ムラサメさん家のイチバン=サン   作:星乃 望夢

25 / 94
第24話 君に、個人的な話がある

 

 アーガマ艦内、作戦会議室。

 

 ブレックス准将、クワトロ大尉、ヘンケン艦長の三人が卓を囲む。

 

 ホロ投影装置の上に映し出されているのは、依然として港湾宙域の外周に留まり、戦域監視を続けるアレキサンドリアの姿だった。

 

「……やはり引いたか。だが、あのジャマイカンという男、策を練り直して戻ってくるだろう」

 

 ヘンケンが肘をつきながら、視線をスクリーンへ向けたまま呟いた。

 

「完全撤退ではないのが厄介ですね。グリーンノア方面へは追ってこないでしょうが、あの位置に睨みを利かせられたままではこちらも動きにくい」

 

 クワトロは冷静に状況を整理しながらも、眉間に皺を寄せる。

 

 ホロに浮かぶ戦力図は、まるで意地の張り合いをするかのように、アレキサンドリアがぴたりと動きを止めていた。

 

「戦術的に見れば、今の状況で我々が動く理由はない。彼らが先に手を出してくれば、我々にも大義が立つ。だが……」

 

 ブレックスが、静かに手を組み直した。

 

「この宙域での小競り合いが続けば、周辺に駐留する中立艦や港湾施設まで巻き込むことになる。それは望ましくないな」

 

「奴さん、あえて港湾施設を巻き込むようなミサイル弾道を取った……つまり、民間施設すら“絞り出す道具”程度にしか思っていない」

 

 ヘンケンが肩をすくめながら言う。

 

「こうなると、むしろ我々が港の安全維持を口実に警戒線を張る方が筋が通る。アレキサンドリアが再度戦闘を始めた場合でも、こちらに正義がある」

 

「……ならば、我々は港湾監視と施設防衛を表向きの任務に据え、アレキサンドリアの動向を逐次記録する。彼らが再度仕掛けてきたとき、映像記録は政治的にも大きな意味を持つ」

 

 ブレックスが頷いた。

 

「その上で、アルビオンがこの宙域を離脱したという記録も添える。……我々に攻撃する理由は、もはや彼らには存在しない。違反すれば──ティターンズの暴走として、グリプスに上奏できる」

 

「ただし……」

 

 クワトロが言葉を継ぐ。

 

「……我々がジャブローを叩くと決めたその時、今度は彼らが“正規軍として”我々の前に立ち塞がる可能性がある」

 

 その言葉に、一瞬、室内に静寂が落ちる。

 

 誰もが、その先にある“分岐”を理解していた。

 

 アルビオン──連邦軍に属しながらも、今やアーガマと極めて近い場所にある艦。

 

 しかし、いずれ来るジャブロー攻撃では、正規軍との直接衝突が避けられない。

 

「……それでも我々は行くのかね、ジャブローへ?」

 

 ヘンケンが問うた。ブレックスは目を細めて、短く答えた。

 

「ああ。我々は民意を背にしている。腐敗した軍の中枢に鉄槌を下す、それが“エゥーゴ”の始まりだったはずだ」

 

「……ならば、私たちの銃口は、あのアイン・ムラサメにも向くかもしれない」

 

 クワトロの瞳に、一瞬、静かな憂いが浮かんだ。

 

「……その時が来れば、我々は我々の信義で動くしかない。だが、出来る限り……誤解のないよう、今のうちに話は通しておきたいところだな」

 

 戦略と理想の狭間に揺れる三人の思惑をよそに、スクリーンの中では、アレキサンドリアの巨体が今なお無言で睨みを利かせ続けていた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 戦域離脱から約一時間ほど。

 

 グリーンノア方面へ進路を取り、ようやく一息つけたアルビオンのブリッジには、緊張の余韻と共に静寂が戻りつつあった。

 

 その空気を破るように、サブリフトの扉が開く。

 

「アイン・ムラサメ、ブリッジに入ります」

 

 ノーマルスーツのままの男が姿を現した。

 

 ヘルメットを片手に脇に抱え、開いた襟元の下、インナーシャツがうっすらと汗に濡れているのが覗く。

 

 額にも薄く汗が浮かび、長時間の集中と極限の緊張が残した痕跡が、表情の端に僅かに滲んでいた。

 

