ムラサメさん家のイチバン=サン   作:星乃 望夢

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第13話 君は……戦うのか。それとも、導くのか?

 

 グリーンノア1の司令部に設けられた静かなブリーフィングルームに、アインの丁寧な声が響いた。

 

「お忙しいところ、失礼いたします。……ブライト・ノア大佐」

 

 かつてホワイトベース艦長として一年戦争を戦い抜いた男。

 

 今は閑職に追いやられた立場ながら、再び軍務に呼び戻された彼の眼前に立つ若き士官──アインは深く礼を取る。

 

 その手には正式な人事辞令が握られていた。

 

 “ペガサス級強襲揚陸艦『アルビオン』艦長任命”。

 

 そして階級は、中佐から大佐へと昇進が明記されていた。

 

 再びペガサス級に乗る日が来るとは。

 

 だが、それ以上にブライトの視線を釘付けにしたのは、辞令と共に添えられた艦載予定機体のリストだった。

 

 ──RX-121、RX-178。

 

 どちらも“ガンダム”の名を持つ、最新鋭のモビルスーツ。

 

 思わず、小さく息を吐く。

 

 自分はまた、“あの名”を背負わされるのか。

 

 再び、少年たちを戦場に立たせる日が来るのか──。

 

 その問いは、かつてアムロや他の皆を見送った記憶と共に重くのしかかる。

 

「また、“ガンダム”を出すのか……」

 

 沈んだ声で呟いたブライトに、アインは真っ直ぐ視線を向けた。

 

「私のような者が大佐をお呼び立てするのは、正直に申し上げて身の程を弁えぬ行為かとも思いました。……ですが、我々は既に戦場に居ります。若者が最前線に立ち、命を懸ける時代が、また訪れてしまったのです」

 

 その口ぶりには、若き者としての無念と、大人としての覚悟が僅かににじんでいた。

 

「だからこそ、信頼できる艦長が必要でした。私は、あなたしか思いつかなかったのです」

 

 ブライトは静かにアインの言葉を噛み締めるように目を閉じた。

 

 やがて、ゆっくりと瞼を開く。

 

 そこに浮かぶのは、かつての自分──右も左も分からぬまま戦場に放り込まれた、若き士官の姿。

 

 あの頃、自分たちを支えてくれたのは、パオロ艦長やマチルダ中尉、そして軍規より人としての倫理を貫いた、幾人かの「大人」たちだった。

 

 陰日向、時には敵として、戦場を知らぬヒヨッコを支えてくれた彼らの存在がなければ、あの戦争を乗り越えることはできなかった。

 

 ──今、自分がその「大人」になれるのか?

 

 若き士官たちに、あの頃の彼らと同じような重荷を背負わせようとしている今の時代に、果たして自分は何ができるのか?

 

 導く資格など、自分にあるのだろうか?

 

 答えは出ない。

 

 ただひとつ言えるのは、導く者が誰もいなければ、若者たちはまた孤独の中で死んでいくということ。

 

 それだけは、させたくなかった。

 

 目を上げ、再びアインの顔を見る。

 

 この若者もまた、言葉の端々に悩みと葛藤を滲ませながら、それでも決断を下してここに立っている。

 

「──分かった。艦長を引き受けよう。だが、覚えておけ、アイン少尉。“ガンダム”に乗るというのは、それだけで世界に影響を及ぼす。背負うものの重さを、忘れるな」

 

「……はい。肝に銘じます、大佐」

 

 互いに敬礼を交わしたその瞬間、ペガサス級アルビオンは再び歴史の舞台へと動き出すこととなった。

 

 そしてブライト・ノアもまた、“ガンダムを導く者”として、再び運命に向き合うことになるのだった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 封筒に刻まれた黒い双頭鷲のエンブレム──。

 

 それが何を意味するかは、嫌でも目に飛び込んできた。

 

 ティターンズ──。

 

「……また、か」

 

 小さく呟いて、コウ・ウラキは吐息と共に硬い椅子の背にもたれかかった。

 

 だが、今の彼の胸中にあったのは怒りではない。戸惑いだった。

 

 表向きはティターンズ所属、だが直属はジャミトフ・ハイマン。

 

さらに添付された一枚の別紙には、こう書かれていた。

 

> 『本配属は、ティターンズ内において独立権限を付与されたテスト運用部隊「ムラサメ研究部隊」への参加である。

 

 作戦指揮官アイン・ムラサメ少尉、戦術補佐ゼロ・ムラサメ中尉の二名が前線統括を行う。

 

