ムラサメさん家のイチバン=サン   作:星乃 望夢

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第10話 よくもそんな事が言える!!

 

 アーガマのカタパルトから、一条の閃光が迸る。

 

 ゼロは咄嗟に視線を向けた。そこにあったのは、ガンダムMk-Ⅱ──奪取された3号機であった。

 

「……ちっ、迂闊な真似を」

 

 アーガマ側がこちらの動きを読み取ったのか、それとも、エマ中尉が渡した親書を読んだブレックスが放った手か。

 

 いずれにせよ、カプセルの正体も、そこに母親が閉じ込められていることもまだ伝えていない段階での迎撃は、最悪の引き金になりかねない。

 

 だが──。

 

「……あの気配、間違いない」

 

 ガンダムMk-Ⅱ3号機から放たれる意識の揺らぎ、それはあの強奪時、ゼロが感じ取った心の“波長”と同一だった。

 

 同調するかのように、思考の片隅にまで届く衝動的な焦燥と怒り。

 

 そうか──あれは、母を求める子供の叫びだったのか。

 

 そして今、ヒルダ・ビダンがカプセルの中に居ると知れば──あのパイロットが、動かぬはずがない。

 

 ゼロは手にしたビームライフルを構えた。ためらいはなかった。

 

 狙いは撃ち抜くためではない。感情のまま飛び出してきたあのパイロットの“出鼻”をくじくためだ。

 

 連射音。虚空に焼け跡を刻む光の線が、ガンダムMk-Ⅱの周囲を掠めた。

 

 敵意を見せない、だが確実に警告として通用する斉射。

 

 そして3号機は一瞬、停止した。いや、ためらったのだ。

 

 そのわずかな間隙を、逃さなかった者がいる。

 

『──ッ、動くな!』

 

 アインのアーリーヘイズルが、推力を最小限に抑えながらも一気に加速し、3号機に組み付く。

 

 その動きには殺意はない。むしろ優しさすら孕んだ強制力だった。

 

『君が出てきた理由は、わかっている。だが、今は落ち着いてくれ!』

 

 通信回線を通じて、アインの声が響く。

 

『……ッ、なぜ、ティターンズが──母さんをあんな──!』

 

 返ってきたのは怒声だった。少年の、叫ぶような嘶き。

 

 そしてその怒りの矛先は、ただ母親を閉じ込めた者たちへのものだけではなかった。

 

『あなたは、なぜ、そんなところに居る!? ティターンズの……! 軍の人間が……なんで! どうして!!』

 

 押し潰されるような心の叫びが、通信回線越しでも伝わってくる。

 

 アインは目を伏せかけたが、すぐに視線を前に戻した。

 

『僕も……僕たちも、同じなんです。君と、何も変わらない』

 

 アーリーヘイズルの外部スピーカーから放たれた声は、限りなく静かで、けれど芯のあるものだった。

 

『ティターンズが何をしたか、君がどれだけ怒っているか……わかります。でも、ここで君が突っ込んでいけば、母親は──本当に死にます』

 

『……っ!』

 

『だから、今は止まってください。今、君を押さえたのは、止めるためじゃない。救うためです』

 

 その言葉に、ガンダムMk-Ⅱ3号機が小さく震えた。

 

 怒りと悲しみに歪んでいた気配が、ほんの少しだけ揺らいだ。

 

 それが「納得」ではなくとも、アインの声が届いた証左だった。

 

 ゼロは、銃口を下ろしながらモニターを見つめていた。

 

 そして呟く。

 

「……アイン、お前、いい役者だよ」

 

 その言葉に応える者はいない。

 

 だが確かに、今この場において、暴発した未来を救い止めた者がいた。

 

 ──戦場であっても、言葉は届く。

 

 その証明を胸に、アインはカミーユをしっかりと抱え込んでいた。

 

 しかし再び閃光が走った。

 

 アーガマから飛び立つ機影──赤。

 

 真紅の装甲、黒の縁取り。

 

 それはクワトロ・バジーナの愛機、赤いリック・ディアス。

 

 だが、それを見た者たちの胸中に、ある違和感が奔った。

 

『……あれ、クワトロ大尉じゃない。そんな癖のある操縦、しない』

 

 アインの声が走る。モニターに映るその挙動は、明らかに場当たり的で、粗い。

 

