ムラサメさん家のイチバン=サン   作:星乃 望夢

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第23話 本当に連邦側の人間なんですよね?

 

 重々しく開かれるアンマン宇宙港のゲート。

 

 その外側には、空虚と化した静謐な宇宙空間──だが、そこに平穏は存在しなかった。

 

「レーザー測距、確認……本艦がロックされました!」

 

 ブリッジに緊張が走る。

 

 報告したのはオペレーター、モーリス少尉。

 

 その声が突き刺すように艦内を震わせる。

 

「照準か!?」

 

 ブライト・ノア艦長は即座に反応した。

 

「……来るぞ! 対空ミサイルだ!」

 

 その声とほぼ同時、戦慄の閃光が闇の中を横断した。

 

 次の瞬間、宇宙空間にミサイルの航跡が閃光となって描かれ、港のゲートを包むように拡がっていく。

 

「最大戦速! 対空機銃、全門開け! 港を出て迎撃する!」

 

 ブライトの怒声が艦内通信に叩きつけられ、アルビオンの主機が唸りを上げる。

 

 港湾施設から滑るように飛び出した白亜の巡洋艦が、回避と迎撃の針の穴を通すように加速していく。

 

 ──が、標的はアルビオンそのものではなかった。

 

 放たれたミサイル群のほとんどが、港湾施設ゲートの上空やその周辺に着弾するよう散らばっていた。

 

 明らかに、範囲制圧型。

 

 あたかも「偶然」を装うような、雑な、だが質の悪い攻撃。

 

「……なるほど、そういうことか」

 

 ブライトは静かに、しかし確信を込めて呟いた。

 

 これはティターンズ・ジャマイカン少佐の思惑──。

 

 ミサイルがアルビオンに当たったとしても、それはあくまで“掃討の副産物”という体裁。

 

 むしろ、港に居座るエゥーゴ旗艦《アーガマ》を炙り出すのが目的だ。

 

 民間港への攻撃ではなく、“港に潜むテロリストへの正当な掃討作戦”と主張するつもりなのだ。

 

「出て来たところを“たまたま狙ったら巻き込まれた”……そう言いたいわけか、ジャマイカンめ」

 

 迎撃システムが作動し、艦体各所から牽制弾とビームが射出される。

 

 しかし数が多い。

 

 これだけの物量、すべて落とすのは難しい。

 

「対空班、限界まで引き付けろ! 撃ち漏らせば、艦が吹き飛ぶぞ!」

 

 ブライトの号令と同時に、左右のサイドハッチが開く。

 

 スラスターの光とともに、2機のMSが宇宙へと飛び出した。

 

 一機は、アドバンスド・ヘイズルのトライブースター形態。

 

 コウ・ウラキ少尉の機体が、機敏な反応でミサイルを狩り取るように動き出す。

 

 もう一機、ジム・キャノンⅡ。

 

 チャック・キース少尉の駆る重装型MSが、ミサイル群に的確な迎撃砲火を浴びせる。

 

「やってくれるじゃないの……!」

 

 キースが歯を食いしばる。

 

 だが彼も、星の屑作戦を生き抜いた歴戦の兵だ。

 

「撃ち漏らしてたら、あの戦争で俺たちは死んでる。行ける!」

 

 コウが吼え、二機が港の外周に沿って展開し、次々とミサイルを迎撃していく。

 

 彼らは知っている。

 

 これは戦争ではない。

 

 だが、守るべきもののある戦場だ。

 

 港湾施設のシールドに直撃しようとしていたミサイルが、直前で破砕されていく。

 

 キースが撃ち、コウが狙い撃ち、アルビオンの対空砲が追撃する。

 

 狭い回廊での熾烈な弾幕戦──そしてその中を、アルビオンはまっすぐ進む。

 

「このまま港外へ出るぞ! 各員、臨戦態勢を崩すな!」

 

 緊張の糸が張り詰めたまま、アルビオンは港を後にした。

 

 まだ戦いは始まっていない。

 

 だが、すでにジャマイカンは“撃った”のだ。

 

 そして次に撃つのは、こちらになるかもしれない。

 

 宇宙港を飛び出し、ミサイルの雨をくぐり抜けたアルビオンが宙域へと滑り出た、その刹那。

 

 艦の背後、格納デッキの外部マウント。

 

 漆黒の宙に、異形の影が沈黙していた。

 

 RX-121 ヘイズル改・ギガンティック形態。

 

 まるで戦場に降り立った巨神のように、サイコガンダムの上腕部を模したギガンティック・アームユニットを両肩に備え、脚部には同機の大腿フレームを流用した特製の“ブーツ”を履き込む。

