ムラサメさん家のイチバン=サン   作:星乃 望夢

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第11話 俺たちは、こんな場所にいていい存在じゃない

 

 ガンダムMk-Ⅱ3号機は、アーリーヘイズルの両腕の中で微かに震えていた。

 

 外装からは想像できないほどに、機体の内部──その中にいる少年は、脆く、壊れかけていた。

 

 静かな空間に、泣き声が響く。

 

 通信越しの嗚咽。それは涙腺からではなく、心の底から滲み出た“音”だった。

 

『……母さん、どうして……』

 

 もう怒鳴り声ではなかった。

 

 ただ、少年が宇宙に向けて漏らした、問いかけにも似た独白。

 

 誰に向けてでもなく、答えのない叫びだった。

 

 それでもアインは、黙って聴いていた。

 

 遮らず、否定せず、ただ“そこに在る”ことを示すように、機体を離さなかった。

 

 MSの巨体で抱き留めるにはあまりに脆く、小さな心──それを、できる限り落とさぬように。

 

 やがて、カミーユの嗚咽は次第に弱まり、呼吸が不規則に荒れる音だけが通信を通して届いた。

 

『……はぁ……っ、はぁ……っ……』

 

 そのとき。

 

 彼の視界の中に、もう一機の機体が映った。

 

 ガンダムMk-Ⅱ4号機──ゼロの乗る漆黒のガンダム。

 

 その機体はアインとカミーユの目前で減速し、やがて、完全に静止する。

 

 ビームライフルは構えず、両腕は下げたままだ。

 

「……お前が悪いんじゃない」

 

 ゼロの声が、パーソナルチャンネルから届いた。

 

 静かで、乾いていた。

 

 まるで自分自身に言い聞かせるような、鈍い響きだった。

 

「誰も……この結末を望んでなかった。お前も、俺も、アインも、そして……お前の母親も」

 

『……でも、俺は……止められなかった』

 

 カミーユの声が震えた。

 

『何もできなかった……あんな所に母さんが居るって、知ってたのに……それを伝える術もなかった……!』

 

「知っていたのは……俺の方だ」

 

『……え?』

 

 ゼロの機体がわずかに動き、バイザーが僅かに傾く。

 

 その視線の先は、カミーユのガンダムMk-Ⅱではなく、自分自身の胸の内に向いていた。

 

「俺は知っていた。君の母親があのカプセルに囚われていたことも、その所在も──だが、言えなかった」

 

『な、なんで……!?』

 

「言えば、ティターンズに狙われる。奪い返される。最悪、証拠隠滅のために殺される。だから──守るために黙っていた」

 

 重たい沈黙が、通信回線に横たわる。

 

「でも結果はこれだ。誰一人……守れなかった」

 

 静かに吐き出された言葉に、アインは眉を顰めた。

 

 ゼロは、後悔していた。

 

 そして、己の判断で守れなかった命に対する、贖罪の言葉を今ここに吐露していた。

 

 それは、カミーユに責任を押しつけることもなければ、自分の罪を正当化するでもない。

 

 ただ──その死を“悔やんでいる”者の声だった。

 

 カミーユは、モニター越しにそれを見ていた。

 

 敵であり、ティターンズの所属であり、母を囚えた側の人間。

 

 だが、その顔が見えた気がした。

 

 仮面ではなく、生身の表情──人間の顔だった。

 

 やがて、3号機の機体がわずかに動く。

 

 動きに反応し、アーリーヘイズルも構えるが──。

 

 次の瞬間、カミーユの機体はそっと力を抜くように、両手を下ろした。

 

『……許さない。でも……憎しみだけじゃ、何も変えられないのかもしれない』

 

 カミーユの声は、今も震えていた。

 

 それでも、怒りの芯が、ほんの少しだけ剥がれていた。

 

 ゼロは、その言葉に応えなかった。

 

 ただ、一言。

 

「……俺たちは、こんな場所にいていい存在じゃない」

 

 それだけを残し、ゼロの機体はゆっくりと反転し、宇宙の闇へと消えていく。

 

 この場を立ち去るように、誰の制止も受けず。

 

 アインは残されたカミーユの機体を見つめながら、深く息を吐いた。

 

『……帰りましょう。今は、それが一番です』

 

