ムラサメさん家のイチバン=サン   作:星乃 望夢

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第30話 皮肉なもんだが、嫌いじゃねえ

 

【宇宙世紀0087年4月某日 地球連邦軍ジャブロー基地・強襲揚陸艦アルビオン/戦術作戦会議室】

 

 陽の差さぬ艦内深部。

 

 装甲に包まれた会議室は、機密性の高い空間として静かに緊張を湛えていた。

 

 壁面のホロパネルには、アマゾンの密林と、その地中に巨大な迷宮のように広がる地下軍事施設──ジャブロー基地の構造図が投影されている。

 

 この日、そこで顔を揃えていたのは三人の佐官。

 

 いずれも地球連邦軍に名を連ねながら、立場は大きく異なる。

 

 ブライト・ノア大佐。かつての一年戦争を生き延び、今はアルビオン艦長を担う歴戦の軍人。

 

 ブラン・ブルターク少佐。オークランド出身、地上戦における現場運用の経験値を買われ、この地に呼ばれた叩き上げ。

 

 そして、今回の議長を務めるのはアイン・ムラサメ中佐。ティターンズ調査局特務室室長として、准将ジャミトフ・ハイマン直属の補佐官を務める若き将校である。

 

 会議室に低く響いた声は、アインのものだった。

 

「……我々ティターンズ調査局特務室の調査により判明したエゥーゴのジャブロー降下作戦におけるジャブロー防衛の指揮について、私がジャミトフ准将より現地司令官として任命されました」

 

 簡潔ながらも、その言葉は重い。

 

 同時にそれが意味するのは、現地戦力の絶望的な乏しさと、それでもなお統制をとらねばならないという任務の過酷さだった。

 

 アインは手元の端末に指を走らせ、構内の戦力一覧を投影する。

 

「現在、ジャブロー基地に残されている兵力は、旧式のモビルスーツ群と一部補給部隊のみ。

 

 ジム・スナイパーカスタム、グフ飛行試験型、旧型のジム・キャノン、他補給部隊のザクタンクや基地地上防衛部隊のガンタンクⅡなど。

 

 いずれも最新世代のエゥーゴMSとは比較になりません」

 

 ブランが肩を竦めた。

 

「……誘い込む気満々ってわけか、バスクの野郎」

 

 アインはその言葉を受け止め、ゆっくりと頷いた。

 

「事実、調査局特務室の調査で地下に核爆弾が設置されていることが判明しています。バスク・オム大佐による独断専行……いや、“命令”とは言えません。恐らくは、エゥーゴ降下作戦に際して敵もろとも自爆させる計画です」

 

 その言葉に、室内の空気が一段階冷えた。

 

 ブライトが低く問う。

 

「アイン中佐。君は、その作戦を実行するつもりなのか?」

 

「いいえ、大佐。私はあくまで回避するための代替策を提示するために、こうして協議の場を設けています」

 

 アインの指示で、別の戦術図が展開される。

 

 そこにはジャブロー地下の構造と、複数の赤い経路、航空滑走路、輸送機の格納エリアが記されていた。

 

「作戦案は以下の通りです」

 

 アインの声は変わらず冷静だった。

 

「一時的にエゥーゴにジャブローの占拠を許容し、ある程度まで制圧された段階で“偽装された起爆キー”を作動させ、警報を鳴らします。“核起爆までTマイナス60分”などと音声放送を流し、撤退行動を誘導。その際、空軍が使用しているガルダ級大型輸送機『アウドムラ』および『スードリ』を鹵獲機として残しておき、彼らをそこから逃がします」

 

「実際には爆発しない、というわけか」

 

 ブライトが目を細めて問う。アインは即座に応じる。

 

「はい。誤報・システム誤作動として処理されるよう構成します。エゥーゴは命拾いし、我々は核の引き金を回避しながら、ジャブローが守られたという体裁も得られる。これは、ひとつの“落としどころ”に過ぎませんが……私としては最良と判断します」

 

 ブランが鼻を鳴らす。

 

「まぁ、バカ正直に防衛線張るよりは、ずっとマシだな。……だがよ、中佐。何で俺なんかがこの会議に呼ばれてんだ?」

 

 どこか自嘲気味なその疑問に、静かに答えたのはブライトだった。

 

「我々三名はいずれも佐官。階級差こそあれ、この場は“協議の場”であり、命令ではない。現場の意見なしに作戦を決めるのは、軍ではなく政治だ」

 