「お疲れだったな、ムラサメ少尉」

 

 ブライト・ノア艦長が、前を向いたまま声をかける。

 

 振り返ったその表情は、僅かに柔らかかった。

 

 アインは静かに敬礼を返し、指定されるでもなく、自ら艦橋後方のオペレータ席脇に歩を進めた。

 

「敵の追撃は完全に止まりました。アレキサンドリアの反応は、ミノフスキー粒子濃度下でも明確に後退傾向にあります」

 

 モーリス少尉が淡々と報告する。

 

「追っては来ないか……今のところ、な」

 

 ブライトが短く呟く。

 

 その傍らで、アインは手元のパネルに視線を落とし、着艦後に記録された戦術ログの一部を確認していた。

 

 ギガンティックアームの出力限界、各砲門の熱管理、そして狙撃用ロングブレードライフルの整備誤差までも──彼の眼差しは、機体の挙動すべてを、戦場での“応答”として記憶しているかのようだった。

 

 その無言の背に、艦内の幾人かがわずかに視線を投げる。

 

 圧倒的な戦果を挙げた英雄の帰還でありながら、そこには誇示も驕りも一切なかった。

 

 ただ、任務を終えた者の沈着と、なお続く責務への覚悟だけが、張り詰めた空気と共に漂っていた。

 

 その背に、どこか感嘆とも安堵ともつかぬ視線が集まる中、ブライトはふとアインの側へと足を運び、小さく肩を叩いた。

 

「ムラサメ少尉。……まずはシャワーを浴びてこい。今のお前は、ブリッジに立つより先に汗を流すべきだ」

 

 その言葉に、アインは僅かに目を丸くし──すぐ、わずかに笑みを浮かべて敬礼を返す。

 

「……お言葉に甘えます、艦長」

 

 声に疲労の色はあったが、どこか張り詰めた緊張が解けたような響きだった。

 

 ブライトはそれに軽く頷き、リフトへ向かうアインの背中を無言で見送った。

 

 ──それは、重責を背負い、命を賭して仲間の盾となった若き士官に与えられた、束の間の安息だった。

 

 リフトが静かに閉まり、ノイズのように走る警報も今はなく、艦橋は再び静けさを取り戻す。

 

 戦闘は終わった。だが戦争は、まだ始まったばかりだ。

 

 戦域を離脱してから、およそ一時間──。

 

 月軌道の外縁にて、アルビオンはようやく艦内全体に安定した重力バランスと航行パターンを取り戻しつつあった。

 

 格納庫ではヘイズル改ギガンティック形態の冷却と各接続部の点検、通常のヘイズル改へ戻す解体作業が進められ、艦橋では次なる寄港先をめぐって航術長と操舵手が前方ホロマップを睨んでいた。

 

 その静謐な空気の中、自動扉が音もなく開く。

 

 シャワーを浴びて制服に着替えたばかりのアイン・ムラサメ少尉が戻ってきた。

 

 濡れた髪がまだ首筋に残る水気を物語っていたが、目の奥には戦場を越えてなお変わらぬ冷徹さと、静かな思索の色が宿っていた。

 

「少尉、待っていたぞ。ちょうどよいところだ。こちらへ」

 

 ブリッジ中央に立つブライト・ノア艦長が、隣の席を手で示す。

 

 航法士のハリダ中尉と操舵手のパサロフ大尉が囲むホロパネルでは、ルナツーとソロモンを中心にした宙域航路が回転していた。

 

「寄港先の選定に入っていた。補給・修理、そして今後の展開を考えるうえで、慎重に決めねばならん」

 

「現状を踏まえると、グリーンノアへの寄港はリスクが大きいと思われます」

 

 アインは端的に答える。

 

「我々はつい先ほど、ティターンズ所属艦であるアレキサンドリアと一戦を交えたばかりです。たとえ正当防衛と記録されようとも、バスク・オムの影響下にあるグリーンノアに接近することは、自ら火種を撒くようなものです」

 

「異論はない」

 

 ブライトも静かに頷く。

 

「アンマンでの補給も途中で切り上げざるを得なかった今、確かに一刻も早い寄港が必要ではあるが……。ティターンズの内情が不安定な今となっては、どこに着けても地雷原だ」