『……うん』

 

 頷きと共に、アーリーヘイズルがガンダムMk-Ⅱ3号機を優しくエスコートするように向きを変える。

 

 戦いは、まだ終わっていない。

 

 だが、ひとつの怒りと、ひとつの対話が、戦場に確かに在った。

 

 ──これは、戦争の物語ではない。

 

 人間たちの、赦しと苦悩の物語である。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 宙域に迸るクレイバズーカの火光。

 

 しかし、それはクワトロに届く前に空を裂いただけだった。

 

「照準精度が甘いな……やはり、お前はMS戦の人間ではない」

 

 ガンダムMk-Ⅱの機体をくるりと回転させながら、クワトロは即座に反撃へと転じた。

 

 ビームライフルから吐き出される光の刃。

 

 それは殺すためではない──脚部、関節、スラスター周りに集中した制圧射撃だった。

 

 だが、フランクリンは逃げることに執着していた。

 

「くそっ……何故、ここまでして俺の邪魔を……!」

 

 自分の造ったガンダムに、命を狙われるという皮肉にフランクリンは気づいていない。

 

 ただ怒りと焦燥に駆られていた。

 

 機体を揺らし、フレアを展開しながら逃げの進路を取るリック・ディアス。

 

 だが、逃げ切れない。

 

 宇宙(そら)は広く、そして何よりも「監視されている」。

 

 クワトロは後方から回り込み、確実に追い詰めていた。

 

「これ以上、無駄に血を流すな。お前はただ、回収されるだけの存在だ……!」

 

 直後、ガンダムMk-Ⅱが急加速し、リック・ディアスの死角に入り込む。

 

 フランクリンは咄嗟に振り返るが──その前に、光が走った。

 

 ガンダムMk-Ⅱの右手から抜き放たれた、ビームサーベル。

 

 迷いのない動作でその刃が閃き、リック・ディアスの背部メインスラスターを切断した。

 

「──ッ!!」

 

 咆哮にも似たフランクリンの呻きと共に、推力を失ったリック・ディアスが制御を失って横転する。

 

 もはや逃走は不可能。

 

 旋回も加速もできないただの“箱”となった赤い機体が、無様に姿勢を崩して漂う。

 

『……リック・ディアス、機能停止』

 

 クワトロの確認の声が通信に乗る。

 

『フランクリン・ビダン、直ちに投降しろ。拒めば、コクピットを破壊する』

 

『くそっ……! エゥーゴの士官風情が……なぜ私にここまで……! 貴様、何者だ!?』

 

『貴様に名乗る名はない』

 

 その一言で、会話は終わった。

 

 すぐにアーガマから発進した回収班のジムⅡがフランクリンのリック・ディアスに接近し、機体を拘束する。

 

 抵抗する術はない。

 

 沈黙のまま、フランクリン・ビダンは戦場から引きずり下ろされる。

 

 戦場に立つ資格は、もうないというように。

 

 ──その様を見ていたゼロは、小さく呟いた。

 

「……あれが、父親の姿か」

 

 その声に、ドゥーはまだ応えない。

 

 失望とも、諦念とも、形容し難いその“揺らぎ”に、ゼロはただ前を向く。

 

 なすべきことはまだ終わっていない。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 静まり返った戦場に、ひときわ重く沈んだ空間があった。

 

 ガンダムMk-Ⅱ3号機──カミーユの機体の傍らに、もう一機の白と青のモビルスーツが寄り添っていた。

 

 アーリーヘイズル。そのコクピットに座るアイン・ムラサメは、隣で膝を抱えるように身を丸めたガンダムパイロットを見つめていた。

 

 ──カミーユ・ビダン。

 

 その名を、アインは一度心の中で繰り返す。

 

 彼が何者なのか、どういう立場なのか、すべてを把握しているわけではなかった。

 

 それでも、この少年が今、深く傷ついていることだけは痛いほど伝わっていた。

 

 しばらくすると、別のモビルスーツが彼らに接近してくる。

 

 ガンダムMk-Ⅱ1号機、接触回線を開いたその機体から現れたのは──エマ・シーンだった。

 

 通信が開かれる。

 

『アイン少尉、彼を預かる。私がアーガマまで連れていきます』

 

