各部隊のパイロットと士官が揃う中、ブリーフィングルームには張り詰めた空気が漂っていた。

 

 中央に立つのは、ティターンズ所属士官でありこの作戦の進行責任者、ジャマイカン・ダニンガン少佐。

 

 無駄のない動作で卓上のホロパネルを操作し、壁面に投影される戦術マップが瞬時に切り替わる。

 

「現在、我が艦《アレキサンドリア》および僚艦《ボスニア》、《ブルネイ》は、グリプスより発進。目的は言うまでもなく、エゥーゴに強奪されたガンダムMk-Ⅱの回収および返還交渉だ」

 

 ジャマイカンの言葉に、数名の将校が頷く。

 

 ゼロ、アイン、ドゥーの三名は並んで席に着き、ゼロは黙して聞いていた。

 

「エゥーゴの艦艇《アーガマ》は、現在サイド7宙域の外縁に潜伏中。Mk-Ⅱを有していることはほぼ確実と見てよい。我々の任務は、アーガマへの接触と、Mk-Ⅱの即時返還要求だ」

 

 ジャマイカンが一拍置いて、横目でゼロを見た。

 

「今回の任務には特別に、ムラサメ研究所テストチームにも参加してもらう。ゼロ中尉、君たちにはエマ・シーン中尉の護衛任務を依頼する。異議はあるまいな?」

 

 ゼロは軽く片眉を動かすも、すぐに応じた。

 

「ムラサメテストチームは命令を受けます。了解しました」

 

 隣でアインが静かに頷き、ドゥーはやや不満げに頬を膨らませたが、黙っていた。

 

 ブリーフィングルームの後方、静かにドアが開いた。

 

「……遅れて申し訳ない」

 

 現れたのは、民間の技術者らしい中年の男。軍服を着ていないにも関わらず、場に入り込む堂々とした足取り。

 

 エマの顔が強張った。

 

「フランクリン……ビダン技術顧問」

 

 その名を聞き、ジャマイカンは満足げに笑みを浮かべた。

 

「紹介しておこう。この男は、ガンダムMk-Ⅱの開発主任技術者にして、現在はティターンズ直属の技術顧問、フランクリン・ビダン大尉だ。エマ中尉の任務には彼も同行する。敵艦アーガマにおけるMk-Ⅱの状況分析、運用傾向、露見リスクの確認に関して、これ以上の人材はいない」

 

 フランクリンは頷いて一歩前へ出た。

 

「Mk-Ⅱは我々の技術の結晶だ。敵に渡ったままで済ますつもりはない。随行し、必要な判断を下す」

 

 エマは唇を強く結びながらも、軍人として短く応じる。

 

「了解しました。共に任務に当たります」

 

「よろしい」

 

 ジャマイカンは満足げに頷き、最後の確認事項を告げた。

 

「中尉にはバスク大佐直々の親書を携えていただく。アーガマとの交渉時間は15分。それ以上は不要と見なされる。時間内に返答が得られなければ、即座に次段階へ移行する」

 

 ジェリドが軽く手を挙げる。

 

「少佐。私は別命を受けています。指令文は後発で射出されるとのことですが」

 

「うむ。君には別途、密命がある。カプセルが視界に入れば開封せよ」

 

 ジャマイカンが頷き、全体へと目を向けた。

 

「これより全艦は戦闘態勢に入る。《アーガマ》への接触任務はエマ中尉、ムラサメテストチーム、フランクリン技術顧問が同行。ガンダムMk-Ⅱの回収は、我々が誇るティターンズの威信に関わる。諸君、作戦の成功を期待している」

 

 解散の合図と共に席を立つ面々の中で、ゼロは小さく嘆息を漏らす。

 

(上官命令……まあ、仕方ないな。面倒だが、ここは流れに乗るとしよう)

 

 これで追撃しなかった追及がチャラになるのなら、受けて立つのも、癪ではあるが悪いわけでもない。

 

 ゼロはそう思いつつ重くなった腰を上げた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 アレキサンドリアを離れ、アーガマへと向かう五つの影は、先頭を行くのはエマ・シーンのガンダムMk-Ⅱ1号機。

 

 その背後に続くのは、ハイザック。

 

 一見すれば、ただの随伴機だが、そのコクピットには、ガンダムMk-Ⅱ開発主任──フランクリン・ビダンが収まっていた。

 

 そのさらに後方、エマを守る護衛任務を担って、ムラサメ研究所テストチームがそれぞれの機体で静かに続航する。

 

『白旗、確認。通信開放。接近中のガンダムMk-Ⅱ、応答せよ』

 

 アーガマ側の通信が入る。

 

 エマは即座に応答し、機体を減速させた。

 

『こちらエマ・シーン中尉。ティターンズ所属。バスク・オム大佐の親書を携えてきた。交渉の意思ありと伝えてほしい』

 

 白旗信号が確認されたことで、アーガマ側は敵意なき接近として接舷を許可した。

 

 アーガマの艦体が目前に迫る中、エマのガンダムMk-Ⅱは滑るようにカタパルト上に着艦。

 

 だが、それは交渉の始まりにすぎない。

 