 

「現在、寄港候補としてはコンペイトウとルナツーが挙がっています」

 

 ハリダ中尉が操作したホロマップが二つの宙域を示す。

 

 アインがその光点を指差す。

 

「ソロモンは、T3部隊やTR計画に関わるパーツが比較的揃っています。ただし、それらは本来T3向けに確保されているもので、我々が使用できるかは微妙なところです。さらに、ソロモンの守備は旧来の連邦宇宙軍の正規将校が多く、ティターンズの特権を振りかざすと軋轢を生む可能性があります」

 

「反対に、ルナツーはサイド7とグリプスに近く、バスクの庇護下にある。ティターンズの名義であれば補給は迅速に進むだろう」

 

 ブライトが眉を顰めた。

 

「ただし、TR計画に関わる高度な整備や新型装備の供給は、望めん」

 

「距離だけで言えば、現在位置は月のグラナダ寄りです。ルナツーは地球を挟んだ反対側になりますから、推進剤も制動も余分に要ります」

 

 操舵手が口を挟むと、航術長も深く頷いた。

 

「今のところ、急ぐ必要は……ありません」

 

 アインが言葉を選びながら続けた。

 

「ならば、距離・補給・整備・政治的安定性……全ての要素を秤にかけて選ぶしかないな」

 

 ブライトの言葉に、艦橋内の空気が少しだけ重くなる。

 

 そして数秒の静寂ののち──。

 

「……艦長。ソロモン──コンペイトウへ向かいましょう」

 

 アインが静かに提案する。

 

「ティターンズという立場はあくまで“便宜上の所属”にすぎません。我々はジャミトフ閣下の技術試験部隊であり、現場の指揮系統には関与していない。ソロモンに滞在しても目立った摩擦は避けられるはずです」

 

 ブライトは少し考え、ホロマップを見つめたまま言った。

 

「コンペイトウへ向けて進路を取れ。補給と整備の要請は、T3支援部隊を通じて正式に通す。割り込みは避けて、正規の手続きで通せ」

 

「了解」

 

 パサロフ大尉とハリダ中尉が即座に指を動かし、航路プランを確定させていく。

 

「一つ進言を」

 

 アインが視線を上げる。

 

「次の寄港地では、物資だけでなく“人”との連携にも配慮すべきです。今後、戦局はさらに混迷する。力だけでなく、信頼を得られる立ち回りが求められるでしょう」

 

 その言葉に、ブライトの眉がほんのわずか、持ち上がった。

 

「……頼もしいな、少尉」

 

「恐縮です、艦長」

 

 こうして、アルビオンは緩やかに進路を変え、月軌道を離れてソロモンへと向かう。

 

 次なる休息と、次なる戦いの、狭間へ──。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 アルビオンがソロモンへと向けて安定航行に入った頃、艦内の照明は通常モードへと戻っていた。

 

 ブリッジから離れたアイン・ムラサメ少尉は、再び士官居住区から資料室に足を運び、そこにいたゼロ・ムラサメの姿を見つけると声をかけた。

 

「ゼロ、今回の報告書ですが、戦果評価の部分はお願いしてもよろしいですか?特に戦闘中の第三者視点での整理は、貴方の方が適任かと」

 

ゼロは端末に向けて作業していた手を止めることなく答えた。

 

「了解した。戦術記録と各機のセンサーログ、ブリッジの観測データを照合しておく。主観は排除するが、アレキサンドリア側の動向については補足が必要だな。……ジャマイカンの言動も含めて」

 

 アインは静かに頷く。

 

「はい。彼の通信内容の録音データ、港湾局との交渉ログ、それとアーガマ側との共同防衛協定の申し出を拒否した際の記録。全て纏めて、ジャミトフ閣下へ送信する報告書に添付します」

 

「……指揮系統を逸脱して接触を試みた、という点だけでも資料価値はある。ジャミトフ閣下がどう読むかは別としてな」

 

 ゼロは一つ深く息をつき、モニターに新たなレイヤーを開くと、淡々とキーボードを叩きはじめた。

 

「アイン。ジャマイカンの交渉姿勢は、あれは個人的な寝返りとも取れる内容だった。だが、お前が全てを正面から受けてなお、無傷で返してきた。……ああいうやり方が、軍務として“正しい”かは分からんが、確かに価値がある。俺が記録する」