 その申し出に、アインは無言で頷いた。

 

 それは、信頼の証でもあった。

 

 アインのアーリーヘイズルがわずかに後退し、エマのMk-Ⅱがカミーユの機体へと接近する。カミーユは微かに首を振ったが、エマの静かな声に従って、Mk-Ⅱ3号機をアーガマへ向けた。

 

 その背中を見送ると、アインは再びモニターを切り替える。

 

 画面に映るのは、戦闘開始以来、まったく動かない一機のモビルスーツ。

 

 ドゥーのヘイズル改。

 

 ──彼女が搭乗していた機体。

 

 あの“カプセル”が弾け飛び、ヒルダ・ビダンの命が虚空に散った瞬間から、ドゥーの機体はピクリとも動かない。

 

 まるで、心臓を失った人形のように、沈黙を続けていた。

 

 アインはゆっくりと操縦桿を引き、ヘイズル改の傍らに機体を寄せる。

 

『ドゥー……聞こえますか? 僕です、アインです』

 

 応答はない。

 

 けれど、それを想定していたアインは、さらに言葉を重ねる。

 

『あなたが見たもの、僕もわかります。人が死ぬ感覚は……言葉にできません。でも……教えてください。あなたが、今、何を感じているのか』

 

 その言葉に応えるように、わずかにノイズ混じりの通信が返ってきた。

 

『……ボク……あの人が死んだ時……何かが、断ち切れる感覚が、あった。心が……引き裂かれて、空っぽになって……なのに、身体は動いてて……怖かった』

 

 震える声だった。

 

 かすれて、それでも言葉にしようとする意思があった。

 

 アインは無言で操縦桿を手放すと、アーリーヘイズルのコックピットを開け、機体から宇宙空間へと身を滑らせた。

 

 姿勢を保ちながら、慎重にドゥーのヘイズル改のハッチへと取りつく。

 

 装甲を叩く、ゴン……ゴン……と、重い音。

 

『ドゥー。開けてください。僕です』

 

 しばらくの沈黙の後、ゆっくりとヘイズル改のコックピットが開いた。

 

 そこにいたのは、ヘルメット越しでも分かるほどに表情を硬直させたドゥーだった。

 

 両肩を強張らせ、視線は虚空の一点に彷徨い──涙すら出ていない。

 

 アインは彼女に何も言わず、狭いコックピットの中に入ると、ゆっくりと彼女の身体を抱き締めた。

 

 その背を優しく、しかししっかりと叩く。

 

 背中越しに伝わる温もりと、呼吸の鼓動。

 

 ようやく、ドゥーの身体から力が抜けた。

 

「…………アイン……」

 

 かすれた声が、彼の胸元で震える。

 

 それが、限界だった。

 

 ドゥーは、静かに目を閉じ、アインの胸の中で眠りに落ちた。

 

 彼女のヘルメット越しに微かに響く寝息を感じながら、アインはコックピット内の座席に彼女を横たえ、自身が操縦席へと座り直す。

 

 ヘイズル改の操縦系にアクセスし、アインは自身のアーリーヘイズルの両脇を慎重に抱えて両機を接続。

 

「──ゼロ、こちらアイン。ドゥーを回収しました。合流地点へ向かいます」

 

 通信の向こう、ゼロの声が静かに返ってきた。

 

『了解した。こちらも収束に入る』

 

 再び戦場を進む。

 

 だがそれは、破壊のためではない。

 

 誰かを守るための、帰還の道だった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 宇宙に散った火花が、やがて沈黙へと変わりつつあった。

 

 アーガマから撤退信号が上げられると、時間差でアレキサンドリアからも撤退信号が上がる。

 

 それに従い各小隊の機体が戦線を離脱していった。

 

 アインが搭乗するヘイズル改は、未だ目を覚まさないドゥーを抱えて慎重に母艦へと戻っていく。

 

「もう……大丈夫ですから。どうか、ご安心を……」

 

 コックピットの中、アインは静かに語りかける。

 

 返事はない。

 

 だが、微かに震えていたドゥーの指先が、次第に力を抜いていくのがわかった。

 

 そして彼女の機体は格納庫に滑り込む。

 

 着艦と同時にアインは急いでハッチを開け、医療班へと引き渡す準備に移る。

 

