つまりどっちもブライトの声だと私は認めてるってことか。
月の裏側、グリーンノア1宙域に広がる暗黒の海に、五機のモビルスーツが編隊を成して飛翔していた。
先陣を切るのは、異様なシルエットの巨影――サイコギガント。
かつてのプロトタイプ・サイコガンダムに、ムラサメ研究所が大胆なギガンティック改装を施した重MSは、周囲のMSと比べても一際巨大で異質な威圧感を放っていた。
手足の質量だけで既存のMS一機分はあろうかという超弩級の腕脚を展開し、四肢のAMBAC制御とスラスターの協調によって、空間を滑るように進行していく。
その操縦席に座るのはアイン・ムラサメ。
静かな視線の奥では、起動時のキラキラ現象と呼ばれる異常共振の感触が、なお微かに燻っていた。
「……これが、“本来の”サイコガンダム、か」
彼の呟きは誰に向けられたものでもなく、ただ宇宙に溶けていった。
右舷斜め下方をフォローするのは、白と青のトリコロールカラーに赤を差したMS――アドヴァンスド・ヘイズル(トライブースター形態)。
大型のスラスター3基を背負い、推進力とAMBACによる姿勢制御に優れた設計は、明らかにかつてのフルバーニアンの思想を受け継いでいた。
その機体を駆るのは、フルバーニアンの元パイロットであったコウ・ウラキ。
試験用バレルロールを終えて、スラスター出力を微調整しながら低軌道へ旋回。
「……若干、制御は硬いか。けど……悪くない」
コウは思わず、口元をほころばせる。
──懐かしい感触だ。
時折のノーズドライブ時、機体が軋むように空間の残滓を切り裂く。
その一瞬一瞬に、彼は確かに“あの頃”の延長線上にいることを感じていた。
少し離れた位置を、ジム・キャノンⅡが一定の間合いで並走する。
厚みのある肩部装甲と両肩キャノン、機動力より火力と安定性に特化した設計は、現在の部隊においても稀少な存在となっていた。
搭乗するチャック・キースは、モニターに広がる宇宙を眺めながら、懐かしむように独り言を呟く。
「……この揺れ、変わってねぇな。手に馴染むっつーのは、こういう機体だよ」
旧式扱いされようが、戦場で“使える”ことのほうが重要だ。
キースは機体の挙動を一つひとつ確かめながら、支援に徹する意識で動いていた。
一方、少し離れた軌道を淡々と飛ぶのは、ガンダムMk-Ⅱ 4号機。
搭乗するのはゼロ・ムラサメ。
無口な青年は、一切の無駄な動きを見せず、黙々とデータ取得に集中していた。
この機体にはサイコミュなどという機構は搭載されていない。だが、それが逆に意味を持つ――この機体の目的は、「ニュータイプが通常機に搭乗した際、何が起きるか」という検証である。
スラスターの出力変化、AMBAC補助の反応速度、センサー系統の誤差挙動。ゼロは操縦桿を通じて、機体と静かに対話していた。
「反応良好。オートバランス偏差、正常範囲……」
機体が応えている。ニュータイプであるゼロの反射神経と空間認識能力は、むしろMS本来の挙動を超えたレベルで引き出していた。
そして、宙域のやや上方から滑空するように降下してきたのは、ヘイズル・ラー。
多重構造の複合フレームを備えたこの機体は、その重厚な姿とロングブレードライフルの存在感で、他の機体とは異なる独特の気配を醸し出していた。
その操縦席では、ドゥー・ムラサメが警戒するようにモニター越しの機体を睨んでいた。
「ねぇ、ビームライフルを“剣”みたいに使うって……ぶつけて大丈夫なの?」
不安げに呟きつつも、手元の操縦桿に宿る感触は、思いのほか自然だった。
強化処理された身体と神経反応は、MSの反応に対して過剰なほどに即応し、機体の重量すらも“手に取るように”伝わってくる。
「でも……このくらいなら、平気かなっ」
キラキラの中で一度は意識を手放した自分が、今またこうしてMSに乗っている。
それが、ドゥーの中では小さな自信となっていた。
暗黒の宇宙に、五つの残光が軌跡を描く。
それぞれが過去を背負い、あるいは未来を目指しながら、互いに交錯し、また広がっていく。
この小さな訓練空域の中に、確かにそれぞれの「今」が刻まれていた。
◇◇◇◇◇
訓練空域の演習を一時切り上げ、グリーンノア1外縁のドックでは各機が順次、補給と調整作業に入っていた。