 機体から出ることなく、エマは周囲のMS群──ジムⅡ、そして見慣れぬエゥーゴカラーの新鋭機・ネモを確認すると、緊張した声で警告を発した。

 

『念のため、忠告しておきます。このガンダムMk-Ⅱに不審な接触があれば、上空に控える味方が即座に反応する』

 

 その直後、続いてアーガマへと接近したハイザックが、ややぎこちない挙動でカタパルトに接舷した。

 

 操縦桿を握るフランクリン・ビダンは、機体越しにアーガマの外装と周囲を警戒するモビルスーツ群を睨みつけた。

 

「……あれはジムⅡ、それに……見たことのない新型も居る。ふん、やはり連中、只者ではないな」

 

 ややもして、艦内との通信を開いたフランクリンは、エマの直後を装って通信を入れた。

 

『こちら、フランクリン・ビダン。ティターンズ技術局所属。実はどうにも……腹の具合が悪くてな……。恐れ入るが、トイレを貸してもらえないか?』

 

 通信口の向こうで呆れるような沈黙が流れたのを、彼は無視した。

 

 これはあくまで潜入行動だ。おまけに、ただの視察で終わらせる気などない。

 

 できることなら、あのリック・ディアスの設計データ、いや──機体そのものを頂いていくつもりだった。

 

『トイレはどこかな。腹の具合が最悪なんだ。なに、すぐ済む』

 

(……視察も兼ねて、な)

 

 フランクリンはそう呟くと、ヘルメットの下でニヤリと笑った。

 

 一方、彼の言動を後方から黙って観察していたゼロ・ムラサメは、コクピットの奥で深く息を吐いていた。

 

(……あの男、欲望の塊のような目をしている。エマ中尉、警戒を怠るな)

 

 アインも、警戒を怠らずフランクリンの機体の挙動をモニター越しに監視していた。

 

 ドゥーだけは、リック・ディアスを指差して「ちょっと欲しいかも……」と呟いたが、それはゼロが無線で即座に叱りつけている。

 

 こうして、アーガマとの交渉を巡る舞台が静かに幕を開けた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 艦内の空気循環音がやけに静かに感じられる。

 

 ブレックス・フォーラ准将は、アーガマのレクリエーションルームに静かに入ってきたティターンズの士官──エマ・シーンを前に、わずかに目を細めた。

 

「お初にお目にかかる。エゥーゴ代表を務めるブレックス・フォーラ准将だ」

 

「……エマ・シーン中尉、任務により参上しました」

 

 簡潔な自己紹介とともに、エマは懐から一通の親書を取り出した。

 

「バスク・オム大佐の親書をお持ち致しました。……親書へのお返事は、即答でお願いするとのことです」

 

 その言葉に、ブレックスの眉がピクリと動いた。

 

 受け取った親書の封を、重く感じられる無言の手付きで解き、中を広げて目を通し始める。

 

 ヘンケン・ベッケナー艦長が後方に控え、クワトロ・バジーナ大尉が傍らで様子を見守っていた。

 

 ブレックスの視線が徐々に紙面に吸い込まれていく。

 

 その肩が、わずかに震えた。

 

 いや──。

 

 次第にその震えは、明確な怒りの振動となって全身に現れはじめた。

 

「……なんと、破廉恥な!!」

 

 テーブルに拳を叩きつけるような怒声が、レクリエーションルームの空気を打ち裂いた。

 

 エマは思わず一歩、身を引いた。

 

 驚きのあまり、言葉が出ない。

 

「中尉は……この手紙の内容を知っているのかね!?」

 

 ブレックスの視線が、まっすぐにエマを貫く。

 

「い、いいえ……開封するようには言われておりません」

 

「だからそんな涼しい顔をしていられるのだ!」

 

 苛立ちを抑えきれぬ様子で怒鳴り返しながら、ブレックスは振り返らずに手だけを後方に差し出した。

 

 ヘンケンが無言でそれを受け取る。

 

 目を走らせると、彼の表情もまた険しさを帯びたものに変わった。

 

「……こいつは……どういうつもりなんだ……」

 

 ヘンケンは静かに呻くように言うと、親書をクワトロに手渡した。

 

 クワトロは何も言わずに読み進める。だが彼の唇は、やがて苦く結ばれていった。

 

 そして、重たい沈黙ののち、ブレックスへと目を向ける。

 

 無言の問いかけに、ブレックスはただ一度だけ頷いた。

 

 クワトロは、親書をエマへと戻した。

 

「え……ええ!? “カミーユ・ビダンと共に、2機のガンダムMk-Ⅱを返さない場合には──”」

 

 言葉に詰まったエマの代わりに、クワトロが静かに言った。

 

「カミーユの両親を、殺すと書いてある」

 

 信じられない──という顔のまま、エマは親書の文章をもう一度目で追った。

 

 内容は、確かにその通りだった。

 

 明確に書かれている。

 

 ガンダムMk-Ⅱ奪取の実行犯であるカミーユ・ビダンの両親、フランクリン・ビダン、ヒルダ・ビダン夫妻を人質とし、返還に応じなければ「抹消する」と。

 