 指揮命令系統にバスク・オム大佐は含まれない。

 

 また、部隊配属後は艦艇《ペガサス級アルビオン》を母艦とし、必要に応じて艦隊行動及びMS部隊護衛任務に就いてもらう。』

 

「……アルビオン……だって?」

 

 コウは思わず、手元の紙を見返した。

 

 あの艦の名前を、今さら、ここで見せられるとは。

 

 処刑されたシナプス艦長の最期が、脳裏に蘇った。

 

 あの艦は戦争の縮図だった。

 

 理不尽と正義とが混在し、仲間が死に、勝利してなお汚名を被った戦場の記憶。

 

 だが。

 

「……なるほどな」

 

 ふと、彼は気づいた。

 

 これは“あえて”アルビオンの名を使ってきたのだと。

 

 自分に、声がかかった理由もわかった。

 

 添付の人員一覧に、小さな注釈がある。

 

> 『(※元アルビオンクルーで現役にある者には、必要に応じて優先招集を行う)』

 

 つまり──これは、あの艦の記憶を背負う者たちへの呼びかけだった。

 

「シナプス艦長、あなたの名は書かれていなかったよ」

 

 コウは、机の上に写真立てを伏せた。

 

 写真には、未だ笑う艦長と、不死身の第四小隊の面々。

 

 そして、キースと並んで敬礼する自分の姿があった。

 

 だが、モンシアやベイト、アデルの名は、書類にはなかった。

 

 あの3人は……駄目だったのだろう。

 

 いや、モンシアとベイトの事を思い出せば確かに頼もしい戦友ではあるが、新設の若い士官のいる部隊に放り込むのは、規律という面を見ると酷なところもある。

 

 

 そして、艦長の名が無いのは──彼が既にいないからだ。

 

「……俺はまだ、生きてる。生きてるうちは、やれることをやる」

 

 彼は一つ、深く息をついて口元を引き締める。

 

 迷いはある、警戒もある。

 

 ティターンズの名が胸を重くする。

 

 だが──アイン・ムラサメ。

 

 その辞令の文面からは、確かに人間の温度が感じられた。

 

 形式と規則の軍務に、どこかに“魂”を求めるような──そんな気配を。

 

 それに、アルビオンが帰ってくる。

 

 ならば、もう一度だけ──やってみる価値はある。

 

「……キースにも、声がかかってるかもしれないな」

 

 そう呟いて、コウは机上のペンを手に取った。

 

 辞令受諾の署名欄に、ゆっくりと名を記す。

 

 ──コウ・ウラキ。

 

 その文字は迷いなく、しかし静かに、白紙を染めていった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 コウは、辞令を握った手にじわりと汗が滲むのを感じていた。

 

 あれから4年。

 

 地球の片隅でモビルスーツの試験運用や部隊訓練を任されるだけの地味な任務を続けていた彼に、突如届いた異動通達──「アルビオンへの再配属」。

 

 しかも指揮官の名は、「アイン・ムラサメ少尉」。

 

 若すぎる。

 

 だが、添付された書類は驚くほど丁寧で、要点も明確だった。

 

「当該部隊はティターンズ所属でありながら、バスク大佐直属ではなく、ジャミトフ総司令の監督下に置かれる独立テスト部隊である」──

 

「アルビオン艦長はブライト・ノア中佐に任命された」──

 

 コウは思わず声を漏らした。

 

「……ブライト・ノア中佐……あの人が?」

 

 ホワイトベースの艦長。

 

 面識はない。

 

 だがその名は、戦後に何度となく耳にした。

 

 英雄──いや、神話に近い存在だった。

 

 だが同時に、政治的な理由から艦隊勤務から外され、閑職に追いやられていたとも聞く。

 

「……アルビオンに、戻るのか」

 

 誰にともなく呟いたコウは、その足で同じ基地内の整備ハンガーへ向かった。

 

 資材の並ぶ格納庫で、キースは煙草をくわえ、整備ログをめくっていた。

 

「キース、少し時間いいか?」

 

「……あ? コウか。何だよ、改まって」

 

 キースは煙をくゆらせながら目を細めた。

 

 久々に会ったコウの顔には、どこか緊張と覚悟の入り混じった色が浮かんでいる。

 

「辞令が届いた。俺……アルビオンへ戻ることになった」

 

「はぁ? アルビオン? マジで? ……あのボロ艦、また動くのか?」

 

「艦長はブライト・ノア中佐。今度の任務は、ティターンズの独立部隊として──ムラサメ少尉の下に配属される」

 