短い休息の後、試験空域へと再び現れたヘイズル・ラーの姿は、既に先程のものとは異なっていた。
その両肩には、あり得ぬほど巨大なパーツが装着されていた──サイコガンダムの腕部である。
通常の関節ユニットでは接続困難なその巨大な腕を、フルドドユニットを中継ハブとして改装し、機体のフレームバランスを辛うじて保ちながら接続しているのだ。
その異形の姿は、もはやガンダムの枠を逸脱していた。
「うわあ……なんか、すっごく“変”……」
モニター越しに自機の全身図を見たドゥー・ムラサメは、思わず眉をひそめた。
元々機体に対する直感的理解力が高い彼女にとって、このバランスの不均衡は──いや、寧ろ「過剰な均衡」こそが、妙に不安だった。
「これ、ぶつけても壊れないのかなあ……? サイコの手って“剣”向きじゃないでしょ? もともと殴る用だよね……?」
両腕が赤い爪のような指をゆらりと動かしながら空間を掴む様は、もはや人型兵器というより“怪物”だった。
その様子を、遠巻きに観察していたアイン・ムラサメは、サイコギガントの格納ドックから沈思黙考の面持ちで見上げていた。
彼が立つ傍らでは、巨大な格納フレームに繋がれたサイコギガントが、未だ半装備状態で沈黙している。
「……過剰ですね。やはり常用には不向きです」
整備スタッフの一人が振り返り、伺うように問う。
「元に戻されますか?」
アインは一つ頷き、はっきりと口にした。
「サイコギガントからサイコガンダムの両腕・脚部をパージ、プロトタイプ本来の構成へと戻してください。戦場の決め手ではありえても、日常運用には大き過ぎる」
整備員たちが手際よく手順を確認し、外装パネルのロックを解除していく。
赤黒い巨大な指先がわずかに振動しながら、冷却ガスと共に分離され、スライド式レールへと乗って運ばれていく。
「……さて、次は僕が出ましょう」
振り返ったアインの背後には、既に調整を終えたキハールが待機していた。
他のTR系列とはまた違った、上半身は流線型に対して下半身はゴテゴテと角張った推進機器の塊に、アインは静かに乗り込んでいく。
「本当に、違いますね……これは。空を翔けるというより、“宇宙を狩る”道具です」
機体が軽やかに浮き上がり、推進ノズルが蒼白い光を灯した瞬間、機体は一閃する矢のように試験空域へと突入していった。
その軌跡は、先の異形──ギガンティックな怪物がもたらした重厚とは対極の、軽やかで鋭い光の刃。
アイン・ムラサメという少年が、“戦い”の中に求めるものが、ただの力ではないことを示していた。
◇◇◇◇◇
光を反射するステーションの鏡面を背に、二機の機体が新たな実験航宙を開始していた。
ひとつは、ヘイズル・ラー第二形態。
主機フレームを中心に二基のフルドドを装着し、戦闘継続能力と長距離航行性能を飛躍的に強化した構成である。
巨大なウイング・バインダーと追加スラスターユニットを背負ったその機影は、もはや一般的なモビルスーツの域を超えていた。
その機体を、ドゥーが駆る。
「うわぁ……流石に重いなこれ……」
姿勢制御スラスターの癖を掴むまで、機体は数秒ごとにわずかに軸を揺らす。
だが、その不安定さを逆手に取れば、機体はまるで“跳ねるような”奇妙な加速特性を見せた。
「面白いかも。……でも、長く乗ってたら酔いそうだなぁ」
少女の声は飄々としつつも、徐々に挙動の掌握に向けて研ぎ澄まされていく。
フルドドの追加制御を手作業で入力し、スラスター出力比を前方45度に再調整。
それによって、重力下とは思えぬ推力回避を実現してみせた。
「よーし、これは“切り札”扱いでもいいと思うな。……ね、アイン?」
宙域の対角線上、やや離れた位置。
淡く蒼いグローを残しながら、一機のロゼットが優美な弧を描いて進行していた。
ガンダムタイプではない。
ジオン系のシルエットに似ていながら、その洗練された輪郭と絶妙な機体バランスは、ただの旧世代試作機ではなかった。
TR系列初期実験機として記録されるこの機体は、今なお多くの可能性を秘めていた。
そのロゼットのコクピットで操縦桿を握るのは、アインだった。