 

 アインは目を細めた。ゼロの口ぶりは変わらない。だが、言葉の奥に信頼があった。

 

「恐縮です。……それと、戦術推移のログに関しては艦橋データと、私の機体からのデータも転送済みです。必要ならヘイズル側のセンサーデータも追加します」

 

「受け取った。あとはこっちで整えておく。……お前も休め、アイン。まだ次がある」

 

「……はい。ありがとうございます、ゼロ」

 

 そう言ってアインは一礼し、資料室を後にした。

 

 ゼロは彼の背を一瞥すると、また視線をモニターへ戻した。

 

 淡々とした手つきで打ち込まれていく報告書。

 

 その一文一文に、戦いを経た者としての誇りと誠実さが、静かに宿っていった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 深夜。

 

 電子の光にのみ照らされた、無音の作戦室。

 

 鋼鉄の冷気が支配する空間に、端末の受信音が小さく響いた。

 

「……アルビオン艦隊より、最新報告。署名は──アイン・ムラサメ少尉、およびゼロ・ムラサメ中尉」

 

 報告官の低い声が、沈黙の室内に注ぎ込まれる。

 

 卓上の大型モニターに、報告書の冒頭ページが浮かび上がった。

 

 

---

 

【件名】アルビオン艦行動報告(アンマン宙域における迎撃及び中立維持任務について)

 

提出者:アイン・ムラサメ(少尉)/ゼロ・ムラサメ(中尉)

 

本文に添付されたのは以下のデータ群である:

 

アレキサンドリア級巡洋艦《アレキサンドリア》による先制攻撃のタイムスタンプ及び宙域座標記録。

 

MS隊戦闘ログ(ゼロによる解析付き):敵機12機中9機大破、残存3機撤退。

 

ジャマイカン・ダニンガン少佐による停戦および帰順要請の音声記録。

 

アーガマおよび港湾局関係者との交信ログ。

 

港湾局による共同防衛提案、および拒否時の詳細録音。

 

アルビオン航路の変更、ソロモン補給決定に関する現場判断と提案。

 

 

 

---

 

その一つひとつが、慎重かつ詳細に構成されていた。

 

特にゼロ・ムラサメによる戦術分析は明確だった。

 

> 「本件戦闘において敵は拠点攻撃任務に従事する態勢を持ち、かつ明確な火力優位を持っていた。

 だが戦局は、戦術的判断の機動性とパイロット個人の熟練度により覆された。  

 アイン・ムラサメ少尉は交戦を即断せず、まず交渉を模索し、戦闘においても最小限の火力で敵編成を分断、逐次撃破することに成功した──これは偶発ではなく意図的な行動である」

 

 

 

 報告書は、交戦を回避すべく動いたにもかかわらず、挑発と武力行使を選んだのはジャマイカン側であると明記していた。

 

 さらに──。

 

> 「本報告は、あくまでティターンズ指揮系統の中で判断された現場裁量の記録であり、いかなる越権も意図しておりません」

 

 

 

 と、冒頭で明示された上で、

 

> 「民間人保護を含めたこの一連の行動が、ティターンズの求める“連邦再建”に沿うものであることを、我々は確信しております」

 

 

 

 と締めくくられていた。

 

 

---

 

ジャブロー ジャミトフ私室

 

 ジャミトフ・ハイマンは椅子に腰かけ、何も言わず、その報告書を最後まで目を通していた。

 

 ページを閉じる指は慎重で、そして、深い。

 

 ──やはり、来たか。

 

 すでに予期していた報告であった。

 

 だが、ジャミトフの予測をさらに一段階上回る精度で、情報は整理され、思想は隠されず、むしろ「行動」に変換されて提示されていた。

 

「アイン・ムラサメ……ゼロ・ムラサメ……」

 

 声に出してみる。

 

 アインは若すぎる。それでいて、既に“ただの一士官”ではない。

 

 ゼロは冷静な観測者であると同時に、アインの道を補佐し、論理で補完する役目を担っている。

 

 ──優秀な軍人はいる。優秀な兵器開発者もいる。だが、その双方の“中間”を歩こうとする者は、稀だ。

 