「どうか、最優先で手当てを。彼女の心は、まだ深く……傷ついたままです」

 

 その声音は穏やかでありながらも、強く、医療班の動きを促す。

 

 自らドゥーの身体を運ぶアインは、まるで壊れ物を抱えるように、そっとその身を預けた。

 

 一方その頃──。

 

 ゼロも同じくアレキサンドリアに帰艦した直後、艦内通信でブリッジへの召集を受ける。

 

 呼び出したのは、作戦指揮官ジャマイカン・ダニンガン。

 

 その顔には、怒りと苛立ちが明らかに浮かんでいた。

 

「またしてもMk-Ⅱの確保に失敗したか、ムラサメ中尉!」

 

 開口一番、怒号に近い声音がゼロを迎える。

 

 ゼロは静かに敬礼し、少しも動じることなく答える。

 

「我々の作戦任務は、エマ・シーン中尉の護衛であります。中尉の無事な帰投を支援し、その目標は達成されております」

 

「だが! そのエマ中尉は、貴様らの目の前で敵に寝返ったではないか!」

 

 激怒するジャマイカン、しかしゼロは微動だにしない。

 

「彼女の思想的立場の変化や行動の監視については、我々の任務外です。監督責任は、艦隊司令部および上官である貴官にあるものと存じますが?」

 

 鋭く言い返され、ジャマイカンの顔色が引きつる。

 

 だが彼の口からは、明確な反論が出てこない。

 

「──何か反論があるのなら、お聞きしましょうか」

 

 ゼロの声には、冷ややかな鋼の響きがあった。

 

「……ムラサメ中尉。この一件で、君の立場は──」

 

「その件につきましては、ジャミトフ閣下へ私より正式に報告いたします」

 

 淡々と、しかしはっきりと言い放つゼロ。

 

 その一言は、ジャマイカンにとって致命的だった。

 

 上層部への“直接報告”は、彼自身の監督不行き届きを問われることを意味する。

 

「……勝手にしろ」

 

 ついにそれだけを言い残し、ジャマイカンは椅子に腰を沈めた。

 

 怒りというよりも、敗北に似た沈黙だった。

 

 ゼロは再度敬礼をすると、何も言わずブリッジを後にする。

 

 その背中は、怒りでも勝利でもない──冷徹な現実主義者としての矜持が刻まれていた。

 

 静まり返った艦内通路に、足音だけが残される。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 医務室には、心電計のリズムと換気装置の静かな音が絶え間なく響いていた。

 

 白く照らされたベッドの上で、ドゥーは眠っていた。

 

 長い睫毛を伏せ、時折微かに眉間を寄せる彼女の表情は、まだ夢のなかで彷徨っているかのようだった。

 

 傍らに座るアインは、優しくその手を取っていた。

 

 その手はまだ、冷たい。

 

 だが、機械ではない確かな温もりを持っていた。

 

「……あなたは、ひとりではありません」

 

 呟くような声、たが、その声音には決意があった。

 

「誰もが、生きる意味を問われながら戦場に立たされています。ですが……あなたのように、人の死を“感じ取れる”者は、そうはいない」

 

 アインは、そっとドゥーの指先に自分の指を重ねる。

 

「この痛みも、喪失も……僕が覚えておきます。ですから、どうか──」

 

 そのとき、静かにドアが開いた。

 

 足音を忍ばせるように入ってきたのは、ゼロだった。

 

 彼の表情には疲労と緊張が僅かばかり滲んでいたが、その眼差しは真っ直ぐだった。

 

「ドゥーの容体は?」

 

 小声で問うゼロに、アインは軽く首を振った。

 

「眠っています。恐らく、精神的な反動による一時的な休眠状態でしょう……肉体には、傷はありません」

 

 それを聞き、ゼロはわずかに息を吐いた。

 

 ほっとしたのか、それとも確認を終えて次の段階に気を切り替えたのかは定かではない。

 

「すまない、アイン。……悪いが、調書の作成を手伝ってくれないか」

 

 その声には、感情を殺した冷静さがあった。

 

 軍人として任務を遂行する者の声音だった。

 

 アインはゼロを見つめ、すぐに頷いた。

 

「はい。わかりました。……ドゥーが目を覚ました時、責任の所在を曖昧にさせないためにも、必要な記録だと思います」

 

