ムラサメさん家のイチバン=サン   作:星乃 望夢

18 / 94
第17話 実に性格が悪いな、君は

 

 アルビオンはその白い船体に避難民を乗せ、ゆっくりとグリーンノア1を後にした。

 

 今回の任務は名目上「長距離連続航行テスト」とされていたが、実際にはサイド内の抗争や治安悪化を受けての民間人の避難輸送が目的であり、ティターンズや地球連邦軍本部の表向きの記録には「軍事的戦略展開試験」とでも記されるのだろう。

 

 軍艦で民間人を輸送する。

 

 その構図は──あまりにも、かつてのホワイトベースと重なる。

 

 艦橋から窓外に広がる宇宙を見やりながら、ブライト・ノア大佐は自身の記憶の中に沈むように、その日々を思い起こしていた。

 

 民間人で構成された乗員。

 

 戦火に追われる日々。

 

 戦わなければ、生き残れなかったあの船──。

 

(……まさか、またこんな形で“あの記憶”と向き合うとはな)

 

 ホワイトベースに乗っていた当時の少年少女たち。

 

 生き延びた者も、戦火に散った者もいた。

 

 彼らを導く立場にあった自分が、どれだけ未熟だったかは、いまでも思い知らされる記憶だ。

 

 だが今回、アルビオンには正規の訓練を受けたベテランが揃っている。

 

 ブリッジクルーも砲術士官も、かつてこの艦に乗っていた者たちが戻り、士気は高い。

 

 かつてのような即席編成ではない。

 

 出航は実にスムーズだった。

 

 ブランクがあるとはいえ、長年染み付いた感覚が艦の動きに反映されていた。

 

 ──それでも、どこかが、気になった。

 

 ほんの僅か。

 

 だが確かに、半拍遅れる。

 

 舵が入るタイミング、命令への応答、ブリッジ内の動き。どれも完璧だ。

 

 だが、ホワイトベースのそれと比べてみると、妙な間があるように感じられるのだ。

 

 当初は、己の感覚がアルビオンにまだ慣れていないせいだと思った。

 

 なにせ、久しぶりの大型艦だ。

 

 宇宙への復帰も長い。

 

 だが、発進から数時間が経過した今、その違和感がどこから来るものなのか、ようやく言葉になってきた。

 

 ──ホワイトベースには、役職の壁を越えた一体感があった。

 

 医務官が砲撃手を支え、メカニックが作戦会議に加わり、操舵手の休憩の為に通信手が操舵を握った。

 

 それは本来の軍艦ではあり得ない“混乱”だったが、同時に“必死さ”と“生き延びようという意志”に満ちていた。

 

 今のアルビオンは違う。

 

 士官は士官の役割を全うし、下士官は下士官として任務に集中する。

 

 分業と規律がきちんと機能している。

 

 それ故の秩序、故の安心。

 

 ──だがそれが、あの一拍遅れの正体だった。

 

「……贅沢な悩みだな」

 

 ブライトは軽く首を振って、自嘲するように呟いた。

 

 こんなにも整った環境に文句をつけるなど、かつての自分が聞けば叱責するだろう。

 

 そのとき、後ろから足音が近づいてくる。

 

「大佐、よろしいでしょうか」

 

 現れたのはアイン・ムラサメ少尉だった。

 

 整備服姿のまま、格納庫から直行してきたのだろう。彼は手元の電子パッドを操作しながら報告を始めた。

 

「格納庫周辺の整備配置は一部混乱がありますが、出撃態勢および設備稼働には一切支障ありません。整備班も順調に運用できています」

 

「そうか。ご苦労だった」

 

 ブライトが軽く頷くと、アインは言葉を続けた。

 

「艦内の運用はどうでしょうか。……久方ぶりの大型艦とのことでしたが」

 

 その問いに、一瞬だけ、ブライトは返答を躊躇した。

 

(……半拍遅れる感覚)

 

 あの違和感を説明するには、少々感傷が混じりすぎている。

 

 指揮官がするべき言葉ではない。

 

「……いや。まだ感覚が戻りきっていないだけだろう。もう少し時間をくれれば、馴染む」

 

 それは誤魔化しだった。だが、アインはその真意を察しているようだった。

 

 パッドを差し出しながら、それには触れず、無言で次の行動へ移った。

 

「次港湾寄港の予定と、アナハイムから送られてきた補給リストです。予定では月面都市グラナダにて補給・調整を行う流れになります」

 

「……ありがとう」

 

 電子パッドを受け取りながら、ブライトはふと、アインの無言の気遣いに視線を落とした。

 