 

 その姿はもはや「強化」ではなく「変異」。

 

 異形であることを誇示するかのような、迫力すら放っていた。

 

 コックピット内部。

 

 起動音とともに、サイコミュ補助ユニットの内部モニターが走査ラインを表示し始める。

 

「システム、オールグリーン……本機、発進する」

 

 アインの声音が落ち着いた響きで流れる。

 

 彼の隣には、同時発進を命じられた機体──ガンダムMk-Ⅱ4号機。

 

 ゼロがコックピットの中で、静かに操縦桿を握り締めていた。

 

 〈ヘイズル改ギガンティック〉が、艦背のリリースレールから磁場を切り離され、宙へと放たれる。

 

 その巨体に反して滑らかに、だが確かな質量を伴って艦から離れていく。

 

 直後。

 

「ロック外れた! ミサイル、数発抜けてくる!」

 

 アルビオン艦橋のオペレーターが悲鳴のような警告を上げた。

 

 レーザー測距に引っ掛からず、デコイか環境反射を利用してか、迎撃を潜り抜けた数発のミサイルが、なおもアルビオンに向かって接近していた。

 

 その進路上に割り込んだのは──。

 

「落ち着いてください。ここから先は……僕の役目です」

 

 ギガンティック・アームが唸り、膨大なジェネレーター出力が機体の両肩へとチャージされる。

 

 瞬間、腕部ユニットの砲口が開き、5連装メガ粒子砲×2基が並列で展開された。

 

「照準固定。射撃――開始」

 

 無音の宇宙に閃光が走る。

 

 圧倒的な火力が一点に集中し、侵入していたミサイルの弾頭を寸分の狂いなく貫いた。

 

 爆散する残骸の粒子が銀の霧となって宇宙に広がる中、ヘイズル改はさらにスラスターを吹かし、アルビオンの上空へと飛び上がる。

 

 その巨体が艦の天蓋を守るかのように位置取った。

 

 直後、同じく発進したMk-Ⅱ4号機がその側面に並び、コンビネーションフォーメーションを取る。

 

 この異形と正統のツインリーダーが、宇宙に爪を立てた瞬間だった。

 

 “ここにいるぞ”とでも言うように。

 

 “迎撃ではない、これは示威だ”とでも言うように。

 

 迎撃ではなく、警告。

 

 ──ティターンズの、ジャマイカン・ダニンガン少佐に向けて。

 

 その背後で、アルビオンの機関部が閃光を発し、さらに加速を始める。

 

 宇宙港を発ち、名もなき宙域へと向かう艦と、それを護衛する2機のMS。

 

 いま、静かなる戦端が開かれようとしていた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 アレキサンドリア艦橋に、緊張が走った。

 

「アルビオンより、MS2機発進を確認! うち1機は……識別不能です!」

 

 前方スクリーンに映し出されたそれは、あまりに異様だった。

 

「なに……あれは……?」

 

 ジャマイカン・ダニンガン少佐は、オペレーターの報告より先に言葉を失った。

 

 映像に映るMSは、通常のモビルスーツのフレームを大きく超える巨躯。

 肩部には砲塔のような極太のマニピュレーターが取り付けられ、下半身も巨大なブーツのような装甲に覆われていた。

 まるで戦艦の主砲をそのまま手足に換装したような威容。

 

「こ、これは……MSか? それとも新型モビルアーマーか?」

 

 通信士が震える声で補足する。

 

「識別反応あり……! アルビオンの登録IDから照合。恐らく、あの機体……ヘイズル系列機の重装改修型と思われます!」

 

「ヘイズル……? あの予備試作機のか?」

 

 ジャマイカンは目を細めた。

 確かに聞いた覚えはある。0084年以降、旧トリントン方面で進められたTR計画――ティターンズの技術試作計画に名を連ねる高性能機だ。

 

 だが、それは小型・高機動を旨とした機体のはず。

 

 今、目の前にいるそれはどう見ても“過剰”。

 過負荷にしか見えない巨大なユニット、実用性を無視したかのような極端な重装備。

 

「……見せびらかしにしては、随分と大胆な機体だな」

 

 嫌味を込めて吐き捨てる。だがその声に、焦燥が滲んでいた。

 

 ――何だ、この機体は。何のために、ここまで巨大にする?

 

 無論、火力の強化であろう。だが、あれでは標的も同然だ。

 ……いや。

 

 それこそが狙いなのではないか?

