無骨な整備フレームに吊るされたままのヘイズル改が、異様な姿へと変貌を遂げていく。
その機体へ、艦内搬入された巨腕がゆっくりと接合され──まるで、サイコガンダムの上腕部をそのまま嵌め込んだような形状だ。
両脚には、まるでブーツのように巨大な脚部ユニットが装着される。
「──ギガンティック・アームユニット、右側固定完了。電力供給ライン、異常なし」
「脚部ユニットも所定位置に接続。ブースター回路チェック……イエス、通電完了」
整備班の報告が次々と上がる中、ブライト・ノア大佐がゆっくりと格納庫に足を踏み入れた。
見るなり、思わず眉をひそめる。
「……なんだ、あれは」
「フルドド2機分のユニットに、サイコガンダムから流用したパーツを一部適合させました。対艦戦と領域制圧に特化した、ウーンドウォート系の試作運用形態です。呼称は“ギガンティック”」
アインは、格納庫中央に立ち、淡々と告げた。
ブライトは視線を機体に戻す。
その異様なシルエットは、もはやMSというよりも、巨大MAと表現した方が近い。
極端に長大な腕部と、ブーツのように履かれた巨脚ユニット。
そして背部には、機体安定用の可変ブースターが複雑に連なり、悪魔的な迫力を醸し出していた。
「……あんなデカブツを戦場に出せば、挑発と見なされるぞ。ジャマイカンのような神経質な男なら尚更だ」
「ええ。だからこそ、出す意味があるんです」
アインはそう答えると、整備用カタパルトを見上げた。
「“目立つ的”が一つあれば、必ず敵の目はそこに向きます。
火力も機動も装甲も、あらゆる面でこちらの通常機より突出しているそれを、敵が無視するとは思えません」
「しかし、あの大きさでは回避能力に限界がある。文字通り、的になるつもりか?」
「はい」
その返答は、あまりにも即答だった。
「だからこそ、ドゥーには任せられませんよ。……死んでもらっては困りますから」
「お前が出るつもりか」
ブライトの声が、低くなる。
「的になるんです。ならば“囮”を演じる者が、それを理解していなければ意味がありません。その上で生還する可能性を考えるなら……僕が行くしかありません」
アインの横顔は、どこまでも冷静だった。
感情を抑えているのではない。
最初から、死地に立つ覚悟を持って選択をしている人間の顔だった。
ブライトは重く息を吐いた。
「……お前はいつもそうだな。“自分がやるのが当然だ”という顔をする」
「他人に任せて、自分が無事であることに、価値を見出せる性格ではないもので」
アインは、わずかに口元を緩めた。
「ついでに──プロト・サイコガンダムの予備にあったサイコミュ・コアユニット。あれを機体上部に仮設するよう整備班に通達を出しました。直接的な制御はしませんが、アンチ・ジャミング信号と擬似反応増幅による補助効果が見込めます」
「エスカレートしすぎじゃないのか? あのユニットを付けたら、さらに目立つぞ」
「目立たせるためにやってるんです。最大限に、でなければ意味がありません」
その時、格納庫上段のオペレーションルームから整備班長の声が降ってきた。
「少尉、接続作業完了しました。いつでも出撃テスト可能です!」
「ご苦労。予定通り、明朝までにドライラン済ませてください」
「了解!」
アインが軽く手を挙げて返すと、ブライトが静かに言った。
「……死ぬなよ。あのMSを捨て駒にして終わるような戦い方は、俺は許容しない」
「安心してください。的は的でも、“討ち漏らすのが最大の失策になる標的”を演じてみせます」
アインの声は、どこまでも静かで、どこまでも強かった。
彼の中では既に、明日という戦場が“生還のための演目”に組み立てられていた。
異形のMSと共に、敵の戦術を狂わせ、そして自分自身の生存確率を上げるために。
それは、戦士ではなく──“軍人”の選んだ戦い方だった。
◇◇◇◇◇
格納庫に警告音が鳴り響き、ゆっくりと上昇していくヘイズル改のフレーム。
その脚部にはサイコガンダムの巨大な脚が取り付けられ、さらに両肩にはフルドドユニットとサイコガンダムの腕部が換装されている。
まるで異形の巨人のようなその姿に、整備クルーたちが次々と息を呑んだ。
そして、その異様なモビルスーツを見上げながら、ドゥーが勢いよくアインの前に立ち塞がった。
「なんでボクじゃなくて、アインが乗るのさっ!」
子供のように頬を膨らませて抗議するドゥー。