「一軍の指揮官が思いつくものではないな……」

 

 クワトロが呟くように言うと、ブレックスは唇を強く噛んだ。

 

「なんという……バスクのやり口は、もはや軍規も人道も失われている。私には、あれが正気の判断とは思えん」

 

「まさか、バスク大佐が……そのようなことを……」

 

 尚も信じきれぬ様子で震える声を出すエマに、ヘンケンが静かに言った。

 

「中尉が見てるそれは、間違いなくバスクの直筆だ」

 

「……ですが……これは……軍隊のやることではありません……!」

 

 ようやく言葉にしたエマの言葉に、ブレックスがすかさず返す。

 

「ティターンズは軍隊ではない。私兵だよ」

 

「自分は……バスク大佐の私兵になったつもりは──」

 

「バスクのではないよ。もっと大きなもの……」

 

 言葉を遮るように、ブレックスは断言した。

 

「地球の重力に魂を引かれた人々の、私兵なのだよ」

 

 エマは、衝撃のあまり言葉を失った。

 

「しかし、単なる脅しの可能性もあります」

 

それでも、わずかに希望を込めた声でクワトロが言い添える。

 

「そんなまわりくどい事をせん男だ。私が一番よく知っている」

 

 ブレックスの声には、幾度となくバスクと対峙した経験からくる確信があった。

 

 その瞬間だった。

 

 レクリエーションルームの通信端末にブリッジからの通信が慌ただしく入り込んだ。

 

『正体不明のカプセルをキャッチしました!』

 

「カプセル?」

 

 一体何のと思うブレックスに代わり、ヘンケンが即座に反応する。

 

「映像を回せ!」

 

 室内のモニターに切り替わった映像には、漆黒の宇宙にひとつのカプセルポッドが浮かんでいる。

 

 暗い宇宙を背に、その楕円形の物体はゆるやかに回転していた。

 

 何かが始まろうとしていた。いや──既に始まってしまっていた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 アレキサンドリアから放出された小さな物体が、無音の宇宙空間を滑るように進む──ゼロのガンダムMk-Ⅱ4号機、アインのアーリーヘイズル、ドゥーのヘイズル改は、その物体がただの通信カプセルではないことをほぼ直感で察知していた。

 

 視界の端にそれを捉えたゼロがセンサーの焦点を合わせると、画面に映ったカプセルはやや古いタイプの観測ポッド、だが──内部に何かいる。

 

 最大望遠、精細化。

 

 拡大されたその映像を、ゼロは目を見開いて見つめた。

 

「……人、だと?」

 

 中に女性の姿が、カプセル越しに映し出された。

 

『カプセルに人が居るよ!』

 

 驚愕するゼロの代わりにドゥーが声を発したが、その直後。

 

『ヒルダ・ビダン中尉……』

 

 と呟いたアインの声が、ゼロの鼓膜を震わせた。

 

「知っているのか?」

 

 思わず問いかけるゼロに、アインは視線を前に向けたまま静かに答える。

 

『連邦軍の材質部門の責任者ですよ。……フランクリン・ビダン博士の、奥さんです』

 

 一拍の沈黙が訪れ、次に来たのはゼロの内臓をねじるような悪寒だった。

 

 材質部門──すなわちガンダムMk-Ⅱの装甲設計に関わる中核人物。

 

 そして彼女が今、何の保護措置もなくカプセルに単身で放り込まれているという事実。

 

 それが意味することに思い至った瞬間、ゼロはヘルメット越しに顔をしかめ、咄嗟に吐き気を堪えた。

 

「そういうことか……っ」

 

 ガンダムMk-Ⅱ3号機の“気配”──あれはフランクリン・ビダンと彼女の間に生まれた子供のもの。

 

 つまり、エゥーゴに合流した彼らの子供、その母親を人質として投げ出したのは、アレキサンドリアに今現在乗艦している“あの男”以外に考えられなかった。

 

 ──バスク・オム。

 

 ティターンズという軍服の下で、軍の威信も倫理も蹂躙する傲慢の権化。

 

 『妙な真似をすればこの女の命はない』。

 

 言葉にはされていないが、その無言の脅迫が全てを物語っていた。

 

「これが……軍隊のやることかよ……」

 

 ゼロは虚空に呟いた。

 

 連邦軍に対する忠誠など元より持ち合わせてはいない。

 

 連邦軍の人間として登録され、士官の階級を得たのも、表向きの都合と命令あっての話だ。

 

 だが、だからこそ今目の前で行われた“行為”が、心底許しがたいほどに胸を焼いた。

 

 ティターンズは作戦行動中、通常の連邦軍構成より二階級上の扱いを受ける。

 

 それは指揮権限だけでなく、戦術上の即応性と独立判断を許されるという意味でもあった。

 

 だが──その“特権”を都合よく解釈し、威張り散らし、無抵抗な人間を“兵器”として弄ぶような上層部がいるのなら──。

 

「下が下なら、上も上だ……」

 

 と、ゼロは静かに吐き捨てた。

 

 悍ましい、だが、悍ましいとわかっていても、彼に今できることは何もない。

 

 その無力さが、たまらなく歯痒かった。

 

 

 

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