 

「……目立つ的(まと)を、一つ置いてきたか」

 

 そう呟いたジャマイカンの脳裏に浮かんだのは、指揮官としての“覚悟”を持つ者の影だった。

 

 (あれは囮だ。わざと狙われるために、あの姿を選んでいる……!)

 

 不快感が、胸を焼く。

 

 ジャマイカンは指揮卓に身を乗り出し、画面越しに睨み返す。

 

 ――アイン・ムラサメ。

 

 連邦所属でありながら、どこか異質な男。

 だが今のそれは、明確な意思表示だ。

 

 〈ティターンズの都合で始めた作戦である以上、自分たちが矢面に立つ〉

 〈民間施設も、他部隊も巻き込ませはしない〉

 

 ……そんな、独り善がりな理屈を、真正面から叩きつけてきたのだ。

 

「……面白い」

 

 ジャマイカンは静かに呟いた。

 

 「ではその“覚悟”が、どれほどのものか……試させてもらおう」

 

 静かに、右手を上げる。

 

「砲撃用意。攻撃ではない、警告射撃だ。……どこまで耐えられるか、見極めてやる」

 

 艦内の誰もが息を呑んだ。

 

 宙域に、嵐の予感が満ちていた――。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ミサイルの群れが虚空を裂いた。

 

 アルビオンの出航に合わせるように、レーザー測距の照準光が艦橋に走り、その数瞬後──。

 

 星屑のように煌くミサイル群が四方から放たれた。

 

 アインの乗る《ヘイズル改ギガンティック形態》は、既にアルビオンの上空へと出ていた。

 

 両肩に装備されたギガンティックアームがまるで要塞の盾のように構えられ、そのままミサイルの数発を受け止める。

 

 爆煙、閃光。

 

 だが、アインは動じない。

 

「……直撃、許容範囲です。ギガンティックアームの装甲なら問題ありません」

 

 爆風が煙のように流れ、機体の周囲を撫でる。

 

 ミサイルの炸薬は大型MA用ではなかった。

 

 あくまで“警告”という建前を崩さぬ範囲での弾頭。

 

 とはいえ、直撃すれば港湾施設には大きな被害となる。

 

 そしてアインの視界に、明確に港湾施設へと逸れていく3発のミサイルが映った。

 

「──港湾施設に向かっていますか。これは、看過できませんね」

 

 右腕が持つ長大な銃──《ロングブレードライフル》が、滑らかに持ち上げられる。

 

 システムは自動的にロックオンモードに移行し、ミサイルの軌道計算を補正する。

 

「目標照準……ロック。距離、減衰補正完了。発射」

 

 一撃目。

 

 細い光の閃きが空間を裂き、最も近いミサイルに命中。爆炎が広がる。

 

 アインはすぐに姿勢を変え、再度ロングブレードライフルを構える。

 

 二撃目。

 

 爆煙を抜けて放たれたビームが二発目のミサイルに命中、弾頭が爆発する前に空中分解した。

 

 三発目──もっとも施設に近く、時間の猶予も少ない。

 

 アインの目が細くなる。

 

「落ち着いて……偏差修正、0.4度」

 

 吸い込まれるような静寂ののち──ビームが走る。

 

 それはまるで空間を裂く針。

 

 わずかな猶予で命中したビームが、三発目のミサイルを施設上空で爆破。

 

 弾頭が点火する前に空中で花を咲かせ、破片が無害な方向へと散っていく。

 

 アインは通信を開いた。

 

「こちらアイン・ムラサメ。ミサイル、三発迎撃。港湾施設の損傷、ゼロを確認しました」

 

 その声音に感情の揺れはない。

 

 だが、ブライトをはじめ、通信を傍受していた者たちは──そこに宿る明確な「意志」を感じ取った。

 

 その時、ヘイズル改はゆっくりと向きを戻し、再びアルビオンの護衛位置に収まる。

 

「さて……次は、どうなさるおつもりですか、ジャマイカン少佐」

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 アンマン宇宙港に静かに停泊するアーガマ。

 

 その艦橋、ブリッジクルーたちの眼前のモニターが、港湾上空で繰り広げられる異様な戦闘を捉えていた。

 

「何だ……あれは……!?」

 

 オペレーターのトーレスが絶句する。

 

 画面に映るのは、かつて見たどのMSとも異なる、異形の巨影だった。

 

 ヘイズル改──だが、それはすでにその名で呼べる形ではなかった。

 

 両肩に巨大なアームユニットを装備し、まるで戦艦のブースターのような脚部ユニットが装着されている。

 

 黒に近い深藍の機体色は宇宙の闇に溶け込むには異様すぎる威圧感を放っていた。

 