 その言葉に、ブランが目を細める。

 

 しばし黙してから、静かに口を開いた。

 

「……“佐官会議”ってわけか。皮肉なもんだが、嫌いじゃねえ。なら、俺も本気で意見させてもらうぜ。どうやって“爆発しない爆弾”に信憑性を持たせるか、その辺りも含めてな」

 

 アインがうなずく。

 

「助かります、ブラン少佐。今後の配置と作戦立案については、この三者で責任を持って進めていきましょう」

 

 こうして、基地としての意味を失ったジャブローに、新たな防衛作戦が動き出す。

 

 それは、かつての常識を捨て、現実と倫理のはざまで模索された、戦わずして守るための知恵だった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ホロパネルの上に、核起爆装置のダミー配置、ガルダ級の運用図、地下搬入口の経路図が再表示される。

 

 会議は既に“司令部的な提示”から“現場運用に堪えうる協議”の段階に移っていた。

 

「まず一つ確認しておくが」

 

 ブランが手元の資料を指で叩いた。

 

「この“偽装起爆キー”、実物とどの程度似せられる? 音と光だけじゃ、ベテランのパイロットや工兵には通用しねえぞ。奴ら、自爆装置の本物を見てきてる」

 

 アインは頷いた。

 

「そこが最初のハードルです。起爆キー自体はレプリカを元に構造再現済み。内部に核融合炉を模した小型振動子を仕込んであり、電磁ノイズと熱反応、加圧気体による圧力変化を誘発させます」

 

「つまり、計器で見れば“爆弾が稼働しているように見える”」

 

 ブライトがまとめると、アインは軽く肯定した。

 

「ですが、問題は“通信遮断と警報”です。これらがなければ、敵はその場に留まって中枢に踏み込むかもしれない。逆に過剰だと、本当に爆発すると思ってパニックになる」

 

 ブランが鼻を鳴らす。

 

「パニックになって“何が起きてるかも確認せず”逃げてくれるなら、そっちのほうが都合いいがな。……だが、そこに問題がある」

 

 彼は映像をスライドさせ、地下第4搬入ルートと滑走路直結通路を指差した。

 

「ここ。通常ならエゥーゴはこの搬入口から突入して、指令区画に向かう。途中、地上配置の連邦兵が抵抗した場合、奴らは“戦闘記録”を残す。 その中に、偽装警報の内容が録音されたら──」

 

「情報が後に開示された際、“連邦は最初から騙すつもりだった”という構図になりますね」

 

 アインの返答に、ブライトも口を開く。

 

「つまり、敵に逃げさせるだけでは済まない。逃げた後も“あれは爆弾だった”と思わせ続けなければならないということか。でなければ、我々自身が“ジャブローに核を設置した”という事実に縛られる」

 

 会議室に、一瞬の静寂。

 

 だが、アインはすでにそこも見越していたように再び資料を切り替えた。

 

「そこで、もう一つの“補助的偽装”として、モビルアーマーによる自爆演出を予定しています」

 

「……なんだと?」

 

 ブランが訝しむ。

 

 アインは表示された図面を指しながら、口調をやや抑え気味にした。

 

「旧ギャロップ型試験用フレームに、ジャンクMSと推進材を複合した“無人モビルアーマー”を配置。起爆警報と連動して、滑走路地下に設置したそれを爆破、上部施設の一部を吹き飛ばす。外部から見れば、“地下で核爆発が起きた”と錯覚させられる規模になります」

 

 ブライトが思案気に腕を組む。

 

「なるほど……“被害は出るが核ではなかった”と後に処理できる。だが被害の度合いによっては味方側の士気を損なう可能性もある」

 

「そのため、爆破対象は無人区画に限定。旧搬入施設と予備倉庫、燃料タンクを排除済み。警告表示と自爆タイマーだけが設置されています」

 

「派手に吹っ飛ばして、音と映像と炎で敵を怯ませる。──ああ、そういう“花火”なら、乗ってやってもいいな」

 

 ブランが大きくうなずき、少しだけ笑みを見せた。

 

 だがその目は既に戦場を見ている。

 

 現地指揮官として、エゥーゴの降下にどう備え、どこでどれだけ見せるか。

 

 脳内でシミュレーションが始まっていた。

 

「……なら、俺は“撤退路の整備”に注力する。地形と風向、照明と通信中継の配置を調整すりゃ、奴らは本気で“逃がしてもらってる”と思うだろうよ」

 

 ブライトが頷く。

 