「バスクが力を誇示する獣であるならば……」

 

 低く呟く。

 

「……アインは、獣を制す“理”だな」

 

 報告書の中に見えたのは、「反抗」ではない。

 

 それは「信頼され得る新秩序の模索」だった。

 

 ──ティターンズの強権が支える秩序は、今は必要だ

 

 だが、強権はいつか限界を迎える。

 

 その先に求められるのは、「信頼による統制」だ。

 

 そして今、アインとゼロが示した行動は、それに極めて近い。

 

「……構想に、肉付けを始める時期か」

 

 ジャミトフは決断した。

 

 

---

 

対応命令・覚書(ジャブロー第七機密回線)

 

件名:アルビオン艦隊行動に関する中央評価

 

送信者:ジャミトフ・ハイマン准将(連邦軍戦略統括局)

 

宛先:ルナツー司令部宛・経由中継【最高優先度】

 

 

---

 

> 本通信は、ティターンズ第七戦略局の監督下にて通達される。

アルビオン艦隊の現行行動(アンマンにおける防衛・民間人対応およびアレキサンドリア級艦との交戦記録)に関し、中央は以下の通り指示を下す。

 

 

 

1. 当該行動は現場の判断として妥当性が認められる。

 → 暫定的に「黙認」とし、今後の類似行動の前例とはしない。

 

 

2. アイン・ムラサメ少尉、ゼロ・ムラサメ中尉には、今後も定期的に報告義務を課すこと。

 → 独自判断を行う場合には、逐次中央へ意図を明文化の上、通達すること。

 

 

3. 当該報告に含まれるジャマイカン・ダニンガン少佐の言動は、組織内規律違反の可能性ありとし、監視対象に再指定すること。

 → グラナダ方面軍司令部に人事精査を要請中。

 

 

 

 

---

 

「アイン・ムラサメ」

 

 その名が、またひとつ記録に刻まれた。

 

 だがジャミトフは、それをただの記録とはしない。

 

 ──この名を、将来の“選択肢”として扱う。

 

 バスクの暴力。

 

 ジャマイカンの保身。

 

 アインとゼロの提案と行動。

 

 それは、ただの軍事選択ではなく──この連邦の未来を決める選択となる。

 

「……試してみるか。この若さを、“秩序の一手”として」

 

 未来への布石は、打たれた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 ブリッジに緊張が走ったのは、突如入電した暗号コード付きの通信によってだった。

 

 ティターンズ本部、あるいはそれに準ずる高位中枢からの極秘通信を意味する。

 

 加えて、その発信元は──ジャブロー。宛先はアイン・ムラサメ少尉、並びにゼロ・ムラサメ中尉の二名。

 

 その指定に、ブライトが眉をひそめた。

 

「このコード……通常回線じゃ繋げんぞ。内容次第じゃ、軍法会議ものだ」

 

「了解しました。通信室を借ります、大佐」

 

 一眠りして疲労度も抜けたアインは静かに応じた。

 

 だがその目には、先の戦闘と報告に続く、より大きな“何か”が始まる気配を捉えていた。

 

 傍らのオペレーターが暗号コードを解析し、サブルーチンとして追記されたセキュリティプロトコルに気づいた。

 

「少尉、通信には“指定関係者二名のみ応答可”との追記が──ムラサメ中尉も呼び出し対象に入っています」

 

「……やはりか」

 

 アインは静かにうなずくと、インカムへアクセスした。

 

「ゼロ、こちらアイン。至急、艦内通信室まで来てください。ジャブロー本部より、君にも指定の入った暗号通信が来ている」

 

『了解、すぐ向かう』

 

 短いやり取りの後、アインはブライトに頭を下げ、ブリッジを後にした。

 

 ブライトは背中を見送りながら、ひとつ小さく息を吐く。

 

(少尉、君が担わされているものは……一体どこまで重くなるんだ)

 

 その頃、ゼロは書類端末を手に廊下を駆けていた。

 

 アインと連名で提出した報告書が、たった一日で“本部”に届き、その返答がこうして返ってくる──それが何を意味するのか、ゼロにも理解できるだけの戦場経験がある。

 

 二人が通信室の扉の前で合流した。

 

「まさか、報告書がこれほど早く反応されるとはな」

 