「バケモノだな……あんなのを出してくるとは、連邦もまだまだ侮れんぞ」

 

 低く呟いたのはヘンケン・ベッケナー。

 

 艦長席に腰を据えたまま、じっとその姿を見上げている。

 

「いや、あれは連邦軍の通常戦力じゃない。あくまで……ムラサメの判断だろう」

 

 クワトロ・バジーナが画面から目を離さずに言う。

 

 眼光は鋭く、その視線の奥に読み取れるのは──僅かながらの驚きと、警戒だった。

 

 画面の中、ミサイルが放たれた。

 

 アルビオンを狙った攻撃に見せかけ、幾発かが港湾施設に逸れていく。

 

 そのとき、異形のMSが動いた。

 

 ミサイルを正面から受け止め──。

 

 ……微動だにしない。

 

 爆炎が両肩のアームを焼くも、機体は崩れず、たじろがず、むしろ威容を誇示するかの如く。

 

 続けて、右腕がゆっくりと上がった。

 

 持たれていたのは長く銃身下部に刃を埋め込んだフォルムのライフル。

 

 瞬間──光線が三度、宇宙を裂く。

 

 ミサイル三発、全弾迎撃。

 

 散った破片が港の外へと弾け、港湾施設に被害は一切出なかった。

 

 静寂がアーガマブリッジを包んだ。

 

「……あれが、アイン・ムラサメか」

 

 ブレックス・フォーラの声は低かったが、確かな重みを含んでいた。

 

 あれだけの巨躯を用い、的確にミサイルのみを排除し、警告には動じず、そして必要な時には速やかに動いた。

 

「やり過ぎなようにも見えるが……威圧だけで終わらせようとしている。逆に、抑制されているというべきか」

 

 クワトロが呟くように評する。

 

 ヘンケンが腕を組んで唸った。

 

「これじゃあ、ティターンズ側はますます警戒するぞ。あんなもんを見せつけられりゃ、次は本気で沈めにくる」

 

「それも計算づくだろう。あれは、自ら“盾”になるつもりなんだ……」

 

 クワトロは静かに目を閉じた。

 

 そして、トーレスが震える声で言った。

 

「……あれ、エゥーゴじゃなくて、本当に連邦側の人間なんですよね?」

 

 誰も答えなかった。

 

 ブレックスはただ、深く椅子に身を沈め、瞼を伏せる。

 

 ──“やはり、彼はこの戦乱に抗おうとしている。組織でも、理念でもなく、人として。”

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ミサイルの爆風と残光が薄れきらぬ宇宙空間に、新たな航跡が浮かび上がった。

 

 ジャマイカン・ダニンガンの座乗艦《アレキサンドリア》から、ティターンズ所属のモビルスーツ部隊が展開される。

 

 ハイザック三機が先行、後続には新鋭のマラサイ八機、そして中隊指揮官とおぼしきガルバルディβが続く。

 

『こちらアルビオン、敵MS部隊接近中。距離、二万五千──!』

 

 その報告に応じるように、ヘイズル改・ギガンティック形態がゆっくりと動いた。

 

「サイコミュ制御、全門ロック──」

 

 アインの声は穏やかであった。だが、視界の片隅で十個の照準光点が瞬く。

 

 ギガンティックアームの両肩、左右合わせて十門のビーム砲口が光を灯す。

 

「敵意のある者だけを、静かにしてもらいます」

 

 トリガーが弾かれると同時に、光の奔流が宇宙を切り裂いた。

 

 まず、左右から突出したハイザック二機。

 

 左の機体は脚部の膝関節を、右の機体は左腕の肘と腰部スラスターを正確に撃ち抜かれ、それぞれ中破。

 

 爆発はせず、機体は惰性のまま漂うだけとなる。

 

 中央に位置したガルバルディβは、視認した瞬間には既にヘッドセンサーを撃ち抜かれていた。

 

 直後、背部バーニアに直撃を受け、姿勢制御を失いながらも生還可能なレベルで機能停止。

 

 まさに寸止めだった。

 

 続いて飛び込んできたマラサイの先鋒四機。

 

 編隊機動を仕掛けたその瞬間、二機のセンサーと右腕が撃ち抜かれ、残りの二機は肩部装甲を破壊され回避運動に切り替えた──が、それでも左脚部が次弾により焼かれ、推進不能に陥る。

 

「……まだだ。撃つな……!」

 

 その後方から迫っていたジェリドとカクリコンの機体は、周囲の友軍機が次々と沈黙していく光景を目の当たりにして、無言でその場に留まった。

 

