ムラサメさん家のイチバン=サン   作:星乃 望夢

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第20話 若さを見誤るなよ、諸君

 

 ジャブロー地下司令部・第七作戦会議室

 

 人工光の下、分厚い防音扉が静かに閉じられた。

 

 長円卓を囲んで着席するのは、連邦軍内部の選抜された幕僚たち──ティターンズ幹部、情報部高官、政策立案官。

 

 それらの視線が一斉に中央の大型モニターへ注がれている。

 

「以上が、アルビオン艦隊指揮官、アイン・ムラサメ少尉による報告書の抜粋になります」

 

 無機質な声で報告を締めくくったのは情報戦略部の副官。

 

 表示されていた報告文は、アインがアンマンで行った一連の行動──グリーンノアからの避難民受け入れ、アーガマとの接触、中立地帯の一時形成、さらにはティターンズ本部からの身柄照会を受けた民間人・ファ・ユイリィを、独自裁量でエゥーゴ側に引き渡した件など──を正確かつ簡潔に記述していた。

 

 沈黙が流れる。

 

 まず、口火を切ったのは重鎮の一人、情報本部参謀のアンダーソン大佐だった。

 

「……この少尉、歳はいくつだ?」

 

「十八歳と数ヶ月。生年月日を照らし合わせました」

 

 脇に控えた情報官が即座に答える。

 

「十八だと? まるで士官学校を出たばかりの学生が書いたような報告にしては、妙に手慣れているな。文体も抑制が効いている……が──」

 

 アンダーソンは報告書を一瞥し、続ける。

 

「内容が異様だ。これは命令系統を逸脱した個人裁量の連続だぞ。グリーンノアの避難民を“自分の判断で”アーガマに委ねた? それが人道的だと? ……まるで、自分を第三勢力のように振る舞っている」

 

「彼の部隊は形式上、ティターンズ出向とはいえ、元はムラサメ研究所に所属した独立試験部隊。指揮命令系統は通常部隊と異なります」

 

 ジャミトフの側近が穏やかに補足した。

 

「問題はそこじゃない」

 

 別の戦術幕僚が言った。

 

「この報告の裏に、“意志”が見える。避難民の保護、アーガマとの融和、ファ・ユイリィという民間人に対する措置……どれも、明確に“何かを示す”ことを意図して書かれている」

 

 会議室が再び沈黙する。

 

 ジャミトフ・ハイマンは一言も発さず、椅子にもたれることもなく、ただ姿勢を保ったまま報告書の最終ページに目を落としていた。

 

『現時点において、アルビオンはティターンズ本部との連絡を保ちつつも、現場の裁量によってグリーンノア避難民の保護にあたっております。

 我々は連邦軍の名のもとに、人命と秩序を守る責務を忘れてはなりません──アイン・ムラサメ少尉』

 

 筆跡は整い、内容は過不足なく、そしてどこか、静かな怒りが宿っていた。

 

 上官の命令を否定するものではない。

 

 しかし、命令の名を借りて行われる暴力を拒絶する、確かな自意識。

 

 ジャミトフは無言でモニターを伏せさせた。

 

「……貴官らは、これをどう見るか?」

 

 静かに放たれたその声に、場が揺れる。

 

「理想家でしょうな。あるいは……若さに酔った戯言とも」

 

 やや嘲るように、ひとりの大佐が言った。

 

「理想か。だが、理想を掲げた軍人がこのティターンズにいたのは、いつが最後だったか?」

 

 その声に、誰も答えなかった。

 

 ジャミトフは心中で思う。

 

(アイン・ムラサメ。君はただの技術者ではない。血の匂いを知りながら、それを避け、否定し、別の形で人を守ろうとしている。バスクにはない資質だ。ジャマイカンにも、到底真似のできぬ視点だ)

 

 もちろん、そうした理想が今のティターンズに通用するとは限らない。

 

 だが、抗いの芽が必要だった。

 

 全体主義が完成する前に、それを相対化し、対話と整合性を保てる構造が。

 

「──アルビオンの対応については、現段階では黙認する。問題行動があれば、報告の上で精査せよ」

 

 ジャミトフは低く言った。

 

 幕僚たちは互いに目配せを交わしながらも、異を唱える者はいなかった。

 

 報告会議は、ひとまず幕を下ろす。

 