 キースは煙草の灰を指で弾き落とし、露骨に眉をひそめた。

 

「ティターンズ、ねぇ……。バスクの下じゃないにしても、俺たちに声がかかるなんて、皮肉だよな」

 

「でも、書類には“ムラサメ隊はティターンズに染まっていない”とあった。それに、シナプス艦長の名が元艦長として記されていた……亡くなった彼を貶めるような者なら、俺は絶対に行かない」

 

 キースはその言葉に小さくうなずくと、口元から煙草を外して灰皿に押しつけた。

 

「……お前は、行くつもりなんだな」

 

「ああ」

 

「……わかったよ、コウ。俺のところにも同じ辞令が来てる。だけど、ちょっとだけ考えさせてくれ」

 

「もちろんだ」

 

 そう言って去ろうとするコウに、キースは背を向けたままぼそりと呟いた。

 

「……伝説の艦長に、あの艦。それを拾いに来たのがまだ“少尉”の若造ってんなら……やれやれ、これはもう、面白くなりそうじゃねぇか」

 

 格納庫の薄暗がりに、わずかに笑みがにじんだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 機体搬入3日目、午前0830時

 

 ガガガ……ギィィィ……

 

 鈍く重い音とともに、コロンブス級輸送艦がグリーンノア1港湾設備の格納区画に着艦した。

 

 内部には、強化フレームで囲われた巨大な何かが収められている。

 

 艦内がその圧力に押し潰されるような感覚に包まれた。

 

「な、なんだあれは……サイコガンダム、か?」

 

 アインの機付き整備主任の一人が顔を引きつらせて呟く。

 

 艦内の照明が、その輪郭をうっすらと照らし出す。

 

 異様な“腕”、過剰に肥大化した“脚部”が別梱包で運び込まれるのを見た者たちの間に、沈黙が流れた。

 

「……いや、違う。違うなこれは。中身はサイコだけど、“ただのサイコ”じゃない」

 

 そう呟いたのはアインだった。軍帽の下の目が、慎重に手許の電子パットを読んでいく。

 

──《RX-008/C-PH ギガンティック・コンフィギュレーション》──

 

 そこに記されていたのは、ムラサメ研究所の技術班が夜を徹して詰めた独自の運用計画。

 

 サイコガンダムを中核とし、必要に応じて巨大な腕脚を換装することで、モジュラー型MAに進化させるという異端の構想だった。

 

「サイコギガント……サイコミュ・モジュール換装兵装? ……はは、ムラサメ研は正気ですか?」

 

 無意識に笑いが漏れる。

 

 だが、目は笑っていなかった。

 

 アインは歩を進め、別のラックに目をやった。

 

 既に搬入済みだったフルドドユニットが、ヘイズル改とセットで整備待機状態に置かれている。

 

「……なるほど、そう出来るか」

 

 その横に、ラッチパネルで厳重に梱包された“予備補修パーツ”と銘打たれた部品があった。

 

 ──サイコギガント用の巨大なアーム、脚部のスペアパーツ。

 

 明らかにサイコガンダムの腕脚そのものであり、しかも調整済みの印がある。

 

「これを……ヘイズルもフルドドに合わせれば……」

 

 アインの中で、脳内の設計図が交差し始める。

 

 巨大なアームによる格闘能力。

 

 指部からのマルチビーム。

 

 AMBAC兼用脚部による瞬間制動と跳躍機動。

 

 なによりこの場に集ったパーツたち。

 

「──いけるな」

 

 ぽつりと呟いたその言葉は、静かな艦内に響いた。

 

 整備主任が驚いたように振り返った。

 

「……え? な、何が、少尉?」

 

「この構成……調整すれば、ヘイズル改にも換装できる。サイコミュ制御は使えないが、AMBACと推力分散によるMS規模の超重装形態。フルドドと組み合わせて、アドヴァンスド・ヘイズルの次のステージ――“ギガンティック・ヘイズル”、試せる」

 

「ま、まさか……この、怪物を……艦内で?」

 

 アインは静かに首を振る。

 

「常時運用は無理です。しかし……“いざ”という時には、組んで出す。選択肢があるのと無いのとでは、戦場では雲泥の差となります。……それに」

 

 一拍置いて思い出すのは、自分が申請した白亜の戦艦。

 

「……あのデンドロビウムを積んで出撃した艦もあったんだ。あのアルビオンなら、やれないわけじゃない」

 

 沈黙が走る。

 

 誰もが理解していた。

 

 ──“これは正気の沙汰ではない”。

 