 彼らだけが、射線の外に留まり、アインの照準に捕捉されることはなかった。

 

 無言の警告。沈黙による制圧。

 

 ギガンティックアームのビーム砲が再び光を消すと同時に、戦場には奇妙な静寂が訪れていた。

 

 死者は、いない。

 

 戦闘不能になったMSは九機──だがそのすべてが、命までは奪われていなかった。

 

 それは、アイン・ムラサメが選んだ“結果”であり、明確な“意思表示”でもあった。

 

 それを、ジャマイカンがどう受け止めたか──それは、彼の表情が物語っていた。

 

 憤怒と困惑。そして焦り。

 

「……見せしめのつもりか……!」

 

 異形の巨体が、宇宙空間に浮かぶ。

 

 ミサイルを正面から受け止め、仲間を守り、敵を殺さず制したモビルスーツ。

 

 その姿は、誰の目にも“ただの的”ではなかった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 その瞬間、艦橋に沈黙が走った。

 

 モニターに映し出されたのは、無残に撃ち抜かれたMS群──腕を失ったハイザック、脚部から火花を散らすガルバルディβ、そして頭部センサーを焼かれたマラサイ。

 

 ジャマイカン・ダニンガン少佐は拳を握りしめたが、冷静さを失うほどの無能ではない。

 

「……これ以上の損害は、作戦全体に支障をきたす」

 

 そう呟くと、静かに命じた。

 

「アレキサンドリア、戦線を後退。MS残骸の回収と戦域の再編に移れ。敵の機体は──警戒を維持しつつ、干渉は控える」

 

「はっ!」

 

 艦橋のクルーたちが慌ただしく各部署に指示を飛ばす中、ジャマイカンはなおも画面の中にいる“あの異形”を睨み続けていた。

 

 腕部のギガンティックアーム、肩から伸びる巨大なビーム砲群──あの巨体が示す存在感は、もはやモビルスーツというよりも、ひとつの移動要塞だ。

 

「しかし、あれほどの重装備……持って、どこへ行くつもりだ?」

 

 一方、アルビオン艦橋。

 

「……引いたな」

 

 モニターを見据えたブライト・ノア大佐が短く告げると、即座に振り向き、鋭く命じた。

 

「全艦、最大戦速! 本艦はグリーンノア方面へ離脱する。航路上の障害物は排除、出力制限は解除して構わん!」

 

「了解、最大戦速! 各部署、離脱準備急げ!」

 

 緊張に満ちていた艦内に、活気と推進音が走る。

 

 ブリッジの照明が赤色から通常灯へ戻り、アルビオンの艦体がゆっくりと旋回を始める。

 

 直後、艦尾部のスラスターが蒼白く点火した。

 

 爆炎のごとき推力を背に、アルビオンは加速を始める。

 

「ギガンティック、後衛に就け。アレキサンドリアの動きがあれば即時対応しろ!」

 

『こちらギガンティック、了解しました。殿はお任せを』

 

 応答は静かだった。だが、その声に宿る意志は、確かな決意と冷徹な計算に裏打ちされていた。

 

 白い巨影が、ゆっくりとアルビオンの進路を背に移動する。

 

 RX-121TR-1・ヘイズル改ギガンティック形態。

 

 サイコガンダムの腕部と脚部を流用した巨大な装備は、宇宙の静寂の中に不気味な威圧感を放っていた。

 

 肩部のビーム砲群が揃ってアレキサンドリアを向き、ゆらりと構えが低くなる。

 

 狙いを定めるというより、ただ“見ている”──その不動の威圧に、アレキサンドリア艦橋のクルーたちは思わずごくりと唾を飲んだ。

 

 その巨体が、アルビオンの進路とアレキサンドリアの中間に立ち塞がる。

 

 まるで、鋼鉄の盾だ。

 

「前方、アルビオン全速離脱に入りました!」

 

「よし、間に合ったな……ウラキ中尉、キース少尉、よくやってくれた」

 

 ブライトが片手で前髪を払い、スラスター推力を確認する。

 

 艦体が音もなく宇宙を駆け、やがてアレキサンドリアの砲撃可能圏から外れ始める。

 

 その後を、ギガンティック形態のヘイズル改が悠然と離脱していった。

 

 まるで、勝者の背を向けるように。

 

 ──宇宙は再び静寂を取り戻し、残されたのは、巨艦アレキサンドリアと、己が初めて見た異形の戦闘兵器を脳裏に刻みつけるジャマイカンだけだった。

 

 

 

 

 

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