 そして次の瞬間──その赤い機体の進路が、最悪の座標を取っていると気づいた。

 

「……カプセルの方角、だと……!?」

 

 ゼロは最悪の未来を予見した。

 

 同時刻。

 

 アレキサンドリアのから既に発進していたハイザックのコクピットで、紙の命令書を開いていたジェリドが、視界にそれを捉えていた。

 

『敵が奪う素振りを見せた場合は、カプセルを撃破せよ』

 

 文字をなぞり、ジェリドは眉をひそめる。

 

「……やれってのか、これを?」

 

 直後、思考を断ち切るように引き金を引いた。

 

 ザク・マシンガン改が吐き出す鉛弾の群れは、迷いなく宙を飛び、漂っていた小さなカプセルを穿った。

 

 衝撃に軋んだその機体は、数秒の遅延を経て──爆ぜた。

 

『母さん──ッ!!』

 

 絶叫。

 

 カミーユ・ビダンのガンダムMk-Ⅱ3号機が、引きちぎれるような咆哮と共に機体をのけぞらせる。

 

 直後、組み付いていたアインのアーリーヘイズルから振りほどくように、彼は空間に浮いた。

 

「……撃ちやがった……!」

 

 ゼロの声に怒りが滲む。

 

 舌打ちしながら、モニター越しに爆散するカプセルを見つめるしかできなかった。

 

 その瞬間、ドゥーの身体に電流のような衝撃が走った。

 

『──っ!?』

 

 何かが、彼女の思考の奥底に流れ込んできた。

 

 生々しい死の衝撃。

 

 寒さ、恐怖、喪失──死にたくないという女の呻きにも似た、剥き出しの本能的叫び。

 

『あああああっ……!?』

 

 悲鳴に近い声を漏らしたドゥーが、両手で身体を強く抱える。

 

 ドゥーは感じ取ってしまったのだ。

 

 あのカプセルの中に居た──ヒルダ・ビダンの“死に際”を。

 

 そして、アインもまた同じだった。

 

 情報として知っていた、命令の構図も理解していた。

 

 だが──それでも、あのタイミングで撃つとは思わなかった。

 

「……こんな、現実が──あるものか」

 

 汗ばむ掌を強く握り締める。

 

 この世界はアニメの劇中であるはずなのに、今、ここに起きているのは、絵空事ではない。

 

 本物の、生きて死ぬ者が存在する“現実”なのだと、再び刻み込まれる。

 

 そんな中、赤いリック・ディアスは停止していた。

 

 視界の先で、それに接近したのはジェリドのハイザックである。

 

『おい……てめぇ、何してやがるッ!』

 

 警告と共に接触する。

 

『敵かと思ったら、お前……フランクリンかよ!?』

 

 リック・ディアスのスピーカーから聞こえたのは、どこか焦りの滲む、だが確かに聞き覚えのある声だった。

 

『……ああ、私はフランクリン・ビダンだ。何故撃った!?』

 

『ったく、ビビらせんなよ、くそったれが!』

 

 ジェリドが悪態を吐く。

 

 カプセルを撃ったことの是非も、何もない。命令だから撃った、それだけだ。

 

 だが、その裏で何人もの心が、確かに折れた。

 

 ──それが、ティターンズのやり方であるというのなら。

 

 ゼロの中に、またひとつ抗いようのない嫌悪が積み重なっていた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「ぅぅぅぅ、っ、うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーー!!!!!」

 

 爆ぜる火花、振り切れたスラスターが虚空を焼く。

 

 ──その先にいるのは、ジェリド・メサのハイザック。

 

 怒りに駆られたカミーユのガンダムMk-Ⅱ3号機は、凶暴なまでの加速で一直線に突き進んでいた。

 

 その挙動をすぐ後方で確認したのは、アーリーヘイズルに搭乗するアインだった。

 

 一拍遅れ、スラスターを全開にする。

 

「……行くしかありませんね。あの子を止めないと」

 

 さらにその背後では、ゼロのガンダムMk-Ⅱ4号機が無言で加速した。

 

「ドゥー、行くぞ」

 

 だが返答はない。

 

 ドゥーの乗るヘイズル改は、その場に浮いたまま沈黙していた。

 

 ゼロは言葉を失い、その代わりに一瞥だけ送って──静かにスロットルを押し込む。

 