「コストパフォーマンスと汎用性、そして拡張性まで兼ね備えた機体。……機体規模の見直しが必要だと、誰も気付いていない」
モニターに表示される出力カーブと推力ベクトルを見比べながら、アインは無言で頭の中に計算を巡らせる。
ロゼットは、フレーム構造自体がテストベッドとして設計されていた。
その意味では、TR計画の実験機としての“血統”は確かに息づいている。
「ドゥー。通信帯域を共用に切り替えてください。次、編隊行動を試します」
『えー、了解。でも、ロゼットの方が機動性落ちるから、あんまり無茶しないでよね?』
「ええ。であれば、こちらが合わせましょう」
軌道を重ねるように近づいた二機。
ヘイズル・ラー第二形態がやや前、ロゼットがやや下方に位置するように隊形を取る。
その姿は、あたかも異なる系統のモビルスーツでありながら、一つの意思の下で編成された精鋭小隊を思わせた。
「このまま、タカ派の視察前に、最低限の動作データだけは出しておきたいところですね」
アインはそう呟くと、ロゼットを旋回させて機体右舷からの直線加速を試みた。
背部から伸びる推力の帯が、まるで試作機とは思えぬ安定した軌道を描く。
そしてその後を追うヘイズル・ラーは、フルドドの力を借り、やや上空からカバーの体勢を保つ。
まるで、機体同士が意思を持って呼吸を合わせているかのような動きだった。
「……これが、“合わせる”ってやつか」
通信の向こう、ドゥーの声が微かに笑った。
「ボク、こういうの──好きかも」
技術が紡いだ偶然の組み合わせ。
けれどそこには、確かな戦術の萌芽と、可能性が潜んでいた。
◇◇◇◇◇
再び小休止を挟み、機体換装とチェックが完了した。
コウの機体は、アドヴァンスド・ヘイズルにイカロスユニットを装着した試験仕様。
本来このユニットは重力下運用を前提に設計された機動支援装備であるが、ムラサメテストチームの手によって、推進系を核熱ロケットエンジンに換装。
結果、地上適応から宇宙空間での実用へと運用域が拡張されていた。発展機であるバイアランとの技術的共通点も意識された設計思想である。
一方、アインが搭乗するのはロゼット陸戦強化型。
こちらもまた本来は地上運用を前提とした機体だったが、同様にムラサメチームの手により宇宙仕様へと改修されていた。
核熱ロケットエンジンに換装されたことで、宇宙空間での安定推力と操縦反応が確保されており、特異な装備バランスを維持したまま軌道試験が可能となっていた。
「推進バランサー……問題ありません。左右差なし。浮き上がり時のトルク反応も、安定しています」
アインの声は、いつものように静かで丁寧だった。
しかし、その口調の奥には確かな判断と分析が込められている。
「装甲増設に伴う質量増加は見られますが……核熱ロケットエンジンの出力で帳消しですね。ウラキ中尉、こちら、問題ありません」
『了解。イカロス、加速する。合わせてくれ』
宙域に青白い残光が広がる。推進ノズルから噴出する高熱の火柱が、イカロスユニットを纏ったヘイズルを宙へ押し出す。
その動きに、ロゼット陸戦強化型が滑らかに追従した。
「……挙動、軽いな」
コウが呟いたその言葉は、空間に溶けて消える。
フルバーニアンの機動感覚にどこか通じる反応が、彼の中に懐かしさをもたらしていた。
「ブースター配置に癖はあるが……読めるな。推力バランスも上出来だ」
イカロスユニットの特徴的なウイング・バインダーは、宇宙空間ではなおのこと視認性を増し、挙動の方向性を端的に示していた。
加速と旋回、そして急制動。どの反応も即応性に富み、パイロットの技量を正確に映し出す構成だった。
『ウラキ中尉、右方から誘導目標……合わせます』
『取れるか?』
『問題ありません』
アインの機体が、静かに角度を変えて浮上した。
その操縦には迷いも、無駄もない。
『この装備……元は陸戦用として開発されたものですが、推力配分と制御ユニットの調整次第では、宇宙でも遜色ありません。……むしろ、重量がある分、砲撃時の反動吸収において利点となっています』
アインの語る内容は、あくまでも実証を前提とした観察記録だった。
だが、その落ち着いた声の中には、確かな手応えと手応えに対する満足が滲んでいた。