つり上がった目が潤みがちで、納得がいかないと全身で語っている。
アイン・ムラサメは、表情を柔らげたまま静かに彼女の言葉を受け止めていた。
その背筋は伸び、どこか儚げで、それでいて芯のある気配を纏っている。
「僕が的になります。君に任せて、もし被弾してしまったら、損害が大きすぎますから」
「でも、ボクのヘイズル改なんだよ!? ボクの専用機だよっ!? それを勝手にあんなふうに改造して……なのにボクが乗らないなんて、そんなの……!」
涙声になりかけるドゥーの訴えに、アインは静かに言葉を紡ぐ。
「……ドゥー、君の機体を改造したことは、謝ります。でも、今回の作戦は注意を引きつける囮です。敵の攻撃の的になる役割を、君にさせるわけにはいきません」
「でも、アインが行ってやられたら……ボク、絶対に嫌だよ……っ!」
「大丈夫です。僕は戻ります。これは、民間人と、港と、君たちを守るための布石です。君を、失いたくはありません」
アインの穏やかで、それでいて確固たる語調に、ドゥーの口元が悔しそうに歪む。
けれど、それ以上反論はできなかった。
「……ズルいよ、アイン。そういうの」
小さく呟いた彼女の声を、アインは受け止めながら、そっと肩に手を置いた。
「ありがとう、ドゥー。君の気持ちは、ちゃんと伝わってきました。だから僕は、必ず戻ります」
その声は柔らかくも、決して揺らがなかった。
◇◇◇◇◇
ブリッジの空気は重苦しかった。人工照明の静かな明かりの中、アインは艦長席の隣にあるオブザーバーシートに腰を下ろし、前方のスクリーンを見据えた。
「……発進させるつもりなのか?」
沈黙を破ったのは、艦長であるブライトだった。
彼は腕を組み、無言で思案するアインに視線を投げる。
「はい。ジャマイカン少佐の通達を突っぱねた今、あちらからの攻撃はほぼ確実です」
「だが、こちらから出れば、“挑発”と取られかねないぞ。下手をすればこっちが開戦の火種にされる」
「承知しています」
アインはすっと立ち上がり、ブライトと正対した。
「ですが……このまま港で待ち構えていては、間違いなく港湾設備が狙われます。施設が被害を受ければ、その影響は港湾機能にとどまりません。住民の生活基盤が、数千、数万の単位で損なわれる。下手をすれば、民間人に死傷者も出ます」
ブライトは無言で聞いていたが、わずかに眉をしかめる。
「そうならない保証は?」
「ありません。ですが、彼らが“敵”と見なしているのは……」
アインは手をゆっくりと自分の胸に当てた。
「……僕ら、アルビオンです」
「……」
「ならば、その矛先を受け止めるのは、僕たちの責務です。自分たちの言動が原因で、港や市民に被害を出すなど、あってはならない」
アインの瞳は、言葉に違わぬ覚悟を帯びていた。
「撃ってくるのなら、こちらは応戦します。ただし、それは港を守るための措置です」
「本気か、アイン」
ブライトは深く息を吐いた。
目の前の若者の言葉は理想に満ちている。
しかし、同時にその理想を貫こうとする覚悟と行動が、今、現実を動かそうとしていることも、彼は理解していた。
「……発進準備に入る」
やがて、艦長席に身を沈めながら、ブライトは静かに告げた。
「ただし、アーガマには何も言うな。連携と見られれば、こっちの立場が危うい」
「わかっています。アーガマには“自衛以外はするな”と、既に伝えてあります」
アインの声は静かだった。
だが、その内に秘めた意思は確かな炎となって、アルビオンという艦を動かしていた。
「ヘイズル改の準備は完了済みです。……僕が出ます」
「やはり“的になる”と言うつもりか?」
「はい。目立つ的は、彼らにとって好都合でしょう。注目を引けるなら、それだけ港を巻き込まずに済みます」
ブライトは数秒、彼を見つめた後、無言で操舵士のパサロフ大尉に発進準備の指示を下した。
艦内にはゆっくりと警告灯が灯り、甲板クルーたちがそれぞれの持ち場に散っていく。
その光景を背に、アインは己の席を離れ、出撃準備のために格納庫へと歩き出した。
港湾施設を守るために、ティターンズの内輪の泥仕合を止めるために、そしてなにより──。
「市民を守る、連邦軍の軍人」として。
◇◇◇◇◇
ロッカーの扉が静かに閉じられ、微かな金属音が響いた。
アイン・ムラサメはノーマルスーツの前合わせを整え、ヘルメットを脇に抱えている。