 見て、聞いて、察しても、決して言葉にはしない。

 

 その洞察力と抑制された距離感に、ニュータイプ的な感受性を感じる。

 

 そして思わず、思ってしまった。

 

(……ホワイトベース時代に、こんな副官が居てくれたら、どれほど心強かっただろうか)

 

 言葉にはしないまま、しかしその信頼は、確かに形になり始めていた。

 

 静かに航行を続けるアルビオンの艦橋に、新たな戦火の予兆はまだない。

 

 だが、幾多の歴戦を経た艦と、かつての少年兵が再び歩み始めたその航路に、確かな意思が芽生えつつあるのだった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 グラナダ宙域を進むアルビオン。

 

 そのブリッジに、ティターンズ所属艦アレキサンドリアからの通信が割り込んできた。

 

 モニターに映し出されたのは、あの男――ジャマイカン・ダニンガン少佐だった。

 

「ほう……これはこれは、ブライト・ノア大佐にアイン・ムラサメ少尉まで。随分と豪華な顔ぶれだな。こんな辺境で何のご用だ?」

 

 皮肉を含んだ声音に、ブリッジの空気が一瞬で凍る。背後のクルーたちも息を呑み、視線を交わす。

 

 対するブライトは眉一つ動かさず、軍務に則った落ち着いた口調で応じた。

 

「アルビオンは長距離連続運用テストの最中にあり、補給のためにグラナダへの入港を申請する。現在、所定の航路にて接近中だ」

 

 だがジャマイカンは、わざとらしく鼻を鳴らして嘲った。

 

「ふん、残念だったな。我が艦は現在、アーガマ追跡任務を受けて対エゥーゴの特別作戦中だ。グラナダは軍機密レベルの補給拠点と化している。──余所者に構っている暇はない。どこか他を当たるんだな」

 

 その横暴な言いぐさに、ブリッジ内の空気が濁る。

 

 誰もが口には出さぬものの、明らかに怒気と苛立ちが渦巻いた。

 

 アルビオンはジャミトフ・ハイマン直轄の特別編成部隊であり、所属はティターンズにあっても独立権限を有している。

 

 ジャマイカンごとき少佐が命令できる立場にはない。

 

 ましてや、ブライトはれっきとした正規の大佐であり、連邦軍籍でも中佐であった時点で、少佐のジャマイカンより階級は上で先任である。

 

 だが──それを口にすれば、却ってややこしくなるのも事実だった。

 

 ブライトは一瞬、傍らに立つアインへと視線を送る。

 

 アインは無言で頷き、手許の端末を操作して新たな航路と補給候補を即座に呼び出した。

 

「了解した。入港先を再調整する。こちらは針路を変更する。以上」

 

 通信が切断された瞬間、ブリッジには押し殺していた不満が漏れ出した。

 

「何なんだ、あの言い草……」

 

「エゥーゴより身内の方が厄介だなんて笑えねえよ」

 

 誰かが苦々しく呟く中、アインが小さく笑い、口を開く。

 

「艦長、近郊の補給拠点“アンマン”への転針を提案します。輸送条件、設備、位置関係、すべて補給項目に適合します」

 

 ブライトはやや目を細めながら問う。

 

「構わないが……なぜお前はそんなに楽しそうな顔をしている?」

 

 アインは答えず、代わりに作戦モニターへ指を伸ばした。

 

 表示されたのは、アレキサンドリアのここ数週間の航跡と作戦記録である。

 

「ご覧ください。アレキサンドリアはサイド1の30バンチでアーガマと交戦した後、グラナダへ補給に入っています。その間、アーガマをロストし、現在は周辺宙域──特にアンマン方面を偵察中です」

 

 モニターに示された索敵範囲には、アンマンを中心とした螺旋状の探査軌道が表示されていた。

 

「つまり、我々がアンマンに入港すれば……彼らは勝手に焦ってくれる、ということか」

 

 ブライトは苦笑をこぼした。

 

「目には目を、嫌がらせには嫌がらせ、か。実に性格が悪いな、君は」

 

「その評価は喜んで受け取ります」

 

 そう返すアインの横顔に、ブリッジのクルーたちからくすりと笑いが漏れた。

 

 不満の空気は、皮肉めいた冗談で上手く和らげられていく。

 

「よし。パサロフ大尉、進路をアンマンに修正。速力そのまま、目標変更だ」

 

「了解、艦長。針路変更。進路、アンマン宙域!」

 

 舵を切るアルビオンの機首が静かに角度を変える。無骨な戦艦の船体が進路を変えたその背には、確かな意志があった。

 