 だが、ジャミトフの胸中には一つの名前が深く刻まれていた。

 

 アイン・ムラサメ。

 

 その若さ、その行動、その言葉の一つひとつが、今のティターンズという獣に、僅かな理性を取り戻させる楔となるかもしれない。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 灰色の鋼鉄机に、薄型の電子ペーパー端末が静かに置かれた。

 

 表示されているのは、アイン・ムラサメ少尉提出の最新の作戦報告書。

 

 その行間に漂う、無言の思想を――ジャミトフ・ハイマンは確かに読み取っていた。

 

「……市民を守る、か」

 

 ふと、口の端でそう繰り返し、深く椅子に背を預けた。

 

 金属の軋む音が、静かな部屋に溶けていく。

 

 その文言は、報告書のどこにも直接的には記されていない。

 

 だが、避難民の処置、入管との調整、ファ・ユイリィという民間人少女の扱い、アーガマとの交渉すらも含めたアインの行動全てが、“市民の保護”という意図を内包していた。

 

 単なる戦術的判断でもなければ、命令遵守でもない。

 

 そこにあったのは──「守るべきものの定義」を、彼自身の中に抱いているという意思の証左。

 

 若い。

 

 あまりにも若すぎる。

 

 それでいて、ジャミトフの指示を誤読せず、むしろ意図を先読みし、バスクやジャマイカンのような“武力”の使い道を理解しながらも、その上で異なる道を模索する。

 

 ──彼の言う「市民」とは、誰のことだ?

 

 スペースノイドか? アースノイドか?

 

 エゥーゴの支持者か? 連邦の被保護民か?

 

 否。

 

 アインが保護しようとしているのは、その区別すら拒絶した“中立の民”だ。

 

「私は市民を守る、連邦軍の軍人だ」

 

 そう──敢えて報告書に書かれていないその“言葉”が、読み手の中に自然と浮かび上がってくるほど、アインの行動には一本の芯が通っていた。

 

 ジャミトフは静かに目を細めた。

 

 その思想は、ある種、軍事政治における危うさをも内包している。

 

 理想は、時に組織を脆くする。

 

 秩序より正義を語る者は、体制の安定にとっては危険因子になり得る。

 

 だが──。

 

 それでも、この少年は、現場を動かし、他人の思想に“波紋”を生んでいる。

 

 ブライト・ノア。

 

 あの男は確かに、理想を掲げて戦った男だ。

 

 だが、今の彼はそれを直接口にすることはない。ただ、行動でそれを守る側にいる。

 

 アイン・ムラサメは、あえてその言葉を言わずして、信念を選び続けている。

 

 言葉を語るよりも、行動で軍人を示している。

 

 そしてその行動は、ジャミトフの想定する“新たな連邦”に、確かに必要なピースだった。

 

> 市民の保護という思想すらも、国家統制の手段と化す時が来る。

 

 思考の深層に、冷ややかな光が灯る。

 

 感情ではなく、戦略として。

 

 情ではなく、未来を描く材料として。

 

 ジャミトフはレポートを閉じた。

 

 椅子の背もたれから重厚な音が鳴る。

 

 わずかに口の端を歪めた。

 

 先刻の報告会議の余韻は、まだ部屋の空気に微かに残っていた。

 

「まったく、最近の若い者は正義感だけで動く。危なっかしいにも程がある」

 

「民間人を守る? それで戦局を混乱させたら本末転倒だろう」

 

「どうせ感情論だろう。実戦の場でどれだけ継続できるかは疑問だな」

 

 机上に残された音声ログから、幕僚たちの声が再生される。

 

 無邪気な軽視、あるいは老練さを笠に着た“経験”の圧力。

 

 そのいずれでも、ジャミトフの眉は動かなかった。

 

 ただ、沈黙のまま、データを閉じる。

 

 そして、心の奥底で冷静に思考を巡らせる。

 

> ──彼らは、「未来を見る目」を持たない。

 

 ジャミトフ・ハイマンは、時代の変革を設計する者として、己の“構想”に値する人材と、それを“理解できない人間”とを分けて見ている。

 

 アイン・ムラサメのような若者の行動に、感情論や理想の暴走としか評価を下せない幕僚たちは、既に旧世代の枠の中でしか物事を測れない者たちだ。

 

> 「無能ではない。だが、限界がある」

 