 静かに、しかしどこか名残惜しそうに、アインはドゥーの手を離す。

 

「……どうか、今だけは、何も見ず、何も感じずにいられますように」

 

 そう囁き、立ち上がったアインは、僅かだけドゥーに視線を送り、ゼロとともに医務室を後にした。

 

 閉じられた扉の向こう、少女は今も眠っていた。

 

 ──何かを護るように、小さく拳を握りしめながら。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 静まり返ったアレキサンドリアの簡易作戦室。

 

 時刻は深夜を回っていた。

 

 艦の灯りも必要最低限に落とされ、モニターだけが青白く二人を照らす。

 

 その前に並ぶ二人──ゼロとアインは、無言のままタイプ音を重ねていた。

 

 モニターに映るのは、ティターンズ・特別機密回線「Echelon-A」──ジャミトフ・ハイマン准将直属の報告用チャンネルだ。

 

 打鍵の手を一瞬だけ止め、アインが視線だけをゼロへ送る。

 

「最終確認を。……内容に問題は?」

 

 ゼロは頷き、最後の一文に自らの署名を加える。

 

 そして──報告書は、確かに完成された。

 

 

---

 

【極秘報告書】

 

発信元:ティターンズ特別戦技実証部隊〈ムラサメテストチーム〉

発信者:ゼロ・ムラサメ、アイン・ムラサメ

宛先:ジャミトフ・ハイマン准将(機密回線コード:Echelon-A)

送信日時:U.C.0087年3月3日 02:47 JST

機密分類:TITANS/Echelon-A/最優先

 

 

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第一項:作戦経過の俯瞰的評価(文責:アイン・ムラサメ)

 

 本作戦におけるティターンズ作戦目的は、ガンダムMk-Ⅱ強奪事件に関連するカミーユ・ビダンの身柄確保及び、母艦アーガマに対する圧力行使と分析されます。

 

 その中で確認された特筆事項として、ガンダムMk-Ⅱ3号機を奪取したカミーユ・ビダンの両親は、父がティターンズに所属するガンダム開発主任技術者フランクリン・ビダン大尉、母が連邦軍材質工学部門主任技官ヒルダ・ビダン中尉であることが判明しました。

 

 ヒルダ・ビダン中尉は作戦中に死亡、フランクリン・ビダン大尉は現在エゥーゴの捕虜となっています。

 

 本件はティターンズと連邦軍双方において、人的資産として非常に重大な損失であると考えられます。特にヒルダ中尉の設計したチタンセラミック複合装甲技術は、現在のMS材質分野において極めて価値の高い知的資産であり、その死去は惜しむべきものです。

 

 ──以上を踏まえ、本作戦は人的資源面での損耗が大きく、またカミーユ・ビダンの奪還に失敗した点からも、全体の意義に対して再評価が求められるものと考えます。

 

 

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第二項:指揮系統上の問題と現場指揮者の逸脱行為(文責:ゼロ・ムラサメ)

 

 ムラサメテストチームは、本作戦においてアーガマへ接近したエマ・シーン中尉の身柄保護および連邦軍将兵の安全確保を任務として従事しておりました。

 

 それに対し、ジャマイカン・ダニンガン少佐は、当方の任務目的を無視した命令及び一方的な圧力を繰り返し、挙句の果てにはエマ中尉の“寝返り”に対し当方へ責任を転嫁する発言を行いました。

 

 本件は指揮系統の明確な逸脱であり、ムラサメテストチームはティターンズ所属ではあるものの、バスク・オム大佐直属ではありません。

 

 また、本作戦全体の計画立案・実行には、バスク大佐が主導したと思しき「人質を用いた脅迫行為」が確認されております。

 

 このような行為は、連邦軍軍規第十二条「戦略目的に対する民間及び非戦闘員の不当利用」に抵触するものであり、ティターンズの威信と正統性を著しく損なう危険を孕んでいます。

 

 

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第三項:ムラサメテストチームの作戦行動概要(文責:連名)

 

・ゼロ・ムラサメ(Mk-Ⅱ 4号機)およびアイン・ムラサメ(アーリーヘイズル)は、エマ中尉のアーガマ突入を支援・随伴。

 