 その様子を見つめながら、ブライトは再びアインへと視線を戻す。

 

 あの頃の艦にはいなかった副官の器。

 

 それが今、自分の傍らにある。

 

 ブライト・ノアの瞳に、確かな信頼と期待が光を宿していた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 アルビオンは、月面都市アンマンの補給ドックへと静かに降下していった。

 

 その艦体は、かつてのペガサス級強襲揚陸艦の流れを汲みつつも、どこか異質な雰囲気を纏っている。

 

 鋼鉄の装甲に刻まれた無数の溶接痕と、修復されたスラスター回りの傷跡が、激戦を潜り抜けてきた歴史を物語っていた。

 

 そして、着底したその隣に並んでいたのは、あのアーガマだった。

 

 さらにその隣には、エゥーゴが独自に建造したアイリッシュ級巡洋艦──ラーディッシュの艦影も見える。

 

 その姿を見たアイン・ムラサメは、やや皮肉めいた笑みを浮かべた。

 

「まさか、ここで並ぶとはな……」

 

 艦橋に戻ると、アインはブライトに進言した。

 

「艦長、アーガマに対して敵意がないことを一報入れるべきかと。ティターンズ所属艦が目の前に現れたとあっては、向こうも警戒するでしょう」

 

「……確かにな」

 

 頷いたブライトは、通信士のモーリスに指示を出し、アーガマに向けて回線を開かせた。

 

 ──そしてアーガマ艦橋。

 

 入港の警報が鳴るよりも早く、モニターに映るペガサス級の艦影に、ブリッジは一瞬ざわめいた。

 

「なにあれ……ペガサス級?」

 

「ティターンズのマーキングです!」

 

「でも……あれ、アルビオンじゃ……?」

 

 その名に反応した者はいなかった。エマ・シーンを除いては。

 

 彼女の眉がわずかに動く。どこかで聞いたような名前、だが記憶の奥底にしかない。

 

 そこに届く、通信の声。

 

『こちら、ティターンズ所属艦アルビオン、艦長ブライト・ノア』

 

 その名を聞いた瞬間、艦橋内が静まり返った。

 

 ──ブライト・ノア。

 

 かつてホワイトベース艦長として、ジャブローからア・バオア・クーを駆け抜けた伝説の男。

 

「まさか……本物……?」

 

 エマの手がわずかに震えていた。

 

 だが、通信の中継を任された以上、対応せざるを得ない。

 

「こちらアーガマ、通信を確認。エゥーゴ所属、エマ・シーン中尉が対応いたします」

 

 通信が繋がる。画面に映るのは、落ち着いた面差しの中にどこか苦味を含んだ壮年の男、そして確かに──かつて軍学校の記録映像で何度も見た、あのブライト・ノアだった。

 

『ご対応に感謝します、中尉。こちらの艦は、現在ムラサメテストチームの任務を帯びて、長距離航行試験および補給のためにアンマンへ入港した次第です。エゥーゴ艦艇に対する敵対の意思は一切ありません』

 

「……承知いたしました。こちらも、無用の交戦を望むものではありませんので」

 

 堅い口調で応じながら、エマはモニターの奥のブライトの表情を注意深く観察していた。

 

 ──すると、そのブライトが、ふと、微かに笑った。

 

『それにしても、君が応答に出るとはな。グリーンノア以来か、中尉』

 

「えっ……」

 

 その言葉に、エマは目を見開いた。

 

 そうだ、確かに彼とは、グリーンノアで──あの時、まだ何者でもなかった自分に声をかけてくれた。

 

『あの時は、君がこうして前線の艦橋に立つようになるとは、正直驚きだったが──今なら納得もいく。立派になったな、エマ・シーン中尉』

 

「……ありがとうございます。少しは、成長できたでしょうか」

 

 緊張で張り詰めていた頬が、少し緩む。

 

 ブライトの口調は、最初こそ階級と距離を尊重した丁寧語だった。

 

 だが、こうして個人の名を呼び、僅かの間とはいえその記憶に触れるにつれ、次第に人間らしい声音へと変わっていた。

 

 その変化に、エマも心を許すように息をついた。

 

『君たちがどういう理念で動いているか、私も理解しているつもりだ。だが今は互いに補給の身。こちらも補給が済み次第、月へ向かう予定だ。必要があれば、技術班の情報交換くらいは可能だろう』

 

「……そうして頂けるなら、ありがたい話です」

 

 その声色には、はっきりと安堵がにじんでいた。

 

 何より、ティターンズの艦からの通信にあって、ここまで穏やかで人間的な対応が返ってきたことに、アーガマ艦橋内の空気も少し和らいでいく。

 