「私は“演出の調整”に当たろう。核警報と脱出アナウンス、残された戦闘記録への影響も含め、全てが“本物”に見えるように。そのためには、味方側の部隊にも極限まで情報を伏せなければならないな」

 

「ええ。作戦実行時には“上層部すら把握しない範囲で行う”。通達されるのは“アクシデント発生時の現場判断”という体裁だけです」

 

 全員がそれぞれの役割と責任を背負う覚悟を、短い目線の交換で交わした。

 

 この戦いは、MSの撃ち合いではない。

 

 一発の核弾頭を使わずに、地球を守るための知恵の勝負だった。

 

 静かに、だが確実に、三人の佐官たちは一致していた。

 

 現場と戦略と政治──そのすべてのバランスをかけて、彼らは“戦わない防衛”という異例の作戦を作り上げつつあった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 薄暗い格納庫内に、軽輸送艇のランプが軋む音を立てて下ろされた。

 

 降りてきたのは、ティターンズ軍務局から派遣されたとされる、連絡要員三名。

 

 先頭を切るのは──ベルナルド・モンシア中尉。

 

 続いて、無言のままアルファ・A・ベイト大尉。

 

 最後に、やや距離をとって歩くのはチャップ・アデル中尉。

 

 三人とも、かつて『デラーズ紛争』と呼ばれた事件において、“アルビオン隊”として名を馳せたベテランパイロットだった。

 

 出迎えに立っていたのは――かつての同僚、コウ・ウラキ中尉と、チャック・キース少尉。

 

「……懐かしい顔ぶれですね。ようこそ、アルビオンへ」

 

 コウが一歩前に出て、敬礼とともに出迎えの辞を述べた。

 

「うぉう、ウラキじゃねぇか。おいおい、今さらそんなよそよそしい顔すんなよ」

 

 モンシアがニヤリと笑い、コウの肩をバシンと強く叩く。

 

「いやあ、まさかこんなカビ臭い要塞で再会できるとは思わなかったぜ。てめぇ、ここで何やってんだ? まさか艦長にでもなってんじゃねぇだろうな」

 

「中尉、そういう言い方はないでしょう。ウラキ中尉の現場評価は、今やティターンズ内でも相当のものです」

 

 アデルが、やや皮肉を込めながらも口を挟んだ。

 

「……と言っても、あの戦争からもう数年ですか。お互い老けましたね」

 

「そりゃオメェ、あの時はまだヒヨッ子だったけどよ。今じゃ俺たちゃ、どこ行っても“あのデラーズ戦役の”って肩書きついちまうんだぜ。ありがてぇやら、重てぇやら……」

 

 モンシアは腕を組み、感慨深げに格納庫を見渡す。

 

 それを聞いたベイトが、低く呟いた。

 

「皮肉なもんだ。あの戦争で散った連中の名前だけが残って、生き残った俺たちは“都合よく使われる側”ってわけだ」

 

「ウラキ、お前はうまく泳いでんのか? こんな時代に、軍人やるのも骨が折れるだろ」

 

 モンシアが改めて問いかけると、コウは苦笑いを浮かべて答えた。

 

「ええ、まあ……なんとか。今はアイン中佐の指揮下で動いています。今回の件も、中佐の意向でお二人を迎えに」

 

「アイン……中佐? また随分と若い指揮官だな。聞いたことはあるぜ。やり手って評判は聞こえてきてるが、正直“持ち上げられすぎてる”って噂もある」

 

 モンシアが腕を組みながら唸るように言えば、ベイトが淡々と口を挟んだ。

 

「本当にやり手ならいい。問題は、“現場を見ずに理屈だけで動く奴”かどうかだ」

 

「──そこは心配ないですよ」

 

 コウは静かに断言した。キースが小さく頷く。

 

「アイン中佐は、少なくとも部下を見捨てるような人じゃない。俺たちは、それを知ってるから、ついて行ってます」

 

「なるほど……そこまで言わせますか」

 

 アデルが目を細めてコウを見た。

 

「では、私たちもいずれ“試される側”になるのでしょうね。ウラキ中尉、案内をお願いできますか。あまり長居して、アルビオンを錆びさせるわけにもいきませんから」

 

「了解です、アデル中尉。こちらへ」

 

 歩き出したコウの背に、モンシアが小声で呟く。

 

「まったくよ……昔はあんなに“青かった”くせによ。少し見ねぇうちに、いっちょまえになりやがって」

 