・その後、カミーユ・ビダンによる反撃を受けるも、交戦による被害拡大を回避し、中立的介入にてカミーユの暴走を抑止。

 

・作戦終盤、精神的に不安定となったドゥー・ムラサメ(ヘイズル改)をアイン少尉が収容し、帰艦。

 

・ガンダムMk-Ⅱ 1号機(エマ中尉機)と3号機(カミーユ機)は再びアーガマ側に奪取され、追撃は行わず撤退。

 

 

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 機密戦術報告書抜粋

 

発信者:ゼロ・ムラサメ、アイン・ムラサメ(ムラサメテストチーム)

宛先:ジャミトフ・ハイマン准将閣下

件名:グリーンノア1宙域 作戦報告書(要約抜粋)

機密指定:レベル5

 

 

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◼ 作戦経過に関する報告(ゼロ・ムラサメ 記載)

 

作戦中、グリーンノア1コロニー外縁宙域にて敵勢力が複数展開。これに伴い、連邦及びティターンズの要人(技術士官)であるフランクリン・ビダン技師(ガンダムMk-Ⅱ設計主任)が、敵機体と思しきリック・ディアス(赤)に搭乗して出撃したことを確認。

 

本機(ゼロ・ムラサメ搭乗、Mk-Ⅱ4号機)は敵機に対して接近戦を敢行。主推進器(バックパックブースター)をビームサーベルで切断し、当該機を機動不能状態へ移行させたことを確認。鹵獲を試みるも、即時の対応が叶わず。

 

直後、同宙域にて現れた機体──ガンダムMk-Ⅱ2号機と推定される高性能機──が急行。明確な交戦意思を持たず、機体行動及び操縦特性から、当該機の操縦者はクワトロ・バジーナ大尉(=シャア・アズナブル)と特定が極めて濃厚。同機は敵性リック・ディアスに接触し、フランクリン・ビダンを機体ごと回収、戦域から離脱。

 

以上により、当戦闘における技術的・戦略的損失は重大である。

 

ティターンズ・連邦の設計主任1名:敵組織の手に渡る

 

同・材質部門責任者(ヒルダ・ビダン中尉):戦死確認済み

 

敵勢力による複数のガンダムMk-Ⅱ機体の独自運用疑惑:発生

 

 

作戦全体としては、当チームに与えられた任務「エマ・シーン中尉の護衛」は遂行完了。ただし、現場における**上層指揮系統の混乱と介入(ジャマイカン少佐)**により、部隊間の協調に問題が生じたことを明記する。

 

 

---

 

◼ 私見による分析と評価(アイン・ムラサメ 記載)

 

今回の作戦行動における損害と得失について、以下に私見を記す。

 

ティターンズにとっての要人であり、ガンダム開発の根幹を担ったフランクリン・ビダンおよびヒルダ・ビダン両名を同時に喪失した事実は、軍事機密・技術流出リスクの面において極めて深刻である。

 

特に、フランクリン氏が敵性MSを運用可能な技術的知見と経験を有していたことは明白であり、彼の存在が今後、敵勢力のMS開発・戦術拡張に直結する可能性は否定できない。

 

また、現地にて展開されたジャマイカン少佐の指揮系統に基づく強引な作戦指示、および現場部隊への不干渉または介入の在り方は、戦局を混乱させる一因となった。特に、指揮系統を逸脱した命令や現場の判断を無視する形での統制は、部隊の統一行動に悪影響を与えると判断する。

 

以上の内容を踏まえ、本件の全容はティターンズ中央司令部ならびに閣下のご判断を仰ぎたく、報告いたします。

 

 

---

 

以上、現場記録・映像・通信ログを添付の上、正式送信。

発信署名:ゼロ・ムラサメ/アイン・ムラサメ

所属:ティターンズ/ムラサメテストチーム

 

 

---

 

 以上をもって、我々はムラサメテストチームの行動における軍規違反は一切なく、任務の範囲内にて人道的配慮と戦術判断を重視したことを、ここに報告いたします。

 

 ──我々は、組織の未来に対して責任を持ちたいと考えています。

 

 ゼロ・ムラサメ

 アイン・ムラサメ

 

 

---

 