 だが同時に、彼らは理解し始めていた。

 

 ──“この少尉は、本気だ”。それも、理論と現場の両面からだ。

 

「準備を始めてください。ギガンティック形態の各ユニットは個別メンテで構いません。ヘイズル改への一部適合試験も、仮設フレームで大丈夫です」

 

「りょ、了解……はぁ、また騒がしくなるな……」

 

 整備主任が苦笑まじりに工具を構えたのを見て、アインは深く頷いた。

 

 こうして、ティターンズの中でも異端の異端、“ガンダムの名を冠しながらも、戦場をねじ伏せる怪物”が、その胎動を始めた。

 

 それはまさに──。

 

『ガンダムのくせにMA』というスラングが、現実になる瞬間だった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ──調整試験004-A/サイコミュ動作試験開始記録ログより

 

「機体ステータス……問題なし。サイコミュ、接続を開始する」

 

 アインは、ギガンティック・サイコのコックピットに座していた。

 

 彼の脳波は既にOSを通じ、マシンとリンクしている。

 

 緊張感はない。いつものことだ。

 

 だが今日は──何かが違った。

 

「……ああ……」

 

 ほんの一瞬。たった一瞬だった。

 

 僅かに胸の奥に刺さるような疼き。

 

 心臓の裏側に、誰かの“死”が流れ込んでくるような感覚。

 

 その時だった。

 

「粒子異常!? ミノフスキー密度、急上昇ッ!」

 

「サイコミュ共鳴波、制御を超えました! 暴走します!!」

 

 制御室の警報が鳴り響く中、アインの意識は虹色に輝く蒼い光に包まれていた。

 

 ギガンティック・サイコの中核、脳量子波中継モジュールが閃光を放つ。

 

 そこは、金色の海だった。

 

 正確には、“金色に満ちた宇宙”の深層。

 

 眼前に広がるのは、閃光の奔流。

 

 命の粒子が、降っていた。

 

「これが……」

 

 アインは思わず呟いた。

 

 言葉にならない、だが確かに感じる。

 

 この空間は、かつて誰かが“魂の交差点”と呼んだ領域に違いなかった。

 

 視線の先、金の海を切り裂くように、白い機影が見えた。

 

 ──νガンダム。

 

 アインは知っていた。

 

 知らぬはずがない。

 

 人が機体を通して心を重ねた、最初の奇跡。

 

 そして──その光の奔流の中から、現れた。

 

 赤い2本角、トリコロールのガンダム──GQuuuuuuX(ジークアクス)

 

 赤き双角。

 

 蒼を基調とし、白と赤、黄色の装甲が紡ぐカラーリング。

 

 ヒロイックな装いを纏いながらも、どこか“祈り”のような印象を与える機体。

 

「……ジークアクス?」

 

 アインはそう呟いたが、答えは返ってこなかった。

 

 ただジークアクスは、彼を見つめていた。

 

 視線などないはずの機体に、“意志”が宿っていた。

 

 その瞬間、彼の意識に、明確な“音”が迸った。

 

> 《問う。君は……戦うのか。それとも、導くのか?》

 

 ガンダムが、問いかけてきた。

 

 まるで、自分に「人間」としての選択を問うてくるかのように。

 

 アインの胸の中で何かが砕け、そして芽吹いた。

 

 彼は答えられなかった。

 

 だが、ただ一つだけ確かだった。

 

 ──このガンダムは“未来”にいる。

 

 ──だが、未来は視える。手を伸ばせば、届く気がした。

 

 アインはコックピットの中で目を見開いた。

 

 ミノフスキー粒子の高濃度収束は終息しており、サイコミュも安定動作に戻っていた。

 

「……今のは……」

 

 彼は呟く。

 

 汗が額を伝い、掌はまだ震えていた。

 

 整備班の声が通信から聞こえる。

 

『少尉!? 応答ください! ご無事ですか!?』

 

「……ああ、問題ありません。今は……」

 

 だがアインの視線はもう、目前のギガンティック・サイコを越えていた。

 

 視てしまったのだ。

 

 あの“ジークアクス”という、見知らぬ未来のガンダムを。

 

 それは、単なる兵器ではなかった。

 

 祈りであり、問いであり、導きだった。

 

 アインは思った。

 

 ──自分の中の“強化人間”という檻が、いま初めて“ヒト”として揺らぎ始めている。

 

 ──そしてあの未来に、自分が到達する道は……まだ、閉ざされていない。

 

 

「キラキラ……」

 

 

 

 

 

 

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