「──それだけ“刺さった”のでしょう、あの方の心に」

 

 アインの目は、真剣な光を宿したまま、静かに扉を開けた。

 

 防音と通信封鎖機構の備わった専用通信室。

 

 扉が閉まった瞬間、周囲との完全な遮断が完了する。

 

 モニターに現れたのは、戦後地球連邦軍を実質的に牛耳る男──ジャミトフ・ハイマン准将。

 

 椅子にもたれかかりながらも、その双眸は鋭く、二人を見据えていた。

 

 映像越しにもわかる重圧に、アインとゼロは自然と姿勢を正す。

 

 だが、それは恐れや服従ではない。

 

 自らの意志と覚悟を持つ者として、真っ直ぐに画面を見据える姿勢だった。

 

「アイン・ムラサメ少尉、ゼロ・ムラサメ中尉──報告書、拝見した。……良くやった」

 

 静かな一言が、確かな信頼を込めて投げかけられた。

 

 モニター越しに映るジャミトフの目は、まるでそのまま空間を穿つようだった。

 

 数秒の沈黙ののち、彼はわずかに口角を上げる。

 

「アイン・ムラサメ少尉──いや、大尉と呼ぶべきか」

 

 その一言に、アインの眉がわずかに動く。

 

「……は?」

 

「本通信をもって、貴官を少尉から大尉へ二階級特進とする。理由はこれまでの報告書と君の働きは明らか。ジャマイカン・ダニンガン少佐の越権行為を明確に抑止し、ティターンズ所属艦としての矜持と責任を果たしたこと、加えてアルビオン艦隊を最小戦力で無事戦域から離脱させた指揮能力。これらを高く評価する」

 

 アインは僅かに目を伏せ、一礼した。

 

「……勿体無いお言葉です。ありがとうございます、閣下」

 

 ジャミトフはそれを無言で受け止めると、今度はゼロへと視線を移す。

 

「そして、ゼロ・ムラサメ中尉。貴官も同様に、大尉へ昇進とする。今回の戦闘記録および戦術分析は極めて実践的で精度も高い。技術官としての側面に留まらず、戦術参謀としての補佐能力を示したことに対しての評価だ」

 

「光栄です。今後とも、アインの補佐として全力を尽くす所存です」

 

 ゼロは一歩前に出て、短く深く頭を下げた。その仕草からは、戦場経験者としての覚悟がにじみ出ていた。

 

 そして──。

 

「二名には新たな任務を命ずる」

 

 ジャミトフの声の調子が変わる。戦果を讃える声音から、指揮官としての命令の声へ。

 

「アルビオン艦隊は、補給完了次第、ジャブローへ降下・入港せよ。表向きは補修と補給に名を借りるが、真の目的は──地球連邦軍ジャブロー基地内における機密調査任務だ」

 

 アインとゼロが、互いに顔を見合わせる。

 

 ジャブロー。

 

 それは今や連邦軍の中枢でありながら、暗い噂と派閥抗争の中心でもある場所。

 

「現在、ジャブロー内には不穏な動きがある。私の眼と耳も限界があり、軍本部であっても全貌が掴めていない。君たちには……現地に降下し、その“真実”を掴んできてほしい」

 

「……了解しました」

 

 アインは即座に応じた。

 

 その瞳には、覚悟とともに、揺るぎない使命感があった。

 

「なお、ジャブロー降下と調査着任をもって、アイン・ムラサメ大尉は少佐へ昇進とする。名目はあくまで臨時措置、だが私は君を“その職にある者”として認める」

 

「……重責、肝に銘じます」

 

 アインが再び深く一礼する。その横でゼロも表情を引き締めた。

 

 だがそのまま通信が切れるかと思われたその時、ジャミトフの声が一拍置いて響いた。

 

「──アイン。君に、個人的に話したいことがある。このまま、通信室で構わんか?」

 

 一瞬、室内の空気が変わった。

 

 ゼロは無言でアインを一瞥し、静かに頷いて言う。

 

「了解しました。では、私は失礼します。……あとは二人で」

 

 ゼロが退出すると、通信室は再び沈黙に包まれる。

 

 アイン・ムラサメ少佐と、ジャミトフ・ハイマン准将。二人の“本当の会話”が、ここから始まる。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。