 打鍵が止むと、ゼロは報告書の電子封印コードを入力し、ジャミトフ宛の専用チャンネルに転送命令を実行する。

 

 送信完了の表示が点灯した瞬間、室内に一瞬だけ沈黙が走った。

 

 「……終わりました」

 

 アインが小さく呟く。ゼロも無言で画面を見つめたまま、ゆっくりと背もたれに身体を預けた。

 

 この報告書が、どこまで届くのか──あるいは、届いた先に、何が起こるのか。

 

 それは、もう彼らの手を離れた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 南米ジャブロー第一通信管制室・特別戦略回線室

 

 空気が凍てついていた。

 

 壁際に整然と並んだ戦術スクリーンとホロ投影盤が、赤と青の警告を明滅させている。

 

 静まり返った室内で、ジャミトフ・ハイマン准将はただ一人、報告書を読み終えていた。

 

 ティターンズ特別戦技実証部隊──通称「ムラサメテストチーム」から届いた最優先報告。

 

 文体は冷静で、感情的な表現は徹底して排されていた。

 

 だが、それでも分かる。文面の裏に流れる激しい怒りと苦悩が。

 

「……無様だな、ジャマイカン……そして、バスク」

 

 低く、誰にも聞かせるつもりのない声で、ジャミトフは呟いた。

 

 戦術オペレーターがホロパネル越しに投影した戦術映像──それは紛れもなく、現場の“真実”だった。

 

 フランクリン・ビダンの愚行。リック・ディアスを盗み出し、挙句クワトロに無力化されるという醜態。

 

 ヒルダ・ビダンの最期は記録されていなかったが、後に続く通信ログで、その断末魔の叫びは克明に残っていた。

 

 エマ・シーン中尉の決断。

 

 ドゥー・ムラサメの沈黙。

 

 そして、ゼロ・ムラサメとアイン・ムラサメによる、中立かつ人道的な介入と収容行動──。

 

 どれも、現場指揮官ジャマイカンの粗暴な命令とは対照的だった。

 

 やがて、報告書最下段の「一文」がホロスクリーンに浮かぶ。

 

> 「──我々は、組織の未来に対して責任を持ちたいと考えています」

 

 

 

 それを目にした瞬間、ジャミトフは眉を微かに吊り上げた。

 

 野心か。理想か。あるいはその両方か。

 

 だが、使える──そう判断するには十分な資質だった。

 

「……この手の者が居なければ、組織は腐る」

 

 彼の眼光が鋭く細められる。

 

 ジャミトフ・ハイマンは、決して理想家ではない。

 

 だが、冷徹な現実主義者として、己の構想を完遂するために必要な“駒”の価値を見抜く力は持っている。

 

 バスクは“必要悪”だった。だが、あれは既に暴走を始めている。

 

 ジャマイカンは軍人としての忠誠こそあるが、狭量で器が小さい。

 

 ──それに対し、ゼロとアインは違った。

 

 彼らは戦場で“見て”いた。

 

 殺さずに戦い、命を繋ぎ、整合された報告と“矛盾する通信ログ”という二重構造の報告を送りつけてきた。

 

 つまり、この二人は“ジャミトフ・ハイマンに読ませる報告書”を意図して書いたのだ。

 

「察したぞ……よくやった」

 

 呟きは、満足を滲ませていた。

 

 ジャミトフは静かに椅子から立ち上がり、側近の戦略幕僚へ指示を飛ばす。

 

「ムラサメテストチーム──特別行動権限を認可。次回出撃に際し、上級指揮官の許可を要さず、独自判断で行動してよいものとする」

 

「はっ、閣下。対象はゼロ・ムラサメ中尉およびアイン・ムラサメ少尉で間違いありませんか?」

 

「それでいい。ドゥー・ムラサメは……医療監査の後、再配置を。生かせ」

 

「了解」

 

 端末が静かに閉じられる。

 

 そしてジャミトフはひとり、再びホロパネルに浮かぶ映像の断片を見つめた。

 

 ビームサーベルで推進器を断ち切られ、漂うリック・ディアス。

 

 カミーユの咆哮。

 

 アインの優しき収容。

 

 そして、ゼロの無言の防壁。

 

「若い……が、良い」

 

 ジャブローの中で、ジャミトフは小さく、確かに頷いた。

 

 

 

 

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