「……ずいぶん急ぐな、アイン」
背後から聞こえたのは、ゼロ・ムラサメの声。
ノーマルスーツの上着を肩にかけたまま、彼はロッカールームの出入り口に立っていた。
「タイムリミットが迫っていますので」
アインは振り返らず、整えた襟元にそっと手を添えた。
「準備が整い次第、発進の判断を下すつもりです」
ゼロは小さく鼻を鳴らす。
「それにしたって、自分で出るのはどうかと思うぜ? ……ギガンティック仕様のヘイズルに、だ」
「はい。僕が出ます」
アインは淡々と応じる。その瞳には一切の迷いがない。
「この状況で港に閉じこもれば、確実に被害が出るでしょう。あの機体は、目立つ“的”になるには十分すぎます。狙われるべきは、僕です」
ゼロは腕を組んだまま、じっと弟を見つめていた。
「ドゥーが、出たがってたぞ」
「分かっています。でも、ドゥーにはまだ“試す”戦いが必要です。……今回は“守る”ための出撃になります」
「……お前はもう、自分を試す必要がないってことか?」
「分かりません」
アインはヘルメットのバイザーに視線を落とした。
そこに映るのは、冷静を装う己の目。
「ですが、僕は“市民を守る連邦軍の軍人”であると決めました。ならば、この出撃は避けて通れません」
沈黙。
その言葉が、重く確かに空気に沈んでいく。
「……ホント、お前は妙なやつだ」
やがてゼロがぽつりと呟く。ノーマルスーツを片手に、壁にもたれながら。
「同じムラサメの血を引いてるのに、何でこうも“軍人”なんだか」
アインは小さく微笑んだ。
「ゼロも、十分すぎるほど軍人ですよ。僕が安心して背中を預けられるくらいには」
「お前なぁ……」
ゼロは呆れたように目を細めた。
「なら、背中は預かってやる。リーダーの俺が前に出ないと下が示しがつかねぇからな」
「助かります、ゼロ」
短く、しかし芯の通った感謝の言葉だった。
そしてふたりは黙って、次の“戦場”に向けて、それぞれの準備を始めた。
◇◇◇◇◇
「……アルビオン、出航準備に入ってるな」
モニターに映るのは、港湾クレーンが静かに動き、格納庫ハッチを開いているアルビオンの姿。
通信管制士のトーレスが思わず呟くと、すぐさま操舵士のサエグサが確認を取る。
「補給は昨日終わってるはずです。動き出すには十分な時間が経過してますが……指示は、来ていません」
「……これは、何も言わずに出るつもりだな」
操艦席から顔を上げたヘンケン・ベッケナー艦長が、額に皺を寄せながらモニターを睨む。
視線の先では、既にアルビオンの姿勢制御スラスターがテスト噴射を始めていた。
「だが、何も言わずに動く理由がある」
低く、渋い声が艦長席の後方から発せられる。
クワトロ・バジーナ大尉が腕を組み、モニター越しの光景をじっと見つめている。
「ジャマイカンはもう動く気だ。……アルビオンは、それを読んだのだろう」
「自衛か……あるいは囮、か?」
ヘンケンが問いかけると、クワトロは静かに頷いた。
「──挑発される覚悟で、あえて動いた。アイン・ムラサメという男……思った以上に、読みと胆力があるな」
その言葉に、後方の艦長専用モニター前で沈黙していたブレックス・フォーラ准将が、わずかに口を開いた。
「自らを“的”にすることで、アーガマを動かさず済ませようとしているのだろう」
「まさか……?」
ヘンケンがわずかに身を乗り出す。
「我々を守る気か?」
「いや、守るというより、アーガマが動けば“開戦”になると見ているのだ」
ブレックスの瞳は冷静だった。
「彼は“エゥーゴが連邦の内部抗争に加担した”という構図を作ることを、何より恐れている」
「……なるほど。アンマン港湾局との共同防衛協定を蹴ったのも、それが理由か」
クワトロの目が細くなる。
「それでも……一隻で動くにはリスクが大きすぎる」
「だが、彼はそれを“許容”した。アーガマには動かず、ただ監視していて欲しい、ということだろう」
ブレックスの声には、かすかに敬意と感嘆が混じっていた。
「ティターンズという巨悪の胎動を、その内部から抑え込もうとしている若者だ。……まさに、軍服を纏いながら、己の信念で生きている」
「それでいて、政治には決して染まらない。……だが、その姿勢が最も危うく、そして──最も強い」
クワトロは拳を握った。
「……どう動く?」
「何もするな。それが彼の望みだ」
ブレックスは静かに、しかし明確に指示を下した。