 彼らは軍制の維持においては有能であり、部隊の運用や兵站、人事といった日常の“秩序の支柱”としては欠かせない。

 

 だが、改革の種にはならない。

 

> 「組織の底を支えるだけの者に、上を託すことはできん」

 

 そうした者たちは、アインのような異分子を疎む。

 

 だが、それは制度の外から変革が起こる前兆でもある。

 

 ジャミトフは知っている。歴史が何度もそうだったように──。

 

「……民を守る、か。連邦に従う兵士であれば当然の思想のはずだったがな」

 

 誰に言うでもなく呟く。

 

 それは皮肉ではない。原点を見失った者たちに対する哀れみですらあった。

 

 ジャミトフにとって、アインの存在はすでに試験対象ではなく、連邦軍再構築の一つの「核」になりうる可能性を持つ人間だった。

 

 ──アイン・ムラサメ。

 

 ──ブライト・ノア。

 

 この二人は、腐敗した構造の中でも“己の軍人像”を保っている。

 

 それは、「ティターンズ」という強圧的な武力で秩序を打ち立てる戦略とは、表面的には反する。

 

 だが、その内実は──秩序を支える“信頼”を構築し直すものだ。

 

 幕僚たちの浅い評価は、むしろ予想通りであり、同時に彼らが「道具」として扱うべき範疇に留まることを確認する材料でもあった。

 

> 「理想を嘲る者が、最も理想を求める民の怒りを買う」

 

 民衆は軍の内実までは見えない。

 

 だが、“守ってもらえる”という実感だけは本能的に察知する。

 

> そのとき、誰が民の信頼を得るか。

 

 民が信頼を寄せた者こそ、時代を動かす正当性を得る。

 

 ジャミトフは椅子から立ち上がると、背後の大窓に歩み寄った。

 

 地下の漆黒と人工の灯が、厚いガラスの向こうに広がる。

 

 この地に築かれた軍事と政治の牙城、ジャブロー。

 

 今は腐臭すら漂うここも、いずれ──変える。

 

 そのためには、時代を担う若者を見極めねばならない。

 

 それが可能か否かを、誰よりも深く洞察できるのは、他でもない自分だ。

 

「若さを見誤るなよ、諸君。君たちが軽んじた理想に、明日を奪われぬようにな」

 

 その視線の先にあるのは、まだ名も知られぬ未来の礎石だった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 港湾宙域の監視映像が、スクリーンにいくつも並んでいた。

 

 そこに映るのは、アンマン港に停泊するアーガマとアルビオン、どちらも3日間にわたって港の奥から動く気配を見せていない。

 

「……この期に及んで、出てこないとはな」

 

 重々しく背凭れに寄りかかったジャマイカンは、組んだ腕の奥に険しい表情を隠していた。

 

 傍らのオペレーターが通信状況を報告する。

 

「アーガマ、依然として反応なし。アルビオンも補給中の名目で沈黙を貫いています」

 

「補給……3日もかけてか?」

 

 嘲るように低く吐き捨てた。

 

 グラナダ港を追い払った結果、あえて遠回りしてアンマンに向かったアルビオン──その選択は、当初“嫌がらせへの対処”程度と見ていた。

 

 しかし今、事態はそれを遥かに超えている。

 

「奴ら、共にあることを選んだというわけだな……あのアーガマと、若造の艦が」

 

 独立部隊などという“特権”を盾にして、ティターンズの名のもと勝手気ままな行動を許されたアイン・ムラサメ。

 

 あの少年士官がジャミトフの覚えめでたき存在であることは、ジャマイカンとて知っている。

 

 だがそれも限度がある。

 

 命令を無視して港を変え、反連邦組織の母艦と同居し、かつ3日間沈黙。

 

 これは──もはや「癒着」以外にない。

 

「いいだろう……ここで躓いた若造には、未来などない。現実を教えてやる時だ」

 

 モニターが切り替わる。

 

 その映像に映っていたのは、アナハイムから送られてきたばかりのマラサイ8機。

 

 整備デッキで脚部関節に潤滑油を通され、試運転に備えたチェックが進められている。

 

(所詮、アナハイムの余り物。だが──今はこれで十分だ)

 

 なにより、ハイザックは既に3機のみ、ガルバルディβが1機、ボスニア、サチワヌにはゼロ。

 