機動力試験、反応速度、操縦性、火力統制──すべてはテスト項目として計測され、記録されていく。
二機の強化試験機は、重力に縛られぬ軌道上で、確かに成果を残しつつあった。
その挙動は、どこか未来の戦場を予感させるようでもあり……それが確かに“使える兵器”であるという事実を裏付けていた。
◇◇◇◇◇
訓練を終えたアインとコウが格納庫へ戻ると、整備士たちの空気が僅かに張り詰めているのを感じ取った。
「……少し様子がおかしい?」
アインは静かにヘルメットを外し、目に入った整備長へと歩み寄る。
整備長は年季の入った作業服を汚れたまま着込み、端末に何かを映しながら苦い顔をしていた。
「整備長、何かありましたか?」
「……ああ、アイン少尉。悪いが機体のチェックは少し後回しにしてくれ。今、現場がざわついててな……」
アインの問いに、整備長は眉根を寄せたまま端末を差し出してくる。
そこに表示されていたのは、整備ネットワークの非公式情報。サイド6からの断片的な通達だった。
《サイド6技術局保管のパーフェクトジオングが、未明に何者かによって強奪された模様。犯行者、逃走経路ともに不明》
その文字を目にした瞬間、アインの脳裏に電撃のような記憶が蘇る。
──二週間前。
まだコウやキースと合流する前、アイン、ゼロ、ドゥーの三名で行動していた頃。
サイド6宙域にて、彼らはジオン残党の襲撃を受けていた。
当時パーフェクトジオングに搭乗していたのがドゥーだった。
敵はその巨躯と可能性に執着し、執拗に接近を試みた。
だが、ドゥーの“覚醒”──それは、制御されたデータを遥かに上回る超反応をもってしてジオン残党を蹴散らし、完全に追い払った。
(……あの時、守りきったはずの機体が──)
アインは唇を噛み、整備長に礼を述べて、急ぎ司令部へと向かった。ゼロとコウも、すぐに同行する。
◇◇◇◇◇
「……そうか。しかしジオングとはな……」
ブライトは静かに声を落とし、情報端末を見つめていた。
表情は硬い。アインの報告を受け、事態の深刻さが彼の中に沈んでいく。
「正式な軍報はまだ入っていません。情報網のどこかで止まっている可能性は?」
「あり得るな。サイド6は建前上の中立を維持している。軍も細かい介入を避ける傾向にあるし、機体そのものが軍籍にあったわけでもない」
「……だとすると、今の段階でこれを公にしたくない勢力が、裏で動いているかもしれません」
アインの視線がゼロへと向けられる。
ゼロは無言で頷いた。
「ジャミトフ閣下からは、今のところ何の通達もありません」
「つまり、沈黙という名の通達か」
ブライトの呟きに、アインが小さく口元で呟く。
「……こちらに知らせないのは、『知らなくていい』と判断されたか、あるいは“気づいた者だけが動け”ということかもしれませんね」
ブライトは腕を組み、息を吐いた。
「現場任せ、というわけか……」
「ウラキ中尉」
名を呼ばれたコウが応じる。
「サイド6の宙域で、ドゥーがあのジオングを守り抜いた記録は、正式な報告として上げてあります。その価値を認めた誰かが動いたと考えても不自然ではありません」
「……要は、見逃されていた“実戦機”が、敵の手に渡った。そういうことか」
「はい。そしてその“敵”が、何処の誰なのか。こちらで掴んでおく必要があります」
アインの目は冷静だったが、胸の奥では小さな焦りが渦巻いていた。
ドゥーが乗っていたあの巨影。
戦場に現れれば、圧倒的な象徴となるあの機体が──。
(……まさか、ドゥー以外が扱えるとは思えませんが。だとしても……)
ゼロもまた静かに口を開く。
「こちらからジャミトフに接触するのは、避けた方がいいでしょう。……黙っているということは、“既に処理が始まっている”か、“我々に探らせている”かのどちらかです」
「いずれにせよ、我々は備えておくべきでしょう。……あの機体が、再び敵として立ちはだかる可能性を」
「そうだな。この情報に対するアンテナはこちらで張っておく。君たちは君たちの任務を全うして欲しい」
「了解しました」
アインに合わせてゼロとコウが敬礼し、一旦話は切り上がったが、しかし不穏な気配が漂い始めてしまった事に、アインは先行きの分からぬ不安を抱えずにはいられなかった。