『それでは、互いに無用な衝突が起こらぬよう、港内では慎重に行動を。そちらの艦長にも、後ほどこちらから正式に挨拶させてもらう』

 

「承知しました。……ブライト大佐。お気遣い、感謝いたします」

 

 通信が切れると、アーガマの艦橋に残されたのは、妙な静けさだった。

 

 誰もが思っていた。

 

 あれが──あのブライト・ノアか。

 

 それはティターンズという軍組織に染まった艦ではなく、確かに「ホワイトベース」の流れを継ぐ艦なのだと、誰もが感じた瞬間だった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 アンマン宙港の月面に、白い艦影が二隻、並んでいた。

 

 一隻は旧式とは思えぬ気品を纏うペガサス級強襲揚陸艦7番艦アルビオン。

 

 もう一隻は、それに並ぶようにして静かに着底しているアーガマ級強襲用宇宙巡洋艦1番艦アーガマ──エゥーゴの旗艦として知られる艦だ。

 

 アルビオン艦内、ブリッジでは状況報告が立て続けに飛び交っていた。

 

 艦は到着したものの、内装の再艤装は未完の部分が多く、荷解きや補給物資の配分もまだ不完全だった。

 

 クルーは正規配置されていたが、各班ともギリギリの人員構成であり、避難民の対応は厳しい。

 

「避難民の誘導は終わってますが、生活区画がまだ完全に整ってません。搬入が間に合っていないので、物資の配給も遅延が出そうです」

 

 アイン・ムラサメが端末を確認しつつ、ブライトへ報告を上げる。

 

 その報告を受けたブライトは、静かに頷くと、決断を下す。

 

「……アーガマへ下船支援を打診しよう。人道支援の要請として、だ」

 

 アインも深く頷いた。

 

「了解しました。こちらからアーガマへ正式に申し入れます」

 

 一方、その連絡を受けたアーガマでは、軽い混乱が生じていた。

 

 ちょうど上層部であるブレックス准将、ヘンケン艦長、クワトロ大尉らがグラナダでの戦略会議に出席中で、艦内に責任者格がいなかったのである。

 

 応対に立ったのは、エゥーゴに参加してまだ日が浅いエマ・シーン中尉。

 

 伝説の艦・ホワイトベースの元艦長が、今、ティターンズの艦艇に乗ってこちらへ通信しているという事実に、ブリッジは一瞬ざわめきに包まれる。

 

 その中で、エマはブリッジの副長的役割を果たすロベルト中尉、アポリー中尉と目配せを交わした。

 

「避難民の下船支援……どう思いますか?」

 

「やるべきだと思いますよ。こちらには余裕があるし、港湾施設も使える。これは人道支援です」

 

「でも……向こうはティターンズだぜ? 本部判断無しで受け入れて、後で問題にならないか?」

 

 確かに一理ある。下手を打てば、エゥーゴがティターンズと接触したと取られかねない。

 

「念のため、グラナダの本部に問い合わせましょう。ヘンケン艦長か、ブレックス准将に確認を」

 

 すぐさま緊急回線での問い合わせが行われ、数分ののちに返答が戻る。

 ヘンケン艦長の返答は簡潔だった。

 

『構わない。避難民の安全確保が最優先だ。エゥーゴは民を守る。その姿勢を疑う者はいない』

 

 その言葉を得て、アーガマのブリッジにも安堵の空気が広がる。

 エマは頷き、再びアルビオンへと通信を繋いだ。

 

「ブライト大佐、アーガマは避難民の下船支援に協力します。支援区画の連絡デッキを解放します」

 

「感謝する、シーン中尉。こちらからもスタッフを数名、避難民の誘導に向かわせる」

 

 双方の端末に、月面港に設けられた中継デッキの地図が表示される。

 その中間地点──アーガマとアルビオンの間に、新たな“中立地帯”が設けられた。

 

 それは政治的な同盟ではない。

 

 戦術的な同盟でもない。

 

 ただ、“人を助ける”という一つの理念によって、両艦の間に成立した、わずかな連携。

 

 艦と艦が、敵対を越えて手を伸ばすことの困難さ。

 

 だがそこには確かに、人の意志があった。

 

 その中立地を歩む者の中には、まだ自分の立場を決めきれずにいる青年の姿もあった。

 

 彼の名は、カミーユ・ビダン。

 

 そしてその眼前に現れるのは、避難民の中にいた幼馴染、ファ・ユイリィ。

 

 月面に降りたばかりの緊張した空気の中、彼らの出会いもまた、この中立地が生んだ奇跡のひとつだった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。