「ただし、有事の際は即応できるよう、格納庫と砲塔は警戒態勢を維持しろ」
「了解、准将」
ヘンケンは即座に命令を発し、アーガマは“沈黙の応答”としての準備を整えはじめた。
艦橋の誰もが、アルビオンの“出航”に込められた覚悟を感じ取っていた。
そして──それが、アーガマの姿勢にも、静かな決意を宿していく。
◇◇◇◇◇
会議室の照明が、ゆっくりと落とされる。
ホロスクリーンにはアンマン宙域の簡略地形図と、アレキサンドリア級艦隊の想定配置。
続いて、アルビオンとそこから発進する予定のモビルスーツの編成図が展開された。
「……最終確認を行います」
アインは、落ち着いた口調でブリーフィングの口火を切った。
視線を交互にゼロ、コウ、キース、そして黙って腕を組んでいるドゥーへと巡らせる。
「この作戦において、僕のヘイズル改ギガンティック形態は“囮”──つまり、敵の攻撃意識と戦術的リソースを引き付ける“目標物”として機能します」
スクリーンに表示されたのは、異様なシルエットの巨大MS──ヘイズル改ギガンティック形態。
サイコガンダムの腕部と脚部を装着し、まるでMAのような威圧的な姿だ。
「当然、真っ先に敵の集中砲火を浴びることになります。ですがそれは、最も堅牢な機体に、最も制御負荷の高い装備を施した理由そのものです」
アインの口調は静かだが、その視線には一分の揺らぎもない。
「ゼロ──あなたのMk-Ⅱ 4号機は、僕の機体のカバーに回ってもらいます。前面装甲を強化してありますが、死角を埋めるには君の射撃センスに頼るのが最善です」
「了解。無茶な真似はすんなよ、アイン」
ゼロは腕を組んだまま、わずかに口の端を上げて応じた。
「死なれたら、俺たちが誰に従えばいいか分からなくなる」
「気をつけますよ。……なるべく」
軽く微笑み返すアインだが、その先には戦場の覚悟が滲む。
「次に、コウ・ウラキ中尉、チャック・キース少尉」
ホロ画面には、アドバンスド・ヘイズル・トライブースター形態とジム・キャノンⅡの出撃態勢が表示された。
「お二人にはアルビオンの格納庫にて直掩として待機していただきます。敵がアルビオンに直接照準、もしくはMS部隊による接近を試みた場合に限り、サイドハッチから緊急発進してください」
「了解した」
コウは背筋を伸ばし、すぐさま敬礼と共に答える。
その瞳は真剣そのもので、アインに対する敬意も含んでいた。
「深追いは厳禁、ってのがちょっと歯がゆいけどな」
キースが冗談交じりに肩をすくめると、アインは小さく頷いた。
「無理に敵を落とす必要はありません。あくまで“アルビオンの安全確保”が優先です」
その瞬間、口を膨らませていたドゥーが椅子からずり上がるように身を乗り出した。
「ねえアイン、なんでボクだけ艦内待機なのさ!? そんなのズルいよ!」
「ドゥー」
アインはその語気に穏やかさを保ちながらも、明確な線を引くような声音で応えた。
「今、アルビオンにあるMSで、君が実機で慣らしを終えている機体は一つもありません。たとえ君が優秀でも、調整なしで出せばそれは事故になります」
「でもさっ! ボクだって……」
「君を“使いたくない”からじゃありません。使いたいなら、もっと早く準備させています」
アインは真っ直ぐにドゥーを見た。
その言葉は、厳しさではなく信頼ゆえの断言だった。
「君の腕を、ここで潰したくないんです。だから、待っていてください。必ず、必要な時が来ます」
……ドゥーは、しばらく唇を噛み、悔しげに目を逸らした。
「……うん、分かった。でも、絶対だよ。次はちゃんと出してよね」
「ええ、約束しますよ」
そう言ってアインが微笑んだとき、会議室の端末が一斉に点灯し、艦内連絡が流れた。
《全パイロットに通達──アルビオン、出航準備完了。最終安全確認を終え次第、艦橋より発令される》
「……時間ですね。以上で作戦説明を終わります。各自、持ち場へ」
アインの一言で立ち上がる5人。
ゼロとコウが無言で目配せを交わし、キースがひとつ背伸びをしてから退出する。
ドゥーは最後まで名残惜しそうにヘイズル改ギガンティックの機体図を見つめ、軽く舌打ちをしてから踵を返した。
そして──アイン・ムラサメも、静かに部屋を後にする。
彼の瞳の奥には、“囮”として出る覚悟ではなく、“矛”として全てを受け止める意志が、確かに宿っていた。