(……無理か。今は静観するしかないな)

 

 一方その頃、リック・ディアスを駆るフランクリン・ビダンは、別方向へと針路を取っていた。

 

「この新型……いや、これは……使える。反応速度も良い、加速性も申し分ない」

 

 自分が奪取したリック・ディアスに満足げな笑みを浮かべながら、母艦アレキサンドリアへと向けて航行していた。

 

 その裏で、カミーユとジェリドの距離は、臨界に達していた。

 

「……エマ中尉か?」

 

 迫ってくるガンダムMk-Ⅱに一瞬だけそう誤認しかけたジェリドだったが、至近で肩のナンバーを見て目を細めた。

 

「03……違う、エマは1号機のはずだ、エゥーゴのか!?」

 

 即座にマシンガンの引き金を引く。

 

 だが、放たれた弾丸はガンダムMk-Ⅱ3号機のシールドに阻まれ、金属音を響かせた次の瞬間、黒と濃紺の巨体がハイザックの目前に食らいついた。

 

『貴様が──貴様が、母さんを!!』

 

 怒声。

 

 ガンダムMk-Ⅱの拳が、まるで格闘用MSかのように唸りを上げ、ハイザックの胸部装甲を叩く。

 

「な、何を言っている!? 母さん……?」

 

 ジェリドは混乱していた。

 

 彼は命令に従ったまで──カプセルの中に誰がいたのかなど、知る由もなかった。

 

 しかし、カミーユにとってはそれが全てだった。

 

 知らなかったでは済まされない。

 

 怒り、悲しみ、絶望、そして──復讐。

 

 その全てを拳に込め、再び殴りかかる。

 

「……この声は……」

 

 殴られながらも、ジェリドは思い出していた。

 

 先日、グリーンノアで出会った少年。

 

 自分が“カミーユ? 女の名前なのに男かよ”とからかい、それで殴られた少年の──声。

 

「カミーユって、女の名前の…くっ、くそ……!」

 

 ジェリドは怒りで唇を噛み、強引にスロットルを吹かす。

 

 その巨体を揺らがせ、ハイザックは身を捩ってガンダムMk-Ⅱにショルダータックルを見舞った。

 

 衝撃が宇宙に走る。

 

 機体の間で火花が散り、金属同士が軋み、反動で両者はわずかに離れた。

 

「……あんな子供に!」

 

 その言葉は、ジェリドのパイロットとしてのプライドからだった。

 

 しかしカミーユにとっては、今ここにいる理由はただ一つ──“母を殺した男”が目の前にいること。

 

 その一点だけだった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 宇宙を滑るように、一機のモビルスーツがアーガマのカタパルトから発進した。

 

 その操縦桿を握るのは、シャア・アズナブルである。

 

 ジオン公国の軍人という仮面を脱ぎ捨てた今、彼は「クワトロ・バジーナ」として、この戦場に立っていた。

 

 彼が駆るのは、カミーユ・ビダンがガンダムMk-Ⅱを強奪した際に鹵獲したガンダムMk-Ⅱ2号機。

 

 その駆動音が唸りを上げると、照準はすぐさま逃げ去る一機の赤いリック・ディアスへと向けられていた。

 

(……やはりあれはフランクリン・ビダンか)

 

 クワトロの視線は鋭く、引き金にかける指に僅かな力が篭る。

 

 だが、その時だった。

 

『母さんを──目の前で、殺されたってのに……よくもそんなことが言える!!』

 

 怒声が、空間を割った。

 

 その音声は、開かれたオープンチャンネルを通じて、この宙域に存在する全ての通信端末へと広がっていた。

 

 発信元は、アインのアーリーヘイズル。

 

 カミーユのガンダムMk-Ⅱ3号機に組みつき、説得を試みていたアインの通信が、全開放されていたのだ。

 

 ──その叫びが、誰よりも強く刺さったのは、フランクリン・ビダンだった。

 

 加速していたリック・ディアスの挙動が、わずかに鈍る。

 

(何……?)

 

 視線の先、リック・ディアスの背に隙が生じた一瞬を、クワトロは逃さなかった。

 

 即座にビームライフルの引き金を引き、進路を塞ぐように牽制射撃を放つ。

 

 光の槍がフランクリンの機体の横をかすめ、リック・ディアスの装甲を焼く。

 

「くっ……!」

 

 咄嗟に回避に移りながら、フランクリンの意識は一瞬、揺らいでいた。

 

 ヒルダが、死んだ?