 MS戦力はもはや破綻していた。

 

 そこへ突如として投じられた最新鋭機。

 

 それが意味するものを、ジャマイカンは誰よりも理解していた。

 

 ──これは、与えられた武器だ。

 

 ──ティターンズの正しさを証明する、鉄槌となるための剣だ。

 

「マラサイ隊を即時編成。交代要員には厳選した者を当てろ。艦長はそのまま私が預かる」

 

 言葉の端には、いつになく昂ぶった熱があった。

 

 副官が恐る恐る問いかける。

 

「……攻撃準備、ですか?」

 

「当たり前だ。癒着の証拠はこの3日で積もりに積もった。独立部隊であろうと、ティターンズの正義に弓引いたなら、その場で処断する──それが官軍だ」

 

 最後の言葉は、あくまで独りごちるように低く、深く、艦橋に響いた。

 

 誰も口を挟まなかった。

 

 いや、挟めなかった。

 

 その背に、正義を掲げながら、もはや粛清の鬼と化している男の威圧があったからだ。

 

 グラナダ発進後1時間・アレキサンドリア艦内 ブリーフィングルーム

 

 ブリーフィングルームの照明は通常よりわずかに落とされ、壁一面に投影された戦域マップが、月軌道上の各艦隊の配置を赤と青のアイコンで描き出していた。

 

その前方、中央に立つのは──ティターンズ所属、アレキサンドリア艦隊指揮官ジャマイカン・ダニンガン少佐。

 

「……アンマンに潜伏するアーガマ、およびアルビオン、ジャブローからの入港記録は確認されているが──現在、完全に沈黙している」

 

 無機質な口調。

 

 だがその声には、どこか押し殺した苛立ちが混じっていた。

 

 ジャマイカンは手にしたポインターで宙域のマップ上をなぞる。

 

「この“沈黙”が意味するものが何か。各員、よく考えるがいい」

 

 傍らの士官が小声で問う。

 

「補給活動中かと……。いえ、避難民の処理、あるいは内部での政治的交渉の可能性も──」

 

「茶番だ!」

 

 怒声が響き、場の空気が凍りつく。

 

「補給? 交渉? 避難民? それがどうした。奴らが“沈黙している”理由はただ一つ──《癒着》だ!」

 

 壁際の士官がごくりと唾を飲む音が聞こえた。

 

「アーガマはエゥーゴの旗艦。アルビオンは我が軍の艦艇──にして、現在、独立試験部隊を名乗る少年兵に乗っ取られている。いいか? あのムラサメとかいう一介の下士官の若造は、ジャミトフ閣下の名を後ろ盾に我々の顔を平然と無視して行動している」

 

「……アイン・ムラサメ少尉ですね。確かに正式には連邦軍所属で、ティターンズへの出向──」

 

「ふん、名義の話などしていない。意思の問題だ!」

 

ジャマイカンは苛立ちを隠そうともせず、戦域図を指し示す。

 

「独断専行を重ね、グラナダへの寄港も拒否。逃げるようにアンマンへ。しかもそこにアーガマが“偶然”潜伏している? 馬鹿げた偶然だ」

 

 言葉に込められた毒が、部屋の隅々にまで染みわたる。

 

「──アルビオンとアーガマは、すでに一蓮托生と見ていい。我々ティターンズに反旗を翻した裏切り者と、それに与する連邦艦隊。このまま放置すれば、我々の顔に泥を塗ることになる!」

 

 静まり返った部屋の中、士官の一人が恐る恐る尋ねた。

 

「攻撃……ですか?」

 

 ジャマイカンは顎を引いた。

 

「当然だ」

 

 数秒の沈黙の後、彼は続けた。

 

「アナハイムからの新型マラサイが届いた。戦力は整った。ガルバルディβ1機、ハイザック3機を含め、計12機による速攻部隊を編成する。ボスニアとサチワヌは側面支援。我がアレキサンドリアは正面から牽制しつつ、敵の迎撃態勢を崩す」

 

「しかし……アンマンは中立港であり、直接的な先制攻撃は……」

 

 またも反論が挙がる。

 

 ジャマイカンはにたりと笑った。

 

「中立など、守らねば意味はない。奴らが沈黙しているのは、すでに中立を破っている証左だ。我々が仕掛けるのではない、“不審艦艇への事前警告および威嚇”──それが我々の“建前”だ」