「……ああ。あのときの“成長痛”がなかったら、ここにはいないだろうさ。あいつらも、俺たちもな」

 

 ベイトが、珍しく過去を思い返すようにぽつりと呟いた。

 

「同感ですね。あの戦いが、私たちの“余生”みたいなものを決めてしまった……そんな気さえしますよ」

 

 アデルの言葉に、誰も返さなかった。

 

 かつて、宇宙で戦火を潜り抜けた五人の兵士たち。

 

 再び巡り合った戦場は、今度は“地球”だった。

 

 しかし、その火の粉は、再び彼らを巻き込もうとしていた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 南米ジャブロー基地に寄港中の強襲揚陸艦アルビオン、その艦内作戦会議室にて、重く静かな空気が流れていた。

 

 そこに整列して座るのは、ティターンズの制服を身に纏った三人の男──ベルナルド・モンシア中尉、アルファ・A・ベイト大尉、チャップ・アデル中尉。

 

 いずれも戦歴を持つMSパイロットであり、ティターンズ上層部の命を受け“連絡要員”としてこの艦に派遣されてきた者たちだ。

 

 その彼らを迎え、鋭い視線を投げかける男が一人。

 

 地球連邦軍所属、現在はティターンズ調査局特務室付の“連絡将校補佐・部隊統制アドバイザー”としてアルビオンに在任するブラン・ブルターク少佐である。

 

「──まず最初に、歓迎の言葉を言っておこう。任務ご苦労だったな、三人とも」

 

 ブランは立ったまま、手元の資料を閉じ、目の前の三人に向き直った。

 

「だが、ここからが本題だ。君たちは“ティターンズ本部より派遣された連絡要員”という名目でこの艦に来たわけだが……実情は少々違う」

 

 言葉に含みがあり、モンシアがやや胡散臭そうな顔で腕を組んだ。

 

「おやおや、それはまたどういう“実情”で?」

 

「俺がこのアルビオンに配属されているのは、ティターンズ調査局特務室からの正式な辞令による。肩書きは“連絡将校補佐”および“部隊統制アドバイザー”。つまり、この艦における調査局の任務運用、戦術補佐、戦力即応態勢の整備監督──それらの責任を、俺が負っている」

 

 ブランの言葉に、アデルの眉がわずかに動いた。

 

「それでは……我々の活動内容や配置変更に関しても?」

 

「ああ、君たち三名の行動監督権と、再配置に関する勧告権限も、俺に委ねられている。上からの命令文書にも明記されている。特務室は君たちを“前線即応型連絡要員”として再定義しているんだ」

 

「まさかとは思うが、“前線でこき使う”ってのが正体じゃねえだろうな」

 

 モンシアがニヤリとしながら言うと、ベイトが横から呟いた。

 

「どう考えてもそのまさかだろ。連絡係が旧式の艦に送られた時点でお察しだよ」

 

 ブランは無表情のまま言い切った。

 

「察しが良くて助かる。はっきり言うが──ここでは働いてもらう。全力でな。もちろん、命令違反や独断専行があれば、それに応じた“再配置”もあり得る。僻地送り──いや、それ以下の任務も視野に入っていることを忘れるな」

 

 沈黙が落ちた。だが、それは反発ではなく、覚悟を飲み込む静けさだった。

 

 アデルがゆっくりと口を開いた。

 

「承知しました、ブラン少佐。……少なくとも、我々は命令を無視するためにここに来たのではありません。“ウラキ中尉”の顔を見れば、こちらがどう振る舞うべきかは察せられます」

 

 ベイトが書類を畳み、わずかに笑んだ。

 

「ま、俺たちも現場育ちだ。机仕事で終わるよりゃマシってことにしておくか。なぁ、モンシア?」

 

「ああ。どうせ泥は被る性分だ。だったら命令する側より、現場の方が性に合ってる。──了解だ、少佐。動けってんなら、最前線でも後方でもやってやるよ」

 

 そのやりとりに、ブランは初めて小さく頷いた。

 

「いい返事だ。ならば、近く行われる予定の戦力再配置訓練に君たちも同行してもらう。詳細は追って通達するが、これは任務の一環だ。甘く見るなよ」

 

「……へいへい、少佐殿の仰せのままに」

 

 モンシアが肩をすくめ、ベイトとアデルも静かに立ち上がった。

 

 この日、“連絡要員”として着任したはずの三人のティターンズ士官は、いつの間にか“実働戦力”としての初動を、静かに踏み出していた。

 

 

 

 

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