 

 だがその思考はすぐに冷えた現実とすり替わる。

 

(……違う。悪いのは、カミーユだ)

 

 自分の機体を奪い、ティターンズに刃を向けた──その報復として、親が狙われた。

 

 それだけの話だ。自業自得だ、と。

 

 自分は違う、自分は設計主任だ。ティターンズにとって必要な人間だ。

 

 自分さえリック・ディアスを持ち帰れば、バスクは決して自分を殺さない。

 

(……それに、マルガリータが……)

 

 思考の隙間に、艶やかな笑顔の女の姿が浮かぶ。

 

 若く、従順で、自分を敬ってくれる愛人。

 

 死にたくはない──何があっても。

 

(それにこれは、私の作った機体だ……)

 

 クワトロが操るガンダムMk-Ⅱ。

 

 その機体を、敵の手で、敵の戦法で、目の前に突き付けられている。

 

 設計者としての矜持が、羞恥と焦燥を引き裂く。

 

「だったら──落ちろッ!!」

 

 リック・ディアスの腕が閃き、クレイバズーカが構えられる。

 

 射角は、クワトロのガンダムMk-Ⅱ2号機。

 

 冷静と激情がせめぎ合う思考の中、放たれた砲撃が、宇宙の真空を裂いた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 アーリーヘイズルの両腕が、濃紺と黒のツートーンを持つガンダムMk-Ⅱ3号機の肩を強く掴んでいた。

 

 機体の間合いはゼロ、まるで抱き留めるように、アインの機体はカミーユの前に立ちはだかる。

 

『落ち着いてください、あなたの怒りは理解します……しかし、今は攻撃すべきではない!』

 

 アインの声は決して高ぶらなかった。

 

 淡々と、それでいて深く、真っ直ぐに。

 

『そのまま敵機に手をかければ、戦争が激化するだけです。母君の死を、さらなる憎しみの連鎖に変えることになる』

 

 だが──その静かな言葉が、かえってカミーユの逆鱗に触れた。

 

『理解? お前に何が分かる!!』

 

 激昂。

 

 カミーユの叫びはスピーカーを割らんばかりの勢いで宙域に響いた。

 

『目の前で、母さんが殺されたんだぞ!? 人間が──宇宙に生きた人間が、あんな風に死んでいいわけがない! あれは……人の死に方じゃない!!』

 

 ガンダムMk-Ⅱ3号機がわずかに軋む。

 

 それはパイロットの震えをそのまま伝えていた。

 

『それを見ていたお前が、落ち着けだの、抑えろだの……っ、ふざけるなよ!!』

 

 怒り、悲しみ、混乱。

 

 未熟で、未完成で、それでも本物の人間の叫びだった。

 

 アインは、何も言い返さなかった。

 

 言葉が通じないのではない。

 

 今、この瞬間に正論をぶつける事の残酷さを、彼は知っていた。

 

(怒りが通じなければ、今のカミーユは壊れてしまう)

 

 それでも、止めなければならなかった。

 

 ここで暴走すれば、カミーユは取り返しのつかない道を歩む。

 

『君が怒るのは正しい。叫ぶのも、殴りかかるのも、正しい』

 

 アインは再び、通信を繋いだ。

 

 だが今度は、言葉が変わっていた。

 

『でも、それは本当に母君の望むことですか? 君の母上は──君が戦いに呑まれる事を望んだと、本当に思いますか?』

 

『望んでたさ……! 戦うような息子に育てたくなかった! 母さんは──! 仕事に満足しちゃって、俺のことなんか見向きもしなかった。でも、僕にとっては母親だったんだ! それが、最後には、あんな……あんな……ッ!!』

 

 言葉が詰まる。

 

 泣いていた。

 

 通信越しでも、アインには分かった。

 

 怒りと悲しみの交差点に立ちすくむ子供──それが、今のカミーユだった。

 

 アインは操縦桿から手を離し、機体の肩をゆっくりと下ろした。

 

『……それでも僕は、君に死んでほしくない』

 

 ただ一言だけを、今度はオープンチャンネルではなく、パーソナルチャンネルに切り替えて、静かに呟いた。

 

 

 

 

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