 

 そして、言い放つ。

 

「ティターンズは官軍だ。反政府組織に与した裏切り者どもは、例外なく排除する。これは粛清だ。あの小僧もろとも──叩き潰す!」

 

 ブリーフィングルームの照明が明滅し、作戦計画ファイルが各端末へと自動配信された。

 

 そこに映されたのは、アンマン宙域包囲作戦 “ハンマーヘッド01”。

 

 艦橋から見える月面の向こうに、アンマンの影が忍び寄ってくる。

 

 ジャマイカンの口元には、歪んだ笑みが浮かんでいた。

 

「来るがいい、ムラサメ坊や。君の揃えた駒とやらがどれほど虚しいか──この戦場で教えてやる」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 アンマン宙域に張り巡らされたリレー衛星の通信データを解析していたオペレーターが、わずかなタイムラグをもって警告音を鳴らした。

 

 即座に、当該セクションの担当士官が端末の前に走り寄り、浮かび上がる航跡図を目にする。

 

「確認。グラナダ港湾宙域よりアレキサンドリア級1隻、並びにサラミス改級2隻、出港しました。推定進路、アンマン方向!」

 

 報告の声が中継モニター越しに響くと、アルビオン艦橋のオブザーバー席に座り静かに目を伏せていたアインが、わずかに眉を動かす。

 

「……来たか」

 

 その呟きは、驚きでも恐怖でもない。

 

 ただ、予期したとおりに物事が動き出したことを確認した者の、それに過ぎない声だった。

 

 報告を聞いた艦橋のスタッフたちが緊張を走らせる中、アインはゆっくりと椅子から立ち上がった。

 

 その姿は若さを感じさせる少年兵でありながら、そこに宿る影は確かな軍人としての覚悟に満ちている。

 

 彼の視線は戦術マップに表示された月軌道戦域図へと向けられる。

 

 そこに浮かび上がるアレキサンドリア艦隊の航跡と、現在アンマンの地下に停泊しているアーガマ、そして自らが艦隊指揮を担うアルビオンの位置関係。

 

「……やはり、ジャマイカン少佐は動いた。となれば彼は仕掛けに来る」

 

 脳裏に浮かぶのは、グラナダ寄港拒否から始まった一連の動き。

 

 あれはただの嫌がらせではなく、この展開への誘導であった可能性すらある。

 

 ジャマイカンからすれば、アンマンの中の情報が取れない今、アルビオンとアーガマの癒着を糾弾し、その両艦を一挙に排除する大義名分を得たことになる。

 

(“正義の名の下に、味方の異端を討つ”。それはティターンズのやり方だ。だが……)

 

 アインは、胸の中で静かに呟いた。

 

(僕たちは違う。俺は──市民を守る、連邦軍の軍人だ)

 

 その信念の下でファを保護し、避難民を受け入れ、エゥーゴとも協調した。

 

 それが今、ジャマイカンの“正義”の天秤にかけられている。

 

「……状況報告をまとめ、ブライト大佐とアーガマのヘンケン艦長へ通達を」

 

 アインは明確に命じた。

 

「アレキサンドリアが来る。我々は、迎撃態勢を整える必要があります。ただし、先に攻撃するのではなく、“迎え撃つ”構えです」

 

 周囲が息を飲む。

 

「敵意を表すのは、彼らの仕事です。こちらは最後まで、正当な軍人としての手続きを踏む。──その上で撃ってくるのなら、撃ち返すのも已む無しとします」

 

 それは矛盾しているようで、絶妙なバランスを保つ姿勢だった。

 

 アインは軍律も外交も、そして政治も読みながら、軍人としての一線を護る道を選んだ。

 

「僕たちの行動が、未来の基準になります。ならば──どちらが正しかったか、歴史が証明するでしょう」

 

 静かに、しかし確かに、アイン・ムラサメの声が響いた。 

 

 その場に居た誰もが、彼がただの少年ではないことを理解していた。

 

 18歳にも満たぬ年齢で、暴力と権威が支配するティターンズの中で、彼は一つの“秩序”を掲げていた。

 

 やがて、戦端は開かれるだろう。

 

 だが、それを“誰が開いたか”──その記録と正義の所在だけは、彼の指揮下で確かに刻まれようとしていた。

 

 

 

 

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